『シロネギまほら』(B)2日目:奈良公園縁起

 

 

 

 修学旅行の2日目は奈良での自由行動である。

 士郎はホテルのエントランスで待ち合わせしており、既知である超包子のメンバーに加えて二人の少女と顔を合わせた。

「超殿から聞いているでござるよ。図書館島以来でござるな」

 ニンニン。と笑っているのは、相変わらず飄々としている長瀬楓だ。

「私は春日美空。……どこかで会ったっけ?」

 士郎と同じような感想を抱いたらしく、美空の方から問いかけてきた。

「俺もそう思った。古菲達のクラスメイトだよな?」

「ああっ、思い出した! まき絵を寮まで運んでくれた人!」

「まき絵さんですか?」

 ハカセの質問に士郎が答えた。

「吸血鬼騒ぎの頃に、倒れていた佐々木を寮まで運んだ事があるんだ」

「そんな事もあったアルな〜」

 ぽん、と手を鳴らして、思い出した古菲が納得する。

 吸血鬼の単語を耳にして、超とハカセが顔を見合わせていた。

 

 

 

 2班が向かったのは奈良県における最大の観光地――奈良公園だった。

 平日だというのに、多くの観光客が訪れていた。同じように修学旅行と思われる制服姿の一団も存在している。自由行動が主体の麻帆良中学とは違って、彼等の行動単位は1クラスごとのようだ。

「マズイアル」

 薄いせんべいを口にして、古菲が率直な感想を漏らす。

「同感でござる」

 古菲と楓だけでなく、皆が少しだけ割って口にしてみた。

 ぼそぼそと触感も悪く、味らしい味がしない。言ってしまえば、食べる事が可能というだけであって、食べて楽しむような代物ではないのだ。

 鹿せんべいとは、鹿に与えるためのせんべいなのだから無理もない話だ。

 公園内に放し飼いされている鹿達は、警戒心を見せずに人の手から直接せんべいをつまんでいく。ペコペコとお辞儀している姿は、強奪上等などこかの猿達に見習わせたいくらいだった。

「そういえば、昔マンガで見たな。傷だらけのボス鹿がいて、公園に来るたびに戦うってネタ」

 士郎の言葉に反応を示したのが古菲である。

「ホントアルか!? 私も戦ってみたいアル」

「だから、マンガだって」

「実在の鹿に基づいたキャラかも知れないアル」

「それはないだろう」

「むぅ。残念アル」

 何をそこまで期待していたのか、不思議なくらい落胆している。

「そこの鹿。この鹿せんべいに報いるためにも、強いボス鹿となって、私と戦う事を約束するアル」

 ペコペコ。鹿が頷いている。

「無茶な事を……」

 士郎は知らない。目の前の鹿が次代のボス鹿となる事を。

 

 

 

 奈良公園の一画には東大寺もあった。

 有名な奈良の大仏の前で、多くの観光客がカメラを向けている。

 騒がしいのは外国人に多いようだ。

「ファンタスティック!」とか「オー! ジャパニーズ・ダイブツ!」等と盛り上がっている。

 その中に混じっているのは、聞き覚えのある可愛い声。

「見ろ、茶々丸! さすがにデカイぞ!」

「マスター。声が大きすぎます。周囲の注目を招くので、自制した方がよろしいかと」

 従者の言に、少女は咳払いをして、恥ずかしそうにあたりに目を向ける。

 見知った人物を視界に捉え、その身体が硬直した。

 士郎達が目にしたのは、羞恥に頬を染めたエヴァと傍らに立つ茶々丸だった。

 驚きが過ぎ去ると、気恥ずかしさを誤魔化すように、エヴァは怒りの表情を浮かべて、こちらへずんずんと歩み寄ってきた。

「貴様に話がある! 衛宮士郎、ちょっと来い!」

 士郎の手首を握ると、相手の了承も待たずに、強引に引っ張って行く。

 意外な成り行きに皆があっけに取られていた。

「茶々丸さんも来られたんですね。良かったです」

 にっこりと笑った五月が、茶々丸の到着を歓迎する。

「ありがとうございます」

 律義にも茶々丸はペコリと頭を下げた。

「せっかくの修学旅行ですからねー」「私も気になってたアルよ」「良かったでござるな」

 ハカセ・古菲・楓が茶々丸に声をかける。

「そう言えば、エヴァちゃんも衛宮さんと知りあいなの?」

 尋ねたのは美空だった。

「ハイ。先日、顔を合わせる機会がありまして」

 彼女たちの交わす会話に、超は参加できずにいた。らしくもなく動揺していたためだ。

 エヴァンジェリンに関する情報を握っているだけに、超は驚愕から抜け出せずにいた。

「そ、そうネ。せっかくの修学旅行だし、全員が揃うのは嬉しいヨ。ここに来た事情も詳しく聞きたいからネ」

 

 

 

 エヴァに手を引かれながら士郎が不思議そうに尋ねた。

「どうしたんだ?」

「どうした……だと?」

 じろりと士郎を睨む。

「なにかあったのか?」

 士郎としてはこんなにも怒りを向けられる覚えがなかった。

 人目を避けられる場所まで来て、エヴァはようやく本題を口にする。

「あれはなんだ!? あのナイフは!?」

「ナイフ……?」

 断片的な言葉なので、士郎には質問の意図が通じていない。

「登校地獄を解いたあのナイフの事だ! なぜ貴様があんなものを持っている! 何が目的で私に近づいた」

「目的って何の事だ?」

「貴様はナギから頼まれ事でもされていたんだろう? 一体、どういうつながりなんだ?」

「ナギって誰だ?」

「ナギを知らんのか!?」

 残念ながら、二人の会話は全くかみ合っていない。

「くっ……。まずは、あのナイフについて聞かせろ。あの道具を誰から預かった?」

「誰って、どういう事だ? あれは俺のものだぞ」

「バカな! では貴様は登校地獄を知っているのか?」

「登校地獄って?」

「…………」

「…………」

 どうにも会話がつながらないので、エヴァは心を落ち着けて、改めて尋ね直す。

「貴様が茶々丸に預けたあのナイフは、登校地獄を解除する鍵なのだろう?」

 つい2時間ほど前の事だ。

 修学旅行へ参加できなかった事を、エヴァが自覚もなしに愚痴っていたところ、茶々丸が奇妙な短剣を取り出した。

 士郎から預けられたという短剣は、エヴァにすら理解できない魔法がかかっていた。普通なら警戒していただろうが、以前に交わした短い対話だけでも、士郎がどういう人間かは彼女も理解できていた。

 ものは試しと言う事で、指先に刺してみた所、簡単に解呪できてしまったのだ。奇妙だったのは、自分で刺した場合では発動せず、茶々丸に刺してもらう必要があった事だ。

 それらの事から、『登校地獄を解除するための道具』である短刀を、『解呪してもいいか判断できる人間』に、ナギが預けたと早合点したのだ。

「もしかして、『登校地獄』っていうのが呪いの名前なのか? それなら、あの短刀は『登校地獄を解く事もできるナイフ』って言うべきだ」

「呪いの種類に関係なく、解く事ができるというのか?」

「そうなるな」

「刺しただけで?」

「刺しただけで」

「それではなにか? 登校地獄どころか、あのナイフはどんな魔法であっても消せるというのか? 魔法無効化が付与されているのか?」

 エヴァが15年を費やして研究しても解除できなかった呪いなのだ。それを、どのような呪いにも対応可能な魔法道具でお手軽に解除できるなど、理不尽にも程がある。

「消せるというのはちょっと違う。呪いとか契約だけを無効化するものなんだ。盾みたいな使い方はできない」

「それでも、破格のアーティファクトだろう。私は聞いた事がないぞ」

「そうだろうな。俺も他には知らない」

 士郎の知識などたかが知れているで、判断基準とはならないだろう。

「あれはどこで手に入れた? 誰が造ったんだ?」

 エヴァの追求を受けて、士郎は投影魔術について説明する事になる。以前にエヴァと戦った時に使用した干将莫耶についてもだ。

「……あと、そんなに長持ちしないから、今頃は消えているかも知れない」

 士郎は事実に反する説明を口にする。無条件で預けておくには危険な道具なので、全てを明かさずに納得させなければならない。

 士郎の投影品は彼が消そうとしなければずっと存在を保ってしまう。彼が投影した事を忘れてしまってもだ。

 ただし、彼が自覚して消そうと思えば、離れた場所にあっても簡単に消せてしまう。これは、異物を修正しようとする世界の力と関係しているらしい。

 そのため、エヴァの家に残されたルールブレイカーが消滅したのも、実はこの瞬間だったりする。

「まあ、そうだろうな」

 士郎の思惑も知らず、エヴァが頷いた。

 非常に破格の道具と能力であるため、制限があって当然だと彼女は考えたのだ。

「エヴァの一番の目的は、大仏だったのか?」

 遭遇した状況を思い返して士郎が尋ねた。

「あれは貴様を捜していただけだ」

 登校地獄が解除できた時点で、エヴァは士郎がナギの関係者だと思い込んだ。

 今日の予定が奈良での自由行動だと知っていたため、影を転移ゲートに使ってすかさず追って来たのだという。

 士郎探しを目的に、観光地をハシゴしていたところ、手段と目的が入れ代わってしまったのだ。

 エヴァは真祖ではあるものの、彼女が望んでそうなったわけではない。自分に比べて人間は非力な存在だと理解していても、だからといって蔑視するつもりも無いのだ。

 戦争に使用される巨大な鬼神に比べれば、先ほどの大仏など小さい物だったが、その存在価値で比べれば貴重さは逆転する。

 魔法を使えない人間達が、知恵と労力で造り上げたその業績と、こうして守り受け継いできた伝統を、彼女は尊ぶのだ。

 異文化圏の出身である彼女にとって、古く精緻で特異な文化を持つこの国は、未だに魅力が尽きない。

 そのため、せっかく日本にいながら、麻帆良学園に閉じ込められていた歳月は、ご馳走を前にして椅子に縛りつけられたようなものだ。

 合計して4回も修学旅行に行き損ね、ようやく奈良を訪れたのだから、大仏に見惚れていても仕方のないことだろう。

 2班はエヴァと茶々丸の2名を加えて観光を行った。

 

 

 

「……あれ?」

「くっくっくっ。驚いたか、ぼうや?」

「なんでエヴァンジェリンさんがここにいるんですかーっ!?」

 ホテルへ戻ってきた生徒達の中に、意外な人物がいてネギが驚いている。

「なに。運良く呪いを解く事ができてな。遅ればせながら修学旅行へ参加する事にしたのさ」

「そ、そんな簡単に解けるものだったんですか!? だったら、僕を襲ったのは一体……」

「運良く解除方法が見つかっただけだ。ぼーやを襲ったのも、あれはあれで間違いではない」

「ううぅ。間違いですよー」

 ネギが涙目で抗議するも、エヴァは何処吹く風である。

「えーと、その……。せっかくの修学旅行ですから、エヴァンジェリンさんもいっぱい思い出を作ってくださいね」

「私の目的はナギの暮らしていた家だ。修学旅行になど興味はないぞ」

「そんなこと言わないで楽しみましょうよ。昨日回った清水寺も凄かったですよ」

「くっ……」

 ネギは悪気もないままエヴァを悔しがらせた。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:士郎が離れた宝具を消せるというのはご都合主義です。放った剣を一つ一つ回収するのは面倒なので、消滅については制限無しとしました。ちなみに、ボス鹿の元ネタは『究極超人あ〜る』です。


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