『シロネギまほら』(71)フェイトと戦ってみる

 

 

 

 作戦の鍵は、夏美のアーティファクト『孤独な黒子アディウトル・ソリタリウスム』。

 つい先ほども、2班としての行動中にフェイトの傍を無事すり抜けたのだから、効果は折り紙つきだ。

 そして、夕映が魔力探知用の精霊を操作して、アスナの周囲に張られている魔法無効化の範囲を調べる。

 祭壇にまで足を踏み入れたのは、士郎、楓、刹那、古菲、小太郎、夏美、夕映、朝倉、さよ、カモといった9人と1匹だ。

 奇襲の一手目は、船に残っている茶々丸による一撃だ。

 衛生軌道上に出現した彼女のアーティファクト

空とび猫アル・イスカンダリア』が直上からレーザーを降り注ぐ。

 察知したフェイトは障壁を展開してこれを防御する。

 ここで、ネギま部が姿を現した。

 フェイトの鼻先に飛び込んだ小太郎が一撃を加え、刹那がアスナの救出に向かい、楓は『造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカー』を奪い、古菲が調の牽制に回る。

 戸惑いを見せたフェイトが即座に反撃を開始する。

万象貫く黒杭の円環キルクルス・ピーロールム・ニグロールム

 互いの間の空間を埋め尽くすような黒杭に怯むことなく、小太郎はフェイトに体当たりをかました。

 小太郎が身に浴びた事で、黒杭の弾幕は人型にくりぬかれている。

 残った大量の流れ弾が少女達に降り注ぐ。

 その時、フェイトは小太郎の肩越しに、生み出された無数の剣を目の当たりにする。もちろん、行ったのは士郎がったが、フェイトはそれを知らない。

「まさか、ジャック・ラカンがいるのか!?」

 フェイトがそう疑うのも無理はない。

千の顔を持つ英雄ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロポーソーン』を複製できる人間がいるなど、想像外だ。

 なにより、つい数日前に彼が戦ったラカンは、『造物主の掟』で消滅させたというのに、自力で肉体を具現化するという化け物ぶりを発揮したほどだ。

 楓からのどかの手へと『造物主の掟』が渡される。

「……やっぱり、ダメです!」

 簡易版『造物主の掟』を持つフェイトに、のどかの強制転移魔法は不発に終わる。

 かわりに、朝倉が反撃の合図を行った。

「敵座標固定! 今だよっ!」

 再び、上空から衛生砲が発射される。

「リロケート!」

 直撃の寸前、かき消えるようにのどかたちは姿を消していた。

 

 

 

 アスナが傍にいたのが原因なのか、のどかの転移魔法では船まで届かなかった。

 再度試みようとしたのどかが、電撃に撃たれてその場に倒れる。

『造物主の掟』を拾い上げたのは、フェイトによく似た少年だった。

「『クゥィントゥム』、風のアーウェルンクスを拝命」

 フェイトに匹敵しうる敵の出現に、誰もが息を飲む。

 だが、フェイト相手に傷を負った小太郎はまだしも、この場には戦える者がまだいた。

 そんな望みも、入ってきた通信で消し飛んでしまう。

『急いで戻ってくれ! 火のフェイトが現れて、茶々丸がやられちまった!』

 切羽詰まった千雨の悲鳴に動揺が走る。

「……ここは俺が相手をする。みんなは船に戻れ」

「さすがに一人では厳しいでござるよ」

「神楽坂さえ守れれば敵は止められる。時間稼ぎをするなら、俺一人で十分だ」

 士郎は、勝つ事など度外視し、すでに捨て駒となるのを前提にしている。失うしかないとしても、捨てる駒は少ない方がいい。

「無事を祈るでござるよ」

 楓は、抱き上げたアスナや、非戦闘要因を『天狗之隠蓑』して駆けだした。

「ここで、倒してしまってもいいんだろ? ……なんて言えれば安心させられたのかな」

 そんな想像を思い描いて士郎が苦笑する。

「どれだけ時間が稼げるか試してみるといい」

 魔法世界人の常として、『クゥィントゥム』は士郎に驚異などかけらも感じていなかった。

 軽く一蹴しようとして、雷化した『クゥィントゥム』の前に、物によっては10メートルにも届く槍の柱が林立する。『千の顔を持つ英雄』で生成された槍の林だ。

 肉体を雷化すると、凄まじい速度を得られる替わりに、電気としての特性にも縛られる。

 金属の槍が避雷針となり、雷化した『クゥィントゥム』は思うように行動できない。

 雷化を緩くして動きの鈍ったところへ、飛来する士郎の双剣。

 だが、積層型障壁に阻まれてとうてい届かない。

「この程度で僕は止められない」

 茶々丸のレーザーの如く、頭上から雷が落ちる。

 この電撃の前には避雷針などなんの役にも立たず、足場そのものが破壊された。

 多くの槍が宙に舞う中、士郎が下の階層に落下する。

「終わりだ」

クゥィントゥム』が長大な槍を魔法で編み上げる。

「――轟き渡る雷の神槍グングナール!」

 対して士郎が投影したのは、2m程度の真紅の魔槍。それは、北欧の主神オーディンが持つ『大神宣言グングニル』を原典に、ケルトの英雄が所持したとされる宝具だ。

「――突き穿つ死翔の槍ゲイ・ボルク!」

 投じられた2本の槍は、全く同一の軌跡を、両端から描いた。

 衝撃と轟音をまき散らして、衝突した魔力が四散する。

「何!? 雷系最大の突貫力を誇る魔装兵具を相殺しただと!?」

 彼にしてみればあり得ない事態だ。彼は対峙する士郎に初めて驚異を感じとる。

 彼が知る由もないが、今の真名解放は魔力を込める時間があまりに足りなかった。つまり、本家に比べて非常に威力が低下した状態での発動にすぎなかった。

「――全て遠き理想郷アヴァロン

 天井が崩壊し、降り注ぐ瓦礫を、士郎の宝具はなんなく持ちこたえる。

「――投影、開始トレース・オン

 士郎が再び魔槍を手にしても、『クゥィントゥム』はまるで動じていない。

 なぜなら――。

「その槍は確かに強力だけど、当たらなければ意味はない」

クゥィントゥム』の体が再び雷化した。

 正面。しかし、ネギを翻弄できたラカンと違い、素質や実力の劣る士郎では、とても対応しきれやしない。

 それを察しているのか、『クゥィントゥム』は嘲弄するかのように、空間を縦横に飛び回った。

 視界の外側にまで逃げられては、士郎の目であっても捕えるのは不可能だった。

 士郎の背後に出現した『クゥィントゥム』が、勝利を確信して笑みを浮かべる。

 だが……。

「――刺し穿つ死棘の槍ゲイ・ボルク!」

 槍の穂先が、信じられない軌道を描いて、後方に向けられた。

 因果を逆転させるこの槍は、発動させた時点で『心臓を貫く』という事象を確定させてしまう。どれほど高速で動こうと、どれほど不規則に動こうと、この槍の前では無意味。

「ば、ばかな……」

 第三者が眺めていたなら、背後に向けられた穂先へ、『クゥィントゥム』自身が刺さりにいったように見えただろう。

「不思議だね。彼が自ら死を望むはずもないし、何かのタネがあるんだろうけど……。

 よく似た声音で告げたのは、『クゥィントゥム』よりも多少はなじみのある『テルティウム』だ。

「さすがは、あのジャック・ラカンから『千の顔を持つ英雄』を受け継いだだけのことはある」

「買いかぶりだよ。ラカンさんの弟子というなら、ネギの方だ。俺が持っているのは、模造品にすぎない」

「それなら、ネギ君との戦いで全てが決着するだろうね」

「話し合う余地はないのか?」

「全ては戦った後のことだよ。どんな理想も、力の裏付けがなければ無力だからね」

 身構えた士郎に、フェイトが魔法を発動させる。

「邪魔はさせないよ。──石の息吹プノエー・ペトラス!」

 周囲を覆い尽くす煙の中で、士郎はもう一つのアーティファクトを発動させる。

全て遠き理想郷アヴァロン』による結界が、煙を防ぐ。

「──石化の邪眼カコン・オンマ・ペトローセオース!」

 フェイトの瞳から発せられた光線がもまた結界に阻まれる。

 だが、士郎からの追撃はない。

「なるほど……。結界で動けないのなら、このまま煙を張っておくだけで、君を無力化できるわけだ。ネギ君から聞いていると思うけど、この煙に触れると石化するよ」

 言い残して立ち去るフェイトの後ろ姿が、煙の中に消える。

「…………」

 わずかに思案した士郎が『全て遠き理想郷アヴァロン』を解除した。

 フェイトの背に、冷たい感触が滑り落ちる。

 反射的に振り向いたフェイトは、煙が円形にくりぬかれるのを目にした。

 それを為したのは、撃ち出された螺旋状の剣。

 本来、積層多層障壁を主体に戦うフェイトが、このときばかりは本能的に回避を試みる。

 空間そのものをえぐるカラドボルグは、かつて、キャスターの障壁を貫いたように、フェイトの右半身を食いちぎった。建物の壁に大穴を空けて、彼方へと飛び去っていく。

 視界を覆っていた煙をフェイトが解除すると、そこには弓を構えた彫像が残されていた。

 身を守る結界を解けば数瞬で石化するのは、フェイトが口にしたとおりだ。

「呆れた男だね……」

 どれほど目が良くても、煙で視界をふさがれては運に頼るしかない。

 確率の低い一矢を射るためだけに、士郎は石化すら受け入れた。

 目的を全てに優先し、自身の過去や未来の全てを切り捨ててしまう行為。

 フェイトは、そこにどうしても自分自身を重ねてしまう。

 ラカンが『人形』と称した生き方を、彼は初めて敵方に見いだした。自分を見るラカンもまた、このような気分だったのだろうか?

 自分達のような『作られた存在』が背負う、目的を果たすだけの無機質な生。

 そのような存在が『人間』の中に混じっていたという事実は、彼に強い驚きをもたらした。

 それは、『人間』や『人形』という出自によるものではなく、当人の『意志』で変わる……変えられるという可能性に思い至ったためだ。

「君はそれで満足なのかい、贋作者フェイカー?」

 彫像となった士郎が答えを返す事はなかった。

 

 

 

つづく

 

 

  あとがき:意外な事に、『ネギま』世界には士郎の歪さを際だたせる要素が多いようです。あと、ちょっとだけ続きます。