『シロネギまほら』(69)完全なる世界との対峙

 

 

 

 かろうじて休戦状態を迎えたクルトとタカミチから、ネギの元へ急報が届く。

 現在、魔法世界の各地で起きている異変。クルトが見る限り、これは20年前に起きた『反魔法場アンチマジックフィールド』の再現であった。

 敵の拠点は『墓守り人の宮殿』。

 廃都オスティア周辺には、『造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカー』で呼び出された召喚魔が無数にひしめいていた。

 魔法世界人の攻撃が通じないこともあり、クルトは自ら頭を下げて協力を要請してきた。

 いずれ起こる魔法世界崩壊への対処どころか、すでに直面している魔法世界の危機までも、ネギ達は背負うことになったのだ。

 各国の混成艦隊が集中砲火を浴びせてこじ開けた突破口へ、単艦での突入を敢行するのは、『完全なる世界コズモエンテレケイア』への対抗手段を持つネギま部の面々。

 簡易版の『造物主の掟』を扱うのどかの奮戦も虚しく、保有数の比が明確な戦力差となって現れる。

 多くの破損を受けた『グレート・パル様号(仮)』は、不時着さながらに『墓守り人の宮殿』までたどり着いた。

 這々の体で船から下りた一同を出迎えたのは、見覚えのある一人の少女であった。

 

 

 

『ザジさん!?』

 少女達が驚きの声を上げる中、士郎が首をひねる。

「……知り合いなのか?」

 それは、士郎がただ一人遭遇していない、3−Aに在籍する少女の名だった。

 仮契約カードを取り出した彼女が、アーティファクトを発動させる。

 その名を『幻灯のサーカス』。

 本人の望む幸福な世界に閉じこめる能力を持つため、応戦にでたメンバーどころか、艦内に残った者達もほとんどが眠りに落ちていた。

 事態が把握できず、うろたえるのはまき絵と千雨の二人のみ。

「……ちなみにこの術は、リア充ほど聞きにくいポヨ」

「ちょっと待て! 佐々木はまだしも、私は典型的な非リア充だ!」

「本人が思ってるだけで、意外に充実してたんじゃないポヨか?」

「私がリア充? 佐々木と同列……?」

「何でショック受けてるの!? しっかりしてーっ!」

 愕然とする千雨を、なぜか慰めることになるまき絵。

「安心するポヨ。これから力ずくで突き落とすポヨ」

 敵意を向けられた千雨は、抗戦しようとして致命的な事実に気づく。

「って、ダメだ!? 私らじゃ全然戦力にならん!」

 だが、途方に暮れる二人をかばうようにして、倒れていた青年が立ち上がった。

『衛宮さん!?』

 味方ふたりにとどまらず、敵もまた驚愕に目を見開いた。

「早すぎる……ポヨ」

 まき絵や千雨のように効かない人間も確かにいる。

 しかし、効果の発現後に、自力で脱するのは非常に困難だ。なにしろ、胸の内に抱える闇が深ければ深い程、甘い夢の誘惑に耐えがたくなるからだ。

 

 

 

 夢の中で、士郎は両親と共に暮らす、ごく普通の学生だった。遠坂凛は同じクラスの委員長で、桜はなぜかその妹で、セイバーは英国からの留学生だ。

 放課後の彼は、セイバーの下宿先である深山町の剣道場に通い、教師でもあり師範代でもある藤村大河に毎日しごかれている。士郎は、道場主の切嗣やその妻子とも家族同然のつきあいだ。

 学園で、道場で、繰り返される、騒がしくも穏やかな日々。

 それは、第4次聖杯戦争が不幸な結末を迎えなかった世界。士郎は気づかなかったが、正しくは第3次聖杯戦争で復讐者アヴェンジャーが出現しなかった世界だ。

 

 

 

「確かに満たされた世界だろうけど……、それだけだ」

 士郎が持つ傷とは、第4次聖杯戦争の最後に起きた冬木大火災に起因する。

 だが、彼はそれのやり直しを望んだ事などない。

 大火災にそれまでの全てを焼かれても、彼は替わりに得たものがあったのだ。

 救ってくれた衛宮切嗣の理想を代わりに背負うという誓い。

 救済ではなく、理想を。

 それこそが、『衛宮士郎』の選択だった。

「……俺が救いたいのは、自分じゃない。みんななんだ」

 闇を抱える者は安寧を求める。

 そんな、『人』として当たり前の結論すら逸脱する『異端者』なのだ。

「正直に言って驚かされたポヨ。だけど、君一人で私は止められない」

 彼女の目に、勝敗は明らかだった。

「だから?」

「戦うのは無駄ポヨ」

「だから?」

「……どれほど抵抗しても、自己満足に過ぎないポヨ」

「止められなくても、無駄だとしても、投げ出す理由にはならない。たとえ、理想を抱えて溺死すると、わかっていてもだ!」

 士郎にできることは、溺死しないように頑張ることだけ。

 いや、溺死するまでに、どれだけあがけるか。それこそが彼の生き方なのだ。

「諦めの悪い相手には、やはり力ずくポヨ」

 十本の指を鋭い鎌に変形させた少女を、士郎は投影した『千の顔を持つ英雄ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロポーソーン』を双剣にして迎え撃つ。

「今のうちにみんなを起こしてくれ! さっきの台詞だと、時間がかかっても目覚める可能性はあるはずだ」

『わかった!』

 仲間達に駆け寄る千雨とまき絵。

「不可能ポヨ。この男も長くは保たない」

「馬鹿言ってんじゃねー! お前が言ったように、私らは諦めが悪いんだよ! 衛宮さんだって、こいつだって!」

 抱き起こしたはずの体重が、千雨の腕の中から消失する。

 次の瞬間、稲光を纏った姿で、少女の傍らに出現するネギ。

「はじめまして。……ザジさんのお姉さん」

 覚醒したネギが、ポヨ・レイニーデイ(仮称)に問いかける。

「夢の中で、助けてくれたザジさんと話をしました。『完全なる世界』と無関係のあなたが、なぜ、僕を止めようとするんですか?」

「この世界はやがて滅び、生き残った者達が地球人類と戦争を始めるポヨ。未曾有の危機を回避するため、英雄の息子が無謀な選択をしないよう監視するのが私の目的」

「大丈夫です。なんとかなります」

「私の研究期間の試算では、最短で9年6ヶ月もすれば崩壊は始まるポヨ」

 おそらく最後通牒のつもりで告げたポヨの言葉に、ネギはまるで動じない。

「それだけあれば十分です。……フェイト・アーウェルンクス! 見ているんだろう?」

 この場にはいない相手へネギが呼びかける。

「僕には魔法世界の崩壊を食い止める手だてがある! 9年後まで崩壊しないというなら、それまでの時間は僕に預けてもらう。そっちの計画を実行するのはその後だ!」

「たかだか、10年しか生きていない、子供の戯言を信じられないポヨ」

「僕一人の思いつきじゃありません。みんなと話し合って決めたんです。ポヨさんもフェイトも説得してみせます。だって……、二人にも手伝ってもらうんですから」

 ネギは改めてフェイトを挑発する。

「聞け、フェイト! 僕は君らが切り捨てた他の可能性を見つけ出したぞ! それを否定したかったら、話を聞いた上で、堂々と論破したらどうなんだ!?」

 

 

 

つづく

 

 

  あとがき:士郎がザジと対面するのは、帰還後の予定だったため、原作で登場した時には、今後の展開に焦りました。