『シロネギまほら』(68)その時、刹那と高音に衝撃走る

 

 

 

 かねてから懸念のあった『闇の魔法マギア・エレベア』行使による副作用が、ここに来て顕在化し始めた。

 闇の眷属ではないネギが使用した場合、闇と魔に浸食されるのは当初から巻物内のエヴァから指摘されていたことだった。

 このまま進めば、ネギは人外の化け物になってしまうだろう。

「それがどうかしたのか?」

 心配する少女達の訴えに、士郎は平然としたまま首をかしげる。

「なんだよ、それ!? あんた、そんな冷たい人間だったのか!?」

 強く難詰する千雨に、士郎が戸惑いながらも応じる。

「人間でなくなることを、みんなが重く受け止めているのは俺にもわかるよ。だけど、それを不幸なことだと決めつけるのは価値観の押しつけだと思うんだ」

「どう考えたって、重大事じゃねぇか! あんたの常識はどうなってんだよ!」

 出会った当初、常識人だと共感した経緯もあって、千雨は荒い口調で怒鳴りつけてしまった。

「理由はいくつかあるんだけど……。誰かに強制されたわけじゃなく、あくまでもネギ本人が望んだと言っていただろ。ネギのことだから、デメリットも考慮した上での判断のはずだ」

 士郎の主張を端的に言い表すなら、自己責任ということになる。

 ただし、この点については士郎の思いこみが含まれていて、ラカンや残留思念のエヴァは『人外化』が低確率であることや些事と捉えていたため、ネギ本人に全てを告げていないという事情がある。

 ネギもまた、深く考慮することなく場当たり的な決断をしており、士郎が考えるよりも遙かに浅いレベルでの覚悟しか持ち合わせていないのだ。

 あえて弁護するなら、デメリットを自覚していても決断する可能性は大いにあった。

「それと、人間じゃなくなることを不幸な事だと決めつけていないか? それは人間以外へすごく失礼な考えだと思う」

 名指ししないが、仲間にはエヴァや刹那といった別な種族も存在している。二人はそれぞれに不幸な生い立ちと言えたが、その理由は種族そのものではなく境遇によるところが大きかった。

「どんな代償を背負ってでも、ネギ本人が得たいと望んだ力なんだ。それを同情されても、ネギを困らせるだけだろう」

 事情を知らない千雨は、士郎が他人事だから軽く考えていると感じたが、事実は全くの逆だ。

 士郎の非常に『近しい』人物が、奇跡を望んで物質世界を超越した守護者となっている。人としての生を捨て、世界の奴隷となり、滅びをもたらす惨状へ赴き、多数のために少数を殺し続ける存在だ。

 すでに『彼』の境遇や心情を知っている士郎だったが、それでもそんな状況に陥った場合に自分もまた契約するのだろうと薄々悟っていた。

 士郎にとって、ネギの判断は他人事どころか、自分と大きく重なり合う決断と言えた。

 士郎の歪みを知っているハルナや美空、そして、修羅場をくぐり抜けた経験のある龍宮や楓なども、彼の覚悟を感じ取っていた。

「…………」

 千雨が唇を噛む。

 思い返せば、ネギと再会した当初のアスナが『闇の魔法』の危険性を言い立てた時、千雨自身が『ネギなりに考えた決断』としてたしなめている。

 思わず士郎へ当たり散らしてしまったが、全て自分に跳ね返ってくることに気がついた。ネギを止められる場所にいた自分が、リスクを甘く見積もったツケなのだから。

 ……しかし、千雨の心配や後悔は杞憂にすぎなかった。

 ネギは暴走を自力で止められないなら、仲間達に頼ろうと思い至ったからだ。

 事実、彼には、彼を心配し体を張れる仲間達がいた。それも、彼を力で止められるだけの実力者達が。

 それを考えると、ネギが自覚していなかっただけで、彼が救われるのはとっくに決まっていたようなものなのだ。

 

 

 

 アスナに変装していたルーナは、ネギとの仮契約であっさりと正体が露見した。

 フェイトからは、作戦開始時に以降の離脱も認められており、ネギとフェイトの仲を取り持ちたいと申し出た彼女は、協力を約束している。

 ネギには内緒で、真名がギアスに似た契約を済ませたため、ルーナが敵対行動をとる心配はないだろう。

 仮契約はルーナだけにとどまらず、ネギは総督府のパーティーに出席した際、古菲や茶々丸とも済ませており、今は祐奈やら亜子相手に仮契約に勤しんでいる。

 小太郎の方でも、夏美との仮契約を結んでいた。

 

 

 

 そして……。

「士郎さん。ウチと仮契約せぇへん?」

 カモが、即座にキュピーンと目を輝かせる。

「なっ!? な、なんでなん、このちゃん!?」

「なぜ、いきなりそんな話になるんですか!?」

 このかの発言内容に、刹那と高音が慌てだした。

「おおっ!? これは!?」

 ハルナの逆立った二束の髪が、何かに反応して触覚の様に揺れる。

「士郎さんは魔力が足りないから、エヴァちゃんと仮契約しとるんやろ? それやったら、今は魔力が足りひんのやないかと思うて」

「確かに不便ではあるけど、近衛はそれでいいのか?」

 理屈だけで考えるなら有り難い申し出だが、純真なこのかにそんな気遣いをさせたくない。

 恋愛的な感情を抱いていないからこそ、士郎は彼女の思いを尊重したかった。

「お、お待ちなさい。近衛さんの魔力が膨大なのはわかっていますが、つい最近まで一般人だった人に、そんな責任を負わせるわけにはいきません。こ、ここは、仕方がないので私が……」

「それは駄目だろ」

 士郎本人に拒絶されて、高音が反駁する。

「どうしてですか!? そんなに私が嫌いですか!?」

「好き嫌いじゃなくて、魔法で戦う高音から魔力をもらうわけにいかないだろ」

「では、近衛さんは?」

「近衛は、大きな魔力を持っているわりに、攻撃魔法をほとんど使えないからな」

 また、このかに期待される治癒術士としての役割も、そのほとんどがアーティファクトの性能でカバーできる。『コチノヒオウギ』も『ハエノスエヒロ』も、使用するだけで効果を発揮するタイプなため、所有者の魔力に依存しないのだ。

 そして、ネギが多くの従者を抱えていることを考えれば、このかの従者が大量の気を有する刹那ひとりという現状は、魔力が有効活用されていないと言える。

「待ってください。近衛さんの事情はわかりましたが、衛宮さんは剣士でしょう? そんな大魔法を使えるとも思えませんが?」

「俺が使っているのは投影という武器を作る魔術なんだ。投影数を増やすにも魔力が必要だし、中には力を発揮するために、大量の魔力が必要な品もある」

 本来、魔法使いは自分の使える魔法から覚えていく。行使できない魔法を覚えても、意味がないのだから当然だ。

 しかし、士郎は否応なく覚えてしまった。困ったことに、本人の努力で魔力量を増大させるのは困難なため、こちらも死蔵されているような状態だ。

「うちはせっちゃんが戦っている間、守られているばかりでなにもできひん」

「そ、そんな……、このちゃんが気に病むことでは……」

「うちもみんなのために、もっとなにかしたいんや」

 このかの無力感は士郎にも理解できる。

 彼の経験した聖杯戦争において、開始当初の士郎は投影を使いこなせず、中盤ではセイバーも奪われ自身は重傷を負い、力不足から悔しい思いをしたからだ。

 魔力があっても戦う術のないこのかと、術があっても魔力のない士郎。

 才能にあふれ存分に戦える者達に、この悔しさは理解できまい。

 それを解消できる手段が、いまこの場にはあるのだ。

 

 

 

「いいか、近衛?」

「ええよ」

 見つめ合う真摯な瞳。

「不思議だよね〜。年齢的にも一番恋愛向きの組み合わせなのに、一番、恋愛からほど遠いんだもん」

 ハルナの直感では、これまでのどの事例よりも、この二人は恋愛感情に乏しかった。

 修学旅行の直後に顔を会わているため、士郎とこのかは3−Aメンバー内ではつきあいが長い方だ。しかし、個人的な事情に触れる機会はほとんどなく、挨拶を交わす程度の仲でしかない。

 このかの出会った士郎は『いい人』であり、その第一印象は今も変わらない。その点だけを見れば、非常に希有な存在とも言えるが。

 涙目で鼻を鳴らしながら見つめる刹那と、頬を紅潮させて唇を噛んで悔しがる高音。

 二人の前で口づけがかわされると、士郎の二枚目の仮契約カードが出現する。

 一番手前にアーティファクトが描かれ、その後ろに腕を組んで仁王立ちした士郎という図案だった。

「これは盾……かな? ――来れアデアット

 出現したのは、二等辺三角形に近い縦長のフォルムを持つ、黄金のアーティファクト。やや厚みがあり、その上部には細長く深い溝が刻まれている。

「どこかで見たような気がするな……」

 明確な記憶などではなく、夢のようなはかない思い出の中に。

「――投影、開始トレース・オン

 上方に投影した黄金の剣が、重力に引かれて落下する。

 エクスカリバーをすっぽりと納めたアーティファクトの名称は『全て遠き理想郷アヴァロン』。かのアーサー王が所持していた鞘を模した破格の宝具であった。

 能力は、所有者一人を対象とした、負傷や状態異常の全回復と、あらゆる物理・魔法による干渉の遮断だった。

 原典に及ばない唯一のデメリットが、結界の拘束による使用時の移動不可だった。

「……あんまり使えないな」

『なんでよっ!?』

 価値を弁えていない所有者の一言に、全員が声をそろえてツッコんだ。

「だってさ……、つまり自分にしか使えないわけだろ。これだと、誰かを助けられない」

 士郎にしてみれば、危機に瀕して自分だけが助かるという選択はあり得ないのだ。他人に使用可能であれば、士郎は心底喜べただろう。

「こう考えればいいだろ。傷を治しながら長時間でも戦えるし、バリアーも張れるから囮にもなれる、ってな」

 千雨の指摘に士郎が頷く。

「なるほど。……どれだけ大怪我しても戦えるのか。そう考えれば、すごく使えるアーティファクトだな」

 いまさらな評価に、皆が呆れてしまう。

 ただし、ハルナだけは別で、その顔が青ざめていた。

 どんな怪我でも治るというなら、怪我を心配して手控えたりしないということだ。

 囮になるということは、より危険な役目を引き受けるということだ。

 死ぬ寸前まで突き進むための口実、或いは免罪符を士郎は手に入れた事になる。

『全て遠き理想郷』とは、士郎にとって薬であると同時に、毒ともなりうる劇薬だった。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:アーティファクトは一人一種の方が望ましいと考えています。そうでないと、全員がネギ・小太郎・このかと仮契約することで、所有アーティファクトの総数が3倍に増やせます。
 とは言え、『原作準拠(笑)』ということで、士郎にも二つ目を与えることにしました。
 なんでもありは避けたかったので、今回も『Fate』の類似品となっています。そのまま過ぎる名称ではなく、『騎士王の鞘』あたりを予定していたのですが、ラテン語にするとヤバかったので、自粛(笑)。
 メリットとデメリットは、物語を盛り上げる大切な要素で、そのバランスが非常に難しいと思っています。
 その点、ハンター×ハンターのG・I編で登場したカード類の設定はとても上手いと思います。魅力的な効果のカードには、厳しいデメリットが存在しており、気軽にほしいと言えない条件がありました。作者のシビアさがよく出てると思います。