『シロネギまほら』(67)机上で論じられるネギプラン

 

 

 

 ラカンは対決の最中、ネギの強さとはその開発力にあると評した。

 開発力とは、無から有を作り出す奇跡などではない。常識的な枠に捕らわれない発想や、多くの魔法理論に対する知識、それらを組み合わせる感性によって成り立つものだ。

 そのネギが今、時間を十倍に引き延ばせるダイオラマ魔法球に籠もって、入手した『造物主の掟コード・オブ・ザ・ライフメイカー』の解析を行っていた。

 幸いにも、さまざまな知識を引き出せる夕映の存在がそれを手助けした。

 

 

 

 仲間を取り戻すため、帰還用ゲートを取り戻すため、旧オスティアを目指す『グレート・パル様号(仮)』内。

 ネギに呼ばれて、乗船する仲間達が顔をそろえた。ちなみに、総督府訪問前に比べると、フェイトに敗れたラカンが姿を消し、かわりに龍宮が加わっていた。

 説明を前に、ネギは前提条件を振り返る。

 クルトから読み取ったのは、メガロメセンブリアの市民は実在する『人間』だったが、それ以外の魔法世界人の多くは『幻想』にすぎないという事。

 ローブの魔法使いデュナミスから読み取れたのは、『造物主の掟』の最上位に位置するグレートグランドマスターキーならば、創造主と同等の力を駆使することができるということだ。

「のどかさんが敵の記憶から読み取ったとおり、最上位の『造物主の掟』があれば絶大な力を行使できます。ですが、決して万能ではありません」

「んー? のどかの話だと、死んだ人でも生き返らせることができるんでしょ?」

 ハルナの疑問ももっともで、皆も不思議そうな顔だ。

「考えてみてください。本当に万能ならば、とっくに思い通りの世界へ作り替えているはずなんです。魔力の枯渇を避けたいなら、必要な魔力を生み出せばいい。どちらもできない以上、論理的に考えて『造物主の掟』には明確な限界が存在するはずです」

 いくつかの事例を参考に、ネギはその限界の把握に努めていたのだ。

「ラカンさんはフェイトに敗れましたが、勝敗がつく……いえ、闘いとなる事自体不思議だとおもいませんか? これは、念じるだけではラカンさんを消滅できないということです。総督府での闘いも、魔法世界人を全て消すようなことをしていません。逆に、旧世界人の魔法は通用するのに、本来人間のはずのメガロメセンブリア警備兵の攻撃はなぜか防がれています」

『造物主の掟』の限界を探ると同時に、ネギはこれまで気づかれていない可能性を見出していた。

 すなわち、『敵の所有する強大な力』を使って、『敵にはできない解決方法』の追求だ。

 定義自体が矛盾するこの難題に挑み、ネギはなんと答えにたどり着いた(笑)!

「アスナさんもよく聞いてください。僕はこの世界を救う方法を考えつきました」

「え? ほっ、本当なの!?」

 

 

 

「まず、魔法世界が崩壊するというのならば、魔法世界を捨てて、旧世界に移住するのが一番安全だと思います」

「ちょっ、ちょっと待てよ、先生。全部で12億とか言ってただろ? それを移住させるなんていくらなんでも不可能だ」

「だよねー。住めるだけの土地がないし、どこの国だって受け容れられないよ。それでなくても国境だー、資源だーって紛争が絶えないんだから」

 当然のごとく千雨やハルナが指摘する。

「確かにその通りです。ですから、移民するための土地を準備するところから始めます。魔法世界が火星に重なっているのなら、移住先は火星にするのが確実だと思います」

「えーと、魔法世界人なら火星にも住めるわけ?」

 ためらいがちに朝倉が確認する。

「さすがに無理でしょう。少なくとも、地球に酷似した環境までテラフォーミングする必要はあると思います」

「それには時間がかかるだろ。魔法世界はどれだけ保つんだ?」

 士郎の質問に、ネギが深刻な表情で答えた。

「……それはわかりません。優秀な魔法使いが、魔法世界における魔力消費を押さえ、できるだけその限界を引き延ばす必要があります。『造物主の掟』を使用すれば、魔法世界の法則を大きく変えることも可能でしょう」

「具体的にどんな作業になるんだ? ビルの監視制御室担当みたいな仕事で済むのか?」

「世界規模で調整することを考えれば、結界の中で自我と世界を直接つなぐような形になるかもしれません」

「寝たきりみたいな状態で、何年も……か?」

「何年ではなく、何百年も、です」

「……誰がするんだ?」

「それは、魔法の実力や適性の問題もありますから、これから検討していくことになります」

「いまから選別するようじゃ、実現性が低すぎるだろ。そもそも、実証済みなんじゃなかったか?」

「あっ……!?」

 士郎の指摘で、ネギは自分の失態に気づく。

「自分でやるつもりなのか?」

「ちょっ! どういう事よ、ネギ!」

 やはり、というべきか真っ先に反応するアスナ。

 他の仲間達が、口々にネギを問いつめていく。

「すみなせん。でも、他に方法はないんです。みんなも知っているでしょう。『完全なる世界コズモエンテレケイア』に消されていったこの世界の住人達を。他の犠牲者を出さないためにも、違う方策が必要なんです」

「……それは、俺でも可能なのか?」

「士郎さんまで!」

 声を上げたハルナに視線をそらすことなく、士郎はネギを正面から見据えていた。

「士郎さんでは実力が足りません。もっと高度な魔法技術の持ち主でなければ」

 ネギは躊躇うことなくそう告げた。その表情がどことなくほっとして見えるのは、その理由のおかげで士郎へ押しつけずにすんだからだ。

 この時のネギは、可能性の追求を焦りすぎたばかりに、詳細な検証をおざなりにしてしまった。後に、見過ごしていた事実に直面した彼は愕然とすることになる。

「じゃあ、ネギが封印されたとして……」

「士郎さん!」

 アスナが声を荒げるも、士郎は構わず先を続けた。

「その後に、計画を進めるのは誰なんだ?」

「学園長やタカミチ達に頼みます」

「頼んでどうなるんだ?」

「ですから、いろんな国や国際的なNGO団体に働きかけてもらうんです」

 その言葉に、聴衆の間からは微妙な空気が醸し出される。

「そりゃ、無理だろ」

「ちょっと間をはしょり過ぎだよね」

 冷静につっこむのはやはり千雨や朝倉だ。同様に士郎も追求する。

「学園長はあくまで学園の長で、せいぜい、関東規模の魔法協会の責任者にすぎない。そんな学園長にどれだけの人脈と、権限があるんだ?」

「だって、士郎さんのパスポートとかも手に入れたし、国との協力体制だってあるはずです」

「はず、というには根拠が薄い。魔法的な偽造かもしれないだろ。なんのつながりもなかったらどうするんだ?」

「でも、それができないと、この世界の住人の多くが死んでしまうんですよ!」

「気持ちはわかるけど、それだけじゃ動いてもらえない。国や組織を動かすなら、せめて見返りぐらい無いとな」

「テラフォーミング技術があれば、地球の砂漠を緑地化することだって可能なはずです」

「話が逆だろ。砂漠の緑地化すらできていないのに、火星のテラフォーミングなんてできるはずがない」

 士郎があっさりと否定する。

「それを言うなら、緑地化する技術を生み出して資金調達するのが先だね」

 ハルナが言うと朝倉もその先へ話を進める。

「うまくいけば、大企業にもつなぎができて、中東に恩を売れる。産油国を引き込めれば、先進国や国連にも話を通しやすくなるんじゃない?」

「そ、そうですよね。これなら計画も進められます」

「……ネギの頭がいいことは知ってるけど、それでも一人で考える事には限界がある。本当に正しいのか、問題点は残ってないか、他の手段はないか。先走ったりしないで、きちんとみんなに相談してくれ」

「そう……ですね」

 子供なだけに、ネギは善意や理想しか目に入らない傾向にある。

 士郎自身も他人のことは言えないが、ネギの場合は直接的・間接的に多くの人を背負っているのだ。慎重さが求められるのは当然のことだった。

「テラフォーミングっていうのは、地球人が住めない環境の惑星を、地球に似せるための改造技術のことだよな? 大気成分を人が呼吸できるようにしたり、惑星の表面温度を人類が生存可能な状態に保ったり、そういう事が本当に可能なのか?」

「純粋な科学技術だけでは難しいと思います。ですが、魔法というのはもともと自然に根ざした技術なんです。自然の精霊を操るのが目的で発展した力なんですから。魔法世界が火星にあることを考えれば、火星には魔力を生み出すだけの土壌があったでしょうし、魔法が使用可能なはずです」

 大気組成などは魔法で対処できるらしく、大気層の変質で人為的な温暖化を行い、もとから存在する氷を溶かすことも可能なようだ。

「理論上は可能だったとして、どうやって火星まで行くんだ? 月にすら簡単に行き来できないんだぞ」

「軌道エレベータを建造します」

「なんだって、いきなり軌道エレベータが出てくるんだ? そもそも火星へ往復する手段すら確立してないのに」

「いえ。魔法世界を見てのとおり、空に浮かんだり、飛行したりするのは、魔法の使用法として一般的なものなんです。むしろ、無重力の方が移動し易いんじゃないでしょうか。魔法を動力源にすれば、宇宙船の軽量化、機関部の省スペース化が可能になります。軌道エレベータも、魔法の使用が前提なら設計や構造が簡略化できます」

「移動が可能でも、火星側には軌道エレベータがないんだぞ。向こうで建設するには、必要資財を延々と送り込み、同じだけの建設期間がかかるわけだろ?」

「この魔法世界はそもそも火星に存在するんです。少し危険はありますけど、どこかの空間に穴をあければ、旧世界の火星に建設機械を搬入することもできるでしょう。同時進行で建設を進めれば、大幅に時間を短縮できるはずです。……あっ!?」

 そこまで口にしたところで、ネギはもう一つ思いついた。

「さっきの国や企業への協力要請ですけど、こういう方針はどうでしょうか? 今話した通り、僕たちはすぐにでも火星へ降り立つことが可能です。そこで、火星にある無人探査機の前に文章を残したりして、最も早い火星到達者だと認めさせます。開発に賛同してくれた国や企業には、火星の土壌サンプルを優先して渡したり調査の便宜をはかります。これを拒否した組織は、火星に眠る資源確保や技術開発からも遅れるわけですから、こぞって参加してもらえるんじゃないでしょうか」

「脅迫に近いけど、それなら、自主的に参加してくれるかもな……」

 士郎は別な疑問点に言及する

「そうなると、魔法の公表が前提にならないか? 超の計画を阻止しておきながら、自分で公表するのか?」

「……それはその通りです。簡単に言葉を翻すのは恥ずかしいですけど、今必要ならば、魔法の公表をしてでも計画は押し進めるべきだと思います。魔法世界の人々を救うためなら、みっともないことでも、後ろめたいことでも、成し遂げて見せます」

「じゃあ、もう一つ確認させてくれ。『完全なる世界』はどうするんだ?」

「もちろん、それまでに決着をつけるつもりです」

 断言するネギに、士郎は不思議そうに問いかけた。

「……戦うのか?」

「だっ、だって、『完全なる世界』は前大戦の黒幕ですし、僕にとっては両親の仇とも言える存在なんですよ」

「倒すまで1年かかるとして、その間、計画を後回しすることになってもか?」

「そんなつもりはありません。ですが、『完全なる世界』に妨害されたら、計画そのものが頓挫してしまいます」

「妨害されると思ってるのか?」

「……え?」

「『完全なる世界』の目的が魔法世界の住人を救うことなら、ネギを妨害しても得することなんて何もないぞ」

「そ、そんな!? 『完全なる世界』はグレートグランドマスターキーを使って、都合のいい世界に創り変えるつもりなんですよ」

「それで多くの人が救われるならそれでもいいんじゃないか?」

「士郎さんは『完全なる世界』の味方をする気なんですか?」

「そうじゃない。ネギの案が絶対に間に合うという保証がない以上、代替え案はあってもいい。いや、並行して進められるなら、いくらあってもいいくらいだ」

「でも、『完全なる世界』は……!」

「気持ちはわかる。だけど、『造物主の掟』のような技術や情報を握っているかもしれないのに、個人的な感情で切り捨ててしまう気か? 救える可能性を増やすためなんだ。仲間だけでなく、敵とだって手を組むべきだ」

 士郎が根本的な質問をネギにぶつける。

「ネギの目的はなんだ? 『完全なる世界』を滅ぼすことか? それとも、魔法世界を救うことか?」

「……『完全なる世界』を倒しても、それだけでは魔法世界を救えないんですね。それどころか、時間を浪費して、他の可能性を潰すことになる」

 ネギの脳裏に、最後に会ったフェイトの顔が浮かぶ。

「僕はフェイトとも仲良くするべきなんでしょうか?」

「敵だからといって、皆殺しにするわけにはいんだ。俺は多くの人を助けたい。区別することなく、できるだけ多くの人を」

 士郎の言葉に後押しされて、ネギは様々な事を飲み込むことにする。

「そうですよね……。僕はあのフェイトとだって、友達にならなきゃいけない……。MM元老院の様に切り捨てたりしないために。『完全なる世界』の様に幻の中へ逃げ込まないために」

 あらたな目的を得て、ネギの目に情熱の灯がともる。

「旧世界への移住なんて……本当に可能なの?」

 アスナが、いつもの彼女らしくない、不安げな様子で問いかける。

「実現してみせます」

「フェイト……と、友達になる気?」

「それが、この世界のためになるのなら」

「…………」

 ネギの決意に気圧されたように、アスナは呼吸する事も忘れ、じっと瞳を見つめていた。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:正直言って、原作ネギ案はフォローが不可能なほど、机上の空論だと考えています。そもそも、軌道エレベーターとかテラフォーミングという言葉を使いたいだけで、問題の出題者(作者)が正答を持ち合わせていないように思えます(笑)。
 ですが、『シロネギ』の基本スタンスは原作添いなので、多少なりとも補填する形で進めて行きます。
 唐突すぎる「友達になりたい」というネギの主張も、義務という形ならば容認しやすいのではないかと……。