『シロネギまほら』(66)正義の味方はせわしなく
ネギが激昂したクルトと戦闘状態に陥ってすぐ、『グレート・パル様号(仮)』も動き出した。
千雨が電子精霊で総督府にハッキングを仕掛け、警戒網に隙間をこじ開けて侵入をサポートする。
合流予定地点の屋上へ到達した頃、総督府内部に目を光らせていた朝倉が驚愕の言葉を発した。
「なによ、こいつら!?」
招待客の集う広間には、黒ずくめの異形な存在がぞろぞろと出現していた。
千雨が総督府の情報から『敵』の襲来を察知する。
「まずいぜ。どうやら、別口の敵が現れたみたいだ。フェイト達の手下じゃねぇのか?」
警備兵達の攻撃をものともせず、暴れ出す化け物達。
「ネギ達と合流したら、そのまま脱出するんだ」
あらためて行動予定を口にした士郎に、ハルナが応じる。
「最初からその予定じゃない。わかってるってば♪」
しかし、士郎が問題発言を口にするのはこの後だ。
「俺が戻ってこなくても、待たずにそのまま出発してくれ」
「……え? どういう事?」
「ちょっと、助けに行ってくる」
それこそ、買い物に出かけるような気易さで、士郎があっさりと口にした。
「ま、待って。待ってよ。総督府って、つまり、敵地じゃない。わざわざ助けに行くわけ?」
慌てた朝倉が思わず問いかけた。見捨てるとまでは言わないが、だからといって、積極的に助けに行くのもまた別の話だろう。
警備兵の攻撃が通じないのならば、孤立無援で化け物集団と戦うことになる。そのうえ、無事撃退したら警備兵に拘束されるかもしれないのだ。
「敵が総督府だというならまだしも、これは犯罪とかテロの類だろ? 無関係な客が犠牲になるのは見過ごせない。それに、綾瀬や高音達も放っておけない」
「……はぁ」
呆れたようにハルナがため息をつく。
「士郎さんには言っても無駄だもんね〜。でも、さすがに一人ってのは無謀すぎるんじゃないの? 多勢に無勢ってもんだよ」
「私も行くわよ!」
とアスナが名乗りを上げる。
「駄目だ」
「なんでよ!? 私の力は知ってるでしょ? あの手の化け物相手なら、めっぽー強いんだから!」
自信満々で主張するアスナ。力の劣化を知らずに本心から訴えているのか、全てを承知の上で演技をしているのか、士郎では判別できなかった。
「今は『ハマノツルギ』の調子が悪いんだろ。無理はさせられない」
「それなら、俺が兄ちゃんと一緒に行くわ」
「ちょっ、小太郎くん!? 危ないよ!」
慌てて止める夏美は知らないが、小太郎はもともと荒事で暮らしてきた人間だ。彼にしてみれば、拳闘士としての生活すら、むしろお上品な部類に入る。
「大丈夫、小太郎君?」
夏美のような感情論ではなく、ハルナが問いかける。
「場所を選んで分身を使えば数でも負けへんし、影転移もあるから撤退も可能や」
「んじゃあ、このまま屋上で待機するのは危険だから、プランBに変更するわよ。次の合流地点はは浮遊島の最下部。物資搬入口でみんなをピックアップするわ」
「千雨ちゃん、浮遊島全体の地図を引き出せる? 『
「わかった」
直前までネギ達もいた大広間では、非常に不利な闘いが行われていた。
襲撃者に対し警備兵の攻撃はまるで通用せず、高音達や夕映達が戦闘の矢面に立って、招待客の避難を支援していた。
任務の一環として行動する戦乙女騎士団や、理想の高い高音やそれに心酔する愛衣はまだしも、美空は大いに不満を抱いている。
美空の祈りが通じたのか、この場にようやく援軍が到着した。
「衛宮さん!?」
「小太郎さん!?」
高音と愛衣が意外な人物を目にして驚きの声を上げる。
わずか2名の援軍だが、士郎の持つ多数の剣や、小次郎の影分身は非常に頼もしい援軍だ。
虚空に生み出した剣を投じるという士郎の攻撃方法は、投影によるものではない。
『
その一方で、士郎が全力で作り上げる投影総量を、単品で凌駕してしまう。
『
魔力量に不安のある士郎としては、多数の敵を相手取る場合にとても心強い。真名解放では火力が過剰すぎるため、通常戦闘においてはむしろこちらの方が使い勝手がいいくらいだ。
「一般客の避難は完了したです。あなた達も避難してくださいです」
夕映は騎士団員の一人として、臨時の協力者達に促した。
「それなら、そっちも俺達に同行してくれ。最下層まで船が迎えに来る予定なんだ」
非戦闘員を守る必要もなくなり、多勢を活かせないない狭い通路上では、士郎達一行を押しとどめるのはまず不可能だ。
彼らは遭遇する敵を蹴散らして、最下層まで無事に到着する。
しかし、肝心の『グレート・パル様号(仮)』はいまだ到着していなかった。
ここまで誘導してくれた『渡鴉の人見』を通じて朝倉から連絡が入る。
『ごめん、衛宮さん。ネギ君の方で問題が起きて、自力で下に向かうのは不可能なんだって! 屋上で拾うから、そっちの合流は少し遅れそう!』
「わかった。……高音は空を飛べたよな?」
「ええ。数名ならば、影の使い魔に乗せられます」
「俺も大丈夫や」
「この倉庫をさがせば、箒くらいあると思うです」
「聞こえたか? こっちは自力で脱出できそうだ」
『わかった。それともう一つ、ネギ君の脱出時に宮崎とくーちゃんがはぐれちゃったんだって!」
「どのあたりだ? 正確な場所はわかるか?」
『今から探しに行っても、二重遭難になるだけよ。くーちゃんも一緒だからきっと大丈夫だって』
わざわざ釘を刺したのに、士郎はまったくブレなかった。
「さっきも言っただろ。合流が遅れた場合は俺のことは放っておいてかまわない」
『ちょっと、ちょっとー!?』
パシィィッ! パキャァァン!
「あっ……と、どうやら行かずに済みそうだ」
『え? なに? どうなったの?』
「宮崎が転移魔法でここに到着した」
出現したのは、朝倉の言葉にあったのどかと古菲だった。
「敵の魔術師から逃げて来たんですが、この杖を追ってくるかもしれません。みなさん、気をつけて……」
言い終わるまもなく、のどかの後頭部をローブの男が鷲づかみにする。
「動かぬ方がいいぞ。この小娘の首を……」
脅しの言葉を言い終えるより先に、鉄塊が彼の仮面に直撃する。
「うるさいアル!」
反射的に動いた古菲の『神珍鉄自在棍』が、持ち主の意志に応じて伸張し、ローブの男に一撃をくらわせたのだ。
「こいつは、ゲート襲撃犯のひとりか!?」
気づいた士郎も、『千の顔を持つ英雄』による攻撃で男を牽制する。
「その杖はなんとしても返してもらうぞ」
強い意志を見せる魔術師との戦闘が開始される。
数で言えば大きくこちらが勝っているのに、それでも決定打は与えられない。
「さっきの転移魔法をもう一度使えるか?」
士郎の問いかけに、のどかが表情を曇らせた。
「は、はい。でも、さっきみたいに、すぐに追いつかれてしまうから……」
「そうじゃない。今度はあいつを飛ばすんだ」
「あっ!? わ、わかりました!」
読心術師たるのどかの真骨頂。
敵の記憶を読みとった彼女は、敵から奪った『
「リロケート!」
「小娘っ!?」
ゲート崩壊時と似たような状況が、敵味方を入れ替えて再現された。
「魔法世界の裏側に転送しました。すぐには戻ってこれないと思います」
『造物主の掟』を失った敵は、自力で帰るか仲間の救助を待つしかない。どれほどの力を持っていようと、『造物主の掟』には及ばないはずだ。
ようやく落ち着いたところで、のどかから説明を受ける。
茶々丸が持つ結界破壊機能で幻灯室から脱出したネギ達の元へ、ゲート破壊事件の調査をしていたと言うタカミチと龍宮が姿を現した。
クルトの押さえにタカミチだけを残し、『
建物の崩壊に巻き込まれて分断されたのどかと古菲は、のどかを心配してパーティーに紛れ込んでいた冒険者仲間と行き会った。
そんな彼らは、出現したローブの男によって殺されてしまう。
しかし、のどかは唯一の希望を自分の手で手に入れた。それが、彼女の手にある『造物主の掟』だ。
最下層にいた一行はのどかの転送を受けて、ネギ達が到達するよりも先に、『グレート・パル様号(仮)』が接舷する屋上に到着する。
そこで彼らが目にしたのは、龍樹と呼ばれる巨大な龍種が、黒い巨大な怪物に一撃で倒される光景だった。
立ち上る複数の触手が、空に浮かぶ何隻もの船へ絡みついていく。
「――
士郎の手に握られたのは、強大な力を秘めた黄金の聖剣だ。
「――
身に纏った『ヒイロノコロモ』が、怪物の出現で濃くなった魔力を、士郎が使えるように収束させていく。
「――
神々しい光が、闇を固めたような魔を焼き払う。
その光の軌跡は、さながら剣の刀身を思わせた。
遅れてきたネギ達を拾って、『グレート・パル様号(仮)』は無事に総督府を離脱するのだった。
あとがき:没案では、ハルナの制止を振り切って士郎が単独で乗り込み、それを小太郎が追いかける展開でした。
士郎と戦場って、相性がよすぎるというか、暴走が止まらなくなりそうに思います。延々と人助けをして、あっさりとのたれ死ぬんじゃないでしょうか。