『シロネギまほら』(65)ネギ・スプリングフィールド、宴へ
ラカンとの一戦を終えた翌日、ネギはある事実と直面した。
「そんな……、あのアスナさんが偽物?」
ネギを囲む探索班を代表して、士郎が事情を説明する。
「敵の拠点には、アーニャとは別のバッジの反応があった。オスティアにいるメンバーの中で、唯一バッジを持っていないのは神楽坂だった」
「アスナさんの落としたバッジを拾ったとか……」
「それは、神楽坂が偽物のバッジを持っている理由にはならない。時期的に見て、入れ替わったのはフェイトの襲撃があった頃になる」
「だって、どう見てもアスナさんじゃないですか! 偽物なんてあり得ません!」
「絶対にあり得ないと言えるのか? ハルナのアーティファクトの様に、精巧に作られた偽物という可能性もあるだろ? この世界にあるどんな魔法でも実現不可能だって、ネギは断言できるのか?」
「だけどっ……!」
突然言われたネギが、とっさに反発してしまうのは理解できる。
だからこそ、これまで彼に伏せておいたのだ。
こうして告げたのは、ある程度況証拠が固まったという証とも言える。
「感情論だけで否定したって、事態は解決しない。現実を直視して、理性的に考えるんだ。心情的に『疑いたくない』から、本物の神楽坂を放置しておくのか? 情報を得ようとした敵に拷問されて死ぬかもしれない。洗脳されたりして、クラスメイト同士が殺し合うかもしれない。それでもネギは、『
高い理想を掲げているという点で似てはいても、力のぶつかり合いしか経験していないネギと違って、士郎は厳しい現実に幾度も直面している。
そのため、あえて残酷な未来図にも言及した。
「…………」
葛藤に唇を噛むネギ。
事情を知っているハルナ達は、ネギに同情こそしているものの、その主張にまでは賛同するつもりがなかった。
観念したかのように、ネギは一つの事実を明かした。
「アスナさんはもともと、この世界の住人なんです……。オスティアの滅びた国のお姫様で、だからこそ、魔法無力化という特殊な力を持っているんです」
「そうなると、ネギの仲間だからというだけじゃなく、神楽坂本人を狙う理由があったわけか。ますます、疑わしくなるな」
……朝にはそんな会話をしていたのだが、夕映との対面の場を設けたネギは、街でオスティア総督と一戦交えて帰ってきた。
そして、アスナの手で薬を塗ってもらい、あっさりとほだされたらしい。
「例え偽物だったとしても、あのアスナさんは悪人ではないと思います!」
その発言に、士郎達は呆れると同時に、微笑ましく思うのだった。
総督府で行われる舞踏会の招待状が、ネギの服にねじ込まれていたことが発覚する。
向こうの主張は、『招待に応じれば指名手配を取り下げる。応じなければ警備艦隊18隻による逮捕』というものだった。
「招待してきたのは、襲ってきた総督なんでしょー?」
「だよねー。罠を張ってるとこに、ノコノコ出向くのは賢いとは言えないなー」
裕奈の懸念に、ハルナが同意する。
「……これは意外!? 喜んで参加すると思ってたのに」
朝倉が皆の意見を代弁する。
「さすがに慎重にもなるって! 独りぼっちで捕まったときの怖さときたらっ……!」
その時の心細さを思いだし、裕奈が涙目で訴える。
どちらもお祭り騒ぎに目がない人間なのだが、魔法世界でいろいろ巻き込まれた体験から、自粛することを覚えたらしい。
「裕奈さんの言う通りです。敵の懐に潜り込むんですから、どれだけ警戒しても、し足りないということはありません」
ネギが全面的にその意見に賛成する。
「新聞部としては、こんな派手なイベント見逃せないね〜。船に残る仲間へ状況を知らせる必要もあるから、私も一緒に行かないとね」
「それこそ朝倉なら同行する必要はないだろ。アーティファクトを飛ばせばそれで済む」
「……恨むよ、衛宮さん」
「どれだけ恨まれても構わない。朝倉の安全の方が優先だから」
「む〜……」
却下する理由が、朝倉の身を案じてのことだから、さすがにそれ以上の抗弁は難しかった。
「だからって、ネギ一人だけなんて認めないわよ」
ネギの行動に対して、アスナは当然の様に拒否権を行使する。ネギとの関係性の深さやつきあいの長さもあって、アスナの意見は重く受け止められることが多い。……本来ならば。
「少なくとも、自分の身を守れる人間だけで出向こうと考えています。この船にいれば安全だと思いますが、護衛役も残さなければなりません」
「ネギ君の心配はわかるけど、前衛だけじゃ情報は入手できないよ。より深い情報を得るために、のどかだけでも連れて行った方がいいんじゃない?」
朝倉が彼女らしい観点から提案する。
心配そうな皆の視線に、のどかはおずおずと答えた。
「……が、頑張ります」
「では、僕とのどかさんに、楓さん、古老師、茶々丸さんの5名で行きます。さよさんも朝倉さんのアーティファクトで一緒に同行してください」
「ちょっ、なんで私を外すのよ!」
「…………」
不満をあらわにするアスナを、ネギがじっと見つめる。
状況証拠から偽物と思える彼女だったが、『いどのえにっき』では『アスナ』としての自我しか確認できていない。
いまだ確証をつかめていないため、本物として遇しながら、情報制限や行動制限を加えて対応することになっている。潜入する総督府内で問題を起こされるのは避けるべきだった。
「……な、なによ?」
「アスナさんは大事な人だからこの船に残ってください」
「へっ!?」
アスナが紅潮するが、これは彼女を納得させるための方便だ。
翌日には放棄されている廃ゲートへ向かうため、昼間のうちに世話になった相手へ別れの挨拶をすませていた。
日が沈み、ネギ達は総督府を訪れるも、自ら同行したラカンは早々に別行動をとった。
舞踏会の様子は、『
「ユエが羨ましいね〜。やっぱ、私も招待に応じるべきだったか?」
アリアドネー側として招待されている親友を見て、今更のようにハルナが悔やんでいる。
アリアドネーのセラス総長はナギの昔の仲間とのことで、ネギと夕映との対面にも手を貸してもらった。すでに夕映本人には詳しい状況説明をしており、旧世界へ帰還することで話がついている。
「ん? 今見えたのは高音か?」
「衛宮さん、知らなかったん? 高音さん達もネギくんの決勝戦を観戦しとったんよ。魔帆良の魔法生徒として、正式にMMに招待されとるんやて」
「そうだったのか……」
舞踏会後の立食中、少年執事がネギに声をかけてきた。
「クルト・ゲーデル総督が特別室でお待ちです。同行者は3名までを許可されています」
「……同行者が3名までというのはなぜですか?」
「慣習です。従わなければお会いになりません」
この言葉に従うなら、この会場に一人だけ残さねばならない。
「ではお断りします」
「な、なぜです? 総督と会うために来たのでしょう?」
「非公式な対面である以上、慣習が必要とは思えません。僕達は、すでにそちらの要求通り『招待に応じた』わけですから、そちらの『都合』で会えないのならば、このまま帰るだけです。そもそも、会いたいと望んでいるのはそちらのはずです」
接触を求めたのが向こうなのだから、こちらが情報を聞きたいと考える以上に、向こうが話したいと考えているはずなのだ。
脅迫されてここまで来たうえ、仲間との分断まで受け容れるわけにはいかない。
「僕との対面を諦めるか、5名での対面を認めるか。そちらで判断してください」
数には入ってないが、さよの乗った『
「……仕方ありません。特例として認めましょう」
5人を出迎えたのは、ネギが目の当たりにした6年前の悲劇。
室内に映写される惨劇を背負い、オスティア総督クルトは高らかに告げる。
「幼い君をこんな目に遭わせた真犯人は我々です。我々が黒幕だったのです」
激情に支配されそうになったネギは、一つの違和感を抱く。
「……この映像はなんですか?」
「もちろん、襲撃した当時に撮影したものですよ」
「それは嘘です」
あっさりと断言するネギ。
「な、なにを言っているのです? 記憶との差異があったとしても、幼い頃の記憶だから思い違いだって……」
「それはありません」
絶対の自信を持って否定するネギ。
「だって、僕を助けてくれたのは父さんだけじゃありません。もう一人、『正義の味方』が存在していました」
「ちゃんといますよ。ほら、あそこに」
クルトの指さした先に、小さくぽつんと赤い人影が確認できる。
「『彼』は体を張って僕を守ってくれました。僕が一番よく覚えているのはその背中なんですよ」
「……当時の調査記録を元に、忠実に再現したつもりだったんですがね」
クルト自身は、襲撃に荷担した側の人間でもなく、襲撃した実行犯までたどり着けなかった。
そして、あの村の生き残りは二人しか存在しない。
ネカネが気絶していたため、得られる情報は幼いネギの証言に限られた。名の通っている父親のナギならばまだしも、なんの関連性もない『赤い外套の男』が特定できるはずもなく、映像化が困難だったのだろう。
続いて映し出されたのは、大戦終盤の光景だ。
敵の引き起こした『
汚名にまみれながら多くの人間を救った両親の志を継ぐためにも、自分の仲間となるよう誘いかけるクルト。
しかし、彼の救う対象がMM国民だけと察して、ネギはこれを拒否する。
彼が目指したのは、全てを救うことだから。
あとがき:原作ネギの「アスナさんじゃなくても『大切な人』」発言は、いくらなんでも脳内お花畑すぎると思います。アスナをさらった仲間で、現在進行形で隠蔽に荷担している相手が『大切』? 罪を償ってもいない相手に、好感を抱く理由がまるで理解できません。