『シロネギまほら』(64)ジャック・ラカンと戦ってみる
本選トーナメント、決勝戦。
ナギ・スプリングフィールド&大上小次郎、
VS、
ジャック・ラカン&カゲタロウ。
席を埋め尽くす観客達に囲まれて、二組が対峙する。
「子供相手に大人げねぇマネもできねーしな。ハンデとして、右手を使わずに戦ってやるよ」
ラカンの発した宣言に、ネギは喜びを見せたりはしなかった。もう少し融通の効く性格ならば、彼はもっと楽しく毎日を過ごせていただろう。
「真剣勝負をするつもりはないってことですか?」
「お前に実力があるって認めたら、考えてやるよ」
挑発するように、ラカンはヘラヘラと笑って応じる。
「おっさんの右から攻め込めば勝てるで!」
「そんな卑怯なマネはできないよ。正面から戦って、ラカンさんに僕たちの力認めさせないと」
「このバカ。そんなもん、あのおっさんの勝手やんか」
頭の固いネギに、裏の世界で生き抜いてきた小太郎が呆れている。
ラカンの投じた魔力槍を、ネギの構えた『ハマノツルギ』が消し飛ばす。
「切り札、その1!」
ネギのアーティファクト『
これさえあれば、ラカンの気弾や『千の顔の英雄』を封殺できる。
「切り札、その2!」
『
ラカンから一度はダウンを奪えたものの、『雷天大壮』をかけ直した隙をつかれ、ネギはラカンの猛攻に圧倒されてしまう。
雷速瞬動にまでカウンターを合わられてしまい、『ハマノツルギ』をくぐり抜けたラカンに強烈な一撃を食らってしまう。
思い知らされるラカンとの実力差。
地に伏したネギの視界が、霞みはじめた。
まだ幾つもの切り札を残しながら、挫けかけそうになるネギ。
「何やってんだよ、先生ーっ!」
聞こえてきたのは、魔法世界に来て以来、彼を叱咤してきた千雨の声だった。
士郎が呪文を紡ぎ出すのを、ラカンは悠然と……いや、面白そうに待ちかまえている。
「現実世界と切り離す結界ってわけか?」
結界を自力で破れるラカンだから、まるで気にもとめていない。
正確にはラカンの知っている結界とは別物なので、同じ破り方は通用しないのだが、この時点では彼もそれを知らなかった。
二人は士郎の固有結界『
士郎の創り上げた無数の剣に、ラカンは『
空中を隙間無く埋め尽くすような、互いの剣、剣、剣。
士郎にとってこのような戦いは初めてではなかった。
かつて競り勝ったギルガメッシュは、様々な伝承の原典とも言うべき、多種多様な宝具を所持していた。
それに比べて、今回は条件的に恵まれている。『千の顔を持つ英雄』で造られる武器は、『
「面白ぇ手品が使えるじゃねぇか。なら、こいつはどうだ」
束ねられた『千の顔を持つ英雄』が単一の剣と化す。
ラカンは自身の持つ『絶対の一』を一薙させて、迫りくる剣を打ち払い、士郎めがけて投じた。
対して、士郎が具現化したのもまた同一の品。
斬艦剣と斬艦剣が、正面から激突する。
「ちぃっ! アルの野郎はホント性格が悪ぃぜ!」
『千の顔を持つ英雄』を見せるよう依頼したアルは、『後学のために』などと告げただけで、真の理由をラカンに明かさなかった。
アルの持つ『イノチノシヘン』も対象者の人格や能力を複製するアーティファクトで、ラカンを含めた仲間達をコピーする際に一悶着あったのだ。
士郎に対して何らかの親近感を抱き、アルなりに便宜を図った結果なのだろう。
「言っておくけどよ。剣を封じたから有利だなんて考えねぇ方がいいぜ。俺は素手の方が強え」
殴りつけようとして接近を試みるラカンと、それを回避しながら剣で狙い撃つ士郎。
虚空瞬動で攻め込むラカンの踏み込みは速いが、直線的で無駄が大きい。
一方、ヒイロノコロモで飛翔する士郎は、わずかながら常に動き続けて決して止まらない。
武器を持たずとも強力な両拳を、士郎はギリギリで見切りながら双剣で受け流そうとする。
込められた気が質量と化した攻撃は、士郎の力で受け流せるようなものではないが、撃ち込んだ剣を支点にして、士郎は自分の体を流すことで回避してみせる。
相手が弱いからこそ力を出し切れないラカンと、相手が強いからこそ力を出し切っている士郎。
それが不思議と噛み合って、拮抗した状況を作り上げていた。
殴りつけようとしたラカンの目の前で、士郎は双剣を交差させる。
至近距離にある二人の間で、爆発が生じた。
――
士郎は握っていた干将莫耶に秘められた幻想を破壊力に転化したのだ。
本人の意図した行為ではあったものの、防御力の劣る士郎の方がダメージは大きかった。
だが、この捨て身の行為が、士郎に勝機をもたらす。いや、士郎が自らたぐり寄せたのだ。
自分に被弾する可能性がなくなったことで、ラカンめがけて剣を殺到させる。
全方位から迫った剣は、方向も距離もバラバラのまま、タイミングだけは同期させて全てが爆発した。
『
使い捨てが可能な贋作だからこそできる、士郎ならではの技だ。
『千の顔を持つ英雄』が帝国式甲冑となってラカンの全身を覆う。そして、無尽蔵とも思える彼の魔力がその装甲を支えた。
前後左右上下と、あらゆる方向から襲いかかる爆発に、ラカンと甲冑が耐えきった。
爆煙と爆音に覆われた中で、気配を頼りに士郎の位置を探ろうとしたラカンが舌打ちを漏らす。
「ちぃっ!」
魔法世界において強者と弱者の差は明確だ。単純に魔力の量は力に匹敵し、存在感からして際だっている。
衛宮士郎の特異な点はそこで――、弱いのに強い。
本人を見る限りとうてい実力者とは感じないのに、分不相応なほど強大な火力を持っている。
持ち主をはるかに凌駕する聖剣や魔剣の群れに紛れてしまい、ラカンであっても士郎の存在を察知するのは困難だ。
いや――。
ラカンの直感が告げている。今現在、自分に取って危険なのは士郎ではない。
爆炎の中でかすかに煌めいた黄金の光。
「こいつはやべぇっ!」
経験に裏打ちされたラカンの勘が、回避しても逃げ切れないと主に知らせている。
危機的状況を理解しながら、ラカンは攻撃態勢を取った。
渾身の一撃を繰り出すことで相殺し、この場を切り抜けようと決意したのだ。
ラカンの右腕動甲冑が巨大化する。それは、帝国式九七式破城槌型魔導鉄甲。
士郎の切り札は、勝利を約束する黄金の聖剣。
「すまん、セイバー!」
だからこそ、罪悪感から持ち主に謝罪し、それでも、士郎はその力を発動させた。
――
――零距離・全開、ラカン・インパクト!
史上最高峰の幻想を纏う聖剣と、魔法世界の枠すら踏み越えた英雄の力。
膨大な魔力と強大な気の激突が『この世界』を揺るがした。
目を覚ました士郎に聞かされた一つの情報を千雨が明かす。
「そのおっさんは、右手が使えないんだ! さっさと倒しちまえ!」
言葉を理解したネギと小太郎が驚愕する。
最初にラカンがハンデと口にしていたのは、ネギのプライドを刺激して弱点を突かれないようにするための作戦だったのだ。歴戦の戦士だけあり、自身の弱点を伏せたまま、都合のいいようにネギを誘導していたわけだ。
「先生ーっ! あんた、守ってくれるって言ったじゃねーかっ! 生徒が助けを待ってるんだぞ! へたり込んでねーで、さっさと倒しちまえよっ!」
右手の使えない相手に圧倒されたと知り、ネギは自分の思い上がりを恥じた。
なぜ、追い求める父と同格の相手に、正面から渡り合えるなどと思い上がっていたのだろう?
闘技場内の事に限っても、カゲタロウは積極的に闘いへ介入しておらず、ほぼ2対1。
そのうえ、アーティファクトを手に入れたのもテオドラの助力なら、活用しているのも従者からの借り物だった。
『ハマノツルギ』は使うが、『コチノヒオウギ』は使わないというのも、自分が決めたルールにすぎない。おそらく、多数のアーティファクトを使用する後ろめたさをごまかすために。
そんな状況で、互角の戦いなどと、誰も認めはしないだろう。
ネギは改めて、自分に問いかける。
自分が何者で、何を求め、何を為したいのか。
立ち上がったネギが、一つの決断を下す。
「僕は……、彼女たちの先生なんです」
ラカンを相手に意地を張るのは後回しにする。優先すべきは、生徒達の解放だ。
このかの『コチノヒオウギ』を実体化させ、自身と小太郎が3分の間に受けた傷を治療したのは、彼の決意の現れである。
「勝つよ、コタロー君!」
「当たり前やろ、夏美ねーちゃんも奴隷なんやで!」
「そう……だよね」
もともと、闘技大会へ参加したのは、賞金を稼ぐのが目的だったはずだ。それなのに、後付の理由や目的が多く加わってしまった。
力を得るのも、ラカンに挑むのも、それを果たしてからでいい。
小太郎が時間を稼いでいる間に、ネギが魔法の詠唱を終える。
「切り札、その3!」
『
「切り札、その4!」
独自に編み出した、術式統合による雷神槍『
「切り札、その5!」
誘い込んだラカンの攻撃を、『
体中を満たしている莫大な力で、ネギは立て続けに大呪文を叩きつけていった。
闘技場を囲む結界内を、ネギの魔法が容赦なく蹂躙していく。
片腕でありながら、真っ向からの殴り合いを望むラカン。
そのハンデを考慮せず、全力でこれに応じるネギ。
しばらくして、司会者の宣言が会場内に響き渡った。
『勝者――、ナギ・スプリングフィールド、オオガミ・コジロー組っ!』
あとがき:以前、日記にも書いたんですが、私はネギvsラカン戦に批判的です。『シロネギ』におけるネギの心情変化も、そのあたりへの不満が大きく影響しています。
士郎vsラカンでは勝負にならないと考えていたため、当初は存在しませんでした。試しに戦闘経過を考えてみたところ、なんとか成立しそうに思えて、作中の動機や経緯となりました。
エクスカリバーの破壊については、裏事情にて。