『シロネギまほら』(62)お祭りの影でこそこそと

 

 

 

 人種、宗教、国教を越え、世界中から人が集まる平和の祭典――オスティア終戦記念祭。

 正式開催まで日はあるというのに、終戦20年記念という節目でもあるため、その盛り上がりは凄まじいものだった。

 賞金首となったネギま部一同は、そんな人混みに紛れて集結しつつある。

 別れ離れになった仲間との再会。

 そして、初めての出会い。

「お前がエミヤシロウか?」

「はい」

 士郎より、一回りも二回りも巨漢の男。その巨体は、以前に士郎が遭遇した狂戦士を思い起こさせた。

「ふーん。ほう……?」

「……なんですか?」

「いやな……。アルに頼まれ事されたんだが、そのわりに、あいつが気にするほど強い奴には見えなくてな〜?」

 本人を目の前にして、ラカンはずけずけと言い放つ。

 幼いネギがナギ譲りの膨大な魔力を見せつけたのに比べ、士郎の保有する魔力は決定的に不足している。

 多くの経験を積んだはずのラカンも、規格外の実力者を多く知っていることや、魔法世界での常識に縛られているため、強さを計る指標が『魔力量』という物差しに偏っているのだ。

「ちょっと、ネギ。なによ、このおじさん。失礼じゃない」

「いや、失礼なのはお前も同じだ神楽坂」

 つっこみを重ねるアスナと千雨。

「『紅き翼アラルブラ』で父さんや長さんとお仲間だった、ラカンさんです」

 ネギの紹介に、皆が驚愕や納得の目を向ける。

 彼はまた、魔法世界有数の実力者でもあり、クウネルが対面をお膳立てした人物でもあった。

 先ほど、賞金稼ぎ相手に見せつけたネギの力は、このラカンに鍛えられたものである。

「それで、クウネルさんから何を頼まれたんですか?」

 改めて尋ねる士郎に、ラカンが笑みを浮かべて応じた。

「『千の顔を持つ英雄ホ・ヘーロース・メタ・キーリオーン・プロポーソーン』を見せてやれってな」

 

 

 

「闘技会場はどっちですかー?」

「あそこに見える大きな建物がそうですよ」

「わかってるんですけど、道がわかりづらくってー」

「確かにそうですね。この街は入り組んでいるし、上り下りも多いため、全体の位置関係が把握しづらいです」

 警邏中の戦乙女騎士団員が、初めて訪れたらしいリボンの少女に、具体的な道順を説明する。

 そんな光景を、離れたところからハルナ達が見つめていた。

 バッジの反応を頼りに茶々丸が持ち主を特定し、賞金首から外れているまき絵が直接接触をはかったのだ。

「ごめんね、夕映」

 真偽の確認方法は非常に単純で、のどかの持つ『いどのえにっき』による思考チェックだ。

 まき絵は雑談の中で、アリアドネーでの生活や、騎士団への志望動機に言及し、記憶を表層意識へ蘇らせる。

「……うん。間違いないと思う。転移後の事故で記憶を無くしてしまって、身元不明のままアリアドネーで魔法を学んでいたみたい」

 記憶の改ざんや洗脳などではないと知って、ひとまず一同は安心する。

「記憶を取り戻しさえすれば、一緒に逃げ出すだけでいいんだけどなー。私たちが会いに行くのは、さすがに危険が大きいしね」

 なんといっても自分達は賞金首なのだ。

「前回も、騎士団員として行動していましたから、話を聞いてもらうのも難しいと思います」

 茶々丸の意見ももっともで、しっかりと対策を練る必要がありそうだった。

 

 

 

 明くる日。

 観光やら買い出しやらでメンバーが別れ、珍しく一人で動いたネギの前に、フェイト・アーウェルンクスが姿を現した。

 フェイトは、周囲の無関係な人々を人質に交渉を迫る。

 たまたま近くにいたアスナと士郎がその場に駆けつけ、事態を仲間に知らせるべく、千雨の指示でカモが人混みへ駆け込んでいった。

 交渉場所をカフェに移すも、紅茶党のネギと、珈琲党のフェイトは、初っ端から嗜好に対する嫌味の応酬を始め、敵意むき出しで論戦に突入する。

 フェイトの要求を端的にまとめると、次のようなものになる。

『魔法世界の滅びを容認するなら、ネギ達が旧世界へ帰還することを認める』

 立派な魔法使いマギステル・マギを目指す理想と、教師としての責任感の間で葛藤するネギ。

 だが、居合わせたアスナがそれを一蹴する。

 フェイトが口にする様々な角度からの脅迫に対し、彼女はなんの根拠もないまま『大丈夫』だと言い切ってしまった。

 その態度に、ネギもフェイトも思わず笑いをこぼしてしまう。嘲りなどではなく、どちらも、純粋にアスナの意志を賞賛してのことだった。

「何も切り捨てることなく、みんなを救うんだろ? 俺も賛成だ」

 同意する士郎。

 二人の後押しで、ネギの覚悟も決まった。

「フェイト。答えは否だ」

「では、交渉決裂だね」

 すぐさま、臨戦態勢に入るフェイトに、ネギが挑みかかった。

 ネギと格闘しながらも、フェイトが詠唱を終えてしまう。

「――冥府の石柱ホ・モノリートス・キオーン・トゥ・ハイドゥ

 ゆうに十本を越える巨大な石柱が出現した。

 広場に居合わせた人々が、呆気にとられて上空を振り仰ぐ。

「私がいれば、大丈夫!」

 ゲートポートで一本の石柱を消し飛ばしたアスナは、さらにその実力を増しているのだ。

 自信満々で『ハマノツルギ』を一閃させる。

「――無極而太極斬トメー・アルケース・カイ・アナルキアース

 しかし、彼女の期待した通り全てを一掃するどころか、ただの一本たりとも消せてはいない。

「あ……あれ、なんで……?」

「――来れアデアット

 代わって、『ヒイロノコロモ』を纏った士郎が対抗を試みる。

 彼の投影する『ハマノツルギ』では石柱に通用しない。

 ならば、打ち破れる物を投影する。

「――投影、開始トレース・オン

 士郎が投影したのは、ラカンのアーティファクト『千の顔を持つ英雄』。投影された宝具が、石柱に匹敵する斬艦剣へと変じていた。投影した数も、石柱の同数だ。

 魔法そのものは消せずとも、同等の質量を持って粉砕する。

 ミサイルを思わせる巨大な剣で、粉々に打ち砕かれた石柱は、具現化を保てずに魔力と化して霧散していく。

 肝心のネギとフェイトは、戦いに没頭してこの場からすでに姿を消していた。

『ヒイロノコロモ』をはためかせて飛翔した士郎は、上空からネギを探そうとする。

 ところが、町中で戦闘を行っているのはネギだけではなかった。

 同時刻、ネギま部の面々は、おのおの奇襲を受けていたからだ。

 刹那と斬り結ぶのは、二刀流の月詠。

 楓を襲ったのは、火炎使いの焔。

 ハルナ達を音波攻撃で追い立てた調の前に、小太郎が割って入った。

 この時点で士郎は知らなかったが、ラカンもまた暦と環によって結界に捕らわれていた。ただし、ラカンは手を貸すつもりが全くなかったため、敵の戦力を引きつけているだけでも有り難いと言えるだろう。

「みんなを救うんだよな、ネギ」

 投影した弓に士郎が赤い矢をつがえた。

 青空を切り裂く赤い流星が、士郎を中心とした四方へ流れ落ちる。

 魔法障壁で威力こそ減衰したものの、予想外の方向から叩き込まれた一撃が、少女達の軽い体を吹っ飛ばした。

 この距離は士郎にとって非常に優位だ。敵の魔法は到底届かず、彼だけが一方的に攻撃できる。

 向こうにしてみれば、ほぼ互角の強敵を相手取ったうえ、援護射撃までされては、劣勢を免れない。

 ネギとの交戦中にアスナが駆けつけたことで、フェイトはあっさりと撤退する。

 敵の奇襲を受けていらぬ傷を被ったわけだが、意外にもこの戦闘はネギ達に大きな成果をもたらした。

 乱戦の最中、小太郎の影転移を活用してフェイトに接近したのどかが、重大な秘密を読み取っていたからだ。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:今回はさらっとダイジェスト風。
 それと、アスナの活躍を士郎が奪う形となっています。同行している以上、今後もこのような事例が増えていくと思います。