『シロネギまほら』(61)正義の味方と女子中学生

 

 

 

「俺は魔帆良学園に戻らないつもりなんだ」

『ええっ!?』

 士郎の衝撃発言に、居合わせた皆の視線が集中する。

「えーと……、そんなに魔法世界が気に入ったの?」

 問いかけながらも、アスナ自身、別な理由があるからだと感じている。

「そうじゃない。無事そうな綾瀬はまだしも、行方不明のアーニャを見つけ出さないとな」

 もともと一般人の多い一行は、楽観的な性格も相まって、ネギ達と合流しさえずれば全てうまくいくと考えていた。

 しかし、明確な敵対者が存在し、賞金首という制約まである以上、旧世界へ帰還するだけでも困難だろう。

 彼女らは改めてその事を自覚する。

「なっ、なに言ってんのよ! それなら私達だって……!」

「みんなには学校があるだろ? 向こうへ帰るチャンスは少ないだろうし、まずは帰還することを優先した方がいい。学校のみんなや家族だって心配してるはずだ」

「そんなのエミヤだって同じじゃん!」

 裕奈の言葉を士郎は否定する。

「俺には家族なんていないからな。超包子の四葉やハカセにはよろしく言っておいてくれ」

 突然の頼まれごとに、狼狽を見せる茶々丸。

 士郎本人はすでに思い定めているのか、言葉にはなんの迷いも感じられない。

「…………」

 楓あたりが口を挟まないのは、その覚悟を察しているからだ。

「士郎さん一人が責任を感じることないと思うよ。悪いのはあいつらなんだしね」

 朝倉の指摘を、士郎が少しばかり修正する。

「……責任感だけじゃなく、俺自身がそうしたい。正直、放っておくなんてできないからな」

 知人が窮地に陥った状況では、士郎の選べる選択肢などなくなったも同然だ。他者を優先するというのは、士郎の行動原理と言ってもいい。

 実際、魔法世界へ来た本来の目的――『元の世界へ戻る方法を探る』ことすら放置しているくらいだ。

「そんなの私達だって同じよ。アーニャちゃんは私達にとっても仲間なんだから」

 言い募るアスナに、士郎は別の説得を試みる。

「ネギが責任を感じるぞ。結果的にみんなを巻き込んだわけだし」

「だ、だったら、ネギにも許可を取るわよ。私も残りたいんだから!」

 堂々とアスナが宣言する。

「ここまで来たら一蓮托生でしょ?」

 ハルナに続き、皆が口々に言い立てる。

「アーニャちゃんも一人じゃ寂しいと思うもん」

「捕まってたらと思うと、人ごとじゃないんだよね」

「助けるのが当然アル」

「ここまできて部外者扱いするのは、水くさいと言うものでござるよ」

「ネギの兄貴だって、放っておかないと思うぜー」

「魔法世界に来れる機会なんて、そうそうないだろうしね♪」

「衛宮さんのサポートは私の仕事でもあります」

「……まったく、みんな強情だな」

「士郎さんに言われたくないよ」

 とハルナ。

「利口とは言えないな」

「士郎さんもね」

 

 

 

「みんな、聞いて! のどかが賞金稼ぎに捕まったんだって!」

『なんだってーっ!?』

 朝倉の持ち込んだ急報に、皆の驚愕の言葉が重なった。

 そろそろオスティアに到着するため、スパイゴーレムで連絡を入れた所、千雨からその報告を受けたのだ。

「のどかのパーティーを襲った賞金稼ぎから果たし状が届いて、ネギ君と桜咲が慌てて飛び出したらしいよ」

「のどかは無事なの?」

 図書館探検部仲間として、ハルナはそこが一番気になった。

「それはわからないみたい。おびき出すための釣り餌なんだし、安全だとは思うけどね」

「それはいつの事でござるか?」

「ついさっきらしいよ。さよちゃんがネギ先生達を追いかけている」

「場所はわかるんでしょ? じゃあ、私達も今すぐ追うわよ。きっと罠が仕掛けられてるはずだしね」

 誘いに乗る危険を指摘するアスナ。楓と共に賞金首として追われた経験もダテではない。

「場所は近いのか?」

 士郎の質問に朝倉が答える。

「オスティアから西に50キロって言うから、ここからだと、南東に10キロほどかな」

「まず、俺も先行して時間を稼ぐから、この船で追いかけてきてくれ」

 意外に思えることだが、アーティファクトを使用した士郎の飛行速度は、この面子の中では一番速い。周囲の魔力を活用できる『ヒイロノコロモ』は、常に新鮮な魔力を供給できる飛行魔法と相性がいいのだ。

「ちょっと待って。私も行くわ」

 名乗り出たのはアスナだった。

「それは止めた方がいいでござるよ。一人分の重量が増えては速度が上がらぬだろうし、アスナ殿が一緒だと魔力が減衰するのではござらんか? 今、重要なのは時間でござるよ」

 楓は実に合理的な判断をくだした。

「それでも、私は……」

 しかし、アスナの申し出は理性とは違うところから出ていた。彼女の感情がその判断を受け入れられずにいる。

「願い、士郎さん! あいつを守るのは私の仕事なんだから!」

 ただ待つという選択をアスナは選べなかった。

 懇願するようなその瞳を、士郎が拒めるはずがない。

「わかった」

 承諾した士郎に、楓が視線で尋ねる。それでいいのかと。

「気持ちはわかるしな。『ヒイロノコロモ』ならなんとかなると思う。――来れアデアット

 赤い外套を纏った士郎が、アスナを横抱きにして宙に浮かぶ。

加速アクケレレット!」

 解き放たれた赤い矢のごとく、士郎とアスナが南東へ向かって撃ちだされた。

 

 

 

「士郎さん、あれ!」

 抱きかかえたアスナの指を辿るまでもなく、異変が生じているのは一目でわかる。

 地面の広範囲に渡り、通常とは逆に地表から天空へ向かって、稲光が吹き出しているのだ。

 士郎の目が、雷撃の中心地に二つの人影を視認する。

「いたぞ。ネギと桜咲だ」

「急いで、士郎さん」

「……悪いが、限界らしい」

 3分の使用限界が近く、到達直前で士郎は着地する。

「先に行くわ!」

 ネギを心配するアスナは、一言残すなり単身で駆けだした。

 士郎の足では、咸卦法を使ったアスナには追いつけない。だが、追いつく必要もない。

「――投影、開始トレース・オン

 士郎の手に黒い弓が出現した。

 士郎ならば近づかずとも戦える。むしろ、彼の狙撃能力を考慮すれば、遠距離での支援攻撃こそが彼の真価とも言えるだろう。

 つがえる矢は、『赤色猟犬フルンディング』。

 補填する魔力が少なければ威力も落ちるが、どこまでも追いかける特性は非常に頼りになる。

 

 

 

 ネギと刹那を罠に捕らえたことで、『黒い猟犬カニス・ニゲル』達は慢心しきっていた。

 そこへ、突然飛んできた赤い矢を受け、大山羊の魔族が仰向けに突っ伏した。

「なっ、連中の仲間か!? どこにいる!?」

 うろたえて周囲を見渡している間に、さらにもう一人が射抜かれた。

 矢の軌跡をかろうじて辿ると、数キロ離れた場所に一人の弓兵が見つかった。

「この距離で狙撃してきたというのか!?」

 あまりにも遠く、彼らの魔法の射程外のため、選べる反撃手段は砂蟲をけしかけることだけだった。

 

 

 

 電車の様に太く長大な砂蟲が、地表をのたうって士郎にせまる。

 足でも車輪でもなく、地表を這っていることを考慮すれば、驚異的な速度と言えた。

 だが、士郎が矢をつがえる速さ比べて、時間がかかりすぎる。

「――投影、開始トレース・オン

 螺旋を描く刀身は偽・螺旋剣カラドボルグU

 士郎の撃ちだした矢は、大気その物を螺旋状にねじり上げ、砂蟲の頭部に命中する。頑丈そうな皮膚もその勢いを削ぐことができず、矢が突き進むに従って内部で竜巻が吹き荒れ、長大な身体がずたずたの肉片へ引き裂かれていく。

 続く、もう一体も二本目の偽・螺旋剣カラドボルグUで葬り去る。

 士郎が為すべき仕事は、これで終わりだ。

 轟音を生み出していた雷撃も、すでに消え去っている。

 ネギや刹那を捕らえていた広域魔法陣が、到着したアスナによってあっさりと無効化されたのだ。

 拘束から解放された後は、ネギの独壇場である。魔法世界に来てから開発し鍛え上げた実力で、『黒い猟犬カニス・ニゲル』を圧倒する。

 ネギと救出されたのどかの微笑ましい再会。

 そして、ネギに抱きついて号泣したアスナが、表情を一変させて説教を開始する。

『グレート・パル様号(仮)』が到着したのは全てが済んだ後であった。

「とにかく、全員集結まであと少しですね」

 嬉しそうなネギに、朝倉も頷いた。

「うん♪ 明日からお祭りも本格開始だし」

「いよいよ、現実帰還作戦成功に向けてー」

 ハルナの音頭で、皆が言葉を重ねる。

『ネギま部ー、ファイ! オーッ!』

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:6巻の解説によれば、杖での『最大加速』は64.2ノット/毎時。キロに換算して約118キロメートル/毎時というのはちょっと遅いのでは?  原作でのどか救出へ向かう時などハルナの船に乗らなかったので、船はさらに遅いのだと思われます。元々、古い設定なので、魔法世界編では杖の速度設定が上方修正されてるのでしょう。
 ……さて、この章はここで終了です。次回からは新章となりまして、その次が最終章。あと2章で完結の予定です。