『シロネギまほら』(58)
『シロネギまほら』(58A)賞金稼ぎはつらいよ
皆寝静まっているのか、すでに明かりの落ちている艦内を、一組の男女が足音を忍ばせて歩き回っていた。
頑丈そうな鉄板の扉を見つけた二人は、鉄格子のはめられたのぞき窓から中の様子をうかがった。。
眠りが浅かったらしく、ささやくような呼びかけに少女が目を覚ます。
「……ゆーな。ゆーな。聞こえてたら、早く起きてよ」
聞き覚えのある声が、自分の名を呼んでいる。
がばっと布団を跳ね上げて、扉の元へ駆け寄った。
「しーっ」
ゆーなが声を発するより先に、相手が唇に人差し指を当てて、注意を促す。
「ハルナ」
「怪我はしてないか?」
「エミヤまで」
賞金稼ぎに追い回され、たった一人で10日近く閉じこめられていた祐奈である。
懐かしいとすら思える仲間を前に、涙ぐんでしまう。
「怪我はないんだけど、私はこの首輪があるから逃げられないよー」
「どういう物なんだ?」
「どんな魔法使いにもはずせないって言われたよ。無理にはずそうとすれば爆発するって」
「それなら問題ない。俺ならはずせるはずだ」
士郎が力強く請け負った。
そこへ、ざわざわした話し声と、どやどやとした足音が聞こえてくる。
「士郎さん、見つかったみたいよ。早く逃げよう」
さすがに焦りを見せるハルナ。
「少しだけ待っててくれ。すぐに助けに来る」
すぐ側まで来た助けの手が引っ込められて、裕奈の心に不安が立ちこめる。
「きっとだよ。約束破ったら恨むからねー」
らしくもなく、すがりつくような裕奈の声。
士郎は力強く頷いて、廊下を駆け出していった。
飛行型ゴーレム『フライングマンタ』に乗って逃走した二人の侵入者は、箒や杖に乗る賞金稼ぎの面々に追い立てられて、森の中へ不時着する。
「ちっ、二人だけかよ。他の連中は近くにいねぇのか?」
「あいつらも捕まえておけば、さらに賞金首が集まってくるさ」
「一番高い餓鬼も向こうからやってくるに違いねぇ」
ガハハハハ。野卑な笑いが飛び交っている。
深夜の森の中。人数差は決定的な戦力差と言えなかったが、賞金稼ぎ達の包囲は次第に狭められていく。
襲われたハルナを助けるために投じられる、士郎の双剣。
その後も逃走劇は続くも、戦闘手段を失った士郎では抗戦も難しく、やがて、取り押さえられてしまった。
彼らに降り注ぐ月光を遮るように、碇を上げた彼らの船が到着する。
「誰が連絡したんだ。ずいぶん、迎えが早えな……」
怪訝そうに見上げた船の艦首には一組の男女が立っていた。
「な、なんで、こいつらがっ!?」
一同が驚愕するのも当然で、自分たちが捕らえたはずの二人が船に乗っているのだ。
振り返ると、そこには変わらずに囚われの二人がいた。
「悪いねー。あたし達偽物なのよ♪」
「そういうことだ」
言い残した獲物達が、ボンと音を立てて消え去ってしまう。
『あー、あー、聞こえてるかなー? この船は私たちがいただいた♪』
拡声器型ゴーレム『ギガホン君』を使って、ハルナがノリノリで宣言する。
士郎としては思うところもあったが、方針が定まった以上、迷いは捨てて完遂を目指すのみだ。
「ふざけんな! 勝手なこと言いやがって!」
飛び立とうとする男達へ、機先を制するように剣が降り注ぎ、箒や杖を破壊していく。
囮のゴーレムで賞金稼ぎの大半を外へ誘い出し、残っていた少数を無力化して船を占拠。捕虜から簡単な操縦法を聞き出して、この場に駆けつけたというわけだ。
士郎としても思うところはいろいろあったが、逃走用の『足』がないままでは、船を持つ賞金稼ぎから逃げ切れるとは到底思えなかった。
賞金稼ぎの追う手段を奪うと同時に、自分たちの行動範囲を拡大する、一挙両得の作戦。とハルナが熱弁した結果である。
『私たちも鬼じゃないからねー。積んでいる財産と食料。どっちか欲しいものを置いてってあげるよー』
欲の皮のつっぱった彼らが望む物は分かり切っている。彼らの要求に応じて、金目の物を森の中へばらまいてやった。ついでに、捕らえていた捕虜も。
船は返すつもりだし、強盗そのものが二人の目的ではない。こうしておけば、回収に手間取るだろうし、荷物を抱える事で追跡も鈍るはずだった。
「このガキどもーっ! さっさと戻ってきやがれー! 船を返せってんだー! ……返してください」
元乗員達の罵声を聞きながら、『バラクーダ号』は悠々と飛び去っていくのであった。
『シロネギまほら』(58B)山賊達もつらいよ
山賊達に目をつけられた小さな村がある。
村人が駆けずり回り、ようやく雇えた用心棒はたった一人の少女だった。
孤軍奮闘していた彼女の元へ、たまたま訪れた一隻の船が加勢する。
山賊団を潰走させた後、少女はその船へ乗り込んで、村を後にしたのだった。
「ムムム……。なんだか扱いが軽いように感じアル」
用心棒として逞しく生き抜いていた古菲が不満そうにつぶやいた。
「そうか? これでも奮発したつもりだけど」
大皿にエビチリを盛ってきた士郎が、不思議そうに聞き返した。
テーブルの上に並んでいるのは豪勢な料理の数々だ。士郎だけでなく、父子家庭を守ってきた裕奈や意外と料理が得意なまき絵も腕をふるった。
「いやいや。料理に不満はないアルよ」
仲間達が古菲との合流を祝い、これまでの苦労をねぎらってくれるのだ。不平を口にしたら罰が当たる。
「それじゃあ、何が不満なんだ?」
「私の活躍が無視されているような気がするアル」
「そんなことないぞ。クーは大活躍だったろ」
士郎の言葉に皆が頷いた。
「前から強いと思っていたけど、くーふぇがあそこまで強いとは思わなかったよー」
「山賊なんて全然相手になんないじゃん。くーちゃん一人いれば百人力だね!」
まき絵と裕奈が口々に古菲を誉めあげる。
「そうそう。ヒゲダルマとの一騎打ちなんか燃えたね! くーへのマンガを書くなら、あの対決は絶対にはずせないよ」
その場面を思い浮かべたのか、ハルナは拳を握り締めて熱く語る。
「それに、あの大岩を一撃で壊しちゃうんだもんなー」
山賊の退路を断った一撃について、裕奈が呆れ気味につぶやく。
「そうだよねぇ。できるって言い出した時には、バカイエローもここまできたかって、本気で心配したよ、私ゃ」
ハルナが冗談とも本気ともつかない感想を口にする。
「しばらく見ないうちに強くなったよな。クーの事だから、今の強さも通過点に過ぎないんだろうけど」
山賊退治において、古菲はまさに八面六臂の大活躍だった。
「ニャハハ。そんなに誉められると照れるアルよ」
そう言いながら、彼女自身もまんざらでもなさそうだ。
先ほど感じた不満もどこかへ消えてしまったらしい。
「じゃあ、士郎さんも席について」
ハルナに促されて、最後の椅子に腰を下ろす。
「では、山賊退治とくーへとの合流を祝って、かんぱーい!」
ハルナの音頭に合わせて全員が唱和する。
『かんぱーい!』
「それで、そっちの方はどうしてたアルか?」
用心棒暮らしをしてきた冒険談を語り終えると、今度は古菲が聞き役に回る。
「私は気がついたら原っぱにいたんだよねー。うろうろしてたら、トラックの人が拾ってくれて……」
まき絵はテンペテルラまで送ってもらえたのだという。レストランに雇ってもらえたのも、その人の紹介とのことだ。
賞金稼ぎに狙われたりはしなかったが、魔法世界の事前情報がなかったため、獣人を見かけてたいそう驚いたらしい。
「私は町中だったんだよね。いきなり追い回されて困っちゃってさ」
まき絵と違って、裕奈は苦労の連続だった。
正式にネギま部に所属しているとはいえ、彼女は魔法使いでもないし、アーティファクトも持っていない。戦闘要員と見られがちな分、実力の伴わない彼女は一番危険な立場と言えた。
頼りの魔法銃が弾切れを起こせば、彼女に抗戦手段はなくなってしまう。
囚われの祐奈は正確に知らなかったが、数日ごとに街を移動しつつ、噂を流してはおびき出そうと動いていたのだ。
「私もくーへと似た感じだね。拾ってくれた隊商では、ゴーレムを使って雑用してたんだ。立ち寄った村に士郎さんがいてさー……」
その後は、まき絵と合流し、祐奈救出という流れである。
「知ってる? まき絵ってば賞金稼ぎやってるんだよー」
裕奈がイタズラっぽく笑ってみせる。
「そうアルか?」
「それ違うよー。私はただの代役じゃないー」
慌てたようにまき絵が訂正する。
「みんなが賞金首だから、私が代わりに手続きしてるだけなのに〜」
必ずしも相手が人間とは限らず、害獣駆除で賞金を得るという方法もあった。
そのため、賞金首に含まれておらず、公的に顔を出せるまき絵の存在は非常に有り難かった。
あとがき:士郎の飛行船強奪に関しては、賛否両論あるかと思います。私もちょっと悩んだのですが、ここでは仲間の安全を優先した形です。まっとうな手段で船を手に入れるのは難しいですし、入手経緯として面白いので採用しました。詳しくは裏事情にて。
後半の内容はダイジェスト化以前から割愛の予定でした。詳しい内容まで構想していませんし、全てを描写していたら時間もかかるため、もともと大幅にカットするつもりでした。ちなみに、エビチリは日本生まれの料理なので、古菲へのお祝いには不向きかも。