『シロネギまほら』(57)
(57A)魔法世界の日々は平穏なり
地方都市の一つ、テンペテルラ。
都市部に比べれば治安に不安が残るものの、なにより活気に満ちていた。閉塞感などどこ吹く風で、一旗当てようとする熱気にあふれている。
士郎達の加わっている隊商が仕事を始めるのは、昼食後の予定になっている。
この人数で一店に押しかけてしまうとあぶれてしまうので、少数に分かれててんでに好みの店に散っていく。
旧世界人たる士郎とハルナは同行することが多く、先日以降はハルナの提案により名前で呼び合う仲だ。
手近な食堂の入り口をくぐった二人を、ウェイトレスが驚きをもって出迎えた。
「パル! 衛宮さん!」
「佐々木?」
「まきちゃん!?」
目を丸くする二人に、まき絵はまとめて抱きついていた。
「よかったよー。ひとりぼっちだったから、寂して寂しくてー」
涙までこぼして喜んでいる。
まき絵は、脳天気といっていいほど、楽観的だし明るい性格をしている。人見知りしないこともあって、この街の人間とも仲良く過ごしてきた。
それでも、異世界に放り出され、2週間近くひとりぼっちともなれば、不安になって当然だ。
そのあたりは、士郎にもハルナにも理解できた。なにしろ、彼らもまた、一人で異境に放り出されたからだ。
話したいことは山程あったが、客のかき入れ時となるこの時間帯ではそんな余裕があるはずもない。
雇ってくれた恩もあれば、まき絵なりに責任感もあるので、まずは、注文をとって仕事に戻る。
運ばれた食事を口にしながら、士郎とハルナは今後について意見を交わす。
隊商にはそれなりに馴染んだものの、このままの生活を続けるわけにはいかないのだ。
今晩にでも、まき絵を交えて、具体的な行動指針を決める必要がある。
そこへ、一つ隣のテーブルに着いた虎顔の獣人が話しかけてきた。
「聞いたか、あんたら! あのゲート事件の賞金首が捕まったらしいぞ」
「あいつら全員捕まったの?」
興味津々でハルナが尋ね返す。
「捕まったのは一人だけさ。10人近くいたし、さすがに全員は無理だろ」
「10人もいたっけ?」
ハルナは記憶を辿ってみるが、ゲート破壊の実行犯は4人のはずだ。
「手伝った人間が他にもいたんじゃないか?」
士郎の意見にハルナも納得する。
「そう言えば、他のゲートも壊されたって話だしね」
うんうんと頷き返す。大がかりな作業だろうし、4名だけの犯行ではなかったのだろう。
「……ん?」
何かに気づいたように、虎男が二人の顔をじっと見つめる。
「ひょっとして、お前等も賞金首か?」
「んなわけないじゃん! アハハハハ」
獣人の言葉を、ハルナが笑い飛ばし、士郎も苦笑を浮かべる。
「私らもあの事件のせいで迷惑してんだからー。まったく、さっさと捕まって欲しいよねー」
「そーか。すまねぇな。人間の顔はあまり見分けがつかなくてよ」
ガハハハハ。と豪快に笑いだした。
食事を終えたタイミングで、厨房の方からまき絵の叫び声が聞こえてきた。
「嘘ーっ!?」
そそっかしい彼女のことだから、何か失敗でもしたのだろうと二人は気にもとめない。
「パル〜! 衛宮さ〜ん!」
しかし、まき絵の方から厨房から飛び出してこちらに駆け寄ってきた。
「どうしたんだ?」
「コッチ、来てよ! 急いで!」
まき絵らしくもない切羽詰まった真剣な態度に、二人は素直に従った。
不思議なことに、彼女は人目がないか周囲を見渡している。
「どうしたんだ?」
「これ見て! この賞金首の手配書!」
二人が見せられたのは、一枚の紙だ。
例のゲートポートを襲ったという犯人の顔がまとめて掲載されている。
「ん?」
「え……!?」
描かれていたのは、士郎達の知っている顔ばかりだ。いや、仲間達ばかりと言った方が正しいだろう。
『ええーっ!?』
二人が驚愕の叫びを口にする。
ゲート破壊の犯人として賞金をかけられていたのは、ネギま部員の面々だった。
(57B)賞金首はつらいよ
明らかに陰謀の臭いがする賞金首の手配書。
士郎達としては非常に迷惑な話だったが、密航者であるまき絵が除外されているのは、不幸中の幸いだった。
士郎達は許可を得て隊商から脱退すると、宿に籠もり、まき絵に情報収集を委ねた。ウェイトレスという職業は、噂話を集めるのに非常に向いているからだ。
こうして入手できたのは、拘束されたのが明石裕奈だという事実だった。
彼女が使う魔法銃の威力は、使用する弾に込められた魔法に依存するため、戦闘能力はたかが知れている。
ゲートポートでの襲撃時も、彼女は攻撃に加わっていたが、なんら戦果を上げられずにいた。
しかし、その事が原因で、彼女はテロリストの一味に加えられ、賞金首にまで仕立て上げられている。
彼女もまた一人きりで右往左往してるところを追い回され、逃走途中に魔法弾が尽きてしまい、あっさりと捕まったという流れらしい。
裕奈が官憲に拘束されていたなら、士郎達が手を出すことは不可能だったろう。
ところが、裕奈を捕らえた飛行船は、未だ街の近くに停泊したままのようだ。
「これはきっと罠だね。助けに来るのを待って、一網打尽にしようって作戦に違いない!」
ハルナの主張は相応の説得力を持っていた。
なにしろ、一般人のまき絵があっさりと情報を入手できた時点で、意図的に流された噂である可能性が高い。
「だけど、放ってはおけないな」
「そうだよね! ゆーなを助けないと」
この世界では、辺境にまで国家権力は及びにくい。
そのため、賞金首自身が、賞金稼ぎをするのも珍しいことではなかった。裕奈を捕らえた『バラクーダ団』も、そんな集団のひとつである。
彼らの所有する『バラクーダ号』という細長い飛行魚は、郊外のだだっ広い場所に投錨して、宙に浮かんでいた。
接近を試みれば即座に発見されるだろう。
士郎達が行動を起こしたのは、日が沈んでからのことだ。
あとがき:バラクーダの名称は、なんとなく『未来少年コナン』の艦艇名からいただきました。これも魚の名前ですし。
それと、これまでにも何度か書きましたが、SSは基本的に後出しジャンケンなので、原作より早く情報が出したり、簡単に真相を読みとる場面をみかけます。ウチの作品では早く正しいだけでなく、遅かったり間違ったりさせたいと思ってます。