『シロネギまほら』(56)早乙女ハルナの困った相棒

 

 

 

 二組の干将莫耶が切り結ぶ。

 ハルナはこれまでにも士郎の二刀流を見る機会が多かった。その点から言っても、エミヤシロウを使役するのは、『落書帝国』を活かし易い方法と言えるだろう。

『剣の女神』は力が強い分だけ稼働時間も制限されるが、エミヤシロウならば強さと時間の両方に期待できる。

「互いに手の内を知っていると戦いにくいはずだし、自分と同じ姿をした相手を傷つけるのはさすがに……」

 ズバッ! 胴体を袈裟懸けに切り裂かれてゴーレムが消滅していた。

「嘘ぉっ!?」

 それを見たハルナが驚愕の叫びを上げた。

「普通、ためらわない? 自分だよ、自分」

「俺だったら、他人に斬りつけるよりも、自分の方が気楽だけどな」

「そーお?」

 ハルナとしては同意できない。どうもそのあたりの感覚に違いがあるらしい。

 一般的な感覚で言えばハルナの方が正しいだろう。激情に駆られたのならまだしも、普通は、自分に酷似した物を手荒に扱おうとはしない。ましてや、一刀のもとに葬るなど。

 だが、士郎にはそれができる。

 自分よりも他者を優先してしまう彼にとって、自分とは一番軽い存在だからだ。

 また、士郎は昔から身体を鍛えてきたが、その目的は、鍛錬そのものであって、誰かと競い合うという意識はほとんどない。いつでも、黙々と自分一人でトレーニングを続けてきた。

 一年半ほど前には、比喩的な意味ではなく自分自身とすら戦った事がある。

 彼にとって、自分と戦う事は特別視するようなものではないのだ。

「それより、俺にしては弱くないか?」

「え? そうだった?」

「その証拠に、簡単に決着がついだろ?」

 ハルナには悪いが、剣技も荒いし、動きも鈍かった。自分の実力がこの程度とはさすがに思いたくない。

「やっぱり偽物じゃあ、本物に勝てないのかぁ」

「その評価にも不満があるけどな……」

 士郎もまた『贋作使い』であるだけに、複雑そうな表情を浮かべる。

「偽物と本物を比べるのは、贋作を極めてからだな」

「極める……か。確かに、私自身のゴーレムだとまったく違和感を感じないもんね」

 ハルナは夏のコミケにあわせて、同人誌の製作が押し迫ったとき、自分のゴーレムを複数作成して執筆の手伝いをさせたことがある。書き上げられたイラストのデキは、彼女自身が書いたと絵と遜色なかった。

 ハルナ本人のモデルへの理解度が、ゴーレムに反映されるのは間違いない。

「それなら、衛宮さんを観察してスケッチしていけば、衛宮さんの技もゴーレムに活かせるはずだよね。それが無理だとわかったら、改めて考えればいいや」

 

 

 

 隊商が訪れた先で、士郎は道具の修理を行い、ハルナはゴーレムを使役して土木作業の手伝いをしている。

 今後、どのような行動を取るにしろ、先立つものは必要なのだ。資金はあればあるほど取れる手段も増えるだろう。

 さらに、早乙女ハルナには夢がある。成り上がって、中古でもいいから自分の船を手に入れるのだ。

 現在も、操縦経験者から詳しい手順を聞き出し、エア操縦で慣れようとしている。

 

 

 

 村への逗留中ならば、時間をやりくりして修行時間を確保するのはたやすい。

 しかし、町から町への移動中はそうもいかず、野宿の準備をすませた日没後や、出発前の早朝に稽古している。

 士郎は慣れたものだが、ハルナにとってはあまり嬉しくない境遇が続く。

 先日以来、士郎の対戦相手は、常に自分自身となっていた。

 その稽古を眺めながら、ハルナはスケッチを重ねていく。

 ハルナの執筆速度は速く、ものの1分とかからずに全身画を描き上げてしまう。彼女は戦闘の急場においてすら、即席でゴーレムを仕上げることが可能なのだ。

 もう一つの特徴として、目にした映像を正確に把握したり、脳内のイメージを上手く表現するのも得意としていた。のどかを模したゴーレムを使って、夕映を騙したことすらある。

 ちなみに、速度や表現力を無視して写実的に書くだけなら、士郎も得意だったりする。定規を使わずに直線を書かせたら士郎の右に出る者はいない。

 士郎の剣技だけでなく、ゴーレムとの対戦で生じる、間合いの取り方、呼吸の読みあい、踏み込みのタイミング、剣のかわし方・捌き方、その連携。それらをハルナは吸収していった。

 ハルナ自身に剣の才能などないため、良くも悪くもゴーレムの動きは士郎の動きに左右される。つまり、士郎がもともと持っている欠点までも、ハルナはゴーレムで再現してしまう。

 干将を振り下ろした時の左脇腹に現れる隙。重心移動で右足首に見られる癖。逆袈裟で切り上げられた時に反応が遅れる件。

 自分の未熟な点を目の当たりにし、士郎はそれを意識的に修正する。

 決着がついた後は、士郎が勝因や敗因を分析し、その意図や生じた結果について詳しくハルナに伝え、その成果がゴーレムに反映されていく。

 士郎の剣技は我流だ。真に彼を導ける存在はおそらく『一人』しか存在しない。

 しかし、彼は成長するための手がかりを得た。

 うぬぼれにはほど遠い士郎だが、やはり自分を一番知っているのは自分だと考えていた。それが、いまはもう一人増えた。

 ハルナというさらに客観的な視点を得て、自前の剣技とその弱点を把握し対抗策を練り、彼自身が理解を深めることで技が磨かれていく。

 自身の隙を廃し、守りに特化した剣。わざと隙を見せることで、相手を自分の間合いに呼び込む為の剣。それは、自身の攻撃力に頼った戦い方でもなく、手数で敵を圧倒しようとする強引なやり方でもない、守勢の剣だった。

 熟成されていく士郎の剣。それは、かつて見たアーチャーの剣技によく似ていた。

 

 

 

 ある日、砂漠を進んでいた隊商へ、上空からドラゴンが襲いかかった。

 強大な力を持つ竜種の出現。

 遮蔽物のない広大な砂漠での襲撃に、分散することによる防御魔法の効率低下をおそれ、隊長は全員を一カ所に集めて防戦に徹した。

 ドラゴンを倒す事などは論外なため、出鼻をくじくように攻撃を繰り返し、ドラゴンが根負けすることを期待してのことだ。

 腕自慢の荒くれ者すら、その消極的な案に賛同する。

 20mを超える巨体に、驚くべき敏捷性。ドラゴンは生体としては破格な力を有しているのだ。

 だが、ドラゴンは知らない。この隊商には天敵とも言える存在がいることを。

 それは、衛宮士郎だ。

 同時に、エミヤシロウ2号のことでもあり、さらには、シロウV3やシロウマン。シロウX等々、その数、十名にも及ぶ。

 ハルナの作り上げた、バリエーション違いのエミヤシロウ型ゴーレムが、臆することなくドラゴンに挑みかかる。

 いまさらだが、衛宮士郎の力ではドラゴンに太刀打ちできない。

 しかし、士郎自身には打ち勝つ力がなくとも、彼には打ち勝てる物を生み出す力があった。

 それを形としたのが、エミヤシロウ達の手にする十本の剣。北欧最大の英雄シグルドが持つ、竜殺しの魔剣グラムだった。士郎の知るセイバーもまた竜の因子を持つが故に、この剣とは相性が悪いはずだ。

 ゴーレムには投影できないため、十本とも士郎が投影した物だ。

 グラムを手に、ドラゴンへ群がるエミヤシロウ達。

 彼らの有する十本の牙が、強固なドラゴンの鱗をものともせず、切り裂き、貫いていく。

 剣の間合いから逃れたドラゴンには、傭兵達の魔法が集中攻撃で降り注ぐ。

 角まで折られたドラゴンは、難敵への襲撃を断念し、這々の体で飛び去っていった。

 こちらの被害は、3体のゴーレムのみ。完勝と言ってもいいだろう。

 

 

 

 歓喜に沸き立つ隊商のメンバー達。

 しかし、ゴーレムを消し去ったところで、ハルナの表情が一変した。

 ドラゴン戦を終えたゴーレムの一体が、消えなかったためだ。軽い傷を負った士郎がハルナの元へ戻って来る。

「え……、嘘……?」

 ドラゴンへ挑むという危険な役回りに、士郎は平然と加わっていた。比較的安全な、ハルナの護衛をゴーレムに任せてだ。

 2号は意図的にオリジナルと同じデザインにしているものの、それでも彼女は傍らの士郎を本物だと思い、疑いもしなかった。

 彼女にしてみれば、危険な戦闘行為はゴーレムに任せるべきものであり、自分が加わるなど考えもしない。

 どれほど特殊な力を持っていても、思考形態は容易に変わらないということだろう。

 だが、彼女を驚かせた本当の要因は、『戦いに臨む覚悟』とは別のところにあった。

 ゴーレムによる士郎の再現という試みは、予想以上の成功を見せたようだ。作り上げたハルナ本人が、差異に気づけなかったほど。

 これには、彼女自身が察した通り、ハルナの素質や技術だけではなく、もう一つの要因がある。

 確かに、エミヤシロウ型ゴーレムは士郎に似ていた。だが、それと同時に、士郎自身もまたゴーレムに似ているのだ。

 ハルナは、士郎の持つ『異質さ』を、まざまざと見せつけられた。

「うまく追い払えたな」

「何言ってんのさ! 全然、うまくいってないでしょー! 衛宮さんが3人も殺されたじゃん!」

「やられたのはゴーレムだろ。『殺された』なんて、ホントに俺が死んだみたいだ」

「ゴーレムが3人も殺されてるんだよ! 衛宮さんだって一歩間違えば同じ目にあってたんだから!」

 ハルナ自身、不思議だった。自分がどうしてここまで感情的になってしまうのか。

 おそらくそれは、明確にイメージできてしまったことが原因だった。目の前の士郎もまた、いつかゴーレム同様、ドラゴンの牙や爪で引き裂かれてしまうのではないかと。

「ゴーレムで再現できるのはあくまでも、強化した状態の身体能力と剣技だけだろ? 投影や魔法も使えないし。俺ならいざというときにはアーティファクトも使えるから」

「それは、ゴーレムで無理だった時に考えればいいじゃん! 最初っから無茶する必要ないんだから!」

「いや、必要だったんだよ。現在の実力も把握しておきたかったし、今なら俺に何かあっても、隊商の人たちがいる。一日使えなくなることを考えれば、アーティファクトもあまり多用したくなかったんだ」

 必要だから。

 士郎の行動様式は非常にシンプルだ。必要だと思えば、自分の恐怖心や、自分の命すら、後回しにしてしまう。

「衛宮さんはさ、人生を損してるよ! 絶対!」

「そうか?」

「そうだよ! 人間てのは楽しんでナンボだと思うわけ! 衛宮さんはさ、頑張りすぎなの! もっと手を抜いて、楽にやろうよ! 見てるこっちがハラハラするから!」

「そうか……、心配させて悪かったな」

 

 

 

 一行は、あと数日もすれば、テンペテルラという街に到着する予定だ。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:巡り合わせと言うんでしょうか。ハルナとの合流がこんな展開に。ですが、原作メインキャラではないだけに、新鮮な展開で気に入っています。ハルナというキャラに思い入れはほとんど無いんですけどね(笑)。
士郎とゴーレムの対比については、ロボットに例えた公式コメントが由来となってます。