『シロネギまほら』(55)

 

 

 

『シロネギまほら』(55A)山村に迷子がやってきた

 

 

 

「凄く暑い日だったよ。俺は友達と川へ水浴びに行くところだったんだ」

 その時のことをそんな風に述懐する、彼の名はトマといった。

 友人達とともに山遊びをしていたトマ少年は、一人の青年と遭遇する。

 迷子だと訴え、頭を掻く奇妙な青年。

 トマは持ち前の責任感を発揮して村まで案内する事にした。

 遊びが中断されたとぶちぶち文句を言っていたトマだったが、娯楽の少ない山村のため、思いがけない客の来訪に内心ではわくわくしていた。

 

 

 

 山あいにあるのどかな村・ホルン。

 トマは村長をしている父親に青年を引き合わせた。

 青年は単純に山で迷子となったわけではないらしく、この村どころかテンボス山の名前すら知らなかったからだ。

 どこから来たのか、どこへ行くのか、何も決まっていない。村長に対して彼はそう告げた。

 なんでも旧世界人らしく、本来は首都へ向かう予定だったが、突発的な事故による転移で、はぐれた仲間を捜したいらしい。

 彼の当面の問題は食事と住宅。さらに、首都へ向かうなら金もかかる。

 しかし、彼は旧世界からやって来たため、なんのコネも手がかりもないのだ。

 人のいい村長は、食事と寝場所の提供だけでなく、農作業の手伝いに対する賃金まで出すことを提案した。

 旧世界から来たというのも本当らしく、彼は基本的な事や常識的な事すら知らず、トマがいろいろと面倒見ることになった。

 彼は恩返しのつもりなのか、旧世界での面白い話をいろいろと教えてくれた。

 やんちゃなトマは、いろんなワガママを聞いてくれる彼を子分のように考えていたようだ。

 

 

 

 この村ではサラセナという花をあちこちで栽培している。この土地の風土でなければ育たない珍しい花だ。

 古くからその種は香辛料として使われており、この村の重要な特産品となっている。最近では樹液が染料に向いているとわかり、これも高値で引き取ってもらえるようになった。

 彼が行う仕事も、水撒きや雑草駆除といったサラセナの世話だ。

 ある日の夕方。トマは仕事を終えた彼が山へ入ろうとしていたのを目撃する。仲間を捜すつもりだったらしい。

 この時期は夜行性の斑熊の繁殖期にあたる。

 夜に山にはいる事の危険性を教えられて、彼は素直に頷いた。

 

 

 

 一つの事件が起きた。

 トマが乱暴に棚を開け閉めした拍子に、棚の上に飾っていた皿を落として割ってしまったのだ。

 鮮やかな水色のマーブル模様が美しい皿で、父親が高い値で買い取ったものだった。

 真っ青になったトマに、事情を知った彼は優しく告げる。

「俺は魔法使いなんだ」

 彼が呪文を唱えると、二つに割れていた皿は何事もなかったかのように、一枚の皿に戻っていた。

 驚いたトマは自分の失敗を正直に告白し、その事を父親に説明した。

 村長はトマを叱ったりせずに許し、彼に礼を告げる。それどころか、村長は修理代だと言って、代金まで支払った。

 さすがにもらえないと彼は断ったのだが、村長は正当な代価だからと押しつけてしまう。

 この日から、彼の仕事が増えた。

 農作業だけでなく、修理の仕事も請け負うようになったのだ。

 この村では、必要な道具を仕入れるためには近くの街まで行く必要がある。修理するのも同様だった。

 そのため、彼の修理はとても村人に喜ばれた。

 よそ行きの衣類とか、割れてしまった宝石とか、そんなものまで修復してくれるのだから当然だろう。

 トマが自分の事のように宣伝して回ったこともあり、近隣の村からも修理品が持ち込まれた。

 

 

 

 ホルンの村にはサラセナの種の買い付けを目的として、いくつかの街から隊商がやって来る。

 隊商にとっては売る事も目的の一つなので、持ち込んだ品をこの村で売り出す事になる。滅多に入手できない品が並べられるので、隊商を迎えた日はちょっとしたお祭り騒ぎだ。

 そして、隊商の中に混じっていた一人の少女が、青年と対面して再会を喜び合う。

 その少女は彼がはぐれたという仲間の一人だったのだ。

 少女と話し合った彼は、隊商と共に村を出る事を決断してしまう。

 だが、トマにはそれが受け入れられない。トマはすでに彼の事を頼りになる兄のように思っていたからだ。今さらいなくなるなんて考えられない。

 大人達にとっては予測できた別れなのに、トマだけは違っていたのだ。

 少女に罵声を浴びせたトマは、父親に叱られて村を飛び出してしまう。

 

 

 

 木の上で落ち込んでいたトマが気がついた時には、すでに日はとっぷりと暮れていた。

 トマが斑熊について思い出した時にはもう遅かった。

 またがっている枝の下で、斑熊がトマを睨み付けていたのだ。

 斑熊が幹を押すと、20メートルはある木がぐらぐらと揺れる。ミシリ、という音が木の枝を通じて聞こえてくる。

 自分が木の実のように地表へ落ちる事を想像してトマは悲鳴を上げていた。

 そこへ駆けつけたのが彼だ。

 斑熊へ挑みかかる彼の姿は、トマにとってまさしく正義の味方であった。

 遅れて駆けつけた少女も協力して、二人は斑熊を退治してしまう。

 なお、斑熊の肉は村人と隊商で美味しくいただきました。

 

 

 

 その夜。トマは彼といろいろな話をした。

 トマにとっては辛いだけの別れだが、彼にとっては必要な事だと少年にもようやく理解できた。

 翌日には隊商がこの村を去っていった。

 もちろん、その中には彼の姿も混じっていた。

 だけど、トマは泣いたりしない。彼とそう約束したから。

 去り際に彼の残した餞別が、トマの手に握られていた。

 

 

 

 そして、月日は流れる。

 もっとも新しい“偉大なる魔法使い”と、その仲間達の物語は様々な手段で、魔法世界の隅々にまで知れ渡っていた。

 ある時は書物で、ある時は芝居で、ある時は映像で。

 その物語のいくつかには、ホルンの村も登場する。

 観光を目的にこの村を訪れる者は少数だったが、例外なく“偉大なる魔法使い”のファンだ。それも“通”と呼ばれる類の。

 観光客にとって、一番の目的は村長の家にある家宝だ。

 村長は今日も観光客を前にして、懐かしい思い出を振り返る。

「凄く暑い日だったよ。俺は友達と川へ水浴びに行くところだったんだ」

 

 

 

 エミヤシロウの残した一対の剣は、今もホルンの村に残っていた。

 

 

 

『シロネギまほら』(55B)敵の名は衛宮士郎

 

 

 

「寂しそうだったね。あの子」

「だけど、ずっとあの村にいるわけにもいかないからな」

「士郎さんは男の子に好かれるんだねー。コタロ君もあんな感じだったし」

「そうかな?」

 士郎が本来いた世界では、子供と関わる機会が少なかったため、指摘を受けてもまったく実感がわかなかった。姉替わりが子供っぽいと言えないこともないが。

 今も隊商に同行する二人は、情報を集めつつ仲間達との合流を目指していた。

「そう言えば、エミヤんは知ってる? ゲートポートの事件なんだけど、イギリスだけじゃなかったみたいよ」

「どういう事だ?」

「私達の世界――旧世界って呼ばれているらしいけど、あっちとつながる世界中のゲートポートが壊されたんだって! いつ直るかもわからないってさ」

「そこまでおおごとだったのか……」

「途中であった旅人から聞いただけだから、詳しい事まではわかんないけどねー」

「まずいな。みんなを見つけても帰る手段がないのか」

「それでさー。主犯格は子供なんだって。高額の賞金首らしいよ」

 言われて、士郎の脳裏に白い少年の顔が思い浮かんだ。

「早く捕まえてもらわないとねー」

「まったくだな」

 あのような危険人物は早めに捕縛してもらいたい、と二人で頷きあう。

 彼等が事の真相を知るのはもう少し後の事だった。

 

 

 

 現在、士郎の傍らにいるのは早乙女ハルナだった。

 砂漠に放り出された彼女は、現在同行している隊商に拾われて、たまたま士郎のいた村を訪れたのだ。

 旅の途中、ハルナのゴーレムに対する訓練も行っていた。

 特に、平和な日本とは異なる環境におかれ、戦闘力を得るのは必須とも言えた。

「前にも言っただろ。力が強いだけじゃ勝てないんだ」

 体が大きいとか、力が強いというのは、強さの指標として非常にわかりやすい。

 ハルナ自身が格闘そのものに疎いこともあって、その当たりの実感が湧かないのだろう。マンガ等の創作物に親しんでいることで、展開の定番である『力のインフレ』に毒されているのかもしれない。

「それに、単純に強いゴーレムだと長く保たないんじゃないか?」

「そうなんだよねぇ。そのあたりの調整が難しいところでさぁ」

 エネルギー保存の法則らしきものが、ゴーレムにも適応される。士郎に言わせれば等価交換ということになるだろうか。

 強いゴーレムほど実体化時間も短く、マスターから離れることができない。逆に弱くて単純なゴーレムならば、効果時間も長いし遠隔操作も自在だった。

 つまり、理想的なゴーレムというのは、万能的な強さを発揮するものよりも、優先する目的を明確に定めてそれ以外を抑える方向性が望ましい。

「弱くても強い……? 力が劣っていても、技に優れたやつ、かな? ムムム」

 眉間に皺を寄せて考えてみる。

「おおっ! いるじゃん!」

 サラサラサラ。ハルナが手にしたペンをスケッチブックに走らせる。

 落書帝国に新たなゴーレムが書き加えられた。

「これでどうだ!」

 スケッチブックから飛び出したのは、剣の女神とは違って、普通の人間サイズをしていた。もう少し詳しく言うなら、士郎と同じ身長だった。

「え……?」

 士郎の前に立っているのは、士郎と同じ背丈に、士郎と同じ服装で、士郎と同じ容貌をしていた。

 つまり――。

「私のしもべ、エミヤシロウよ!」

「……なんでさ?」

「衛宮さんなら『剣の女神』にも勝てるわけだし、実力的にも頼りになるでしょ? それでいて、魔神なんかと違って必要魔力も少ない! これ以上、私に向いたしもべがあろうか? いや無い!」

 ハルナが自らの思いつきを自慢げに語った。

「それに、最大の敵は自分とか言うじゃん。ニセエミヤシロウなら、士郎さんも手こずるんじゃない? 格闘マンガの決勝戦でも、同じ技を使うライバルとか、同じ血を引く兄弟なんかが出てくるじゃない。ロボット物なら試作機とか後継機、超能力物だって似た力を持つ敵がラスボスってのが定番だからね♪」

「……あ〜、そうかもなぁ」

 我が身を振り返って、士郎は思わず納得してしまう。

 かつての聖杯戦争において、自分と似た、或いは同じ力を持った強敵に遭遇した経験があるからだ。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:前半部は『勇者物語に挿入される閑話』みたいなノリです。ダイジェスト化する以前から物語調で書き進めていました。最初の合流相手は、次回まで持ち越しのつもりでしたが、ダイジェストのせいであっさりと判明(笑)。
※:皿の修理は、士郎が投影品と交換する予定でしたが、Hollowにおけるサッカーボール修理のエピソードを思い出し、変更しています。原作では同調と言っているので、(いささか疑問ですが)強化で修復したのでしょう。
※:斑熊というのは今回用に創作した動物で、現実にも原作にも存在しません。漢字名にしたのは、実物をイメージし易くするためで、誤解を与えたかもしれません。