『シロネギまほら』(54)衛宮士郎、異境に立つ

 

 

 

 魔法世界へ通じるゲートを目指す、ネギま部一行。そして、朝靄に紛れてそれを追う好奇心旺盛なクラスメイト達。

 案内役のマクギネスは追跡者の存在にも気づいていたが、結界に阻まれるだろうと軽く考えていた。まさか、宝くじの一等を引き当てるほどの強運の持ち主が、追っ手に含まれているとは思いもしなかったのだ。

 ストーンヘンジに仕掛けられた魔法陣が発動し、集まった人間達がまばゆい光に飲み込まれた。

 この時、強運の持ち主である桜子が、なぜ近づこうとしなかったのか、同行者達はその点に思い至るべきだった。かくして、能動的で不運な数名が転移魔法に巻き込まれてしまう。

「ネギくーん。コレ一体どうなってるのー?」

 まき絵に涙目で訴えられ、ネギ達も驚く羽目に陥っていた。

 転移先で取り押さえられた密航者は、まき絵・アキラ・亜子の3名。最近疎遠になった裕奈を心配して、ここまで追ってきてしまったのだ。

 原因となった裕奈は、秘密を抱えていた後ろめたさもあり、複雑な思いで親友達と対面する。

 これだけでも十分な騒動だったが、事態はこれだけで済まなかった。

 

 

 

 なんの予兆もないまま、ネギは唐突に不吉な予感に囚われる。

 声を張り上げて、仲間達には警戒を、警備員には調査を訴えるネギ。

 唯一事態を予見したことが、彼にとっての不運であった。

 ドン! ネギの右肩に石の杭が生えていた。

 背後から放たれた石の槍に貫かれ、つんのめるようにして床に転がった。

 倒れ伏した小さな身体が、傷口から噴き出す血の海に沈む。

「ネギーっ!」

 アスナの絶叫が施設内に反響する。

 慌てて駆け寄る仲間達。

「幾分、力をつけたようだけど、僕の一撃でこの有様だ。中途半端な力ほど無様なモノはない。そう思わないか、ネギ君?」

 ネギを嘲るように告げた少年が、床に転がった封印の小箱を拾い上げる。

 白い少年の背後には、従者のように三つの人影が付き従っていた。

「僕の永久石化で、全員、舞台から退場してもらおうかな」

 フェイトの実力を知る者は威圧され、知らない者ものは困惑して動けない。

「……あの箱を、近衛のカードを取り戻すぞ!」

 この緊急時に、いち早く状況を把握したのは士郎だった。

「だけど、肝心の武器もあの中じゃない!」

 悲鳴のような声で応じるアスナ。武器のない自分がどれだけ無力か彼女にもわかっていた。

「武器は俺が創る」

 士郎の答えはひどくシンプルなものだった。

「――投影、開始トレース・オン

 士郎の持つ唯一の力が、何よりも彼女らに必要なものだった。ゲートポートで行われている武装解除も、士郎にだけはまるで意味をなさない。

 少女たちの目の前に、愛用の武器が出現する。

 刹那の前には、夕凪と匕首・十六串呂が。

 楓の前には、巨大な十字手裏剣と10本の苦無が。

 古菲の前には、干将莫耶が。

 アスナの前には、懐かしのハリセンが。

「何で私だけコレなのよ!?」

「ハマノツルギは創れないんだ」

 魔法も気も消し去る特性を持つハマノツルギは、魔力で剣を生み出す投影と相性が悪い。正確に模造すればするほど、剣そのものが存在を保てなくなる。士郎の投影では、劣化バージョンのハリセン型で精一杯だ。

「本物が使えるまでそれで頼む!」

「はいっ!」「わかったでござる」「わかったアル」「……仕方ないわね!」

「箱が戻ったら、これを刺すだけで封印が解けるはずだ」

 その言葉と共に、士郎は一本の短剣をこのかに託す。

「そんなにこれが必要なのかい?」

 フン、と冷笑したフェイトは封印箱を投げ捨てる。

 高架の外へ放物線を描いた小箱は、はるか奈落へと自由落下していく。

「刹那さん、アレを!」

「わかりました」

 慌てるアスナの言葉と同時に、刹那も動いた。

 バサッ! 広げられる白い翼。

 飛び上がる刹那に、フェイトが背後から襲いかかろうとする。

 きゅるるるっ!

 風斬音の接近に、フェイトが振り返った。

 飛んできた白黒の双剣は、彼の生み出した石の盾が受け止める。

 その隙に、刹那は落ちていく小箱を追って、真っ逆さまに降下していく。

 まだ追撃を狙っているフェイトめがけて、アスナがハリセンを振り下ろす。

 ハマノツルギの恐るべきところは、劣化型のハリセンであっても、フェイトの持つ強力な魔法障壁を打ち消してしまうところだ。

「――投影、開始トレース・オン

 新たに投影した双剣を、士郎はそれぞれ別の敵に向けて投じる。

「――投影、開始トレース・オン

 投影し直した双剣に誘導され、投じた一対は弧を描いてフェイトの後背を襲撃する。

 先ほどの経験から、フェイトは振り返ることもなく、石の盾を背後に生み出し双剣を阻んでいた。

「なんてやつだ」

 フェイトは妙に手加減した攻撃でアスナを払いのけると、無造作に士郎への接近をはかった。

 士郎の攻防は双剣で行われる。

 一方、フェイトの守りは石の盾が行い、その両手は攻撃だけに専念している。

 単純な手数で、士郎は押し負けていた。

「くっ……」

 状況を打破するために、士郎は無茶な行動を取った。

 敵との交戦に使用している双剣を、至近距離で爆破したのだ。

 壊れた幻想ブロークン・ファンタズムは、武器に込められた幻想によって威力が変動する。干将莫耶でなく他の剣だったなら、さすがの士郎もこんな行動は取らなかっただろう。

 発生した爆発が、対峙していた二人を強制的に引き離す。

 魔法障壁や身体強化の差から、ダメージそのものは士郎の方が重いものの、ネギを背後にかばう彼は、敵を突き放すことに成功する。

 だが、士郎はフェイトに関する知識が薄かった。彼は障害物の有無にかかわらず、移動する術を持っていた。

 フェイトの足下に生じた小さな水たまりに、フェイトの体が沈み込んで、士郎を驚かせる。

 出現した先は、要となる人物の元。

 目前に現れたフェイトの姿に、このかが咄嗟にとれた行動はネギに覆い被さることだけだ。

 重傷を負ったネギを放って逃げ出すことなどできず、自分の身体を盾にわずかな時間だけでもネギを守ろうとしたのだ。

 しかし、彼の優先目標はネギではない。

「僕の石化を解いたのは、お姫様だったね。ならば、君から始末しないと」

 石化能力を駆使するフェイトにとって、一番の障害はこのかだった。

 このかの身体が跳ね起きる。

 彼女自身の意志ではなく、下から押しのけられたためだ。

 ゴン! 魔法障壁を張ることも許さず、フェイトの顔面を打ち抜いた小さな拳。

「そんなことはこの僕がさせない!」

 自らの血でマントを染め上げ、ふらつきながらも、自分の足で立ち上がるネギ。

「僕が……相手だ!」

 教師としてなどという理由ではない、大切な仲間だからこそ、守りたい。守らなければならない。

「そんな身体で何ができると……」

匕首・十六串呂シーカ・シシクシロ

 出現した十六本もの匕首が続けざまにフェイトを襲い、構えた夕凪ごと体当たりを敢行してフェイトの体を弾き飛ばす。

「お嬢様。これを!」

 取り戻した封印箱がこのかの手に渡った。

「お願いや!」

 逆手に握った短剣を祈るように振り上げ、箱の上面にその切っ先を振り下ろす。

 バン! 押し込められた魔力があふれ出る様に、封印から解放された武器やカードが飛び出した。

 何よりも優先すべきはネギの治療だ。

 カードを手にしたこのかが、巫女服に変じてその場で舞う。

「武器を渡すぞ!」

 駆け寄った士郎が、仲間達に武器やカードを投げ渡していく。

 彼の手元には、彼自身のカードだけが残った。

「――来れアデアット

 

 

 

 杭によって刻みつけられた痛みが、このかの治療によって和らいでいく。思考を圧迫していた苦痛から解放され、ネギの意識が唐突に希薄となった。

 突如として出現した敵。一方的に押しつけられた窮地。何もできずにいる自分。

 まざまざと7年前の記憶が蘇る。大切な人達を失ってしまったあの悲劇を。

 霞んでいる視界には、懐かしい姿が見えた。

 自分を守るべく、立ちはだかるその姿。

 身に纏っている赤いコートを見間違えるはずもない。

 自分の故郷が襲われた雪の日に、自分を救ってくれた男の背中。

 彼の背中は、今でもネギの脳裏に鮮明に残っている。

 安堵と共に、ネギの意識は失われた。

 心配なんていらない。

 だって、ここには“正義の味方”がいるんだから――。

 

 

 

 士郎の体をヒイロノコロモが覆っている。

 旧世界との転移を行うこの場所は、動力源となる魔力で満たされていた。投影の数で制限を受けることはないはずだ。

 敵の一人が姿を消しているため、狙えるのは3名のみ。

 彼等一人一人に対して10本の剣を用意した。脳内で設計図を並べた15対の干将莫耶を、一瞬で構築していく。

「――全投影連続層写ソードバレルフルオープン!」

 ドンドンドンドンドン! 30本もの剣が同一のタイミングで一斉に敵を襲った。

 だが、その直撃で深刻な傷を負った者は一人もいない。

 ある者は岩塊で受け止め、ある者は剣で弾き、ある者は魔法で取り込む。

 士郎の攻撃によって動きを止めることになったのは、皮肉にも味方の方だった。

 士郎が身に纏っている赤い外套が、剣の雨を創り出す攻撃方法が、それを知る彼女達を驚かせた。

 なぜならそれは、ネギを救った“正義の味方”のものだったから。

 ただひとり、ネギの記憶を直接目にしたアスナだけは、そうでないことを知っていた。

 ネギを救った“正義の味方”と士郎には類似点こそ多いが、絶対的な差異も存在している。

 肌の色、髪の色、そして身長。年齢だってあわない。

「気を散らすな! 目の前には敵がいるんだ!」

 士郎自身も彼女らの心情がわかるからこそ、叱咤せざるを得ない。

 今の状況でのんびりと思い悩むことなど誰にも許されなかった。

「う、うん!」

 アスナが改めて白い少年へと目を向ける。

 実力差はあるものの、人数差がそれを軽減していた。

 複数で波状攻撃を加え、敵に主導権を渡さないようにする。

 しかし、フェイトは面倒な戦いを続ける必要すらなかったのだ。

「無意味だね。僕たちはもう目的を果たしたんだ」

 ネギ達との交戦は偶発的なものに過ぎない。

 彼らの目的はこのゲートそのものの破壊だった。

 姿を消していた一人が、ゲートの要石を破壊する。

 フェイトが行ったのは、施設を崩壊させるための最後の一押し。

「――冥府の石柱ホ・モノリートス・キオーン・トゥ・ハイドゥ

 ゲートのある限定空間内に、巨大な質量を持つ石柱がいくつも出現した。その質量をもって全てを押し潰すために。

 士郎がハマノツルギを同数投影してぶつけるが、まるで効果が現れず、弾き飛ばされてしまった。

 代わって、士郎が作り上げたのは最強の盾。

「――熾天覆う七つの円環ロー・アイアス

 真上から叩きつける石柱に対し、士郎は宝具の堅固さで対抗する。

 なんとかその攻撃を押しとどめるも、双方の位置関係に問題があった。盾が消えた瞬間、士郎は石柱に押し潰されるしかない。

「こんのーっ!」

 アスナの振るったオリジナルの大剣が、士郎が支える石柱を消し飛ばした。

 消滅できたのはこれでようやく一本。今にも倒壊しそうな足場の上で、全てを消し去ることなど不可能だ。

 異界の扉をつなぎ止めていた魔力が暴走を開始する。

 彼らの立つ足場そのものが崩れ落ちようとしており、もはや避難すらままならない。

 建物の崩壊に飲み込まれるだけという状況下、ネギま部員の足下に魔法陣が輝き出した。

「君たちは自分の力を過信しているようだね。世界の果てで思い知るがいいよ」

「兄貴、こいつは強制転移魔法だ、マズイぞ!」

 警戒を促すカモの声。

 だが、果たしてそうなのだろうか? 脱出すら難しい現状において、瓦礫に押し潰されるよりは、遙かに望みが持てるからだ。

 本日、二度目となる転移魔法の輝きに、彼女らは飲み込まれていた。

 

 

 

つづく

 

 

  あとがき:士郎の投影がある分、原作に比べて有利なはずですが、結末はほとんど変わりません。それと、ハマノツルギの投影不可については裏事情でも触れています。