『シロネギまほら』(53)衛宮士郎、英国へ

 

 

 

 士郎の足がイギリスの地を踏んでいた。

 本来ならば、遠坂やセイバーと共に訪れるはずだったのに、傍らにいるのはネギま部の少女達だ。

 どこをどう間違ったのやら……。

 ロンドン見物に出向いたネギま部は、偶然によるものか神の采配なのか、3−Aのクラスメイトと対面してしまう。あやかのイギリス旅行に同行してきた面々だ。

 3−Aの全生徒31名のうち、24名がここで顔を合わせた事になる。

 数を倍以上に膨れあがらせた一行は、このままネギの故郷へと向かった。

 

 

 

 ウェールズのペンブルック州にネギの故郷はあった。

 草原の向こう、丘の斜面に街並みが見える。

「これがアーサー王伝説のウェールズか」

 長い時を経たであろう古い石造りの街は、まるで伝説から切り抜いてきたかのようだ。

 駅周辺よりも、自然に囲まれた街の方が風情を感じられる。

 おそらくはあの街も“彼女”が守ろうとしたものの一つ。それを思えば士郎の感慨もひとしおだった。

「士郎さんはアーサー王が好きなんですか?」

 嬉しそうにネギが尋ねる。

「ああ。好きだぞ」

 士郎はアーサー王本人に対する感情として答えたものの、ネギがそれと察するのはさすがに無理だ。

「ボクもアーサー王伝説は大好きなんですよ」

 なんといっても、故郷であるウェールズを守ったアーサー王の物語だ。この地に生まれた人間が誇らしげに語るのも無理はない。

「アーサー王ってどんな話だっけ?」

 バカレッドとしての本領を発揮するアスナ。

「このウェールズに伝わる英雄の物語なのです」

 教えてくれたのは、本好きで説明好きの夕映だった。

「抜いた者が王になるという言い伝えのあった剣を岩から引き抜き、円卓の騎士をまとめあげてこの国を守ろうとしましたです。願いを叶える聖杯を探し求めたり、騎士ランスロットと王妃グィネヴィアの悲恋があったりと、単純にお話としても楽しめるですよ」

「聞いた事ありそう。エクスカリバーって剣だよね?」

 嬉しそうに告げたアスナの言葉を、夕映は首を振って否定する。

「それは二つの剣を混同しているのです。選定の剣はカリバーンと呼ばれていて、騎士道に反する行いをしたために折れたと言われているです。その後、湖の貴婦人より貸し与えられた剣がエクスカリバーなのです。マンガやゲームでもよく登場しますし、少なくとも日本では一番有名な聖剣と言えるです」

「……詳しいわね」

「本好きならば常識なのです」

 夕映が誇らしげに答えていた。

 大好きだった祖父の影響で本を読み始めたため、彼女は古典ともいえる神話や伝説に触れる機会が多かったのだ。今の若者ならば、逆に新しい創作物の原典として二次的な楽しみ方になるだろう。

「ネギーっ!」

「お姉ちゃん!」

 こちらへ駆け寄ってきた少女が、ネギと抱き合って再会を喜んでいる。

 ネギは同行してきた少女達を自分の生徒として紹介した。

「あら、でも……」

 少女達の中に二人の男性をみつけてネカネが首を傾げる。ネギは女子中学校の教師だと聞いていたからだ。

「えっと、コタロー君は僕の友達で、士郎さんは……監督役かな」

 そう告げるネギの言葉から親しさが感じられて、ネカネも嬉しくなった。

 ウェールズで暮らしていた頃のネギは、飛び級するほどに優秀すぎて、親しい友人が少なかった。

 その意味では、小太郎や士郎の存在はとてもありがたいと言えるのだ。

「私はネギの従姉妹のネカネ・スプリングフィールドといいます。ネギのこと、これからもよろしくお願いしますね」

 彼女の浮かべる柔らかな笑顔は、否応なしに相手の好意を引き出してしまう。

「まあ、ネギにつきあうのはおもろいからなー」

「ああ。俺にできることなら」

 少し照れながら、小太郎と士郎が頷いていた。

 

 

 

 日中はネギの育った家や学校を案内て回ったため、魔法世界について話し合えたのは日が沈んでからのことだ。

 魔法世界行きの手続きを行っていた学校長は、ネギの決意を認めて彼を地下室へと案内する。安置されていたのは石化した村人達で、ネギは改めて過去と対峙する事になった。

 今の自分が幸せに暮らせているのは、彼らがあの時にかばってくれたからだ。彼等に感謝しているからこそ、過去に囚われず、未来を目指さなければならい。

 そう決意する彼の目は前だけを見ていた。

 そこへ騒がしく訪れたのはアーニャだった。彼女は協力者にも事情を知る権利があると主張して、ネギま部の数名を伴っている。

 アーニャもまた肉親を石化されており、当事者の一人なのだ。

 彼女は背伸びしながら、母親の石像をかいがいしく掃除している。

「ちょっと、試してみてもいいか?」

 士郎の奇妙な問いかけに、アーニャが振り返った。

「何をよ?」

「――投影、開始トレース・オン

 士郎が創り出したのは、歪な刀身の短剣だった。

 石像に近づいた士郎は、垂れ下がっている服の袖に刃先を当てる。

「ちょっと、私のお母さんなんだから、乱暴にしないでよね」

 士郎の事だから乱暴なマネはしないと思えたが、それでも言わずにはいられない。

「わかってる」

 頷いた士郎は石像に軽くナイフを突き刺す。

 カツン、と小さな音がしただけで、石像にはなんの変化も起きなかった。

「やっぱり、ダメだったか」

「士郎さんは何をするつもりだったんですか?」

 様子を眺めていたネギが質問を口にする。

 端から見ていれば、短剣で石を削り取ろうとしていたようにしか見えないからだ。

「……元に戻せないかと思ってさ」

 残念そうに士郎がつぶやく。

「元に戻せるんですか!?」

「元に戻せるの!?」

 ネギとアーニャが驚きも露わに、ずずい、と士郎へ詰め寄った。

「いや、ダメだった、って言っただろ」

 二人には悪いがすでに無理だということが判明してしまった。

「士郎さんは石化を解けるほどの術者だったんですか?」

 ネギが改めて尋ねる。アーニャもその答えを知りたいようだ。

「俺にできる治癒魔法はネギから習ったあれだけだ」

「それじゃあ、今のは一体……?」

「俺の力じゃなくて、この短剣の力なんだ」

「短剣ですか?」

 ネギの視線が士郎の握る短剣へ向けられる。言われてみれば確かに士郎は、このナイフを刺すこと以外なにもしていなかった。

 魔力は感じ取れるので、魔法道具の一種であることは彼にもわかる。

「これは破戒すべき全ての符ルールブレイカーと言って、魔法に関する契約を全て破棄する事ができるんだ」

「例えば、石化の呪いを解く事もですか?」

「呪いだけならな」

「だったら、どうしてだめなんですか?」

「たぶん、すでに石になった状態だからだと思う。石化魔法そのものとか、石化し続ける魔法だけなら解けると思うんだけど、石になった人間を戻すことまではできないらしい。あくまでも、魔法そのものを消す事しかできないからな」

 士郎自身もその不安があったため、ネギ達に事前の説明をしなかったのだ。期待だけを抱かせて失敗すると、どうしても落胆させてしまう。

「でも、それって凄い事じゃないですか」

 あらためて効果を反芻したネギが、感嘆する。

「どんな魔法でも解除できるなんて、アスナさんの能力と同じぐらい強力ですよ。それができれば、どんな呪いだって……」

 そこまでつぶやいて、ネギは素晴らしい閃きを得た。

「その短剣ならマスターの呪いも解けるかもしれません! 父さんのかけた登校地獄を解除できるはずです!」

 エヴァを苦しめている父親の呪いは、ネギにとっても重要な懸案事項の一つなのだ。

 しかし、ネギと違って士郎の反応はかんばしくない。

「あ〜、ネギは知らなかったか……」

「え?」

「実はもう、解けてるんだ」

「え?」

「修学旅行の時に、俺が解除したんだ」

「ええーっ!?」

 初めてその事実を知らされて、驚愕の叫びを上げていた。

「そ、そうだったんですかぁ」

 登校地獄について何度か心を痛めていたネギは、気が抜けたように深いため息を漏らした。

「悪かったな。エヴァはその事を隠すつもりだったみたいで」

 とはいえ、ほんの数ヶ月でネギの研究が進んでいるわけもなく、――そもそも、解除の研究すらしていなかった。

「マスターの考えなら仕方がないですね」

 ネギは不承不承頷いた。

 本音を言えば、真っ先に教えてもらいたいところだが、エヴァが相手では言うだけ無駄だと諦めた。

 

 

 

 明朝、彼等は魔法世界へと旅立つ事になる。

 

 

 

つづく

 

 

  あとがき:ルールブレイカーでは石化の解除は不可としています。理由は作中にも明記しましたが、詳しくは裏事情にて。それでも不満を持つ方はいるでしょうけど、容認してもらうしかありません。