『シロネギまほら』(51)ネギま部の臨海合宿
合宿という体裁で海を訪れたネギま部面々は、海水浴を楽しむ委員長達と『偶然にも』遭遇してしまう。
さらには、アーニャという純然たる飛び入りも加わり、総勢二十名近い人数に膨れあがっていた。
折悪しく、宿泊客も重なってしまい、彼女達には大部屋があてがわれた。
問題は士郎の存在である。ネギや小太郎といった子供との同室はまだしも、相手が士郎ではさすがに差し障りがある。
そのような事情から、追加で男子部屋も融通してもらえることになった。
「えーん。せっかくネギ君と一緒だと思ったのにー」
まき絵が泣きそうというか、泣いている。
「節度は大切ですし、仕方のない事ですわ。ええ、仕方がありませんわ」
口惜しそうに表情を歪めるあやか。
その他の少女達にとっても、ネギというオモチャを手放す事が残念そうだ。
大部屋に残った場合の運命を漠然と察したらしいネギなどは、むしろ嬉しそうに見える。
「ネギ君の隣に寝る人、気をつけてなー。たまに寝ぼけて抱きついてくるから」
「こっ、このかさーん!?」
うろたえるネギの態度が、このかの言葉は真実だと告げていた。
「おおっ! それは、もしかして……?」
ハルナだけが、鼻息も荒く想像を逞しくする。
士郎と小太郎が思わず顔を見合わせた。
「ネギはそっちの大部屋で寝るべきやと思うなー」
「コタロー君!?」
「俺もその意見に賛成だ」
「士郎さん!?」
ネギとしては信じられない事に、同性の仲間達から見捨てられてしまう。
小太郎は、その境遇もあってこれまで一人で生き抜いてきた。それだけに、年齢こそ同じでも、ライバルと目しているネギの意外な幼さに呆れるしかない。
士郎もどちらかと言えば、小太郎同様に幼くして自立した人間だ。ただし、小太郎ほど突き放した感情ではなく、『甘えられる相手がいるなら、甘えられるうちに甘えておいた方がいい』という、ネギへの気づかいであった。
「じゃあ、ネギ君はこっちの部屋でいいんだよね?」
まき絵が念を押して尋ねるが、二人の返答が変わるはずもなく、こっくりと頷き返した。
『やったーっ!』
喜びに沸き返る女性陣。
「ヒドイですよー、二人とも」
涙目で訴えるネギに、二人は平然と応じていた。
「やっぱり、お前にはこっちの部屋が向いてると思うわ」
「抱きつき癖が治るまでは、それでいいと思うぞ」
「二人だとさすがに広いな」
ふすまで隔てられた、二間の続き部屋だ。
「のんびりできてええわ」
嬉しそうに応じる小太郎。
野放図な小太郎であっても、やはり、少女達との共同生活ではいくらか遠慮しているのだ。
気を許している士郎となら、なんの気づかいもせずにすむ。
「ずっと、兄ちゃんに聞きたかった事があるんや」
「どんなことだ?」
「兄ちゃんは魔法もよう知らんし、気の使い手と戦った経験もないんやろ? それやのに、戦いに怯んだりせえへんし、実戦慣れしとるように見えるんや。どんな相手と戦ってきたんや?」
「うーん……。誰にも言わないって約束できるか?」
「まかしといてや。俺かて裏の仕事で生きてきたんや。秘密は守るで」
士郎の説明は、『魔術』に関する基本的なところから、きっかけとも言える聖杯戦争にまで及んだ。
勉強に疎い小太郎の事だから、歴史上の人物に対する感慨は薄い様だが、伝説上の英雄達の逸話などは喜んで聞いている。
士郎の知る英雄は限られた人数だが、性格的な面で言えば、ランサーあたりは小太郎と意気投合できるかもしれない。
コンコン。ノックの音が会話を中断させる。
士郎が扉を開けると、立っていたのは二人の少女だった。
「何かあったのか?」
「千鶴姉ちゃんに夏美姉ちゃん。どないしたんや?」
士郎の背後から顔を覗かせた小太郎も尋ねていた。
「向こうの部屋は騒がしくなりそうだから、避難してきたんです。こちらにお邪魔してよろしいでしょうか?」
「あかん、あかん。こっちは男部屋やで」
「小太郎君はいつも私達と同じ部屋で寝てるじゃない。それに、衛宮さんは女の子に失礼な事はしません」
千鶴はにこやかに笑いつつ、士郎が言うはずだった言葉を封じてしまった。
士郎と小太郎が、到底言い合いで勝てる相手ではないのだ。
「それに、夏美ちゃんは小太郎君が居ないと寂しいらしくって」
「言ってないよー、そんなこと!」
根も葉もない証言に、夏美は顔を赤くして反論する。
「ほんの冗談じゃない。ムキになるなんてやましい心があるみたいよ、夏美」
ウフフ。などと楚々とした笑いを見せる。
「むぅ……」
反論はしたくとも、ムキになるわけにもいかず、夏美は仕方なく口をつぐんだ。
「……なあ。悪いんだが、私もそっちの部屋で寝かせてもらえるか?」
「長谷川さん?」
横から聞こえた声に夏美が振り向くと、そこには千雨が立っていた。
「あっちはうるさくなりそうだからよ」
肩をすくめつつ彼女が口にした理由は、千鶴と同じものだった。
しかし。
「あらあら、まあまあ」
「なんだよ?」
からかうような千鶴に千雨が怪訝そうな視線を返す。
千鶴は男性陣に視線を向けてから千雨に答えた。
「千雨さんが衛宮さんとそんな仲だったなんて、ちっとも知らなかったわ」
「だーっ! デタラメ言ってんじゃねーっ! 何をムチャクチャな邪推してんだぁっ!」
廊下だというのに、千雨の癇癪が弾ける。
「気持ちはわかるわ。本人を前に素直になれないのねぇ」
千鶴のせつなそうなため息。
「そーじゃねーだろ。勝手に捏造すんなぁっ!」
士郎が苦笑しつつ、なだめ役に回った。
「ムキにならなくていい。那波がからかっているだけなのはわかってるから」
「わかってもらえればいいんですけど……」
だけど、どこか納得がいかない。
千雨としても士郎に特別な感情は抱いていないが、少しぐらい照れたり焦ったりするのが礼儀というものではないだろうか。
いやいや、ちょっと待て。私は意識していないんだから、衛宮さんの反応に不満を持つのはおかしい。それを気にする時点で間違っている。
「はっ!?」
千雨が振り向くと、千鶴はウフフと笑みを浮かべてこちらを見ていた。
千雨の内心の動揺を全て見透かしているかのようだ。
「くくく……」
千雨は年齢に比べてメンタリティが大人びている。3−A内で彼女が浮くのは、クラスメイトが幼く見えるのも理由の一つだった。
しかし、中には例外もいて、そのうちの一人がこの千鶴だった。
中立的な人間を失った大部屋では、アスナ一人が騒動の沈静化を図ったが、何分、多勢に無勢である。
朝方になってようやく静かになったのも、騒ぎ疲れた皆が眠りこけたからであった。
あとがき:例によって原作エピソードはスルーの方向で(笑)。海合宿は話を膨らませる余地もあるはずですが、あまり思いつかなかったため、この回だけで終了。面白みに欠けますが、一応、公開。