『シロネギまほら』(50)
(50A)入部試験結果発表
今回のネギま部は、寮の屋上ではなく、エヴァの家の前に集合している。
問題は、場所の違いなどではなく、一人の少女が新たに顔を揃えている事だった。
「なんだと? もう一度言ってみろ」
「だからー。エミヤからバッジを取ったんだから、入部テストは合格ってことだよね?」
「…………」
エヴァは士郎へと視線を向け、その胸についているバッジを確認する。
「つまらん嘘をつくな。士郎はちゃんと持っているだろう」
「ホントだってばー! ちゃんとエミヤから取ったんだよー!」
裕奈が繰り返し訴える。昨夜の激闘を思えば、簡単に引き下がる気にはなれない。
「偽物など造っても……」
裕奈のバッジを確認しようとしたエヴァがある事に気づく。
再び振り向いたエヴァの視線を受けて、つい、と士郎が視線を逸らした。
士郎へと歩み寄ったエヴァが、士郎のバッジをむしり取る。
べきっ、と無造作にへし折ると、そのピンバッジは跡形もなく消滅してしまった。
「しれっとした顔でとぼおって! こんなバカバカしいことで力を使うな!」
士郎が身につけていたバッジは、投影で創り上げた贋作だったのだ。
「まあ、誤魔化せるとは思っていなかったけどな」
茶々丸に見せてもらったバッジを解析したところ、電子機器が内蔵されていたのだ。それでは、士郎が投影しても本物と同じ働きはしない。
ぷるぷる、と身体を震えせたエヴァが、
「素人に出し抜かれるとは、情けないと思わんのか、貴様ーっ!」
士郎を思いっきり怒鳴りつけていた。
「俺が油断していたのは認めるけど、ゆーな達だって頑張ったぞ」
「ふざけるな。貴様が本気を出せばどうにでもできるだろう」
「本気って言われてもな。そもそも、俺はバッジを奪われたら強制退部なんて話を聞かされてない」
士郎が周囲へ視線を向けて皆に問いかける。
「聞いてなかった人?」
士郎の質問に返答が続く。
「聞いていません」「聞いてないですー」「聞いてないよ」「聞いてないアル」「聞いてないでござるな」「聞いてねーぞ」
夕映・のどか・ハルナ・古菲・楓・千雨の順で、口々に答えていった。
事前に聞かされていたのは、アスナ達数名のようだ。むしろ、知っていた人間の方が少ない。
「なんで、こうなるんだ?」
士郎の疑問ももっともだ。
「これは急遽決まった事だからな。委員長達がイギリスへ同行したがっていたから、入部テストとしてやらせてみたんだ」
「私達はバッジをもらうのが遅かったもんね」
エヴァの説明を受けてアスナが納得する。
それより前にバッジを渡した相手は、そのあたりの事情を知らせてなかったのだ。
「それでも、バッジを取られたのは貴様だけではないか。貴様は気を抜きすぎなんだ。このバッジは部員の証だ。どんな事情があろうと、手放すような奴は部員とは認めん。肝に銘じておけ!」
エヴァが激しく叱責する。
「明石裕奈。士郎から取ったバッジを見せてみろ」
エヴァが小さな掌を裕奈に差し出す。
「ほら。これでしょ」
裕奈がバッジを外してエヴァの手に乗せる。
「ふむ。確かに」
間違いなく、白い羽根を模したネギま部のピンバッジだ。
エヴァはそれを士郎に突き出した。
「もう、なくすなよ」
「わかった」
「さて、明石裕奈。貴様の入部の件だが……」
「うん、うん」
「バッジをなくしたから強制退部扱いとする」
「ええーっ!?」
あまりの展開に裕奈が驚愕する。
「そりゃないでしょーっ! 私はちゃんと受かったじゃん!」
「バッジを手放したら退部と言っただろう。油断した貴様が悪い」
「うわっ! 表情も変えずに言い切った!?」
エヴァの強引なやり口に、気圧される裕奈。
「あくどいアルなー」「さすがにしぶといでござる」「そりゃあ、こいつには勝てねーだろ」
感嘆とも諦観とも取れる感想が聞こえてくる。
「やかましいぞ、貴様等!」
しかし、エヴァの行動に対して、皆は批判的だ。
「だけどさすがにねー」「ちょっと、可哀想かもー」「このやりクチはどうかと思うです」
図書館探検部の面々も納得しがたい。
「そもそも、バッジを奪う対象は部員であって、顧問代理の士郎は対象外だ」
「イギリス旅行が目的なら、俺の代わりに行かせてやってもいいぞ」
「おおーっ! エミヤ、いい人ーっ!」
裕奈は士郎の言葉を聞いて感動に身を震わせる。
「勝手な事を言うな! そっちも勝手に喜ぶな! 貴様はぼーやたちの監督を兼ねて同行することを忘れてないか? それに、貴様自身も向こうへ用事があるだろう」
「俺なら旅行費は自分で払えるからな。中学生の小遣いだとそうもいかないと思うし」
「どうしてそうなんだ、貴様は! その無欲すぎるところを早く治せ! 話をしているとイライラしてくる!」
イギリス行きへ同行させるのも、士郎のためを思ってお膳立てしたのだ。当人の口から、どうでもいい事柄のように言われては、気分を害しても仕方があるまい。
「コイツを入れるわけにいかんのは、貴様だって理解しているはずだろう」
ネギたちは魔法使いとしてイギリスへ行くのだ。一般人の裕奈を入れては魔法を使えないし、あらゆる点で行動を制限される。
「それがわかっていて、なんで巻き込んだんだ? 入れるつもりもないのに、入部試験をさせるのはひどいんじゃないか?」
同行させた場合の不都合など、はじめからわかっていたことだ。同行させるのがむりなら拒否すればよかったのだし、無駄な期待を抱かせることもないだろう。
それに、当事者へ何も知らせなかったのは明らかにエヴァのミスだ。部員の力を信じていたとも言えるのだが、エヴァの目論見が甘かったのは確かである。最初から事情を聞かされていれば、士郎だってみすみすバッジを奪われたりはしなかったろう。
「……よし、わかった。私が自分で責任を取ろう」
ようやくエヴァは、裕奈への対応を決定する。
「明石裕奈。貴様の入部を認めてやろう」
「やったーっ♪」
歓声をあげる裕奈。
一方、部員一同は戸惑いを見せてざわついている。
「それだけではないそ。本当の意味で貴様を仲間に加えてやる」
『ええーっ!?』
エヴァの発言で、部員達からは驚きの声があがる。
「エヴァちゃん、いいのそれ?」「本気ですか!?」
アスナと刹那が真っ先に問いかけていた。
「仕方がなかろう。こいつは部に入りたい、貴様等は拒むなと言う。ならば、方法は一つだけだ」
「でも、マスター。それはまずいですよ」
深刻な表情で翻意を促すのは、魔法使いの掟をよく知っている人間だ。
「ほう……。良くもほざいたな、小僧」
ギン、と睨み付けられて、思わずネギが一歩退いていた。
「そうよね。少なくとも、ネギが言うセリフじゃないと思うわ」
実感のこもったアスナの言葉に、誰もが頷いていた。
この場にいる人間のほとんどは、ネギの秘密を知る事で“こちら側”に来たのだ。
「うう〜」
ネギが涙目になっていたが、これには弁護のしようがない。
「良く聞け、明石裕奈。貴様が望む通りに、我々の仲間に入れてやる」
「う、うん」
「その代わり、いろいろな制約がつくぞ。それを破ったら貴様を除名する。これは誰にも文句を言わせん」
「その条件っていうのはナニ?」
「これから貴様にはある秘密を教える。それはここにいるメンバー以外には絶対に秘密だ。貴様と仲のいい運動部の連中であっても漏らす事は許さん。それが原因でヤツらとケンカ別れするかもしれんが、その覚悟があるんだろうな?」
「そんなに重大な秘密があるの?」
裕奈がおそるおそる皆の表情を伺っていく。
ある者は心配そうに、ある者は値踏みするように、ある者は面白そうに、こちらを見ている。
しかし、いずれも固唾を飲んで見守っている。いつもと変わらないのは楓ぐらいだ。
「聞かせてもらおうじゃない」
それでも裕奈は怯まなかった。
「そういえば、教授の明石は貴様の父親だったな。叱られるかもしれんぞ」
「えっ!?」
エヴァの言葉は正確に裕奈の弱点を突いていた。
「く……、そう言えば私が諦めると思ったわけ? 甘いね、エヴァちゃん」
脅しと誤解して、ポーカーフェイスを気取ろうとする裕奈。
「なんだ。貴様、ファザコンなのか?」
そんな情報を知らなかったエヴァが呆れたように口にする。
「ファザコン言うなーっ!」
「エヴァちゃん知らなかったの?」
アスナは当たり前のように反応を返した。
「なんだ、本当にそうなのか」
誰もが知っている弱みだと悟って、エヴァは興味を失ってしまった。
「むむむ……」
裕奈一人が悔しそうにエヴァを睨む。
「そんなことはこの際関係ない。私が言いたいのは、もともと、アレはこちら側の人間だということだ」
『ええーっ!?』
またしても驚きの声があがった。
「ゆーなのお父さんって、そうなの!?」「ウチとこと同じやー」
アスナとこのかだけでなく、それぞれが口々に驚きを表明していく。
彼女等の奇妙な盛り上がりに、裕奈ひとりが取り残された。
「ゆーな本人はその事を知らないのか?」
士郎の言葉にエヴァが頷いた。
「どうやらそのようだな。子供が必ず後を継ぐとも決まってないしな」
「さて、覚悟は決まったか?」
「おとーさんまで関係しているんじゃ、聞かないわけにはいかないもんね」
むしろ、父親について知らない何かがある事を我慢できなかった。ここに居る全員が父親の何かを知り、自分だけがそれを知らないなんて。
「では心して聞くがいい……」
エヴァは一度咳払いしてから口を開く。
「簡単に言ってしまえば、ここにいる全員が魔法使いと言う事になる」
「……へ?」
ぽかん、と裕奈は口を開けて間抜けな表情を浮かべていた。
「聞こえなかったか?」
「いや、聞こえたけどさ」
先ほどまでの真面目な雰囲気のわりに、バカバカしい言葉を聞かされて思考回路が停止してしまったのだ。
「魔法使いって言った?」
「ちゃんと聞こえているじゃないか」
「エヴァちゃんは魔法使いなの?」
「そうだ」
「えーと、ネギ君とかアスナも?」
「そうだ」
「ユエ吉とか本屋とかパルも?」
「そうだ」
「楓とかくーちゃんも?」
「似たようなものだ」
「おとーさんも?」
「本人に聞いてみろ」
「アハハハ。やだなぁ、冗談ばっかり……」
宙を泳いだ裕奈の視線が、自分を救ってくれそうな相手を見つける。
「ねぇ、長谷川。エヴァちゃんこんなこと言ってるよ。ちょっと笑えないよねー」
千雨ならばそんなバカバカしい話にのらないだろうとの判断だ。
ため息をつきながら千雨は答えた。
「いい加減に諦めろ、明石。自業自得だ」
何度もエヴァが忠告したのに、強引に関わろうとしたのは裕奈の方だ。
千雨としても、同情はするが弁護はできない。
あらためて皆の顔を見渡すと、ようやく裕奈にも事態が把握できた。
「ええーっ!?」
最後に驚きの声を上げたのは裕奈自身だった。
(50B)明石裕奈の始めの一歩
ネギ、とこのかが話していたところへ、裕奈が駆け込んできた。
「聞いてよー! おとーさんってば自分が魔法使いだったの、私にずっと隠してたんだよー!」
裕奈の追求を受けて、明石教授は渋々ながら認めたのだという。事前に知ってはいたものの、隠されていた事実が彼女には不満らしい。
「罰として、しばらく口を聞いてやらないんだから」
「普通なら、魔法使いの方が処分を言い渡すんですけどね」
ためらいがちに指摘するネギ。
「そやったら、裕奈も魔法を習うん?」
「私も魔法使いになれるの?」
「ウチも魔法のこと知らずに育ったんよ」
「いいねー。魔法使いって面白そーだし」
「それなら、ゆーなさんにもこれを渡しておきます」
ネギが、先端に星のついた短い棒を、裕奈に差し出す。
「これは何なの?」
「魔法を使うための杖ですよ。これがなければ魔法を使えないんです」
「へー。これで私も魔法使いかぁ」
シャラン! 軽く杖を振った裕奈が動きを止める。
「あれ……?」
一つの光景が頭に浮かんだ。
「なんか、前にもこんなことした事がありそう。うん。おかーさんがこれと同じ物もってた気がする」
「それやったら、お母はんも魔法使いやったんかなー」
「しかし、今から覚えるにしても、イギリス行きまでには時間が短すぎますね」
時間的な制約というのは非常に大きい。裕奈がネギほどの素質を持っていたとしても、おそらく無理だろう。
そのため、魔法を学ぶ意外の代替案が必要となる。
「うーん。仮契約すればいいんとちゃう?」
「ええーっ!?」
驚きの声をあげるのはネギだった。
「仮契約ってのは何さ?」
「ネギ君とキスすれば、面白いアイテムが手に入るんよ」
「キスだってー!?」
初めて知った情報に裕奈は驚きの声をあげる。
「誰がネギ君とキスしたの?」
「ウチにアスナにせっちゃんに……」
「ちょっと、ちょっと、何人とキスしてるわけ!?」
「……ゆえにのどかにハルナに千雨ちゃん。全部で七人や」
「お、大人じゃん」
中学三年と言えば、早すぎると言う事もないはずだが、3−Aメンバーはまだまだ子供っぽい人間が多く、花より団子といった印象だ。
まあ、十歳のネギが七人と済ませているのは論外だが。
裕奈の視線を受けて、ネギがうろたえている。
「違うんです。どれも理由があって」
「それって、ネギ君としなきゃダメなの?」
「あとは、エヴァちゃんとかウチとか……あと、衛宮さんでもええんとちゃう?」
「うーん。どうしよっかなぁ……」
裕奈としては悩みどころだ。
ファーストキスもまだの身としては、ネギや士郎は避けたい。かといって、女性というのも問題がある。
「ムムム……」
しばし黙考した後に、彼女は結論づけた。
「よし、決めた!」
「誰とするん?」
「おとーさん!」
ネギとこのかがずっこけた。
その翌日。
「おとーさんに断られたー!」
裕奈の嘆きに皆が内心で同じ感想を抱いていた。
『そりゃそうだ』
図らずも、ネギま部の心が一つとなった瞬間である。
「魔法を使えず、アーティファクトもない。これでは足手まといだな」
エヴァが冷酷に断定する。
「エヴァえもん、なんとかしてよー!」
「だから、仮契約をすればいいだろう」
「だっておとーさんがしてくれないんだもん」
「それ以外の選択肢はないのか、貴様は!?」
呆れたようなエヴァの声。
この場合は、エヴァの主張の方が正しいはずだ。
しかし、お仲間の乙女達も、父親という点には目をつぶるとしても、意にそぐわぬ相手とキスさせるのは可哀想に思え、無理強いは避けたかった。
「全体イベントで使ったあの銃じゃだめなの?」
「あんな物を何に使うつもりだ? 人間相手では脅しにもならんぞ」
裕奈の持っている二丁の銃は、この別荘内にいるエヴァの従者達のような自動人形にとって、恐るべき脅威である。あれが対ゴーレム用の道具だからだ。
その一方で、人体にはなんの影響も及ぼさない。せいぜい目くらまし程度にしか使えない。
「ふむ……。ぼーやは魔法銃を持っていただろう。アレを使わせたらどうだ?」
マジックアイテムと言えば、魔法使い用の品と思われがちだ。エヴァもそう認識していたが、むしろ、魔法を使えない人間が活用するという側面もあるのだ。
魔法銃というのは、弾丸に魔法を込めて使用するアイテムだ。
本来ならば、登校地獄を受けていたエヴァが、真っ先に頼るはずのアイテムと言えた。別荘内で弾丸に魔法を込めておけば、外でも強力な武器となる。
しかし、魔法銃を使う事は彼女の美意識が許さなかった。それに、準備した魔法しか使えないため、応用力に欠ける。そのため、彼女は所有すらしていなかった。
「それでしたら、今度準備しておきますね」
こうして、明石裕奈は銃使いとなるのだった。
あとがき:どうせ魔法世界に同行するのだし、前倒し(?)で裕奈の入部話となりました。後半などは、士郎の出番がないまま終了。……ところが、これで裕奈の出番が増えるかというと、いささか微妙です(笑)。