『シロネギまほら』(49)終わらない夏祭り

 

 

 

 なんとかクラスメイトをまいたところで、裕奈は士郎と遭遇してしまった。

「――敵を撃てヤクレートウル!」

 目くらましに、二丁拳銃を乱射する裕奈。

 しかし、士郎は視界を遮る魔力の光へ、臆することなく突っ込んでいた。

 寸前で目をつぶり、脳裏に刻んだ記憶を頼りに数メートルを駆け抜ける。戦闘中に全ての気配を察するのは不可能だが、解析にも優れた士郎は位置関係を把握するのが得意で、自身の運動能力も正確に把握している。

 逆に裕奈の方は、自身の発した閃光で視界をふさがれ、気づいた時には士郎が目の前に立っていた。

「くっ」

 逃げようとした裕奈の両手を士郎がふさぐ。これで、銃を向けられる事はない。

「さあ、もう逃げられないぞ」

「これで勝ったと思うわけ?」

 裕奈が不敵に笑う。

「じゃあ、このバッジを取ってみてよ」

 裕奈が胸を張ってみせる。士郎の両手は裕奈の両手を抑えているし、そうでなくとも、胸につけているバッジを士郎が外すのは不可能に近い。

「えーと……。バッジを自分で外してくれないか」

「イヤ!」

 裕奈が拒絶する。それも当然で、有利な条件を自ら捨てるはずもない。

 刹那でも呼んで、バッジを外してもらうしかなさそうだ。

「この手をさっさと離さないと、どうなってもしらないよ」

 ニヤリ。裕奈が浮かべたそれは勝利者の笑み。

「どうなってもって、……どうなるんだ?」

「キャーッ! 痴漢でーす!」

「なっ!?」

「ここに痴漢がいまーす! 助けてくださーい!」

 一瞬、どういう意図の言葉かわからなかったが、ようやく気づく。女の子を押さえ込んでいる自分が、非常にまずい立場だという事に。

「何だ、今の声?」「ゆーなの声だね」「向こうだよ、向こう!」

 林の奥から、聞き覚えのある女性の声が聞こえてくる。

「ちっ。みんなにも聞かれたか」

 力の緩んだ士郎の手を振りほどき、裕奈は林の中を駆け出していた。

 立ちすくむ士郎の傍らを駆け抜けていく、3−Aのメンバー達。

「あー、エミヤんが痴漢だったんだー」「人は見かけによらないね」「衛宮さんも男だもんね」

 言葉こそ酷いが、みんなの顔は笑っていた。

 バッジの本来の持ち主は士郎で、取り戻しに来たのは一目瞭然だ。おもしろがって囃し立てているだけにすぎない。

 アキラやあやかといった比較的真面目な人間が、気の毒そうな視線を士郎に投げかける。

 台風一過。騒がしい少女達が去り、士郎のもとには静寂だけが残された。

「まいったな……」

 裕奈のやり口は確かに有効だった。

 すでにつけているピンバッジを、士郎が無理矢理取るわけにはいかない。

 武装解除ならば、バッジを弾き飛ばす事も可能だろうが、この手を使うのも問題があった。それをやってしまうと濡れ衣どころか、痴漢扱いされて当然の行為だ。許されるのは子供であるネギくらいのもの。

 厄介なことに、裕奈どころか、どのクラスメイトであっても、この防御法は有効に働くことだろう。

 

 

 

「この、ハイエナどもめ〜」

 逃げ切れないと悟ったのか、裕奈の目が亜子へ向けられる。

「パスっ!」

「え!?」

 裕奈の手が白いバッジを放り投げた。

 亜子が咄嗟にバッジを受け取ると、他の少女達が亜子目がけて殺到する。

「きゃーっ!?」

「亜子。こっち」

 アキラからの声に、亜子の身体が自然に動く。

 再び投じられたバッジが、アキラの手に納まっていた。

 白いバッジが、ある時は持ち主の意図に従い、ある時は持ち主の意図によらず、いくつもの手を渡っていく。

 

 

 

 もみ合った拍子に、宙を舞ったピンバッジが月明かりに煌めいた。

 殺到する少女達の間を駆け抜ける黒い影。

 ザンザンザンザン! 少女達の後ろから、最前列までごぼう抜きにしていく。

 ダン! 跳躍した影が、思わぬ高さまで届いて、ピンバッジを握り締めた。

 地に降り立った人影は、少女達の見知った人物である。

「これは返してもらうからな」

 衛宮士郎がその場に立っていた。

 直接取り返すのが難しいと考えた士郎は、結局、掠め取るしかないとの結論に至ったのだ。

 反則と思わないでもないが、自身の身体に強化の魔術をかけ直しつつ、機会を待ち続けた。

 そして彼はようやく生まれたチャンスを活用したのだ。

 しかし、士郎が取り戻したからと言って、それでおとなしくなるほと聞き分けのいい生徒なら、そもそもこの場にはいないだろう。

「エミヤん、それちょうだい!」「僕によこせーっ!」「私にこそふさわしいですわ!」

 3−Aのメンバーが殺到する中で、バッジを手にした士郎がなぜか棒立ちとなっていた。

「もらったー」

 誰かの手がバッジを奪い取るも、士郎はなんの抵抗も見せなかった。

「衛宮さん。どうしたですかー?」

 史伽が心配そうに顔を覗き込む。

「なにかあった?」

 これはアキラだ。

「それ……、別物だぞ」

 ぽつりと、士郎が告げていた。

『……ええっ!?』

 バッジを巡って取り合いをしていた数本の手が、瞬時に動きを止めていた。お互いの腕に軽いひっかき傷がついている。

 今現在、バッジを握っていたのは釘宮だった。

「ちょっと、これって偽物なの?」

 釘宮が視線を向けるが、居合わせた誰もが首を振る。

 彼女の言葉を否定しているわけではなく、真贋の見分けがつかないからだ。

 現物を近くで見た人間はほとんどいない。

「私が亜子から渡されたのはそれ」

 バッジを確認したアキラが太鼓判を押す。

「ウチが受け取った時は、よく見てなかったし」

 亜子としても断言できないようだ。

 最初に見た時の記憶を思い返すと、確かに違っているようにも思える。

「ゆーな。どういう事?」

 まき絵の質問に答える声はあがらなかった。

「……あれ?」

 この場にいるのは全部で十名。

 士郎を除けば、3−Aの人間は九人しかいない。一人欠けていた。

 この場に顔を揃えた全員がお互いの顔を確認した後、やがて一つの結論に達する。

「ゆーなだ!」「ゆーなやっ!」「裕奈さんですわ!」

 その通りだった。

 

 

 

 ところ変わって、拝殿前。

「……と、言うわけで入部することになったから、よろしくねー♪」

 ピンバッジを手にした裕奈の勝利宣言に、ネギ達が驚愕していた。

『ええーっ!?』

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:ゆーな大活躍(笑)。勝ち抜くのは誰でも良かったのですが、学園祭での悪夢を避けるという動機を持ち、出し抜く行動力と立案力がありそうな人物として、裕奈に決まりました。「古菲びいき」と呼ばれた経験から事前に明言しておくと、作者は裕奈好きではありませんよー。念のため。