『シロネギまほら』(48)皆さんには奪い合ってもらいます

 

 

 

 夏祭りを控えた夕方に、エヴァが超包子を訪れた。

「貴様にもこれを渡しておく」

 ぽいっ、とエヴァが投げ渡したのは、白い翼をデザインしたピンバッジだ。

「なんだ、これ?」

「これをつけておけば茶々丸が居場所を特定できる。迷子にならないための、首輪みたいなものだ」

「俺はそこまで鉄砲玉じゃないぞ」

「別に貴様用に準備したわけじゃない。見知らぬ魔法世界で、ネギま部の連中が好き勝手動くと、手綱を握るのも大変だろう?」

「あ〜、ものすごく納得できた」

 

 

 

 特に約束もしてなかったため、士郎は一人でのんびりと屋台を覗いていく。

 そこへ、なにやらあわただしく駆け寄ってくる女子中学生。

「エミヤ! あんた、ゆえ吉と本屋を見なかった?」

「ここでか? まだ会ってないぞ」

「くっそー。どこ行ったんだろ」

 裕奈を見つけた亜子が駆け寄ってくる。

「裕奈の方にはおったん? 向こうでもみつからんかったわ」

「ダメダメ。どこに逃げたのかまったくわかんないよ」

 合流した二人が悔しそうな表情を浮かべる。

「逃げたって……。一体何があったんだ?」

「ちょっとバッジを見せてもらおうと思っただけなんだけどねー」

 裕奈の視線が逸れたかと思うと、がばっ、と凄い勢いで士郎を二度見する。

「あ、ちょ、ちょっと、エミヤ! このバッジ、見せてよ!」

「これのことか?」

「ああーっ!?」

 士郎の指差した左胸を見て、亜子までが驚きの声を上げる。

 エヴァからもらったピンバッジに、二人は熱い視線を向けていた。

「ほらほら、早く外して。早く、早く!」

 息まで荒くして急かす裕奈。

「あ、ああ。ちょっと待て」

 戸惑いがちに外したピンバッジを、裕奈は奪い取るようにして自分の手に収めた。

「これが、憧れのピンバッジ」

 感極まった様子で、手のひらを見つめる裕奈。

「これなんやぁ。そう思って見たら、すごく綺麗に見えるなぁ」

 亜子もかぶりつくようにバッジを見つめている。

 きゅっ、と裕奈がバッジを握り締めた。

 士郎に笑顔を向けたまま、彼女はきっぱりと告げる。

「裏切り御免! バッジ、獲ったどー!」

 勝利宣言のように右拳を突き上げて、裕奈は走り去っていく。

「え……。ちょっとー! 一人だけずるいやん、ゆーな!」

 呆気にとられてそれを見送ってしまった亜子が、我に返って走り出した。

 事態についていけず、士郎だけがその場に取り残された。

「そんなに、あのバッジが欲しかったのか?」

 士郎には理解できない感覚だったが、女の子にとっては得難い宝物に思えたのかもしれない。

 バッジを簡単に手放せないよう、女の子を魅了する魔法でもかかっていたのだろうか?

「イギリスへ出発するまでに返してもらえばいいか」

 士郎はそんな風に考えていた。

 

 

 

 士郎は、アスナとこのかと刹那に遭遇した。最近はなにかと一緒にいることの多い三人組だ。

「みんなバッジをつけているんだな」

「うん。一応、ネギま部の証らしいからね」

 アスナは、バッジがよく見えるように浴衣を引っ張って見せる。

「俺もエヴァから渡されたよ」

「恥ずかしくてつけてないん?」

 このかが残念そうに尋ねる。

「ついさっきゆーなに持って行かれたんだ」

『……えっ!?』

 三人ともなぜか驚きの表情を浮かべている。

「大丈夫なんですか?」

「大丈夫って、何がだ?」

 刹那の質問の意図が、士郎にはわからない。

「先ほど茶々丸さんから受け取ったのですが、英国行きまでにバッジをなくすると強制退部だと聞かされました」

「本当に?」

「本当です」

 アスナを見る。

「マジよ」

 このかを見る。

「本当や」

 士郎が頭を抱えた。

「……なんで最初に言わないかな」

「それは、エヴァちゃんやし」

 このかの言葉を、アスナも刹那も否定できなかった。

 エヴァが意地悪な性格をしているというのは、皆に共通する認識なのだ。

「仕方ないな。ゆーなには悪いけど取り戻すか」

「手伝いましょうか?」

「いや、俺の責任だからな。三人は夏祭りを楽しんでくれ」

「ですが……」

「それなら、ゆーなと和泉を見かけたら、どっちへ逃げたかだけ覚えておいてくれ」

 そう言い残して士郎は駆け出した。

「士郎さん、だいじょうぶやろか?」

 このかが心配そうにつぶやく。

「うーん。ゆーなって事は運動部の四人が組んでる可能性もあるからね」

「エヴァンジェリンさんの計画だとすれば、四人だけとは限りません。3−Aの全員が動いていることもありえます」

「そうやなぁ。エヴァちゃん容赦せんから」

 三人ともまったく安心できていなかった。

 

 

 

 幸運にも、士郎は千雨と並んで境内を歩いている茶々丸を発見する。

 こちらも不思議と一緒にいるところをよく見かける。茶々丸の方が千雨に懐いているような印象だ。

 エヴァの説明を思い出して、士郎は茶々丸に一つの頼み事をした。

「どうだ、わかるか?」

 士郎の目の前で、茶々丸はアンテナを稼働させて信号を確認する。

「ハイ。ほとんどのバッジは複数で存在していますが、一つだけ単独行動を取っていました」

「それはどこにいるんだ?」

「この参道の三叉を左に曲がり、300m先を西側にはずれた林の中になります」

「わかった。ありがとう」

 そう言い残して士郎が駆け出していく。

「衛宮さんは大丈夫なのか?」

「衛宮さんが本気で対処すれば問題はないかと」

「女子中学生相手に衛宮さんが本気を出せるのか?」

「無理だと思います」

「だよな」

 

 

 

「夕映とのどかはどこへ行ったのか全然わからない」

 アキラ達は、取り逃がした二人をもう一度見つける事すらできなかった。

「楓姉には軽くあしらわれたですー」

 悔しそうに史伽が告げる。

「こっちもダメー。格闘部に頼んだけど、くーちゃんとパルの用心棒にやられちゃったー」

 桜子達の作戦も失敗に終わったようだ。

「千雨ちゃんを見かけたけど、茶々丸さんと一緒なんだもん」

 ネギの弟子入りテストを目撃したまき絵は茶々丸の実力を知っている。とても挑む気にはなれない。

「むむむ……」

 あやかが悔しそうに眉根を寄せる。

 あやか自身も、昼にアスナを取り押さえようとしてしくじっていた。

「それでは、手に入れられたのは衛宮さんのバッジだけですのね」

 暇そうなクラスメイトまで動員したというのに、まったくと言っていいほど成果をあげられなかった。

「……え?」「衛宮さんの……」「ひとつだけ?」

 これまで失念していたが、この場にいる10人が入部するためには、10個のバッジを入手する必要がある。しかし、それは現実的に考えて不可能な話だった。

 ピンバッジが一つだけという現状では、一体誰が入部権を行使する事になるのだろうか?

 ばびゅん! 脱兎のごとく逃げ出す一人の少女。

 彼女の脳裏に浮かんだのは、学園祭後の悪夢であった。

「待てっ、ゆーな!」

 美砂の反応は早かった。すかさず裕奈を追って走り出した。

「逃がさねーぞ」「ゆーなー」「お待ちなさーい!」

 一歩遅れた皆も、追撃を開始する。

「いぃやぁぁぁっ! この前、焼き肉おごったんだからいいじゃん!」

 学園祭の活躍で食券300枚を入手した裕奈だったが、それは全て焼き肉食べ放題に姿を変え、クラスメイトたちに食い尽くされている。

 今回までも成果が奪われるのはさすがに承伏できなかった。

「それはそれ、これはこれ!」

 そう応じたのは、裕奈に食券をおごらせた張本人である美砂だ。いっそ、気持ちいいくらいの断言っぷりである。

「今回ばかりは、渡すもんかーっ!」

 裕奈の両手が二丁拳銃を取り出した。

「――敵を撃てヤクレートウル!」

 

 

 

 裕奈を除く九名はすでに悟っていた。

 おそらく、ネギま部のメンバーを狙うよりも、裕奈を狙う方が確率は高いのだと。

 裕奈は、夕映とのどかを標的に定めた時に、こう発言している。

『最も弱い場所から叩くは兵法の基本!』

 3−Aメンバーもその言葉を実践しようとしている。

 狙いは、ネギま部よりも与し易い明石裕奈の持つ、たった一つのピンバッジ。

 ネギま部vs3−Aだったはずの攻防戦は、一つのバッジを巡るバトルロイヤルへと移行していた。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:士郎と裕奈は学祭イベントの登録名のまま、「エミヤ」「ゆーな」と呼び合っています。裕奈は原作でも銃を持ち歩いているので、返却しないままちょろまかしたんでしょうね。それと、『バトルロワイヤル』という言葉は、あの原作や映画で有名になった作品名という認識が強いので、私は『バトルロイヤル』という言い回しの方が好みです。