『シロネギまほら』(47)高音・D・グットマン、苦難の道のり
魔法生徒の仕事の一つに、警備員としての仕事がある。
実際に魔法が必要な事態など滅多にないが、有事に備える態勢は必要だ。
高音と愛衣が静まりかえった学園内を歩いているのも、その一環である。
「あ、そうだ。この前、衛宮さんにお会いしたんですよ」
「えっ!? そ、そうなの? ……それで、どうかしたの?」
冷静さを装おうとしているらしいが、目に見えて動揺している。
学祭では、精神的に追い詰められた高音が、八つ当たり気味に士郎をぶん殴って、その場を逃げ出してしまった。
あまりに恥ずかしく、みっともない行為であり、自己嫌悪に陥っているのだろう。普段から公私共に厳しい高音なだけに、その苦衷は愛衣にも察する事ができた。
「……もしかして、私の話題でも出たのかしら?」
「はい」
「――っ!?」
びくっ、と脅えたように高音の身体が固まった。
「学園祭のことは、全然気にしていないようですよ。衛宮さんは凄く人がいいですし」
愛衣が朗らかに断じる。
「……ずいぶんと、衛宮さんに気を許しているようね」
男性に慣れていない普段の愛衣を知っているだけに、高音は違和感を感じてしまう。
「えっ、そうですか?」
本人にその自覚はないらしい。
愛衣が士郎と関わった時間の長さは、高音とあまり変わらない。せいぜい用務員としての彼に接する機会があったくらいだが、それでも、愛衣にとっては『いい人』という評価に落ち着いているようだ。
「それで、その……、どんな話をしていたの?」
「お姉様は今度の日曜日空いていますか?」
「特に予定は立てていませんけど……」
「どこか人気のない所で会いたいって」
「衛宮さんが……、人気のない所で……?」
高音の白い頬が、徐々に赤く染まっていく。心臓の鼓動が激しくなり、呼吸まで苦しくなってくる。
「それはもしかして……?」
「ええ。そんな事だろうと思ってました」
やや憮然とした表情で高音が呟く。
士郎と高音が再会した時、その場には小太郎と愛衣も居合わせていた。なぜなら、士郎が欲していたのは稽古相手に過ぎなかったのだ。
ネギま部にも実力者は存在するため、本来であれば稽古相手に困る事はない。しかし、士郎としては、どれほど堅固な防御魔法に守られていても、少女や子供相手に全力で剣を振るうというのは難しい。
斬りつけても心が痛まず、相応の実力の持ち主という条件から、選ばれたのが高音の使い魔というわけだ。
研鑽を積むという士郎の目的は、高音としても応援に値する。
なおかつ、自身の使い魔を相手に汗を流す士郎の姿は、高音にとって十分に魅力的な光景と言えた。
愛衣の方でも、武道会で自分に勝った小太郎から助言を受け、非常に有意義な時間を過ごせたようだ。
満ち足りた気分が損なわれたのは、稽古を終えて町中を歩いている時の事だ。
「あれ、小太郎君?」
「それに、衛宮さんも」
夏美が驚きの声をあげ、千鶴は落ち着いた態度で士郎へ軽く会釈する。
「どうしたんや、二人とも?」
「夕飯の買い物なんだけど……。小太郎君こそどんな用事だったの?」
「兄ちゃんたちと修行してたんや」
「修行っていっても、女の子を相手に?」
そんな質問を口にしたのは、実力を疑問視したというよりも、胸の奥で何かがざわめいたせいだ。
「夏美姉ちゃんは見覚えないんか? 愛衣姉ちゃんも高音姉ちゃんも武道会に出とったんやで」
言われてみて始めて気がつく。
「そう言えば、見覚えがあるかも。小太郎君と戦った子と……、脱げた人」
「脱げた人は余計です!」
羞恥に頬を染めて高音が叫んだ。本選で一度ならず二度までも裸を晒してしまったのは、彼女にとって一生ものの痛恨時と言えた。
「愛衣姉ちゃんはまだまだやけど、高音姉ちゃんは強いで。俺やとまだ脱がせてへんし」
「ぬ、脱がすってどういう事ーっ!?」
聞き逃す事のできない表現に、夏美が慌てて問い返した。
「いい攻撃を高音姉ちゃんに当てると、服が脱げるんや」
「そう簡単に脱がされてたまるものですか!」
高音は戦闘訓練においても影を身体に纏っている。特に物理的な攻撃を多用する相手には、影の防御は非常に有効なのだ。
厚着していると動きづらいため、これまでは素肌の上に直接着込んでいたが、前回の失敗からさすがに下着をつけるようになった。
「衛宮さん……」
高音が口元を手で隠しながら、士郎の耳元に囁いた。
「どうした?」
「その、あの方はどうして麻帆良中学の制服を着ているのですか?」
「どうしてって、麻帆良中の生徒だから」
「……どう見ても大学生でしょう。コスプレではないんですか?」
彼女がそう思うのも仕方のないことだろう。
悪意からなどではなく、あまりにも千鶴のプロポーションが完成しすぎているのが原因だ。学祭で高音が目の当たりにした、楓にも匹敵する体型なのだ。
「あらあら、そう言う高音さんは中等部ですよね? まだまだ、成長の余地がありそうだもの」
こちらは弁解のしようもなくイヤミである。彼女に対して年齢の話題に触れるのはタブーなのだ。
「……くっ。私はウルスラ女子高の生徒です!」
むしろ大人びて見られる高音だったが、千鶴と比べればさすがに年少に見えてしまう。まあ、この場合は比べる相手が悪過ぎるのだ。
「衛宮さんは彼女とは親しいんですか?」
「こうして顔を合わせたのは、学祭以来かな」
不機嫌そうな高音の質問に士郎が答える。
「そうそう。学園祭で思い出したわ♪」
千鶴が楽しそうに手を叩く。
「衛宮さんは全体イベントで小太郎君と賭けをしていたんですよね?」
「だけどあれは無効だろ。イベントは中止みたいなものだし」
順位を争う約束だったが、超の計画もあったため、それどころではなくなったのだ。
「違うやろ、兄ちゃん。あれはランキングも発表されて、賞品だって出とるんや。あの賭けは確かに俺の負けや」
小太郎が守っていた拠点は超によって陥落していた。少なくとも、彼はその時点までイベントに参加していたのだ。
それを自覚している以上、小太郎としては賭を踏み倒すようなみっともないマネはできない。
「この前、小太郎君に頼まれたんですよ。いい機会ですから、これからうちの部屋まで食べに来ませんか? 腕によりをかけてご馳走しますから」
「確か、女子寮だよな? 俺が入るわけにいかないだろ」
「大丈夫です。小太郎君とネギ君なんかは、寝泊まりしてるぐらいですし」
「二人は子供だからな」
「子供言わんといてや」
小太郎が不満そうに口を挟む。
「逃がしませんよ」
士郎の左腕を、千鶴が抱え込んでいた。
それを目にした高音の眉が、ぴくん、と跳ね上がる。
高音がどう感じるかわかっていて彼女は行動に移していた。
「小太郎君はどうするの? 一緒に来る?」
「なんで俺だけのけものにすんねん。ご馳走なんやろ。一緒に帰るわ」
拗ねたように尋ねる夏美に、何一つ気にせず小太郎が頷いた。
「ほな、また今度な。高音姉ちゃん。愛衣姉ちゃん」
「そうだな。今日は助かったよ。二人ともありがとう」
小太郎と士郎が別れの挨拶を口にする。
「は、はい。また、今度」
ぺこりと愛衣が頭を下げる。
「〜〜〜〜っ」
高音は声も返せずにいる。
悔しさに身を震わせながら、高音は為す術もなく士郎達を見送るのだった。
あとがき:高音が報われません。原作でも話に絡んでないため、登場させづらいんですよね。それに、彼女の場合、報われないのが当たり前のように思えるし(笑)。これまでにも何度か触れましたが、「シロネギ」では他サイトのSS設定と違いって、外部組織の脅威に晒されてはいません。原作同様、実に平穏な場所です。