『シロネギまほら』(46)

 

 

 

(46A)夏休みにおけるある一日

 

 

 

 士郎の朝は、麻帆良学園の教職員宿舎から始まる。

 超包子の電車屋台暮らしに比べれば、いろいろと便利になったのと同時に、少なからずデメリットも存在していた。

 電車屋台であれば、まかないがわりに良質な食材も使用できたが、外で暮らすようになっては甘えるわけにもいかない。自腹で買い出しに行く必要がある。

 もう一つは、通勤が発生するという点だ。身支度した士郎は、戸締まりをして、電車屋台へと向かった。

 

 

 

「衛宮さんは用務員の仕事についたんじゃないんですか?」

「さすがに夏休み中は人の出入りも少ないし、様子を見に行くのは午後にする予定なんだ」

「超包子でのアルバイトよりも、用務員の仕事に専念した方がいいと思いますよ」

「超が抜けてから大変だろ? 俺としては、四葉と調理をするのは勉強になるし、新しいメンバーが決まるまでは続けさせてほしいんだ」

 気づかい無用と告げたはずなのに、相変わらずの士郎に五月は困り顔だ。

 数字の上では一人減っただけに過ぎないが、超の仕事は多岐に渡っている。調理だけに留まらず、経理をやったり、新しい企画を立案したり、組織全体の統括まである。

 彼女がこなしていた各方面に、一名ずつ追加したとしても作業効率では追いつかない。

 士郎の申し出そのものは非常にありがたいものの、五月としては厚意に甘えすぎているように思えるのだ。

 その一方で、料理の腕といい勤労意欲といい、士郎ならば頼りになるのも確かだ。

「……仕方ありませんね」

 ため息と共に承諾する五月。

「あー、迷惑だったら言ってくれていいぞ。困らせたいわけじゃないんだ」

「迷惑なんて思ってませんよ」

「それなら良かった。来月には旅行へ行くから、軍資金も必要なんだよ」

「そうでしたね。士郎さんなら前借りにも応じますよ。なんなら半年分でも」

 士郎が踏み倒すはずもなく、その程度の便宜なら計るつもりだった。

「個人的なワガママだから、そういうわけにもいかないだろ。来月後半には抜けて迷惑をかけるんだ。今のうちに働けるだけ働いておくよ」

 再び、五月がため息を漏らす。

 士郎の働きに報いるためにも、今月分のアルバイト料は割り増ししておこうと、五月は考えている。事前に伝えると遠慮されるので、教えるのは当日にするとしよう。

 

 

 

 熱い日差しの中、灼けた髪を風で揺らしながら、士郎は電動カートを運転していた。

 麻帆良学園都市。名前が示すとおり、都市であると同時に学園でもある。

 私有地であるとの主張から、敷地内の道路は公道扱いされておらず、簡単な講習を受ければ免許がなくとも電動カートが運転できる。世界樹の恩恵もあってか、重大事故は未だ皆無だ。

 30キロの速度制限こそあるものの、大学工学部製作電動カートが平然と運用されている。魔法の特異性ばかりが際だって見えるが、科学技術の面でもここは一般常識が通じない土地なのだ。

「あー、エミヤんだ」

「エミヤさーん」

 子供っぽい高い声が士郎を呼ぶ。声の主は、ネギの生徒である双子の姉妹だった。

「何してるですかー?」

「ドライブー?」

「いや、超包子の弁当を運動部へ配達に行く途中なんだ」

 カートには屋根が存在せず、荷台にはパイプを組み上げた上で幌をかぶせてあった。中に詰まれているのは弁当を収めた配送トレイだ。

 夏休みになると、生徒達の行動時間や行動範囲が変わるため、いつもと同じ営業形態では適していない。そのため、夏期練習を実施しているクラブへは、こうやって弁当の配達を行うのだ。

 金額的に多少割り増しなのだが、意外と好評のようで予約の取り合いになっていた。

「ボク達が案内してあげようかー?」

「私達はさんぽ部をしてるから、学園内の地図には詳しいですよ」

 風香が申し出ると、心得たように史伽が補足する。

 二人の案内で配達はさくさく進んでいく。

 中等部専用体育館では、バスケ部の明石裕奈や、新体操部の佐々木まき絵と遭遇する。

 屋内プールを訪れると水泳部の大河内アキラと、テニスコート脇で練習中のチア部では例の三人組と顔を会わせた。

 サッカー場で弁当を受け取ったのは、マネージャーをしている和泉亜子だった。

「これで配達が終わりなら、お礼におやつをおごってくれるよねー?」

 もともとそれが狙いだったろうに、子供のおねだりのようで浅ましさを感じさせない。これも人徳と言えるのだろう。

「超包子の仕事があるし、それは無理」

「えーっ」

「残念ですー」

 頬を膨らませる風香と、落胆を見せる史伽。

「代わりに杏仁豆腐なら、超包子で出せると思うけど、それじゃあ不満か?」

「それを先に行ってよー♪」

「良かったですー」

 ごく平和に過ごしていた士郎は、仲間達を集めたアスナが一つの提案を出した事実を知らなかった。

 

 

 

(46B)ネギま部一同は修行中

 

 

 

 厳寒の中で修行を強要されたアスナは、『ネギのお父さんの大魔法使いを捜すためのクラブ』を立ち上げたことを早くも後悔している。

 刹那の指導の元、剣の腕が上達したと思い上がっていた彼女は、ネギとの模擬戦であっさりと敗北を喫し、エヴァから特訓を命じられてしまった。

 猛吹雪に覆われた雪原で、ゴスロリ服を着たアスナは防寒着すら渡してもらえずにいる。

 最初はネギや小太郎も手を貸してくれたのだが、感づいたエヴァに追い返されてしまった。

「し、士郎さんもこんな修行やってたの?」

 ガタガタと震えながら問いかけると、予想外の答えが返ってきた。

「いや。士郎にはさせるだけ無駄だ」

「もうできるの?」

 エヴァが甘やかすとは思えず、アスナはそう早合点する。

「その逆だ。そんな小器用なマネはあいつにはできん」

「なんで士郎さんだけ特別扱いなのよ!?」

「決まっている。あいつは特別だからだ」

「え、そうなんだ……? じゃあ、ネギのお父さんのことはいいわけ?」

「違うわっ!」

 変な勘ぐりを受けたエヴァが、怒鳴りつける。

「私がどう思っているかではなく、士郎の在り方の問題だ」

「在り方って?」

「士郎はすでに覚悟を定めた人間だ。やると決めたら、やり遂げるまで止まらん。修行と称してこの場に放り出そうものなら、必要と信じた力を諦めて助けを呼ぶという選択肢は無くなる。例え、それで死ぬ羽目になってもな」

 その推測が事実だと察して、アスナが息を飲んだ。

「積極的に戦いを挑んだりはしないが、奴は死という結末を平然と受け容れるだろう。扱える魔術も剣に特化しているし、平和を望みながら士郎は戦いに向いているのさ」

 そもそも、ここでのサバイバル訓練というのも『咸卦法』を学ぶ手段にすぎない。行くために『強くなる』手段の一つであり、魔法世界へ『行くため』の必要条件とは違うのだ。

 それは、全員に強要していないことからも明らかだった。

「私はこれでも長く生きている。性格や素質を見る目はあるつもりだ。ヤツに向かない無駄な修行を課すつもりなどない」

「……あれ? じゃあ、この修行は私には向いてるし、できそうって考えてるわけ?」

「ぐ……。まあな」

 口を滑らせてしまい、真意を読まれたエヴァが悔しそうに応じる。

「ぼーや達も言っていただろう。咸卦法の応用だ。うまく使いこなせれば、必然的に戦いへも活用できる。せいぜい感覚を研ぎ澄まし、眠っている才能をたたき起こせ」

 そう言い残して、エヴァはアスナの前から姿を消した。

 

 

 

 ネギの修行場所という用途のために、エヴァは新しい別荘を造り上げた。

 本館の存在する魔法球を中心に、雪原、砂漠、森林、山岳など特殊な修行場が隣接しており、アスナがいるのもそのうちの一つだ。

 奮闘する彼女を除く他のメンバーは、中央球の快適空間でまったり修行ライフ中だったりする。

 習熟したい技能がそれぞれ異なるため、一律の課題に臨むのではなく、好きなことを好きなように練習している。

落書帝国インペリウム・グラフィケース』を持つハルナは、両手が剣となっているゴーレム『ツルギ女神タン』を扱う訓練だった。

「古菲も言っていただろ? 魔力の強さや大きさじゃなくて、いかに動かすかが重要なんだ。効率化を心がけるってとこかな」

 ハルナの指導を行うのは士郎だった。

「考えてるつもりなんだけどねー。やっぱ、感覚的に掴みづらくてさー」

 本来であれば剣技に優れた刹那が教えそうなものだが、種族的な肉体の優位性や、もって生まれた素質に加え、長く実戦で揉まれてきた彼女は、初心者へ教えるのに向いていなかった。

 アスナという生徒も感覚で動くタイプなので、あの師弟関係は結果的に正しかっただけとも言える。

 ゴーレムを使役するという間接的な戦闘法となるハルナは、さすがに直感だけでどうにもならず、具体的な戦闘方法を頭で覚える必要があった。

 そこでエヴァに指導を命じられたのが、凡才たる士郎だ。

 士郎の比較的地味な――逆に言えば堅実な剣で、ハルナは見取り稽古を行い、『ツルギ女神タン』の動きに反映させる。

 その意味でも、二刀流の士郎は適任であった。

 

 

 

 稽古の合間の雑談で、刹那は士郎の能力に興味を示した。

「そうですか。あの双剣は士郎さんが創造したオリジナルだとばかり」

「俺の投影という魔術は、創造じゃなくて模造だからな。元ネタが存在しないものを、想像だけで造ったりできないんだ」

「それでは、この夕凪も可能なんでしょうか?」

「ああ、問題ない。――投影、開始トレース・オン

 刹那が手にしていた長刀が、もう一振り、士郎の手の中に出現する。

「……え?」

 目の前で起きた状況に、刹那が驚きの声を漏らす。

「あ、あの……、手に触れたり、刀身を見なくても可能なんですか?」

「武器限定だけどな」

 士郎には『解析』の能力もあって、内部構造を読みとることもできる。それが武器ともなれば、労力を費やすまでもなく複製は可能だった。

 士郎に渡された夕凪を引き抜き、刀身の波紋や重心を確かめる。

「驚きました。こんな魔法があるなんて……」

 驚嘆する刹那。

 異世界の魔術だとは知らなかったため、その驚愕も大きかった。いや、真実を知れば、もっと驚いていたかもしれない。

「覚えられる武器の数には制限があるんですか?」

「無い……だろうな。いまのところ、上限には達していないはずだ」

 士郎の固有結界の名は『無限の剣製アンリミテッドブレイドワークス』。かの英雄王との対戦時に目にした武器のほとんどが、彼の中に残っている。

 あの戦いで『王の財宝ゲート・オブ・バビロン』の全てを見られなかったのは、悔やむべき事柄かもしれなかった。

「桜咲ならこういうのはどうだ。――投影、開始トレース・オン

 出現したのは、夕凪よりも長い五尺ほどの長刀だ。

 手にした士郎が構えて一振りするが、自分の動きに満足できず首を傾げる。

「あいつの様にはいかないか……」

 士郎が思い描いたのは、この刀の持ち主である。

 彼は士郎より長身でこの刀にふさわしい体格をしていた。当人が言っていた通り、この剣を振ることだけを追求したような剣士なのだ。

「拵えも粗雑ですし、とても名刀とは言えませんね。それなのに……格というか、存在感を感じます。一体、どういう謂われのある刀なんですか?」

 素直な心情を口にした刹那に、士郎はこんな表現で答えを明かす。

「燕を斬るための刀かな」

「……燕? もしかして、佐々木小次郎の物干し竿ですか? ……ですが、創作上の人物だと聞いた覚えがありますよ」

「佐々木小次郎のモデルになった人物がいて、その人の剣なんだ」

 架空の型に当てはめられた、無名の野武士。その実体は、燕を斬るために極めた剣技が、魔法にまで到達したという、セイバーすら驚嘆させた恐るべき剣士であった。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:学園内での交通規則や電気カートに関する設定は創作です。『ツルギのタン』は、『の』が不要かと思ってましたが、wikipediaによればこちらが正式名称のようです。原作にあるさんぽ部エピソードはこのタイミングで挿入しました。