『シロネギまほら』(44)魔法使いになるためのそのさん

 

 

 

 サボりの常習者であるエヴァは、登校しつつも授業中は屋上で時間を潰すのが常である。

「イギリスへ行かないって?」

 様子を見に来た用務員の士郎が、その言葉に驚いて相手の顔を見返した。

「そうだ」

 エヴァはこだわる様子も見せず、あっさりと頷く。

 それが、士郎には不可解だった。

 エヴァの最大の目的は、ネギの父親であるナギ・スプリングフィールドと再会することにある。吸血鬼として忌み嫌われていた彼女に、人の温かみを教えてくれた人物だ。

 今回のイギリス行きが、ナギを見つけ出す手がかり探しを目的としているだけに、事情を知っている士郎は首を傾げるしかない。

「理由は二つある」

 士郎の疑問は想定内なので、エヴァはきちんと説明するつもりでいた。

「貴様はアルのことをどう思う?」

「どうって言われても。この前会ったばかりだしな……」

 サウザンドマスターのパーティメンバーらしいが、士郎は当のナギについてもほとんど知らない。

「印象だけでいいなら、……一筋縄じゃいかないって感じかな。知っている事実を隠したり、知っているフリをしてカマをかけたり」

 やるべき事を知悉していながら、趣味に走る。個人的な感傷を押し殺して、厳格な判断を下す。両極端な行動を、どちらもやりそうに思えた。

「端的な言い回しだが、それは正解だ。あれだけ捻くれた人間はそうはいない」

 腹立たしげにエヴァが吐き捨てる。

「そして、そのテの人間は総じて、情報の入手と活用が上手い」

「……えっと、イギリスに行かない理由について話していたんじゃなかったか?」

「そのアルが、ナギに関する情報を入手していながら、放置することなどあり得ると思うか?」

「つまり、クウネルさんが確実な情報を入手しているなら、すでにナギを見つけているはずだ、と言いたいのか?」

「そういうことだ」

「でも、クウネルさんはこの学園から動けないんだろ?」

 詳しい事情は知らないが、これまでのエヴァと同じように学園から動けないらしい。それも世界樹の魔力が低下した現在、地上に分身を作る事すら困難だと聞いている。武道会中も、彼の本体は地下から動いていなかったのだ。

「その気があるなら学園長を動かせばいい。対応策などいくらでもある。タカミチは知らされていなかったらしいが、あのじじぃがアルの存在を知らんはずなかろう」

「それもそうか……」

 明確な情報を握っており、真偽を確かめる意志があるなら、結論を得るのは可能なはずだ。

 もしも、彼がナギの死を偽装している立場だったなら、彼自身はナギの所在もその理由も知っている事になる。しかし、エヴァの見たところ、ナギに関してアルは隠し事をしていない。

「可能性で言えば、ナギを見つけるための鍵がぼーやに隠されていると言う事はあり得る。しかし、別荘に泊まった機会に調べた事もあったが、ぼーやの頭の中に情報を隠した形跡はないし、身体にも細工をした痕跡は見つからなかった。つまり、ぼーや自身が調査に必要とも思えん」

「エヴァとしては、クウネルの情報にあまり期待はできないし、ネギが出向いた所で状況は好転しないだろう……って考えているのか?」

「10年も放置していた情報だぞ。期待する方がおかしい」

「言われてみれば、そうかもな」

「これが、自分を納得させた理由だ」

「……自分を納得させなければならない理由もあるのか?」

「まあ……な」

 エヴァが悔しそうに歯噛みする。

「かつて、私が賞金首だということは説明しただろう」

「ああ」

「それほどまでに私は怖れられ、名前が知れ渡っていた。魔法世界では、寝つこうとしない子供を、『エヴァンジェリンがくるぞ』と脅すらしい」

「……春日もそんなことを言ってたな」

 それが事実なら、多くの人間が幼い頃からエヴァに対する怖れを抱き、心の根深いところへ刻み込んでいる事になる。

 魔法世界の人間達にとって、エヴァの名は非常に大きな意味を持つ。

「ゲートは国際空港よりも審査が厳しいと聞いているし、私が魔法界へ潜入しようとしても、おそらく見つかってしまうだろう。賞金は取り下げられているし、処罰されることはないだろうが、なんらかの制限や監視を受けるはずだ」

 しかし、重要なのはそこではない。

「私としては強引に押し通っても構わないんだが、問題はぼーやの方だ」

「どう関係するんだ?」

「簡単な話だ。封印されていたはずの私が魔法世界へ侵入したら、同じ麻帆良からやってきた人間はどういう存在になる?」

「エヴァの仲間として見られる……か?」

「そういうことだ。どう弁明した所で危険分子としか見られないだろう。私が同行しては調査が進まんし、ぼーやが独力で監視を出し抜けるとは思えんしな」

 ナギが行方不明なのにもなんらかの理由があるはずなので、秘密を守るために監視者を排除してしまうと、ネギまで賞金首となりかねない。

 士郎も同行する予定だが、エヴァは諜報活動に不向きだと判断しており、最初から考慮に入れていなかった。

「おそらく、今回の英国行きで見つけられる情報は、ナギを見つけるための指針にしかならん。多くの情報を整理するため条件や、暗号の一部とかな」

 エヴァが魔法世界への侵入を望んでいると知られれば、向こうの警戒はさらに厳しくなるだろう。そうなると二度目のチャンスが失われてしまう。

 麻帆良学園がエヴァの影響下にあると疑われては、ネギに調べさせるという手段すら使えなくなる。

 今回の情報に、それだけの危険を冒す価値があるとはとても思えなかった。

「実際に探しに行くのは、情報の精査と所在地の特定を終えてからになるだろう。本当に行動を起こすのはその時でいい」

 エヴァはそう結論づける。そこに込められた思いや覚悟が、士郎にも察せられた。

 本心では今すぐにでも探しに行きたいはずだ。だが、焦って行動する事で、事態を悪化させないように細心の注意を払っている。

 全ては、より確実にナギとの再会を果たすためだ。

 そして、ナギの居場所が確実にわかれば、その時こそ、エヴァは万難を排してナギの元へ向かうだろう。

 魔法世界の制止や拒否などものともせずに。それによってどれほどの罪を重ね、傷を負う事になろうとも。

 だからこそ、彼女は今回耐える事を選んだのだ。

「そこで、今夜は別荘に来い。お前に教えておくべき魔法がいくつかある」

「危険があると考えているのか?」

「なに、海外旅行へ備えるようなものだ。治安の悪い国へ行く時には、それなりの対策を取るだろう? 魔法を使う犯罪者がいても応じられるように鍛えておくのさ」

 来訪予定の首都は、非常に文化的であり治安もいいので、あくまでも用心にすぎないという。

「魔法世界行きのためというよりも、これからの貴様に必要だと判断したんだ」

「わかった」

「まずは守備力をあげる。誰かをかばって何度でも傷を負うようなバカには、一番必要な魔法だ」

「そこまでいうか?」

 不満そうな士郎に対し、エヴァは訂正するどころか、さらに強く主張してきた。

「むしろ言い足りないぐらいだ。貴様の自己犠牲は呪いみたいなものだからな。指摘されたところで、貴様自身だって簡単に治るなどとは思っていないだろう?」

 エヴァに断じられて、士郎は反論する事を諦める。

「……魔法の話を続けてくれ」

「通常ならば契約執行でまかなえているが、今回の魔法世界行きのように私から離れる場合は、自力で魔法を行使するしかない。白兵戦用の『戦いの歌カントゥス・ベラークス』という魔法を覚えてもらう」

「いつもネギが使っているヤツだな」

「契約執行による制約はいくつかある。物理的な距離もそうだし、マスター側が拒めば魔力の供給は行われない」

「ああ。そうだったな」

 学園祭の最後に、エヴァからの魔力が断たれてしまい、無限の剣製を維持することができなかった。

「つまり、私と戦う時には使えないというわけだ」

「……どういう意味だ? エヴァは俺と戦うつもりなのか?」

「今すぐどうこうという話ではないがな。貴様が『正義の味方』を目指すのならば、いずれ『悪の魔法使い』である私と敵対するかもしれん」

「わかった……」

 士郎は頷いたものの、これは敵対する事を覚悟したのではない。

 ネギの修行が終わる来年頃には、エヴァもナギを探すためにこの地を去るはずだった。その時に備えて、士郎は彼女に頼らず力の使い方を学んでおく必要があるのだ。

「言っておくが、使い慣れているからといって強化魔術には頼るなよ。重要なのは攻撃力よりも、防御力の方だ。『戦いの歌』を使えないままなら、ベッドから起きあがれない身体にしてやるぞ」

 堂々と宣言する。裏を返せば、士郎を心配しているということだった。

 強化魔術も扱い方によっては防御力を上昇できるのだが、士郎の場合は筋力増加にしか使えていない。

「次に機動力をあげる」

「機動力……?」

「例えば、貴様が強敵と戦ったとする。エクスカリバーが必要なくらいの強敵だ。その場合、ヒイロノコロモを使用するはずだ」

「そうなるだろうな」

「その時、敵が逃げ出したらどうする?」

「戦わずに済んだのなら、それでいいんじゃないか?」

「では、三分後に戻ってきたら?」

「え……?」

「そうなると、貴様はヒイロノコロモを失ったまま戦うしかないぞ。ヒイロノコロモを使用するのは、一枚しかないジョーカーを切るのと同じだ。二度目はない。敵の逃走を許さずに、その場で決めろ」

「機動力をあげるというのは、具体的にどういう方法を指すんだ?」

「飛べ」

「……は?」

「飛べと言ったんだ。ヒイロノコロモは魔法発動体でもあるからな。外套ならば指輪と違って重心が取りやすいだろう。杖と同じように飛行することも可能なはずだ。逃げる相手を追う事もできるし、空からの攻撃にも対応できる」

「飛ぶ……。俺が……?」

 それは予想もしない発案だった。

 士郎の乏しい魔術知識を振り返っても、自在に飛行できたのはキャスターひとりだけである。

「最後のひとつが『魔法の射手サギタ・マギカ』だ。これは絶対に必要とまでは言わんが、覚えておいた方が都合がいい」

「それは一番弱い魔法じゃないのか?」

「弱いという表現は間違っているな。一番基礎となる魔法だと覚えておけ」

 エヴァがそう判断するに至った経緯を説明する。

「もともと攻撃魔法を教えようとは思っていたんだが、貴様の場合は使える魔力量の変動が大きいだろう? 生身で使える魔法を教え込んでも、ヒイロノコロモ装着時には弱すぎる。ヒイロノコロモの使用を前提にすると、生身では発動できない。そこで、『魔法の射手(サギタ・マギカ)』というわけだ」

「そうは言っても、投影より弱いんじゃ使い道がなさそうに思えるんだが……」

「単発で威力が低いのは確かだが、そこは本数で補えばいい。生身の時には数本、アーティファクトの時は数十本と、呪文の改変で使い分けが可能だからな。それに、光の矢は破壊用、風の矢ならば拘束用と、属性で使用効果を使い分けられるから、活用の幅は以外と広いんだ」

「拘束用か……。ネギもそんな話をしていたな」

「それと、貴様が特異な『魔術師』だという事を隠すためにも、『魔法使い』としての技術を身につけておいた方が誤魔化しやすい。警戒されることもなく、相手の油断を誘えるからな」

 話を聞くと、ずいぶんと士郎の成長や立場を考慮してくれているようだ。ナギの情報を得るためという動機があるのも知っているが、士郎は不思議に感じてしまう。

「なんで、そこまで面倒見てくれるんだ?」

「貴様には呪いを解いてもらったからな」

「確か仮契約したのがその礼だったはずだろ? 俺にとっては難しいことじゃなかったし、そこまで恩義を感じる必要ないんだけどな」

 困っている相手を助けるのは、士郎にとって日常的な行為だった。その一方で、彼は礼を受けるということに慣れていない。

 客観的に見れば士郎が損をしているように見えるが、本人にとっては『誰かに手を貸す』こと自体が喜びであるためだ。

 利害の点では望ましい言葉のはずだが、エヴァは侮辱されたかのように眉をひそめた。

「よく覚えておけ。私は施しを受けるのが大っ嫌いなんだ。受けた恩を踏み倒すこともな。貴様がどう思うかではない。私がどう思うかだ。与えられたものが『自由』である以上、私はそれに見合ったものを何が何でも返す。覚悟しておけ」

 仇討ちでも挑むようにエヴァが宣言した。それが彼女なりのこだわりなのだろう。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:登校地獄を解除した頃に、「絶対に学園を出るはずだ」と主張された事がありまして、今回も同様の意見が届くかもしれません。この件については、裏事情でも触れてみます。


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