『シロネギまほら』(43)犬上小太郎と修行仲間達
「うーむ。士郎殿が参加すると、食事の質が違うでござるな」
「やっぱり、兄ちゃんを連れてきてよかったやろ」
「反対するつもりはなかったでござるよ。料理以外の腕前についても知っていたでござるからな」
「みそ汁おかわりアルー♪」
一行がいるのは、麻帆良学園の郊外に広がる自然あふれる森の中だ。
週末のたびに楓は森へ籠もっていたのだが、修行を共にすると約束した小太郎と、彼に誘われた士郎が同行し、話を聞きつけて古菲もこれに加わった。
ウォーミングアップもかねて、崖を上り、森を駆け、川を渡り、彼らはたっぷりと食材を入手してきた。
古菲などは、楓から採りすぎないようにと注意を受けたくらいだ。
彼らの前に並んでいるのは、シソを混ぜ込んだおにぎりと、鯉のあらいと、山菜やきのこの天ぷら、みそ汁。少量の油で工夫して揚げたり、香りづけに柚を使ったりと、小さな工夫が味を引き立てている。
修行が長いだけあって、楓のレパートリーもそれなりにあるのだが、料理の腕前まで優秀とはいかず、今回同行した士郎の存在は非常にありがたい。
少し話は変わるが、士郎の投影できる品というのは偏りがある。一番向いているのは剣だ。
たとえば、目覚まし時計などを投影すると、解析した内部構造までは再現できても、歯車等は癒着したままであり、電子機器が起動することはなく、模型のような形で再現するのが限界だ。
しかし、単純な固まりとしてならば実態化は可能なのだ。特に剣に近い金属ならばやりやすい。
結果として、包丁やお玉やおろし金やフライパンなどなら、運搬の手間いらずで活用できたりする。元の世界の魔術師が知ったなら、腹を立てそうな利用法であった。
「くー姉ちゃん強いんやなぁ。なめとったわ」
「フフフ。だてに功夫を積み重ねてないアルよ」
小太郎の賞賛に古菲が誇らしげに応じている。
会話の流れから勘違いされそうだが、実際の戦闘力については小太郎の方が格段に上だ。しかし、気や術を封じた格闘技術のみで比べれば結果は変わってくる。
表の世界に生きる古菲は気も術もまともに使えないが、だからこそ、多くの時間をかけて技だけを磨き上げてきた。
「中国四千年の歴史を甘く見ないことアル」
歴史を経て研鑽を続けてきた武術とは、先人達が練り上げてきた技術の集大成だ。どれほどの素質を持った人間であっても、簡単に凌駕できるものではない。
「そやから、組み手もやってるんやないか。メシを食ったらまた挑戦するで」
「受けて立つアルよ」
笑みを浮かべて古菲が応じる。
小太郎が全力で戦えば勝つに決まっているが、気を使いきったり、術を封じられたりと、戦闘方法が制限される場面などいくらでも考えられる。
なにより、全力を尽くして戦う時に、格闘技術の有無が勝敗をわけることだってある。ネギが古菲に学んでいるのも同じ理由だった。
小太郎は狗族として備わった生来の力で押し切ることが多いため、これまで体術に関しては後回しになっていた。だから、古菲との稽古には学ぶべきことが多かったのである。
(良い傾向でござるな)
小太郎の様子を眺めながら楓はそう考える。
強くなることと勝つことは、似て非なるものだ。強いだけでは勝てず、勝ったとしても強いとは限らない。
武道会の頃の小太郎は、目に見えた勝敗ばかりにこだわっていた。
気や術にくらべて攻撃力に劣る『技』を、学ぶべき技術と見るか、つまらないものと切り捨てるか。それを選択するのは小太郎自身に心映えによって左右される。
だから、積極的に学ぼうとする小太郎の姿勢は望ましいものだと楓は思うのだ。
逆に、古菲もまた小太郎や楓から気について学ぶ。まがりなりにも気を扱ってきただけに、求める高みを知った現在、古菲は使いこなすためのコツをすでに掴みかけていた。
それから数日が経過したある日のこと。
用務員の士郎が見回りもかねて屋上へやってくると、二人の女生徒と遭遇した。
「また、さぼってるのか。担任が泣いてるんじゃないか?」
「ふん。私がいくつだと思っている。中学生の勉強などバカバカしくてやってられるか」
エヴァに付き従う茶々丸が、ぺこりと会釈する。
「その割に点数が悪いと聞いているけどな」
「くだらん詰め込み教育になど興味がわかん。勉強したところで進学するつもりもないしな」
昨年までなら、『進学できるはずもない』と言っていた場面だろう。
「それよりも……、この前の土日に契約執行を使ったみたいだが、何かあったのか? 異変は感じられなかったが」
「まずかったか?」
「まずくはない。気になっただけだ」
侵入者への警戒担当なだけに、エヴァが疑問に思うのも当然だろう。
「小太郎達と森へ入って修行してたんだよ。小太郎や長瀬を相手にすると、投影の数をこなさないと手合わせも難しいからな……」
格闘や剣技で競う古菲ならまだしも、小太郎や楓と同じルールでやっていては、鍛錬する意義が薄まってしまうのだ。
「そうか……。あいつらがいたな」
「どうかしたのか?」
「ぼーやの修行が一区切りつきそうでな。いろいろと条件を変えて、応用を叩き込んでやるつもりだったのさ」
「修行相手にするってことか」
「そういうことだ。特に、あの犬ならば年齢も近いし、競争心も高まるだろう」
そんな経緯があって、士郎達4名は茶々丸に案内されてエヴァンジェリンの別荘へやってきた。
ドッカンドッカンと派手な音が、彼らの耳に届く。闘技場まで足を伸ばすと、ネギがエヴァとチャチャゼロを相手に特訓中だった。
後方へ回り込んだエヴァが、氷で組み上げた刀を振り下ろしてネギを叩き伏せる。
「簡単に足を止めるな。攻撃を防げても、足を止めてはいい的になるだけだ。そうならないように考えろ。それが貴様の長所だからな。……来たか」
何かに気づいたエヴァの視線を追って、ネギも新しい訪問者に気づいた。
「コタロー君!?」
「よっ」
「何でコタロー君がここに?」
「そのねーちゃんに呼ばれたんや。お前の対戦相手や、言うてな」
コタローが試合場の中央に進み出ると、ネギが目を輝かせて話しかける。
「それなら、今から僕と……」
ネギが話し終える前に、小太郎が後ろを振り向いた。
「兄ちゃん。ここなら頑丈そうやから、俺と全力でやりあってくれるんやろ?」
「あ、あれ? ……コタロー君?」
「ん、なんや?」
「僕と試合をするんじゃなかったの?」
「お前はさっきの修行でヘロヘロなんやろ。今は休んどいてえーで。俺は兄ちゃんと
「…………」
コタロー側から断られることなど想像していなかったため、ネギが戸惑いを見せる。いつもならば小太郎の方がライバル心をもって挑んでくるため、やり過ごされたことに驚きを隠せない。
「……いいのか?」
「かまわん。私も貴様らの勝負には興味があるしな」
一応確認してみた士郎へ、ネギの師匠からは容認の言葉が返された。
「今日は全力で相手しもらうで、兄ちゃん」
戦いに対する高揚感を露わにする小太郎。
士郎には『壊れた幻想』という攻撃方法もあるのだが、周囲への被害が大きいため乱用は自粛していた。小太郎はそれが不満だったようで、この機会に士郎を誘ったのだ。
試合場の中央に立つ二人と入れ替わりに、ネギが場外へと待避する。どこか憮然とした表情だった。
「今日は全力で行かせてもらうで」
「たまにはいいか。――
士郎が契約執行によって魔力の鎧を纏ったのを確認し、小太郎が仕掛けた。
六つの分身を生み出して、小太郎が士郎に飛びかかる。
実際に相対するのは初めてだったが、小太郎と楓の立ち会いは何度か観戦しているため、士郎が動揺を見せることはなかった。
「――
士郎が生み出した三対の干将莫耶が迎撃に撃ち出される。
反射的に打ち払おうとする小太郎の間近で、六本の刀全てが爆発した。吹き飛ばされて倒れた小太郎もいれば、防御が間に合ってさらに踏み込む小太郎もいた。
小太郎の手が地に触れると、生み出された犬神が地を這って士郎の足下へと迫まる。
士郎の干将莫耶が犬神に向かって放たれ、貫くはしから消していく。
二人の小太郎が挟撃を加えられ、士郎は両手に握った干将莫耶をそれぞれへ同時に叩きつけた。
あきらかな手応えを感じたのは右側。
楓の論評によると、小太郎の影分身はまだ完成度が低く、実体に比較すると存在が希薄らしい。楓であっても、高度な影分身を作るのは四体が限度だと聞いていた。
影分身とは完全な独立型ではないため、本体がダメージを負うなどして集中が途切れれば、影分身側が無事でも実体化できなくなる、……こともある。
向き直った士郎に対し、小太郎は至近距離での接近戦を挑んで来た。
干将莫耶の刀身と気を込めた拳が応酬し、互いの身体にダメージを与えていく。
「こいつでどうや!」
捨て身で間合いを詰めた小太郎の掌底が、士郎の腹部に当たる。
その箇所から、犬神があふれ出して、その物量で士郎の身体を後方へ吹き飛ばした。
干将莫耶を振るい、犬神を消していく士郎。
瞬動を使った小太郎が、即座に間合いを詰める。
剣を引き戻せないと察した士郎がとっさに足を出した。古菲との手合わせによる影響だろう。
真下から突き上げた士郎の右足が、瞬動の勢いを上方へ受け流した。
「まずっ!」
蹴り上げられた小太郎は、足場のない中空に浮かんだ不利を実感する。
飛翔の術を使うよりも早く、士郎が干将莫耶を投げつけた。さらに、もう一対。
それぞれが孤を描き、帯びていた磁力に引きつけられて、小太郎を四方から襲う。
小太郎の影分身が四体出現して四方へ散った。
本体へ命中させることを断念した士郎が、各剣を同時に起爆。影分身の消滅は成したものの、本体は無事に着地して士郎と再び対峙した。
二人が仕合っている横で、戦いに参加せず見学している面々がいた。
「ムー。なんで士郎さんと……」
不機嫌そうなネギを見て、古菲が不思議そうに首を傾げている。
「ネギ坊主は何を怒っているアルか?」
傍らにいる楓が笑みを浮かべながら理由を指摘した。
「なに。ヤキモチでござるよ。仲のいい友達を奪われたように感じているのでござろう」
普段は大人びた言動の多いネギが、それこそ子供のような態度を取っていることが、楓にはおかしかった。
同性にしろ異性にしろ、親しみを覚えている相手には、自分に対しても同じ感情を抱いて欲しいと思うものだ。
理想が高く真面目なネギのことだから、これまでの生き方も自然と想像がつく。一緒になって暴れる男友達がひとりも居なかったのではないだろうか。
教師という立場もあって、あまり本心を表す機会がないネギにとって、小太郎という存在はなかなか得難いものに違いない。
あとがき:原作ではがらくたという表現で投影品は役に立たないと言われているので、どうにか活用ができないか考えてみました。調理用品ならば、金属の塊だし使えるのではないかと思います。
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