『シロネギまほら』(40)超鈴音の愉快な仲間達
図書館島のクウネル邸から戻ると、士郎は大学部を訪れていた。
以前にも、ハカセの注文で出前に来た事もあるため、研究室まで迷わずに辿り着く。
「衛宮さん? 今日は出前を頼んでないはずですけど?」
「俺に渡す物を葉加瀬に預けてあるって、超から聞いたんだけど」
「……え? そうなんですか?」
ムムム、とハカセが首をひねる。
「私は何も聞いていませんよ。計画の成否にかかわらず、事後処理について以前から打ち合わせていましたけど……」
成算があって行動を起こしたため、魔法使い側から復讐される可能性も考慮し、超は潜伏して世論誘導を計る予定だったらしい。
多くの件に関してハカセとは検討済みだったが、その中に士郎に関する事はひとつも入っていないと言う。
「じゃあ、勘違いだな。声を潜めていたから、重要なことだと思ったんだけど」
「あのー。超さんはその時になんて言ってたんですか?」
士郎は耳元で囁いた超の言葉を告げる。
『副賞はハカセに預けてあるネ』と――。
頬にキスしたのはあくまでもカモフラージュで、それを告げるのが目的だったと士郎は察したのだ。
「……だから、ハカセなら知ってると思って取りに来たんだ」
「心当たりがないですねー。他にも何か話しましたか?」
「そうだな。学祭イベントの時に、俺が敵に回った理由とか……」
「そ、そうですよ! 衛宮さんはどうして私達の邪魔をしようとしたんですか?」
ハカセらしくもなく、今になってその点に思い至ったようだ。
全体イベントの終盤において、士郎とハカセは直接対決している。ハカセとしても今更恨みごとを言うつもりはないものの、その動機だけは聞いておきたかった。
「俺は魔法の公表自体にはむしろ賛成なんだ。だけど、歴史をねじ曲げることは見過ごせなかった」
「そうですか? 過去の失敗を取り戻すということは、より良い未来を作ることだと思いますけど」
ハカセはそう考えており、実際にその力があるならば使いたいとも思う。
だが、士郎はそれを否定する。
「本音を言えば、俺だってそう考えたこともある。だけど、過去を変えてしまうってことは、その時に犠牲にした何かや、決断した思いや覚悟を踏みにじる事だと思う。だから、それはしてはいけない事なんだ」
「超さんにも……そう言ったんですか?」
「ああ」
「…………」
それはハカセ自身には馴染まない考え方だった。
科学というのは結果が全てだ。多くのデータを集めて、合理的な解答を導き出す。そこで問われるのは、効率化や整合性という無機質な処理能力なのだ。
未来をよりよく改善できる攻略法があるならば実践するべきで、それをしないのは怠惰であり感傷にすぎないと思う。
ハカセにとっては、超がその考えを受け入れた事実の方が驚きだった。無論、失敗したことによる諦めもあったのだろうが。
「……超さんが衛宮さんに残そうと思ったのが何か、わかったような気がします」
「そうか?」
「なんとなく……ですけどね。そして、どうして衛宮さんになら託せると判断したのかも……」
ハカセは引き出しの鍵を開けると、ごそごそと小さな器材や書類を動かしはじめた。
「……えーと。ありました」
ハカセの右手が鎖を引っ張り出し、その下にぶら下がる本体が遅れて現れる。
士郎の手に渡されたのは、文字盤が非常に凝ったデザインの懐中時計だった。
「もしかして、ネギの持っていたやつか?」
「ネギ先生が使っていたのは壱号機で、超さんとの戦いで壊れました。超さんが未来へ帰るときに使用したのが弐号機。軍用強化服に内蔵していたのが参号機。これは、他が破損した時に備えて作成した予備の四号機になります」
「なんで俺にそんなものを!?」
タイムマシンの価値となると天文学的な金額だろう。ほいほいと誰かに渡せる代物ではない。
「本来はそれも処分する予定だったんですよ。危ないところでした」
「凄くもったいなくないか?」
士郎が常識的に判断する。
彼とて、時間移動の全てを否定しているわけではない。二度と会えない誰かと会ったり、学術的な調査に使用したりと、歴史改変以外にもいろいろと活用方法はあるはずだった。
未来の科学で製造されたというなら、現代で再現するのは不可能だろう。おそらく、失われたら二度と取り戻せない類のものだ。
「カシオペアはいつでも自由に使えるような代物ではないんです。起動には膨大な魔力が必要なので、世界樹の発光が終わった現在、ネギ先生ほど魔力があっても使用できません。それに、移動できるのはせいぜい数日単位ですね」
ネギたちが1週間先から戻ってきた事実を知らされていない士郎にとっては初めて聞く情報だった。
「それだと使い道がなさそうだな」
あまりに制限が強すぎる。士郎が冬木の大火災を防ごうと望んでも、不可能ということだ。実行する気もなければ、世界そのものも異なっているが。
「つまり、次に使えるのは22年後ってことなのか?」
「今年は異常気象で大発光が1年早まってますから、今年から22年後となるか、通常サイクルにあわせた23年後ですね。……ここで使うとするなら」
「ここで?」
「ええ。この麻帆良と同じような聖地が地球上には12箇所存在します。同じぐらいの魔力が溜まりさえすれば、他の場所でも使用は可能なはずです」
「超が来た未来というのはいつのことなんだ? 数日後からってことはないよな?」
「そんなわけありませんよ。膨大な魔力だけでなく、複雑な術式を使用することで、跳躍時間を飛躍的に伸ばす事も可能なんです」
「条件さえ揃えば、このカシオペアで超みたいな時間移動が可能なのか……。それで、どうして俺に渡すんだ?」
「衛宮さんが一つの条件をクリアしているからです。衛宮さんなら過去の改変を行わないでしょう?」
そこについては自信がある。
また、今になって過去の改変を行うなら、それは士郎が敵対した彼女たちに対する冒涜となるだろう。
「それは、渡してもいい条件であって、渡すべき理由じゃないだろ?」
「理由については私に聞かれても困ります。私は衛宮さんに聞かされるまで、知らなかったんですから。超さんが、衛宮さんに何を期待して渡すつもりになったのか、私にもわかりません。でも、……超さんのことですから、きっと意味があるんだと思います」
ハカセが改めて尋ねる。
「どうします? 受け取るのも拒むのも、衛宮さんの自由ですけど……」
士郎とハカセが連れ立って超包子まで戻ってくると、椅子に腰掛けた五月がのんびりと空を見上げていた。
「どうかしたんですかー?」
ハカセの声で我に返った五月が、恥ずかしそうに微笑んだ。
「超さんに誘われて、超包子を始めた頃のことを思い出していたんです」
「あー。そんなこともありましたねぇ」
ハカセが楽しそうに応じていた。
「どんな感じだったんだ?」
「超さんとはお料理研究会で一緒になりました。私の料理を味見して気に入ってくれた超さんと話す機会が増えて、ゆくゆくはお店を持ちたいという話をしたら、すぐにでも挑戦するべきだって言い出して、学園から営業許可を取り付けたんです」
学園祭の例が示すとおり、超の企画力や行動力は飛び抜けていた。彼女の目的を考えるならば、そもそも全体イベントをしかけるためにこの時代へやってきたわけだから、全てを計画済みでこの地へやってきたと考えるべきなのだろう。
「超さんは最初から電車屋台でやるつもりだったみたいですねー。一カ所に店を構えるよりも、人の集まるところへ移動できれば都合がいいですし。電車屋台を製造したのが、私も参加しているロボット研究会だったんです」
「食材の搬入なんかで人手が必要になると、中国武術研究会の人を連れてきたんです。それで古菲さんも参加するようになりました」
「超は中国拳法も使えるのか?」
「あの頃は古菲さんとよく組み手を行ってましたよ」
「……どこまで多才なんだ」
士郎は呆れつつも賞賛してしまう。
科学知識も豊富なうえ、魔法使いでもあり、中国武術まで使う。
さらには超包子を成功させたように、指導力、経営力といった組織人としての才能にまで恵まれている。
超鈴音に対しては『麻帆良の最強頭脳』という呼び名ですら、控えめな表現なのかもしれない。
「そういえば、衛宮さんはお別れ会に参加しませんでしたよね」
士郎が頷くのも待たずに、ハカセは背負い鞄の中から写真を撮りだしていた。
「これが超さんが涙を見せた瞬間の写真です」
嬉しそうに士郎の眼前に突き出したのは、なにやら怪しい写真であった。
「これは泣き顔……か?」
疑問符を付けるのは当然で、写真の中の超はうつむくどころか、大口を開けてのけぞっている。どう見ても笑いすぎとしか思えない。
「超さんが発明したくすぐり用マジックハンドを活用しました」
ハカセがエヘンと胸を張る。
「他にもいろいろな発明品を作ってましたよ。教室の幽霊退治に除霊銃を作ったこともありました」
「幽霊なんて非科学的だと思うんですけどねぇ」
五月の取り上げた例に、ハカセが肩をすくめる。
「幽霊?」
「お化け屋敷の準備中に幽霊が出現したという騒ぎが起こったんです。友達が欲しかっただけらしくて、平和的に解決しましたけど」
五月の説明を受けて、士郎はついさっき対面した幽霊の顔を思い出す。もしかしたらあの相坂さよが原因なのだろうか?
「修学旅行の時に持参した『肉まん君Z』もそうですね」
「なんだ、それ?」
「自動的に肉まんを暴飲暴食するためのマシンです」
「使用目的も運搬理由もわからないんだが」
「平和的に相手の秘密を白状させるための機械なんです。効果のほどはこちらに」
またしても写真を取り出した。
古菲の口には強引に肉まんが詰め込まれており、面白い顔になっている。周囲には士郎の見知った顔が並んでいた。
「茶々丸は写ってないのか? 途中で参加したはずだけど」
「この写真の後で合流したんです。確かネギ先生達と一緒に写った写真が……」
ごそごそとバッグをあさっているところへ、彼らの仲間が通りかかる。
「今日の営業は休みじゃなかったアルか?」
テーブルを囲んでいる士郎達に古菲が近づいた。
「あーっ! こ、これは見たら駄目アル!」
真っ赤になった古菲が、自分の変顔写真を慌てて回収する。
「み、見たアルか?」
「……ああ」
否定のしようがないため、諦めた士郎が肯定する。
「ムムム……」
「朝倉さんに頼めばいくらでも焼き増しすると思いますよ」
「あの時、偽物を渡して私を騙したアルなー」
ネガを取り上げた場面を思い出して古菲が歯噛みする。
「もはや手遅れですねー。古菲さんを除いた全クラスメイトに配られてますからー」
「その写真は俺も持ってるすよ」
会話に加わる野太い声。
「!?」
古菲が振り向くと、道着姿の集団のひとりが力説する。
「古部長の愛らしい写真はプレミアもんですから!」
力説したのは中国武術研究会のメンバーらしい。
「没収アル!」
「たとえ古部長の頼みでも渡せません!」
襟元を締め上げられながらも彼は屈しなかった。
「古部長と超さんは研究会に咲く貴重な花っすからねー」
「おふたりの写真はどんなお宝にも勝るんすよー」
どうやら研究会のメンバーを引き連れてランニングの途中だったらしい。
「この写真は部長命令で回収するアル! 反論は認めないアル!」
『だが断る!』
己の全てを賭けて男達は命令を拒否した。
恥ずかしさに激昂した古菲が実力行使に訴えたが、誰一人として写真を差し出した者はいなかった。一人の例外もなく『漢』であった。
「一体、なんの騒ぎだ?」
通りがかったエヴァは、台風一過を思わせる平穏な学園内において、なぜか盛り上がっている超包子の様子に首をかしげる。
「茶々丸も手伝ってよ。超さんがいなくなって、ただでさえ人手が足りないんだからー」
調理場から訴えるハカセの要求に、茶々丸が傍らの主人に確認を取る。
「マスター?」
「好きにしろ」
「ハイ」
茶々丸が制服姿のままウェイトレスとして加わった。
エヴァ本人は調理場の目の前にあるカウンター席に腰を下ろす。
「今日は休みのはずじゃなかったのか?」
問いかけると、調理しながら士郎が返答する。
「超のことを懐かしんだ人間が何組もやって来てさ。思い出話に花を咲かしているうちに参加者が増えたんだ」
彼らのほとんどが超の転校を当日になってから知らされている。彼女に対して送別会をしてやれなかった友人達が、こんな形で超との思い出を偲んでいるのだ。
「……なるほどな」
「エヴァはいつものアレでいいのか?」
「ああ」
士郎が以前に作ったネギとニンニク抜きの餃子は、五月の許可を得てメニューに加わっていた。エヴァがこの店に来たときは必ず頼む定番メニューでもある。
「考えてみれば、あいつほど多才な人間もいなかったな」
ほとんどの椅子が埋まっている状況を眺めて、エヴァが呆れたように口にした。エヴァが推測したとおり、客のほとんどが超の関わったサークルのメンバーばかりなのだ。
あちこちで超の才能を賞賛したり、超のせいで拡大した騒動について語り合っている。
「私の場合は超の方から話しかけてきた。協会に属していない私の知識を利用したかったのだろう。力を制限されていた私も、科学によって造られた従者に興味が沸いたしな」
この雰囲気にあてられたのか、エヴァもまた超との思い出を語り出した。魔法について言及するのは避けているが、聞き役となっている士郎には十分に意味が通じている。
士郎は改めて思う。
超の計画は失敗した。だが、歴史は確実に変わったのだと。
超と関わった人間は、きっと超のことを忘れない。超の意図した通りにならずとも、影響が皆無と言うことはあり得ないのだ。超と共に過ごした記憶が、何も残さなかったとは思いたくない。
さらに、士郎の元には超の残したお土産も存在している。
今もポケットの中にある一つの懐中時計。
昨夜、エヴァから聞かされたように、過去のネギを救うために必要なのかもしれないし、もっと他の目的があって預けられたのかもしれない。
真意はわからずとも、超の友人として、士郎はそれと向き合おうと考えていた。
あとがき:カシオペア四号機の登場はご都合主義かもしれませんが、可能性の一つとして登場させました。超の持っていたのが弐号機というのはネギの推測ですが、それを前提として設定してます。
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