『シロネギまほら』(39)朝倉和美が聞いてみた

 

 

 

「ちょっと、ちょっと、アスナ」

「なに?」

「あの人はなんでここにいるの? エヴァちゃんの知りあい?」

「へ……?」

「ほら、あの人」

 首をかしげるアスナに、朝倉は問題の人物を指差して見せる。

「アンタ、士郎さんの事知らないの!?」

 意外な事実を知らされて、アスナは思わず驚きの声を上げた。新聞部でもあり、情報通を自認している朝倉らしからぬ失態だと思ったのだ。

 アスナの声が耳に届き、誰もが朝倉に視線を向けていた。

 朝倉にとって信じられないことだが、全員が驚きの表情を浮かべている。まるで『今さら何を言っているの?』とでも言いたげに。

 こうしてクウネルの屋敷を尋ねてきたのは、ネギを通じて魔法の存在を知っている人間ばかりだ。

 仲のいい彼女たちは比較的情報を共有しているのだが、士郎に関しては情報に偏りがあった。

 士郎が魔法使いだと知らない点において、ハルナもまた同様なのだが、彼女はこの場で顔を合わせた時点で事情を察していた。もともとネギ達の顔見知りだと知っていたので、納得するのも早かった。

 つまり、この場にいた人間のほとんどは、士郎が魔法使いである事を受け入れていたのだ。

 一方、朝倉はどうか?

 まほら武道会では士郎が予選落ちしており、超の口からもその名を聞かされていない。

 最終イベントに関してはネギをメインに追いかけていたため、魔法先生や魔法生徒の中にひとりとしか考えていなかった。

 まさか……、知らないのはこの場で自分一人だけ?

「そ、そうだ、さよちゃん!?」

 彼女だけはずっと朝倉と行動を共にしているため、条件は一緒のはずだった。

 慌てて朝倉が視線を向けると――。

「あの〜。私は相坂さよといいます」

「……えっ? ああ。俺は衛宮士郎」

 自分に先んじて自己紹介を行っているさよの姿に、朝倉がずっこけた。

 霞んでいる姿や宙に浮いている点には、士郎としても言及せざるを得ない。

「相坂はもしかして……」

 士郎の訪ねたい事を察して、さよが自ら告白する。

「実は60年も前から幽霊をしているんです」

 聖杯戦争において英霊と関わった士郎である。本質的に変わらない幽霊を相手に、いまさら怯えたりするはずもなかった。

「じゃあ、クラスで一番年……、お姉さんってわけだ」

 言いかけた言葉を士郎は微妙に修正する。

「そんなことないですよ。えへへ〜」

 恥ずかしそうではあるものの、まんざらでもなさそうだ。

「むぅ、さよちゃんもやるじゃないの」

 出会った当初の人見知りを考えれば、その成長は賞賛に値する。

 出し抜かれた悔しさを滲ませながら、朝倉が気を取り直した。

「それで、どんな人よ? アスナは知ってるんでしょ?」

 朝倉自身も士郎に挨拶するつもりだが、その前に一応の情報収集をすませておく事にした。

 アスナは知っている事実を朝倉に告げる。

 士郎が基本的に剣士であり、予選落ちと言ってもまほら武道会で本選に残るだけの実力は持っている事。魔法の初心者ではあるものの使用が可能な事。

「それなら、全体イベントの時も最初から応援を頼めばよかったじゃない」

「でも、士郎さんは中立の立場を選ぶって言ってたしねー」

 結果的に手を貸してくれたのだが、前日の時点では誰が説得しても、士郎を動かす事は不可能に思えたのだ。

 アスナも自分を頑固だと思っていたが、おそらく士郎にはかなわないだろう。

 朝倉は自身の好奇心を満たすべく、士郎に直接尋ねる事にした。

「衛宮さん。私は朝倉和美っていうんだけど、いろいろと質問してもいーい?」

 ニヤリと口元に浮かべている笑みは、とても無垢とはいいがたい。なんらかの意図を隠している覆面ではなかろうか。

 メモを手にしている事からも、単なる自己紹介で済ませるつもりはないらしい。

「どんなことだ?」

「えーとね。士郎さんの年はいくつ?」

「18。学校を卒業したところだ」

「どこの学校?」

「冬木市の穂群学園」

「今は大学生?」

「いや。……フリーターになるかな」

「ここに来たのはどうして?」

「んー。そうだな……」

 いきなり言葉に詰まる。

 迷子などと言ってしまうと、帰らない理由まで追求されそうだ。

「調べもの……だな。図書館島でないと見つかりそうにないんだ」

「それって、魔法関係かなんか?」

「ああ。詳しい話は言えないけどな」

 その言葉を聞いて、図書館島へ同行した人間がかすかに反応を示した。

「最終イベントでは中立だって聞いたけど、超ちゃんと敵対した理由はなに?」

「超が間違っていると思ったからだ」

「どんな所が?」

「過去を変えるってとこだな」

「それって、魔法を公表する事自体には不満はないってこと?」

「そう……なるんだろうな。超が未来から来ていなければ、俺も中立のままでいられたと思う」

「過去を変えるって、そんなに悪い事なの? それで多くの人間が救えるとしても?」

 朝倉がネギの手伝いをしたのは、ネギがオコジョにされるのを防ぐためだ。あくまでも個人的な理由でしかない。

 これはネギを手伝った多くの少女達に言える事で、彼女たちが守りたかったのはネギのいる生活であって、魔法の公表についてはあまり重要視していない。もちろん例外もいる。

 超の手段に問題があったとしても、その目的までは否定できないと朝倉は考えていたのだ。

「たとえ多くの人間が死ぬような悲劇が待ち受けていたとしても……だ」

 だが、士郎は朝倉と違って明確に否定する。

「どうして?」

「事件に遭遇した人間の中には、だからこそ多くの人間を救おうと誓った人間がいるかも知れない。事件が大きければ大きいほど、多くの人間が影響を受けたはずなんだ。どれほど悲しむべき事件が起きたとしても、誰かの個人的なワガママで消し去っていいものじゃ無い」

 悲壮な覚悟や激しい熱弁などではない、感情を廃した淡々とした口調。

 少女達の中には、奇麗事だと感じた者もいる。悲劇に遭遇した事のない人間の発した、無責任な言葉だと。

 一方で、揺らぎのない態度から、彼の覚悟を察した者もいた。

 この場合、朝倉は後者となる。

「それは……、そうかもね……」

 言い淀んだ朝倉は、結局頷く事しかできなかった。

 本当は士郎の体験談を尋ねようと思ったのが、口にするのは自粛した。

 気持ちの整理がついた過去ならば、おそらく士郎は正直に答えてくれる。だが、興味半分で聞き出してはいけないと思えたのだ。

 他人の評価はどうあれ、朝倉は節度を持って報道に携わっているつもりだった。

 士郎の事情を知っている二人――クウネルは面白そうに、エヴァは満足げに、それぞれ笑みを浮かべて士郎を見ていた。

「じゃあ、話題を変えて……。ここにいる女の子で好みのタイプは?」

「……は?」

「だから、好みのタイプ」

 雰囲気を変える意図があるのだろう。強引に話題を転換すると、極めて明るい口調で士郎に尋ねた。

「あー、みんなには悪いけんだけど、そんな風に考えた事無いな」

 それが士郎の正直な感想だった。

 例外もいるが、彼女たちの顔立ちもプロポーションも、年齢より上に見えることは士郎も認めている。女性として魅力的な事も。

 しかし、それでも彼女達は中学生なのだ。

「ホント失礼だね、衛宮さん。私だってスタイルには自信あるよ〜」

 両手を頭の後ろで組みながら、朝倉は身体を反らして胸を強調する。

 士郎に対して特別な意識はなくとも、対象外と断言されるのは悔しいらしい。

「そうなのかもしれないけどな……」

 士郎は“中学生だから”という理由で拒んでるつもりはない。口にした通り、恋愛対象として考えたことがないだけなのだ。

 たとえば、セイバーなんかも見た目は中学生だが、そのことは恋愛の障害とはならないと士郎は考えている。……あくまでも例え話だったが。

「やめておけ、朝倉和美。話すだけ無駄だ」

 会話に割り込んできたのは、意外にも他人のゴシップに興味のなさそうなエヴァだった。

「無駄ってどういうこと?」

「そいつにはすでに恋人がいる」

「そうなの!?」

『ええーっ!?』

 朝倉のみならず、何人もの少女が驚きの声を上げる。

「そんなに意外か?」

 自分がモテるタイプではないと自覚しつつも、士郎が憮然となった。

 学園時代も、誠実な生徒会長や、女性扱いの上手い友人の方が、女子にモテていたのだ。

 おそらく士郎の認識は正しいのだが、本当に親しくなった相手がどのような評価をくだすか――その視点が欠けていた。

 人気があることと、本当に愛される事の違いを士郎は正しく把握していない。

「だって、士郎さんが女の子――ウチのクラス以外の女の子と一緒にいるのを見た事無いわよ」

 アスナの疑問はもっともだ。

「それは当然だな。こいつの恋人はこの学園にいるわけではない。遠距離恋愛と言う奴だ」

 とんでもない遠距離恋愛があったものだ。士郎が内心でため息をつく。

「それなら、写真を見せてくれない?」

 エヴァの答えを聞いて、朝倉が明かされた事実に興味を引かれる。

「……写真?」

「うん、そう。持ってるんでしょ?」

「いや、持ってないぞ」

 もともと、士郎は写真を持ち歩いていなかった。同級生にでも見つかると、からかわれたり妬まれたりしかねないので、持ち歩いていないのだ。そのため、この世界へ持参することもできなかった。

 しかし、彼女たちがそんな事情を察するはずもない。

「そりゃないわよ」「あんまりや」「失礼ではないかと」「寂しがってるんじゃ……」「甲斐性なしです」「ちょっと、冷たいんじゃない?」「よくないアル」「士郎殿らしいでござるが」「恋人さんに悪いですよ〜」「反省が必要だよね」「問題だと考えます」「本当に恋人かよ?」

 女性陣が次々と非難する。

「じゃあ、その恋人について聞かせてくんない?」

「そんなの聞いてどうするんだ? なんの関係もないだろ」

「わかってないねぇ。女の子は他人の恋愛話を聞くだけで楽しいものなのよ」

 うんうん。周囲の少女達が我が意を得たりと頷いてみせる。

 他人の恋愛事情に疎い士郎には、理解できない感覚である。

「名前は?」

「遠坂凛」

 士郎が正直に答える。隠すべき理由もなかったからだ。

 どう頑張ったところで、朝倉がこの情報を活用できるはずもない。

「年上? 年下?」

「同級生だ」

「顔は? 誰かに似てる?」

「芸能人はよく知らないけど、美人なのは確かだな」

「スタイルは?」

「スリムな感じ」

「性格は?」

「育ちのいいお嬢さん風かな。外面がいいから」

「衛宮さん相手だと?」

「強気。いつも俺をからかってる」

「料理は?」

「できるぞ。中華料理を教えてもらった」

「掃除は?」

「自室は散らかしてるけど、それ以外は綺麗にしている」

「勉強は?」

「頭はいいな。学年でトップクラス」

「運動は?」

「それも得意。中国拳法も使える」

「学校での評判は?」

「学年……、違うか。学園で一番のアイドル」

「友人関係は?」

「深いつきあいは避けてるけど、人当たりはいいんだ。面倒見がいいし」

「卒業後の進路は?」

「魔法使いを目指してる。海外へ留学……中なんだ」

「魔法の腕前は?」

「優秀だな。俺の師匠でもあるし」

「信条とか座右の銘なんてある?」

「常に優雅たれ」

「…………」

「…………」

「なに、その完璧超人?」

 自分と比較する意味など何もない。だというのに、朝倉は妬ましく感じてしまう。

「んー? そうなるのか?」

 士郎は今の回答に私情を交えたつもりは全くない。それらを総括する朝倉の評価だから、客観的な判定もそうなるのだろう。

 士郎はあらためてパートナーのポテンシャルの高さを実感させられた。

「もしかして、ノロケられている?」

「そんなつもりはないぞ」

 士郎が否定しても、話を聞かされた少女達は、朝倉と同じ印象を抱いたようだ。

 胸焼けでゲップが出そうなくらいだ。

「一見完璧そうでも、どんなヤツにだって弱点はある」

 くっくっく。エヴァは楽しそうに笑顔で告げた。

「エヴァちゃんはその遠坂さんを知ってるわけ?」

「昨日、士郎の記憶を覗いたからな」

「遠坂さんの弱点ってどんなの?」

 朝倉の矛先が突破口を求めてエヴァに向けられる。

「迂闊さだな。あの娘は重大な局面で必ず失敗を犯す。士郎などその悔し涙にほだされたクチだ」

 士郎は彼女に好意を持っていたものの、お互いの距離が縮んだのは彼女が弱音を吐いた時なのだ。

「ど、どこまでバラす気だ!?」

 二人の思い出まで暴露されて、鈍感な士郎も慌ててしまう。

「エヴァちゃん、それって弱点になってないよ。ドジっ子属性ってヤツでしょ」

 ハルナが指摘すると、千雨だけがうんうんと頷いた。業界関係者にしかわからない認識だった。

「ならば二つ目だ。遠坂凛は胸が小さい!」

「―――――――――――っ!?」

 そこまでぶっちゃけるのかっ!?

 士郎は驚きのあまり声も出ない。

「そうなの? どのぐらい?」

「どのぐらいなんだ?」

「その質問をこっちへ振るな」

「士郎さんがダメなら、誰に聞けばいいわけ? 本人?」

 朝倉の自問自答。

「いや、それはやめとけ。殺されるから。主に俺が」

 質問できる可能性は皆無のはずだが、何かの拍子で携帯電話でも繋がった日には、地獄が待ち受けている。

 具体的な事例を上げるなら、遠坂が自宅の箱の中に閉じ込められて携帯電話で助けを求めたりした時――。

『遠坂さんの胸は小さいんだって? バストサイズはいくつ?』

『誰に聞いたのかしら?』

『衛宮さん』

『士郎、殴ッ血KILL!』

 そんな会話が成立したなら、士郎の生存確率は0である。

「私達に紹介するつもりがないなら、教えてくれてもいいんじゃない? どうせ会えないんだし」

 朝倉だけでなく、皆が興味津々といった様子でこちらに熱い視線を向けている。

「確か……はちじゅう……さん?」

 ためらいがちに呟くと、エヴァからダメ出しをくらった。

「嘘をつくということは、ありのままの遠坂凛を認めていないと判断していいのだな?」

「くっ……」

「どうなんだ? 貴様は遠坂凛に満足しているのかしていないのか、聞かせてもらおうじゃないか」

 士郎の弱みを突くのが非常に楽しいらしい。

「…………」

 士郎が恨めしげにエヴァを睨む。

「なんだその、“くろいあくま”とか言いたそうな目は?」

「なんでわかるんだ?」

「わかるに決まっているだろう。いいから、さっさと白状しろ。嘘は通用せんぞ」

「……わかったよ。遠坂は80ないんだ」

 士郎は苦渋の選択の末、正直に告白した。さながら自分の愛への殉教者のごとく。

「勝ったーっ!」「よしっ!」

 勝利宣言とともに万歳するハルナと、思わず拳を握りガッツポーズをするアスナ。

 なにも彼女たちが士郎に惚れているわけではない。士郎に絶賛されているのを聞いて、同じ女としてのプライドが刺激されたのだろう。

 そんなにも魅力的な女性に対して、ひとつだけでも優れた点があれば、わずかながら優越感を得られるようだ。

「フン」

 つまらなそうに顔を背けたものの、千雨もどこか嬉しげだった。

「…………」

 茶々丸はなんの感慨もわかないのか無反応である。

「その程度じゃまだまだ足りないよ〜。そこまで言ったんだし、正確に教えてくんない?」

 朝倉と楓はバストが大きい事を自覚しており、あえて感想を口にするつもりもなさそうだ。

「いや、それが……、70台だったはずだけど、正確な数値までは……」

「触った感触でわからないものなのか?」

 エヴァが口を挟む

「感触って言われても、違うサイズと比較した事もないし……」

「へー、触った事はあるんだ?」

 朝倉が口元を隠すジェスチャーをとりつつ、尋ねてくる。

「くそっ」

 残念ながら、二人の関係についてまで漏らしてしまったらしい。

「では、士郎の代わりに私が教えてやろう。遠坂凛の正確なサイズは77だ」

 答えを明かしたのはなぜかエヴァである。

「なんでエヴァが知ってるんだ? 俺ですら覚えてないのに」

「お前が思い出せないというだけで、記憶そのものが消えたわけではない。貴様の頭の中にはちゃんと情報が残っているのさ」

 こともなげにエヴァが述べる。

「だからといって、その情報を調べていること事態がおかしいだろ」

 士郎のツッコミはあっさりとスルーされてしまった。

「おおっ! 私よりも小さいアルか?」

 古菲はその事実に素直に驚いた。

「勝っちゃった……」

 小さい胸をコップレックスにしていたのどかが戸惑っている。高校卒業時点でそのサイズの女性もいるのだから、自分はもう少し自信を持っていいのかもしれない。

「私と同じですね」

 さよは同じサイズという事実に親近感を抱いたらしい。

「……く」「むむ」

 悔しそうな表情を浮かべたのは刹那と夕映である。彼女たちには悪いが高校を卒業する人間と比べるのは明らかに無理があった。

 二人には未来の可能性が残されているのだから、今の時点で悔しがるのは結論を急ぎすぎだろう。

「負けてしもうた〜」

 このかのように明るく受け止めるのが、心情的にも楽なはずだった。

「……まいったな」

 士郎が深いため息を吐く。

 さすがの遠坂も、平行世界で自分の胸が話題にされているとは想像もしないだろう。

 そのうえ、中学生を相手にバストサイズを比べられ、下位グループで争っている。

 士郎の想像の中で、遠坂は我が身の不遇に涙をこぼしていた。

 二人はいつかのように背中合わせで座り込んでいる。

『ただ小さいだけだ。別に劣ってなんかいない』

 士郎はそんな風に彼女を慰めた。

『俺、遠坂の胸好きだぞ』

 ――あくまでも脳内でのやり取りである。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:さよの登場シーンは、ただ存在しているだけなのか、皆から認識されているのか、非常にわかりづらいです。図書館島の地下なら魔力も強そうですし、会話が可能と言う事で。


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