『シロネギまほら』(34)遅れてきたヒーロー
ネギがどこにいてどこへ向かっているのかを士郎は知らない。
超がどこにいてどんな行動をとっているかも士郎は知らない。
五月には宝具を使用した件をイベントだと苦しい言い訳をして、超と連絡がついたら教えてくれるよう頼むと、士郎は世界樹前広場へ戻る事にした。
結局、士郎のすべきことは最初から変わらないらしい。
「エミヤ!? 今頃来たって遅いよ! 私なんか13位だからね。13位!」
自慢気に出迎えたのは裕奈だった。
少し離れていた間に順位が変動したらしく、エミヤはすでに21位にまで転落していた。
また、ここには亜子と史伽の姿がなかった。敵の特殊弾――真名が口にした強制時間跳躍弾を受けて、跳ばされてしまったらしい。
「まだイベントは終わってないだろ。気は抜くなよ」
考えてみれば、ネギがこのイベントを発案したのも、相応の理由があっての事だ。
直接ネギ達に手を貸さずとも、このイベントで勝利を収めれば、立派な援護射撃となるだろう。
「まだまだ、やる気みたいだねぇ。負けないよー。私達の戦いはこれからだっ!」
ゆーな☆キッドは楽しそうだった。
19時を回り、敵の攻勢はますます激化していく。
それだけでなく、スピーカーから聞こえる朝倉の声が、学園防衛魔法騎士団の劣勢を伝え始めた。
『これは非常にマズイ! 最悪の状況です! ここ世界樹前広場を除く5つの防衛ポイントが敵に占拠されたとの報告が入りました。残るこの広場を占拠されてしまえば、全て終わり! 我々の負け! ジ・エンドです!』
スクリーンには学園の俯瞰図が表示されており、描かれた六芒星のうち1つの頂点だけが欠けていた。
皆の危機感を煽るように、朝倉は悲観的な推測を並べ立てていく。
「へっ、何言ってんの朝倉。ここのロボはあらかた制圧したっての」
裕奈に同調するように、参加者達が気勢を上げる。
この時点でのランキングはまたも激変していた。
イベント的な話になるが、他の拠点の参加者達がゲームオーバーとなった事で、賞金を手に入れられる権利を持つのはここにいる参加者だけとなったのだ。6分の5が失格したために、順位が大きく繰り上がっている。
これならば、やる気が出るのも当然だった。
さらに朝倉は、勝利条件の一つとして超の確保を追加した。居場所を見つけた人間には賞金まで出るという。30メートルにも及ぶ魔法陣を使用する事から、彼女の発見はたやすいと思われた。
不運にも失格した参加者達や、登録しそこねた観客達も熱心に探す事だろう。
「ゆーなーッ!」「来た来た来たよー!」「デカイの来たーッ!」
裕奈の知りあいらしい少女達の声が、友人達の注意を引いた。
建物の影から姿を現したのは、建物にも匹敵するほどの巨体だった。先ほどスクリーン上で見た、各拠点を落とした鬼神である。
あれだけ的が大きければ士郎でなくとも当てられる。ライフルを装備した人間が真っ先に攻撃を繰り返すものの、多脚戦車以上の魔力を有する鬼神相手では簡単に倒せるはずもない。
鬼神が射程距離にまで接近すると集中砲火が始まった。
多少なりとも魔力を削っているはずだが、騎士団の攻撃をものともせずに鬼神は突き進む。
彼等の攻撃は、敵を動かしている魔力を減少させるものだ。いくら攻撃しても外観に影響が出ないため、攻撃が徒労にも思えてくる。
鬼神の歩みは止まることなく、広場の陥落は時間の問題と思われた。
誰もが諦めたその時――。
風と雷で編み込まれた竜巻が巨神を打ち倒す。まるで神の怒りによって、神罰を受けたかのようだ。
圧倒的に思えたその巨体は、腹部に直撃を受けたことで上下に分断されている。
広場に集う全員が空を振り仰ぐと、そこには杖に跨る少年の姿があった。
「ネギ君!?」
裕奈が目の前の光景に驚いていた。
続いて、朝倉の元に超の居場所が判明したという急報が届く。見つからなかったのも道理で、彼女は巨大な魔法陣と共に飛行船上にいたのだ。
その情報を朝倉から知らされたネギは、はるか上空を目指して飛び去っていく。
『さあ、生き残っていたヒーローユニット、噂の麻帆中子供教師、ネギ・スプリングフィールド(10)が! ラスボス、超鈴音の待つ、麻帆良学園上空4000メートルへと向かいます!』
朝倉の状況説明を耳にして、参加者達のテンションはいやが上にも盛り上がる。
全滅寸前の窮地に与えられた一つの希望。
戦いの帰趨はネギに委ねられた。皆の手の及ばない空の上で、ネギは超との対決に挑む。
「は……、ははははは」
士郎は思わず笑いをこぼしていた。
まだ10歳にすぎないネギが、戦場へ向かって空を駆ける。イベント参加者や、魔法先生達の願いを背負って。
「ネギはもう、立派に正義の味方だな」
最後の戦いに赴くネギの雄姿が、士郎の目には眩しく映る。
しかし、事態がそう簡単に収束するわけもなかった。
スクリーン上に映されるネギへ、数十体にも及ぶ敵機が群がっていたのだ。画面に見入っていた観衆からどよめきが起こる。
「ぎゃああっ!」
すぐ近くで風香の悲鳴が上がった。
先ほどネギに破壊されたはずの鬼神が動き出したのだ。上半身だけが両腕で這いずりながら、じりじりと広場へ迫っていた。
「俺がやる」
士郎が進み出た。
「いや、無理だって! 一人じゃどーにもなんないじゃん!」
制止しようとする裕奈に、士郎は笑みすら浮かべて答えた。
「俺なら倒せる」
やり方はネギに教わった。
考えてみれば、イベントに固執する必要などなかったのだ。
先ほどのネギのように、アスナや刹那のように、実力で排除しても問題は無い。
要は、皆に見せる神秘を、イベントだと偽ればそれで済む話だ。
「俺もヒーローユニットだからな」
士郎は仮契約カードを取り出して呪文を唱えた。
「――
士郎の体を包むようにして柔らかい光が生じる。
実体化したのは士郎のアーティファクト――『ヒイロノコロモ』。士郎の体が赤い外套で覆われていた。
「変身だ!」「変身!?」「変身したーっ!」
近くにいた少女達が驚きの声を上げる。
「――
次に出現したのは黄金の剣だ。
現在は遠坂の使い魔となっているセイバーの持つ聖剣。彼女の真名を教えられた時に、一度だけこれを見せてもらった。
それは、士郎が記憶している剣の中で、最大の攻撃力を誇る。
「剣が出たー!」「キレイっ!」「カッコイー!」
やたらと騒がしい。
人前で使用するのはまずいという意識が頭をかすめたものの、麻帆良学園内でそんな事を考慮しても仕方がない、と頭を切り換える。
人前で堂々と杖に乗って空を飛ぶネギを思えば、この程度の事など問題視するにはあたらない。
士郎は光り輝く剣を頭上へと振りかぶる。
この剣は真の力を発揮するのに莫大な魔力が必要となる。連発しようものなら、本来の持ち主であるセイバーですら消滅の危険がつきまとう。
本来ならば、士郎程度の魔力で使いこなせる剣ではないのだ。
だが、この時、この場でならば――。
世界樹は22年に一度と言われるほど膨大な魔力を蓄えており、士郎の纏う『ヒイロノコロモ』は周囲の魔力をそのまま活用することができる。
魔力だけならば、今の士郎はセイバーをも上回っているのだ。
聖剣の輝きは目映さや神々しさを越え、思わず後退りするほどの圧倒的な力を漲らせていた。
騎士王と共に戦場を勝ち抜いてきた宝具。それは真名の解放をもって、最大の力を発揮する。
現代にまでその威名を伝えられる、黄金の聖剣。
その名を――。
「――
振り下ろす剣からは、視界を染め上げるほどの光が放たれる。
天と地をまとめて両断するような黄金の軌跡。
大階段を輝きで満たす光の奔流。
それは戦いにあらず。あらかじめ約束されていた勝利を、具現化するための儀式に過ぎない。
上下に分かれた鬼神の半身が、光の中へ呑み込まれていき、その影すらも溶けていく。
あの巨体が今の一撃で消滅していた。
近すぎたために射線から外れた鬼神の両腕が残っており、それが現実に起きた事だという証だった。
『……お、おおおおおぉぉぉっ!』
広場を揺るがすような驚きの声。危機的状況を覆したその一撃に歓声があがっていた。
「ヒーロー強いっ!」「さすがヒーロー!」「カッコいいぞ、ヒーロー!」
少女達に囃し立てられて士郎が困惑する。
「ヒーローはやめてくれ! 恥ずかしいから略すな!」
「ずるいよ、エミヤ! あんたヒーローユニットのくせに参加してんの!?」
賞金ゲットを狙う裕奈にとって、それは看過できない話だった。
「たぶん、いまのはカウントされてないぞ。ヒーローユニットは別枠なんだ」
……と、思う。
学園側に所属していないため、どういう扱いになるのか、士郎は全く知らないからだ。
「ホントにー?」
「さっき、急に決まってさ。急用ってのはコレだったんだ」
赤いコートをつまんで見せる。
「じゃあ、あんたも空飛べんの? ネギ君みたいにドビューンって!」
少女が身振りを交えて尋ねてきた。その指先が指すのはネギの向かった飛行船だ。
「できるかっ! 無茶言うな!」
士郎の世界では空を飛ぶ魔術というのは非常に特殊だった。聖杯戦争中でも自力で飛んだのはキャスター一人だけだ。
ドドドドドドド。
そんな音が頭上から降ってきた。
「なんだ……?」
振り仰いだ士郎は目が点になった。
「超包子!? なんで!?」
士郎が寝泊まりしていた超包子の電車屋台が、何故か空に浮かんでいた。路面電車下部のバーニアが噴射してその車体を空中に支えている。
運転席に立っている五月が、士郎を見下ろして微笑んでいた。
路面電車の降下と共に風が舞い上がる。
「ナニ?」「ちょ、ちょっと!」「なんなのコレーっ!?」
少女達がまくれ上がるスカートやコートの裾を必死で押さえる。脱げビームによって半裸状態なのだから、あまり意味はないのだが。
高度を下げる屋台を見て、群衆が脇へ退いていく。
なにがどうなっているのか士郎には理解できていないが、一つだけ確かな事がある。この電車屋台ならば、上空まで行けるはずだ。
着陸した路面電車に士郎が駆け寄った。
「四葉。これで飛行船まで連れていってくれ」
五月が頷く。
「じゃあ、いますぐ……」
「ちょっと、待ったー!」
「ん?」
「私達も連れてけー!」「そうだ、ずるいぞ!」「一緒に乗せてください」
どかどかと少女の一団が駆け込んでくる。
「上は危険なんだ! 降りてくれ!」
「私達だってネギ君の応援したいもん」「ケチケチしないでさー!」「口論してるヒマないって」
士郎の言葉に応じる人間は一人もいない。
「諦めてください」
クラスメイトとして彼女たちを理解している五月は、苦笑しつつ首を振った。
すでに連れていく事を決めているのか、五月が操縦桿を動かすと路面電車が離陸を始めた。
あとがき:今回の士郎はセイバー以上の魔力を使えますが、投影エクスカリバーの上限値を超える事はできないため、本家エクスカリバーの最大出力には及びません。