『シロネギまほら』(33)イベントより大切なものだってあるはずだから

 

 

 

 ドドドドド!

 田中さんの援軍としてやってきたのは、士郎にも見覚えのある多脚戦車である。

 高い防御力の前にはスナイパーライフルでは歯が立たず、接近を許してしまう。

 そのうえ、多脚戦車を盾にするようにして、田中さんが多数進軍してきた。

 この場における数力差が逆転されてしまう。

「こりゃ、ヤバイかも……」

 ポジティブ思考の裕奈ですら、弱音を吐いていた。

 そこへ真上から何かが降ってきた。

 ゴン! 凄まじい衝撃音が空気を震わせる。

 強敵だったはずの多脚戦車が、その一撃で真っ二つに断ち割られていた。

「神楽坂っ!?」

「えっ!?」

 士郎の口にした名前を聞いて、裕奈がその相手を確認する。

 裕奈が目にしたのは、大剣を振り下ろして着地した女騎士の姿。

 続いて、風が唸る。

 周囲に立ち並ぶ田中さん部隊は、刀の一閃で横薙ぎにされていた。

 圧倒的な力を見せつけた二人の少女。

 鎧騎士のような姿はアスナであり、もうひとりは、お手伝いさん姿で刀を手にしている刹那だった。

 アスナの説明によると、二人はヒーローユニットを担当しており、このイベントの盛り上げ役らしい。

 士郎は刹那に近寄ると、小声で話しかける。

「こんなイベントで大っぴらに力を使ってしまって、大丈夫なのか?」

 今の攻撃は京都神鳴流のものだった。ゲームのルール違反という以前に、人前で使うべきものではないはずだ。

「イベントの演出と言う事で、説明できますから」

「どうして学園は、魔法がバレる危険を冒してまでイベントにこだわるんだ? それだと、超の事を責められないだろ」

「正確にはこれはイベントではありません。超鈴音は世界樹の魔力を利用して、魔法の存在を公表しようとしています。ロボット軍団の目的は世界樹周辺を制圧する事であり、学園側はそれを阻止するために動いているんです」

「士郎さん」

 裕奈と話していたアスナが、真剣な表情でこちらに歩み寄ってきた。

「私にとって今までの生活は大切なものだし、これからも守りたいと思ってる。だから、私は超さんと戦う事に決めたの」

 どのような選択であれ、人の決断は尊いものだと士郎は考えている。

 しかし――。

「……それはわかったけど、どうして俺に言うんだ?」

 士郎はどちら側にも属していない人間だった。士郎に対して意志を表明する理由など、存在しないはずだ。

「うん。それでも……、士郎さんには言っておきたかったから」

 アスナ自身も、自分の思いを明確に把握していなかった。論理的な理由があったわけではないのだ。

 ただ、高畑達を相手に、自分の意志を表明してみせた士郎の姿は、とても尊いものとしてアスナには感じられた。

 だから、自分が戦いに臨む時には、士郎のように真摯に向き合いたいと思ったのだ。あの時の士郎に対して、恥ずかしくない自分でありたいと。

 アスナにとって、これは自分の意志を明確にするための儀式のようなものだった。

「自分で決めたことなら、俺に言える言葉はひとつだけだ。……頑張れ」

「はいっ!」

 力強く頷いて、アスナは刹那を促した。

「行こう、刹那さん!」

「詳しい話が知りたければ、救護班にいるお嬢様に尋ねてください」

 そう言い残して、刹那も駆け出していた。

 アスナと刹那は併走しながら、広場外縁の柵を踏み越えていた。下の階段まで10メートルはあろうかという空中へ身を躍らせる。

 颯爽とした二人の少女を、参加者達が嘆息しつつ見送っていた。

 この場で狙撃に従事していたはずの士郎が、アスナ達とは別方向へ走り出した。

「ちょっと、どこいくのー?」

 慌てた裕奈が、士郎の背中へ問いかける。

「急用ができた」

「えええーっ!? 勝ち逃げする気?」

 序盤のアドバンテージもあって、エミヤ16位、ゆーな☆キッド23位という順位になっている。

 ゲームを中断した場合、むしろ、士郎の順位は下がってしまうはずなのだが、裕奈としては勝ち逃げの印象を受けてしまう。

 ライバルが消える事を、彼女は悔しく、あるいは、物足りなく思ったのだ。

「悪い。どうしても必要な事なんだ」

 それでも士郎はその場を後にした。

 

 

 

 救護用のテントを見かけて、士郎が中へ飛び込んだ。

「近衛はいるか?」

「あ、衛宮さんやー。どんな怪我でも治すえー」

 本人が士郎の元へ駆け寄ってきた。

「あー、違う。そうじゃない。さっき、桜咲と会ったけど、このイベントについて詳しく聞き損ねたんだ。近衛なら知っていると聞いたんだけど」

「衛宮さんは、中立て聞いてたけど、超りんの仲間になるん?」

 ネギの仲間達は超を止める為に動いている。

『士郎に協力してもらう』という案も出たのだが、中立を望んでいる事とその意志が固い事をアスナが告げたために、皆は諦める事にしたのだ。

「今はなんとも言えない。ただ、どういう状況なのか、俺はまったく知らないから判断できないんだ。詳しい事情を知っているなら教えて欲しい」

「そうやな。知らんのなら、決められんもんなー」

 このかにとっては、今の言葉だけで納得できたらしい。

 このかは自分達の知り得た事実を説明する。

 超は火星へ移民すら行われるほどの未来からきた人間で、それもネギの血を引いた子孫である事。魔法を秘匿する事で生じる悲劇を回避するために、“過去”を改変しようと企んでいる事。

「未来人っていうのは本当なのか?」

「そう言うてたらしいえー。ウチは直接聞いてへんけど、タイムマシンもあるんやから本当やと思うんよ」

「どうやって魔法をバラすつもりなんだ?」

「超りんは世界樹のまわりの6箇所を占拠して、魔法陣をつくるのが目的なんよ。今夜のうちに世界樹の魔力を使って、世界中に強制認識魔法をかけるつもりなんや。魔法の存在を信じろー、て」

 それが超の戦略であり、ロボット軍団の最終目標なのだという。

「じゃあ、ロボットを全滅させるか、超の魔法を止めるか、時間切れを待つ。学園側の目的はその三つになるのか?」

「そうなんや。そのために、今回の全体イベントをネギ君が企画したんよ」

 学園側にとって、一般客の存在は足枷にしかならない。魔法の存在を伏せるためには、行動が大幅に制限される。

 しかし、このイベントの設定があれば、莫大な人的資源を活用でき、魔法使い達も人目を気にせず力を発揮する事ができる。

「まさか、そんなことになってたとはな」

 このかの説明を受けて、士郎が唖然とする。

 自分が脳天気にイベントを楽しんでいた裏では、地球の歴史を覆すような戦いが行われていたのだ。

「教えるのが遅くなってごめんなー。いろいろ急がしかったんや」

 このかが謝罪しているものの、士郎には彼女を責める意志などない。

「わかった。それなら俺ももう一度行ってくる」

 駆け出そうとした士郎を、このかが呼び止めた。

「衛宮さんは、どっちにつくん?」

 敵味方のどちらにつくかで、ネギ達の行動にも影響が出てくるはずだった。

「超を止める」

 それが士郎の答えだった。

 

 

 

 手を貸そうにも、肝心のネギたちがどこにいるのか、士郎にはわからない。

 つい先ほど、超の巨大立体映像が現れて、自分の優位を宣告したところだった。超の方を先に探すべきだろうか?

 超包子までやってくると、そこに五月の姿があった。

 お料理研究会は休業状態だ。今年は全体イベントの規模が大きい事もあって、イベント実行中は模擬店も軒並み休業に近い。

 むしろ、イベント終了後のパーティーに向けて、五月は仕込みの最中らしい。

「四葉、超がどこにいるか知らないか?」

「……どうしました?」

「超と話がしたい」

「何か急用ですか?」

 問いかけられて、士郎も言葉に詰まる。

 魔法使いと無縁の人間には、伝えられない事情があるからだ。

「このイベントの件でどうしても聞きたい事があるんだ」

「そうですか……」

 五月が腕組みして考える。

『ザッ……、その通り。君達の負けだ、綾瀬』

 突然、女性の声が聞こえてきた。

「……ん? 誰の声だ?」

 わずかに聞き覚えがある。

「うちのクラスの龍宮さんだと思います」

「そういえば、龍宮の声かも。どこから聞こえてきたんだ?」

「運転席にある無線機からですね」

 真名は無線機を通して、超側についた理由をネギへ説明していた。

「この無線機で龍宮と話せないか?」

「無理だと思います。ネギ先生の声が聞こえないという事は、龍宮さんが聞いているのは無線機ではないはずですから」

 意外と言えば失礼だが、五月が論理的に説明してくれた。彼女の指摘通り、真名は盗聴器によってネギ達の会話を拾っている。

「……くそ。ただ聞いているしかないのか」

『――君達には消えてもらおう。じゃあ、元気でな、ネギ先生』

 それは真名の勝利宣言だった。続けて彼女は、自分が使用している銃弾について説明する。

 強制時間跳躍弾B・C・T・L――着弾した瞬間に周囲の空間ごと三時間後へ転移させる代物だった。

「狙撃……か?」

 電車屋台から飛び出した士郎は、周囲へと視線を走らせる。

 真名は暗殺が目的ではないのだから、どこか一点を見張っているわけではない。行動しているネギを狙う以上、真名は位置が高く視界の開けた場所にいるはずだ。

「――同調、開始トレース・オン

 優れた視力をさらに強化し、真名の姿を求めて視線を巡らせる。

 目にとまったのは塔の屋根だ。フードを被っているらしい黒い影が確認できた。

 彼女の持つ狙撃銃が士郎から見て右へと向けられている。その先にはおそらく、ネギ達がいるはずだ。

 士郎の技量を持ってすれば、真名を撃ち落とす事も可能だろう。だが、士郎には真名を傷つける事などできるはずもない。

 ならば、自分にできるのは、真名の注意を逸らして、彼女の隙を作り出すことだけだ。

「――投影、開始トレース・オン

 

 

 

 真名が感じたのは殺気ではなく、凄まじい脅威。

 ぎゅおん!

 うなりを上げて、何かが視界を横切っていった。

 巻き起こされた風が、真名の纏っているフードをむしり取ろうとする。避雷針を支えるワイヤーを握り締めて、真名はかろうじて体勢を整えた。

「な、なんだ!?」

 竜巻のような“なにか”を目で追うと、それは空の彼方へと消えていった。

 その射線を逆に辿る。

 今の攻撃が射出された場所には、ネギ達が乗っていたのとは違う別な路面電車があった。

 そして、傍らに立つ人影が一つ。

 持っていた銃をそちらへ向け、スコープ越しに弓を手にした男の正体を確認する。

(敵に回ったというわけか)

 意識したと同時に、照準に映る男は排除すべき標的と化した。

 迷いなく狙いを定め、ためらいもなく引き金を引く。

 当たる。その確信は刹那の時間で覆された。

 突然、弾道上の空間に大きな花が咲いたのだ。それが障壁となって銃弾の行く手を遮る。

 時間跳躍を行うはずの結界は、士郎にまで到達していない。

「アーティファクトか!?」

 すかさず廃莢して、二発目を叩き込む。跳弾攻撃を狙ったものだが、花びらの端で結界が発生する。

 想像以上に防御範囲が広い。

「しまった!?」

 真名は己の失敗を悟った。

 今の奇襲を受ける前、彼女は楓と対峙していた。真名にとって有利な距離を確保した上で。

 だが、楓ならば真名の隙を見逃しはしない。今の数秒は、楓にとって真名へ接近するための好機となる。

 高速で接近する敵を前に、真名は狙撃銃を捨てて懐に手を突っ込んだ。

 転移魔法符を使用する。

 屋根の上から消えた真名の体は、宙を走る楓の背後に出現していた。

 虚を突かれたはずの楓は、銃弾を避けただけでなく、反撃に転じる。

 真名の思考が冷徹に計算を弾く。

 士郎が万難を排して自分を始末するつもりなら、楓もろとも撃ち落とせばそれで済む。だが、士郎にはそれが出来ないと真名は結論づけた。圧倒的に優位だった初撃を外したのだから、その推測に間違いはない。

 ならば、楓との戦いは接近戦に踏み切るしかない。少なくとも、士郎の視界から外れるまでは。

 

 

 

つづく

 

 

 
あとがき:士郎の次に真名はモノローグが多かったりします。狙撃手として行動しているため、士郎とは異なる視点となることが多いからでしょう。