『シロネギまほら』(32)火星人襲来!
現在の時刻は17時20分。
各拠点において登録人数を制限する事で、人員配置に極端な偏りが発生しないように調整されていた。
開始時刻までは時間の余裕があるため、早飯に出向いている人間もいる。
そんな中、麻帆良湖湖岸から急報が届いた。
『さあ、大変な事になってまいりました! 開始の鐘を待たず、敵・火星ロボ軍団が奇襲をかけてきたのです!』
特設ステージで司会進行を勤めるのは、武道会と同じく朝倉和美だった。
この連絡はすぐさま全ての拠点へ行き渡り、多くの参加者がこのサプライズに驚きの声をあげていた。
『さあ、魔法使いの皆さん、準備はいいですか? では、ゲームスタート!』
朝倉の声に合わせて、遅ればせながら開始の鐘が鳴り響いた。
参加者の目的は拠点防衛だったが、抜け駆けするべく動いている人間も多数存在していた。
最初に戦端を開いたのはネット情報を入手して、麻帆良湖岸で待ちかねていた参加者だった。
世界樹前広場に設置された特設スクリーンには、現在の戦闘状況が表示されている。
「おおーっ!」「きゃーっ!」
男女を問わず、見ていた観客達から歓声が上がる。
味方を蹂躙する凄まじい攻撃に対して……ではない。火星ロボとして登場した田中さんの主要兵装は、脱げビームだ。
湖岸において敵の攻撃を受けた仲間達の半裸姿が、スクリーン上にでかでかと映し出されていた。
肌を晒すというのは恥ずかしい事ではあるものの、逆に言えば、傷を負ったり痛みを感じるわけではない。
すぐにでも敵軍の到達があり得ると考え、参加者の面々を緊張と興奮が襲う。
遠くの方から幾つもの叫び声が聞こえてきた。
湖岸から上陸を果たしたロボ軍団が、広場を目指して進軍を開始したのだ。
その敵の存在を士郎の目も捕らえていた。
広場の外周を囲う柵の上に肘をつき、反動は発生しないだろうが肩を使って狙撃銃を固定する。
「――
呪文を唱えて魔法を装填。スナイパータイプは射程距離が長い分だけ、一発ごとの装填が必要だ。
ただでさえ優れている士郎の目が、スコープ越しに敵の挙動すら視認していた。
何かの本で読んだ通り、銃口がブレないように、呼吸を止めて、柔らかく引き金を絞る。
バシュッ!
士郎の周囲で双眼鏡を覗いていた少年が驚きの声をあげた。
「嘘だろ!? この距離で命中してるぞっ!?」
その事実に多くのどよめきが起きる。
距離は目測で1キロ以上。
狙撃では銃や弾の特性はもとより、標的との距離によって重力や風の影響も違ってくるし、温度や湿度や気圧までも考慮する必要がある。スコープの中心に捉えれば良いというものではないのだ。
今の射撃は、誤差を知るための試射だったのだが、それが命中してしまった。物理的な条件に左右されないこの武器は、狙った位置に着弾するらしい。
士郎が弓道において百発百中なのは、自分の身体を精密に操作できるというハード面と、雑念に惑わされない集中力というソフト面から支えられている。それは、銃での狙撃にも流用できる才能だった。
右目でスコープを覗き、左目は肉眼で標的周辺を確認する。魔術を行使する時にも、意図的に目を切り替えたりしているため、士郎にとってはなんの不都合も感じない。
弾を装填し、狙いを定め、引き金を引く。
弾を装填し、狙いを定め、引き金を引く。
弾を装填し、狙いを定め、引き金を引く。
またしても参加者達がどよめいた。
「凄ぇ……」「全弾命中だぞ」「ホントかよ?」
ロボットを狙い撃ちするのならためらう必要はないし、単調な作業を繰り返す事も苦にならない。
士郎の場合、臨機応変に対応策を編み出すよりも、単純作業の方が向いているのだ。
敵の射程外から一方的に撃墜数を伸ばしていく。
『おおーっと! 火星ロボの先陣は広場へ辿り着く前に、10機以上を撃破されてしまったーっ! こうしている間にもポイントを稼ぎ出し、単独トップへと躍り出ましたっ!』
朝倉の声を聞いた群衆が、空中に投影されたランキング速報へと視線を向ける。
現在1位の『エミヤ』なる人物が、この場にいる狙撃兵なのだろう。
当人は周囲の状況を気にせず、さらにポイントを増加させていた。
『うおおーっ!』
広場に歓声が湧き上がる。
「こうしちゃいられない! 私らも頑張らなきゃ!」
「どうする気?」
「決まってるじゃん! 射程距離まで来ないなら、射程距離まで近づいてやる!」
「待ってよ、ゆーな!」
「う、うちも行く!」
四人の少女が階段を駆け下りていく。
「おっ?」「俺達もやるか?」「もちろん」
触発されたかのように、参加者達が雪崩を打って挑みかかる。
「いざ、吶喊ーっ!」『うおおおーっ!』
拠点防衛が目的なのだから、わざわざ攻めに行くのは下策とも言えるだろう。
しかし、士郎の狙撃により、ロボ軍団はいくらか数を減じている。なにより、彼等の士気は最高潮に達しており、生半可な攻撃では挫けそうになかった。
世界樹前広場陣営は、火星ロボ軍団の第一波を見事に撃退してのけた。
それがまずかったのか、第二波ともなるとより大量の軍勢が世界樹前広場へ差し向けられる事となった。
最初に参加者が飛び出していった大通りは、攻勢にさらされて維持できなくなり、士郎のいた中段の広場にまで押し戻されていた。最終防衛線はもう最上段の広場となる。
数には勝てず、士郎の狙撃に漏れた田中さん達が、ついにこの場所にまで到達する。
至近距離で動く相手となると、銃身の長い狙撃銃は極端に扱いづらくなる。
士郎はポケットに突っ込んでいた小さい杖を取り出してた。
「――
杖による攻撃は一番近い敵へと向かう。狙いをつける必要はないものの、的を選べないのが欠点だ。
より近くにいた田中さんが盾となってしまい、士郎を狙っていた田中さんがフリーとなる。
だが、士郎には救いの手が差し伸べられた。
横あいからの発砲が、問題の田中さんを撃ち倒したのだ。
「ありがとう。助かった」
「お互い様だって。さっきはこっちも助けてもらったしね」
右側だけ髪を結っている活動的な少女が朗らかに返した。両手にそれぞれハンドガンを構えている。
「そうだったか?」
記憶にはなかったが、相手が言うのだから助けたのだろう。
士郎は競争相手を蹴落とすという考え方をしない。先ほども、大通りにいた人間を何度か援護しているが、それは相手が誰であっても同じ事をしたはずだった。
そのため、助けた相手の顔などいちいち覚えていないのだ。
「受けた恩を返さなきゃあ、このゆーな☆キッドの女が廃るってもんよ」
ニッ、と笑みを浮かべる。
どうやら、その登録ネームを気に入っているらしく、芝居がかった口調で告げていた。
彼女もまたネギの教え子であり、名前を明石裕奈という。
「俺はエミヤだ」
「知ってるよ。さっきまでランキング1位だったもんね」
当初こそ敵の射程外から一方的に点数を稼せげたものの、乱戦が始まると士郎は順位を落とし始めた。ライフル型は装弾数が少ない事もあり、近距離用の装備をしている参加者に抜かれ始めたためだ。
士郎と裕奈を手強いと見たのか、ロボ軍団が包囲しようと動き出した。
しかし、それが原因で彼等は背後からの強襲を受けてしまう。
『――
呪文を唱える少女達の声が響き、複数の敵をまとめて行動不能にしていた。
裕奈を助けようと援軍が駆けつけたのだ。
「ゆーな。もう、ここは危ない」
まっさきに駆けつけたのは、背が高く長い黒髪の少女だ。ファンタジーにおける僧侶風の格好で長い杖を持っている。
「アキラもわかってないねー。だからこそ、ポイントを稼ぐチャンスじゃない」
喜々として裕奈が応じていた。
「あれ? 衛宮さんや?」
「……和泉か?」
「亜子もこの人の事を知ってるの?」
アキラが不思議そうに尋ねていた。
「うん。この人は衛宮士郎さんいうて、ナギさんやネギ先生の知りあいなんや」
その説明を受けて、少女達は口々に名乗り始めた。
「私は大河内アキラです」「ボクは風香」「妹の鳴滝史伽ですー」「ゆーな☆キッド!」「さっきも聞いた」
長身のアキラとは対照的に、双子の風香と史伽は小学生みたいな幼い容姿だった。二人とも猫の着ぐるみが似合いすぎている。
「昨日は、あそこでネギ君を待ってられなくてスミマセンでした。ナギさんが後で連絡するから言うて強引に……」
昨日と同じように亜子が謝罪してきた。
「気にしなくていい。ネギの方でも問題はなかったみたいだしな」
記憶を思い返しながら士郎が慰める。
あれは、過去のネギと接触することを避けるために、ナギに扮していた未来のネギが亜子を連れ去ったのだ。責任があるのはむしろネギの方だ。
「ねーねー、エミヤ。最初と同じように、狙撃で敵を減らせない? 接近してきた敵は私らが相手するから」
「ゆーなはこの場所に残るつもり?」
アキラとしては反対意見のようだ。
「後ろまでさがっちゃうと、後がないからね。できれば、ここで抑えたいじゃん」
防衛拠点を落とされると、その場所で登録していた参加者の全てがポイントを失ってしまう。撃墜数を競う事と同じく、拠点防衛は重要だった。
裕奈が士郎へ提案をした理由も、そのあたりの計算があっての事だ。
士郎と五人の少女達はこの場に残り、殺到する火星ロボ軍団に立ち向かうのだった。
あとがき:士郎はイベントを堪能中です。