『シロネギまほら』(31)楽しい楽しい最終日
演劇部は学祭のための特設ステージを設置していた。
学園内に存在する複数の演劇部が準備を進めており、上演待ちの客もいるために会場の内外では人がごった返していた。
「夏美姉ちゃん、見物に来たでー!」
「調子はどうだ?」
士郎は小太郎と共に楽屋へ顔を出していた。
「見に来てくれたの? 本番前だからちょっと心細かったんだぁ」
小太郎を見て夏美の表情が和らいだ。
彼女はぼんぼりのような触覚と四枚の羽根をつけて、妖精に扮している。
「ネギは来てへんのか?」
「約束はしてたんだけどね……」
残念そうに夏美が苦笑を浮かべていた。
「なんやアイツ。約束も守れんのかいな。予定を入れすぎなんや」
小太郎が腹立たしさを隠さずに、ネギを非難する。夏美と親しいだけに、ないがしろにされたように思えて悔しいのだ。
「生徒が多いから、ネギ君も大変なんだよー」
約束をすっぽかされたはずなのに、夏美がネギをフォローしていた。
「客席で上演を待っているのかも知れないし、舞台が終わってから顔を出すつもりかもな」
士郎の取りなしを聞き入れて、小太郎は不満そうではあるものの、ネギへの愚痴を止めた。
夏美達の演目は『真夏の夜の夢2006’』。
シェイクスピアの原作を元に改変をおこなった演劇である。
夏美が演じるのは、妖精のパック。
物語はメインキャラを中心として進むのだが、好奇心旺盛でイタズラ好きなパックは、騒動ばかりひき起こす。しかし、妖精の行動や失敗が、みんなにさまざまな影響を与えていくのだ。夏美の役どころは非常に重要な位置を占めている。
芝居は大成功に終わって、観客の歓声の中で幕を下ろした。
残念ながら、ネギは最後まで訪れる事がなかった。
観劇に来た千鶴と合流し、士郎と小太郎はプラネタリウムへと向かっていた。
夏美は演劇部での打ち上げに参加するため、同行してはいない。
「そうそう。昨夜は小太郎君を預かっていただいて、ありがとうございます」
士郎に向かって軽く頭を下げる。右手で小太郎の頭を抑えて、同じように下げさせる。
千鶴自身は、クラスメイトと一緒に廃校舎の屋上で夜を明かしたらしい。
「たいしたことはしてない」
口にした通り、士郎はまったく気にしていなかった。
「なにも、千鶴姉ちゃんがお礼を言う事無いやろ。これは俺と兄ちゃんの問題やし」
「だって、私はあなたの姉代わりのつもりだもの。迷惑かしら?」
「迷惑って事はあれへんけど……」
「照れているのね。かわいいわよ」
「照れてへんわ!」
「あら、反抗期かしら? きっとあやかに似たのね」
「俺はここへ来たばかりやろ! 第一、なんであやか姉ちゃんやねん!」
ムキになっている小太郎は別として、からかっている千鶴は非常に楽しそうだった。
二人の賑やかなやり取りは到着するまで続いた。
天文部の出し物であるプラネタリウムは、学園内の施設をそのまま使っていた。上映内容まで流用してはあまりに工夫がないため、星座の選別や映し出すイラストやナレーションは天文部で行っている。
ナレーターの担当者が時間までに間に合わあわなかったため、替わりにマイクを握ったのは千鶴であった。
突然の代役にも関わらず、千鶴の説明はまったく淀みを感じさせず、穏やかな語り口は耳に心地良かった。
星座のイラストにあわせて、由来となった逸話が語られていく。
ヘルクレス座(これが正式名称)とは、ヘラクレスが12の試練を成し遂げて星座となった姿だ。
りゅうこつ座、とも座、ほ座、らしんばん座は、もともと、四つをあわせてアルゴ座とされていた。英雄イアソンや妻のメディアが乗っていたアルゴ船に由来する。
そして、ペルセウス座。彼は退治したメデューサの首を左手に持っており、その魔眼が海の怪物を石化させたのだ。
士郎が聖杯戦争で関わった英霊達とは、これ程の奇跡や伝説を持つ存在だった。
いろいろ見物して夕方近くなった頃、二人は世界樹前広場を通りがかった。
「注目、注目ー! 学祭全体イベントのお知らせだよー♪」
そんな声が耳に届いた。
目を向けると、大勢の見物客を相手に、数人のコスプレ少女がチラシを配っている。
「衛宮さんと、コタロー君だ!」
「え?」
聞き覚えのある声に振り向くと、チラシ配りをしているうちの一人はまき絵だった。
背の高い三角帽を被って魔法使い風な格好をしている。魔法使いと言っても、古式ゆかしいローブ姿などではなく、ファンタジーゲームにでも登場しそうな露出が多めで可愛い格好だ。
「最終日のイベントがリニューアルになったから、その告知をしているんだよー」
「超が計画しているヤツか?」
「超ちゃん? どうなんだろー? ネギくんからは何も聞いていないけど……」
首を捻る辺り、まき絵は詳しい事を知らされていないようだ。
「ネギが計画したイベントなのか?」
「そうなの。私達も告知の為にお手伝いしてるんだ」
受け取ったチラシに書かれてあるイベント名は、『火星ロボ軍団vs学園防衛魔法騎士団』となっていた。
ある真実を含んでる説明に、士郎がひっかかった。
しかし、なんの考えも為しに、こんなタイトルは使用しないはずだ。士郎に予想できずとも、その必要があったと考えるべきだろう。
「なにやってんねん、アイツ」
傍らの小太郎もチラシを見て呆れている。
「コタロー君もやってみない?」
お化け屋敷の呼び込みで顔を合わせていたため、まき絵が気安く誘っていた。
「よっしゃ。兄ちゃんやろうや。結構面白そうやし」
小太郎は年相応に好奇心が旺盛だ。ネギのように、やる前からアレコレ悩んで尻込みするような事はしない。
「そうだな。せっかくのお祭りだし。参加受付はあそこでいいのか?」
「うん。これから、装備の説明もするから聞いてってよ」
なんと言っても最終日を飾る学祭全体イベントである。当日になって変更が告知されたものだから、説明会は人だかりで一杯だ。
舞台上では可愛い少女達が説明を行っている。
女王様風の衣装が実に似合っているのはあやかである。そばには、ナース風の仮装をしている亜子の姿もあった。士郎は知らなかったが、壇上にいるのはほとんどが3−Aの面々である。
まき絵も舞台に上がって、着用義務のあるローブの説明や、魔法の杖による射出の実演を行った。
3−Aの少女達はイベント用の武器を、参加者達に配っている。一列に連なった卓上に、様々な武器が並べられた。
攻撃用の武器は何種類も存在しており、用途や特性が違っている。
銃タイプは連射が可能な分だけ、攻撃力が低い。杖タイプは弾数制限がないものの、使用時に呪文が必要だ。威力が大きい物ほど道具のサイズも大きくなり、扱いが難しくなる。
一人で持てるのは二つまでと制限されており、士郎はスナイパーライフルを一挺と、予備として小さな杖を選択していた。
小太郎はハンドガンと手榴弾タイプにしたようだ。手榴弾は拾い直すことができないため、一度に5個までは所有できるらしい。
「兄ちゃんはどこを守るんや?」
騎士団が守るべき拠点は、全部で6つとなっていた。
「ここにでもするかな」
「それなら、俺は龍宮神社に行って来るわ」
「どうしてだ? 一緒でいいだろ?」
「なに言うてんねん。俺と兄ちゃんが一緒におったら、敵の奪い合いになるやんか。そうなると点数が上がらんやろ。やるからには、一位を狙わんとな」
気合い十分。小太郎の目標はもちろんトップというわけだ。
「俺はそのまま『小太郎』やけど、兄ちゃんはどういう名前で登録したんや?」
「名字の『エミヤ』にしておいた」
「せっかくやし、何か賭けへんか? イベント終了後の順位で勝負するんや」
小太郎は実に楽しそうに提案した。
「賭けって言っても何を賭けるんだ?」
「何でもええねん。その方が気合いも入るやろ」
「小太郎の望みは食い放題か?」
「それええなー。兄ちゃんは何が欲しいんや?」
「特にないぞ」
「うーん。それやったら……、千鶴姉ちゃんの手料理でどうや? 千鶴姉ちゃんの料理も、めっちゃうまいで!」
よっぽど気に入っているのか、我が事の様に自慢する。
「それじゃあ、那波に悪いだろ。全然関係ないんだし」
「それも含めての賭けやんか。千鶴姉ちゃんには俺から話して、きちんと説得したる。これは俺と千鶴姉ちゃんの問題やから、兄ちゃんが気にする必要ないやろ」
小太郎は胸を叩いて請け負った。
「小太郎がそう言うならいいか。あまり、無理強いはするなよ」
「わかっとるわ」
こうして彼等も全体イベントに参加するのだった。
あとがき:騎士団に支給される道具については独自設定となっています。原作では、銃形態なのに呪文が必要だったり、拠点中央へ戻らないとリロードできなかったり、不可解な内容が多かったもので。