『シロネギまほら』(27)麻帆良カップルバスターズ

 

 

 

 ネギ達一行と別れた士郎だったが、すぐに別な人間と顔を合わせる事になった。

 人の流れに沿って通りを歩いていると、すれ違うような形で彼女達と遭遇したのだ。

「高音と佐倉か」

 どうやら、二人ともクラスでの仕事を終えてきたらしい。

「一人で回っているんですか?」

 高音が尋ねる。

「ここへ来てから、あまり親しい知りあいがいなくてさ。一人で知人のところを回っているんだ」

「それでしたら、私達と一緒に回りませんか?」

 高音が親切に申し出てた。

「あのぅ、もうそろそろパトロールの時間ですよ」

「そ、そうだったわね。衛宮さんとはもう少し話をしてみたかったのですけれど……」

「それなら、俺もそっちを手伝おうか? 時間が空いたら話もできるし」

「そういうわけにはまいりません。これは私達の仕事ですから」

 断ろうとする高音に対して、士郎が繰り返し主張する。

「俺は誰かの手伝いをするのが好きなんだ。言っただろ? 俺が目指しているのは正義の味方だって」

 彼の言葉は嘘ではないのだが、そうとは知らない高音は、気に病まないように言葉を添えたのだと解釈していた。

「衛宮さんさえよろしければ、お願いします」

 魔法使いの責務というものを非常に重く受け止める高音のことだから、普段の彼女ならば断っていたはずだ。

 しかし、この時だけは違っていた。

 

 

 

 女子普通科付属礼拝堂を、二人の魔法生徒と一人の助っ人が訪れた。

 目的は告白阻止のためのパトロールだった。初日に真名がやっていたのと同じ仕事である。

 陽が傾き始め、青空を赤く染め上げていく。雲を側面から照らす陽光が、雲に微妙な陰影を与えて、幻想的な風景を演出する。

 夜景には及ばないが、デートするにはもってこいのロケーションだろう。

 高音はボイスレコーダーのような縦長の探知機を取り出して状況を確認する。

「一つだけ強い反応があるわね」

「あと少ししか余裕がありませんね。いい雰囲気になってしまうと、危険域へ越えそうですよ」

 覗き込んだ愛衣が分析する。

「それだけでわかるのか?」

 愛衣が頷いた。

「はい。危険域に達した人物を検知すると、警報音が鳴るんです。これ一つで、方向も距離も捕捉できます」

「しばらくは歩きながら、警戒を続けましょう」

 三人で敷地の外周を回ってみる。

 穴場的なデートスポットとなっているらしく、世界樹前広場に比べると数こそ少ないものの、カップルは確かに存在していた。

 歩きながら愛衣は興味深そうに士郎へ尋ねた。

「あのー。私達は衛宮さんについて聞いた事がないんですよ。この学園にはいつ頃から来ているんですか?」

「二月かな」

「そんなに前なんですかぁ?」

 思わぬ返答に愛衣が驚いた。

「それでは、衛宮さんの存在は私達には隠されていたという事でしょうか?」

 不満そうに高音が尋ねる。

「俺が来た事は学園では把握してなかったと思う。俺は魔法協会の存在も知らずにここへ来たから」

「ですが、この学園の結界は優秀です。侵入者がいればすぐに感知できるはずです」

 魔法生徒として働いているだけに、納得しかねるらしい。

 逆に、学園側の事情に疎い士郎はそこまでわからない。

 世界を越えてしまったことで、結界の内側に出現したから察知されていないのだ、と士郎は推測した。それはそれで、他人に説明できない事情となる。

「その結界は何に反応するんだ? 俺は麻帆良学園に害意を持ってないし、もともとの魔力が少ないから、それで除外されたのかもしれない」

「そう……なのでしょうか」

「それに、その警戒をしているのはエヴァなんだよな? エヴァは四月に俺の保護者というか、後見人みたいになってるんだ。その事は、協会にも承諾させたって聞いてる」

「エヴァ……って、エヴァンジェリンさんにですか!?」

「ええーっ!? まさか、衛宮さんは吸血鬼なんですかぁ?」

 二人がそれぞれの理由で驚いた。

「エヴァだって吸血鬼以外の面倒を見るだろ。仲間全てが吸血鬼ってわけじゃあるまいし」

「それはそうかもしれませんけど……」

 他人にも厳しい高音にとって、吸血鬼である事も元賞金首という事も、信用のおけない肩書きだった。

 同じ協会に所属していながら、接触する機会もあまり無かったからだ。実は、魔法教師達が相性を気づかってシフトの調整をしていたのだが、本人はそこまで知らなかった。

「最近は魔法も教えてもらってるんだ」

「魔法をですか? では衛宮さんが魔法使いとなったのは最近なのでしょうか?」

「俺はもともと魔術師だからな。魔法とは違う、魔術っていうマイナーな技術を学んでた」

 エヴァとの会話を参考にして、そのような説明をした。

「それならば、どうして魔法使いになろうと思ったのですか?」

「どうして『魔法使い』に……か。俺も『魔法使い』になったわけだ」

 そんな感慨を漏らした士郎が、懐かしい思い出を振り返る。

 士郎を救った時に、衛宮切嗣は『魔法使い』を名乗ったのだ。おそらく、何も知らない子供に、わかりやすく説明したのだろう。

 向こうの世界では魔法と呼ばれる力はごく少数であり、それを行使できる人間だけが魔法使いと呼ばれている。

 厳密に言えば、衛宮切嗣は魔術師に過ぎないのだが、初めて会った時に彼は『魔法使い』を名乗り、自分もそれを信じたのだ。

「魔術に対するこだわりはないのですか?」

 高音は地下道での戦いについて、愛衣からいろいろと聞き出している。

 士郎の使った武器もアーティファクトではないらしいし、魔法以外の方法で身体能力を向上させていたようだ。

 魔法が習いたてというなら、士郎の強さは魔術によるものなのだろう。愛衣が自分よりも強いと認めているのだから、士郎だって相応の努力によって身につけたはずなのだ。

「俺にとって、『魔術師』とか『魔法使い』っていうのは、一番大切なことじゃないんだ」

「『正義の味方』になるのが目的で、それに必要な力ということですか?」

「それでだいたいあってる」

「だいたい……ですか?」

「俺は死にかけた時に、オヤジに救われた事がある。俺を助けた時にオヤジが浮かべた笑顔が今でも忘れられない。俺もああやって笑いたいから、オヤジの後を追おうと決めたんだ」

 衛宮切嗣が魔術師でなかったなら、士郎も魔術を学ぼうとは思わなかっただろう。

 彼が自衛官なら、救急隊員なら、医者なら、……おそらく違った道を選んでいたはずだ。

 だから、表面的な仕事や技術なんて、士郎にとってはどうでもよかったのだ。

「オヤジが本当に目指していたのも『正義の味方』だったんだ。死を目前にして『正義の味方』になれなかった事を悔やんでいたオヤジに、俺が代わりに夢を叶えてやるって誓ったんだ。オヤジが助けられないような人も、俺が助けられるようになってみせるって」

 それが士郎の夢であり、願いだった。

 人によっては“呪い”とまで評するが、士郎としては本当に呪いであっても構わなかった。

 士郎はそういう生き方しか知らないし、すでに引き返すつもりもないのだから。

 士郎が遠くへ、おそらくは亡くなった誰かへと視線を向ける。

 ピピピッ!

 電子音が彼等の会話を中断させた。

「お姉様、警報音です!」

「……え? ええ、そうね」

 探知機を覗き込んで二人とも首を傾げる。

「どういうことかしら?」

「場所を変えてみれば、数値が変わるかも知れませんよ」

「そうね」

 二人だけで納得して、場所を移動してみる。

「どうかしたのか?」

 士郎の質問に、高音が首を傾げつつ答えた。

「それが、探知機に数値が表示されないんです。方向も距離もそれぞれ“0”を指していて、どこに対象者がいるのか、わからなくて」

 測定地点を変更してみても、表示されている数値に変化はなかった。

「壊れたのかしら?」

 つぶやいたものの、乱暴に扱った覚えもないし、探知機に目立つ傷は存在しない。

「私ので確認してみます」

 愛衣はポケットから取り出した自分用の探知機を起動させる。

 ピピピッ!

 すかさず反応を示したため、愛衣が表示を確認した。

「ええっ!?」

「どうしたのです? あなたのも壊れているんですか?」

 高音の発した質問は、愛衣の反対側の耳へと通り抜けてしまった。

 彼女の探知機は、いや、彼女の探知機“も”、正しい数値を表示していたからだ。

 顔を上げた愛衣は、視線を高音に向ける。

「一体なにが……、え?」

 愛衣の手元を覗き込んだ高音は、表示している数値が何を意味するかようやく気づいた。

 探知機を持った愛衣のすぐ近くに、対象者が存在するのだ。

 高音が持っていた時に、方向も距離も“0”だったのは当たり前なのだ。要告白注意生徒とは高音本人だったのだから。

「そ、そんな……。これではネギ先生の事を言えないではありませんかーっ!」

 ミイラ取りがミイラである。

 ネギは要告白注意生徒宮崎のどかを連れていただけだが、高音は自分自身が要告白注意生徒となってしまった。どう考えても、ネギに対して偉そうに説教できる立場ではない。

 そのうえ、会って数時間の男性に対して、ここまで好意を抱いた事実に高音自身も驚いていた。

 女子高育ちという事もあり、時間こそ短くともこれだけ異性と関わったのは、高音にとって初めての経験である。

 地下道では助けられ、それなりに信条をぶつけ合い、似たような理想を抱く事に共感し、彼の過去と理想の原点まで知ってしまった。

 高音は恋人の理想像として、もっと美形で、もっと背が高く、もっと逞しく、もっと名声を持っている相手を想像していた。恋愛経験が無いため、夢見がちなのも仕方のない事だろう。

 しかし、自覚こそしていなかったが、それらの条件は彼女にとって些末な事柄だったようだ。

「どうしたんだ? 何か問題があるなら俺にも言ってくれ」

 士郎が真剣な表情で高音に詰め寄る。

 とたんに高音の顔が紅潮する。

 ピピピッ!

「お姉様、数値が上昇していますぅー」

 愛衣が慌てて報告する。

「だ、大丈夫です。きちんと自制して見せます。私は高音・D・グッドマン。この程度の危機は乗り越えられるはずです」

「一人で頑張るのも立派だけど、俺も佐倉もいるんだから、頼ってくれて構わないぞ」

 士郎の気遣いを受けて、高音の鼓動が高まる。

 ピピピッ!

「あ、あのっ、衛宮さんは部外者ですし、学園祭を楽しんで来た方がいいんじゃないでしょうか?」

 せめて士郎を遠ざけるべく、愛衣が提案してみる。

「そうはいかないだろ。このままだと、二人が気になって学祭を楽しめない。俺のためだと言うなら、こっちを先に片付けよう。誰か一人が楽しむよりも、みんなで楽しむ方がいい」

 ピピピッ!

「お姉様、もう少し控えてくださーいっ!」

「それができるくらいなら、困ったりはしませんっ!」

 あぷぷっ、と泡でも噴きそうなくらいに、二人とも慌てふためいている。

 士郎の困惑をよそに、二人の狼狽ぶりは悪化する一方だった。

 ボン! 突然、炸裂音がして、士郎達の姿が煙の中に呑み込まれていた。

 視界は塞がれていたが、土を蹴る音が近づいていることに士郎が気づく。

 士郎は咄嗟に二人の女性をかばうべく、前へと足を踏み出していた。

「こいつっ!」

 視界を掠めた影に組み付くと、意外に柔らかい感触で驚かされる。

 ぶん、一瞬の浮遊感に驚く間もなく、放り投げられた士郎は四肢で着地する事となった。

「気をつけろ! 敵だ!」

「な、なんなんです!?」

「……ええっ!?」

 それでも二人とも魔法生徒なだけあって、すぐに退いて距離を取る。

「おや? 士郎殿でござったか?」

 聞き覚えのある声。その長身にも見覚えがある。

 煙の晴れたその場所立っていたのは、長瀬楓だった。

「長瀬? 一体、どういうつもりなんだ?」

 身を起こした士郎が代表して訪ねる。

「拙者は刹那の手伝いで、告白の阻止を行っているでござるよ」

「それなら、この二人も仲間だぞ。俺達も同じ仕事をしているんだ」

「そうでござるか? しかし、探知機によると……」

 楓の視線が高音に向けられる。

「士郎殿は気づいていないでござるか?」

「わ、私のことでしたら心配は無用です。『偉大なる魔法使い』を目指すこの私が、一時の感情に溺れて、醜態をさらしたりはしません。ええ。自分の心と体を立派に制御してみせます」

 キリッ、と真剣な表情を浮かべた高音の視線が、ちらりと士郎に向けられる。

 途端に赤くなって、視線を逸らした。

「ああっ! 全然説得力がありませんよーっ!」

 愛衣は冷や汗を垂らしながら、真っ青になっていた。

「高音殿に世界樹から離れてもらえれば、それで万事解決するはずでござるが……」

「そんな提案には従えません。私は学園の魔法生徒として、告白阻止の仕事に就いています。それを一身上の都合で放り出すなど、もってのほかです」

「お姉様ーっ!?」

 愛衣が悲鳴をあげる。

 高音の覚悟と意志は尊い。それは愛衣も認めている。

 しかし、意地を張っている今の高音では、心配ばかりが膨れあがる。

 任務の遂行を重視するなら、楓の言葉に従うのが一番正しいはずだった。ここで自身のプライドにこだわるのは、明らかに間違っている。

 高音の視野がやや狭いのは確かだが、この場合は心理的な余裕の無さが原因だった。

「拙者としても事を荒立てるつもりはないでござるが……、どうしてもこの場に留まるつもりでござるか?」

「もちろんです!」

 彼女が楓の実力を正確に把握していれば、もう少し対応も違っていただろう。

 残念な事に、武道会本戦の途中で地下へ潜入していた彼女等は、肝心の楓vsクウネル戦を見損ねていたのだった。

 

 

 

つづく

 

 

 

あとがき:3−Aメンバーと士郎とのラブコメは避けたいと考えていたところ、唐突に候補へ上がったのが高音です。「シロネギ」ではやる機会が少ないものの、こういうノリも好きですよ。