『シロネギまほら』(26)時を駆けない青年

 

 

 

 この学園において超包子以外の繋がりが薄い士郎は、教室やクラブなどの活動へ向かった皆と別れて、一人で学園祭を見物していた。

 ある少女の姿を目にして、通りを歩いていた士郎の足が止まる。

 ショートヘアの可愛らしい少女が、士郎を見て驚愕の表情を浮かべていたのだ。

「……ん?」

 士郎にとっては全く面識のない少女だったが、相手の方で士郎を知っているらしい。

「魔法使いの人や!」

「ええっ!?」

 彼女の発した言葉が士郎を驚かせる。

 全く見覚えのない少女から、『魔法使い』と指摘されるなど、ありえない事態だった。

「ま……、魔法使いって何の事だ?」

「あ、あの、ウチの見た夢の話で……」

「夢?」

 まったくのデタラメなら放置しておくのだが、士郎が魔法使いなのはまぎれもない事実であった。

 彼女は夢と口にしているが、そこにはなんらかの真実が含まれているに違いない。

 魔法を使うところをどこかで見られた可能性もあるし、もしかしたら予知夢とか未来視という可能性もある。

「どんな夢なのか教えてもらってもいいか?」

 士郎としては確認しておかねばならなかった。

「俺は……衛宮士郎っていうんだけど」

「ウチの名は和泉亜子いいます。スイマセン。ウチ、衛宮さんに失礼な事言ってしもうて……」

「失礼な事、って何が?」

「そやから、夢の中で」

 士郎としては反応に困るしかない。どのような会話が交わされたのかも、士郎は知らないのだから。

「その……、君が何を言ったのか知らないけど、もしも俺が相手だったなら、何も気にしてないと思うぞ。きっと許してくれるはずだ」

 推測に過ぎないが、こうして謝罪するような相手なら、“衛宮士郎”は許すはずだと思った。なぜなら、自分であればそうするに違いないからだ。

「そやけど、衛宮さんもナギさんも困らせてしもうたから」

 亜子が聞き捨てならない名前を口にする。

「……ナギだって?」

「やっぱり、衛宮さんはナギさんと知りあいなん?」

 亜子の夢の中には、士郎だけでなく、なんとナギまで登場していたらしい。

「いや……、俺は名前しか知らないんだけど、どうしてナギを知ってるんだ?」

 もしかして、この子も魔法関係者なのだろうか?

「学祭の準備期間中にここで会ったから」

「会った? ここへ来たのか?」

 これまた驚きである。

 ネギの探し求めていた父親が、この麻帆良学園に来ていたとは!

「うん。いとこのネギ君の所へ遊びに来た言うてたけど」

「いとこ!?」

「え、違うん?」

 士郎の心に疑問が浮かぶ。

 ナギは死んだ事になっていて、どういう事情があるのか姿を隠しているらしい。

 相手はサウザンドマスターと呼ばれる魔法使いなのだから、年齢を誤魔化すぐらいはやってのけてもおかしくない。

「ネギがずっと探してたんだ」

「そうなん? 今はトイレに行ってるだけやから、ナギさんはすぐに戻ってくるよ」

 士郎の言葉を聞いた亜子は、ネギの方に急用でもできたのだろうと解釈した。

 二人の会話は成り立っているように見えて、全然成り立っていなかった。

「どうするか……」

 士郎はナギとなんの面識もないわけだし、顔を合わせても不審がられるかも知れない。

「ちょっとネギを探してくるから、えっと、あそこのイベントでも見ながら待っててもらえるか?」

 大通りに設置された舞台上では、ベストカップルコンテストなる催しが進められている。

「うん。わかった」

 

 

 

 ネギを探すと言っても、探す宛があるわけではない。3−Aメンバー関連のイベントを片っ端から探すつもりだった。

 放送で呼び出してもらうのが一番早いだろうか?

 そんな事を考えていた士郎は、奇妙な一団と遭遇する。

「茶々丸……か?」

 長身である茶々丸がウサギの着ぐるみを着込んでいる姿は非常に目立っていた。

「そ、そのとおりです」

 狼狽えているその様子は、彼女の羞恥心からきているようだ。

「そういえば、初日のネギもそんな格好をしてたな」

 飛行船の前で見かけた時、ネギもまた着ぐるみを着ていたのだ。

「そうなのですか?」

 茶々丸が傍らの少年に尋ねていた。

「ええ。刹那さんと一緒に人目を避けるために。今、こんな格好をしているのと同じ理由ですね」

 まるで自分がネギであるかのように、少年が茶々丸に答えていた。

 その返答に茶々丸はどこか嬉しそうな表情を浮かべる。

「あ……、僕はネギですよ。年齢詐称薬を使って変装しているんです」

 十六歳ぐらいの少年が、士郎に向かって説明する。確かに、容姿や髪の色にネギの面影が残っていた。

「もしかして、そっちは小太郎なのか?」

「そうや」

 同じく十六歳ぐらいのワイルド系の少年が頷いた。

「じゃあ、この子は……」

 猫耳と尻尾をつけてカバンを背負った幼女に視線を向ける。かすかに見覚えがあるように思えた。

「その、長谷川です」

 見知った人間に見られたことを意識して、少女が頬を染める。

「長谷川がこんな格好していると言う事は、結局バレたのか?」

「はい……」

 ネギが涙を浮かべている。

 士郎の忠告も虚しく、魔法使いとしての正体を看破されてしまったようだ。しかし、それも仕方のない事だと言える。千雨に疑いを持たれた時点で、ネギがその追求をかわし通せるはずはないからだ。

 そもそも、千雨が疑いを持ったきっかけはまほら武道会である。

 この時点の士郎はまだ知らないが、超が武道会を開催したのも、魔法を公表する計画の一環だった。ネット上では武道会映像の真偽について激論が交わされており、そのものズバリ『魔法』という単語まで飛び交っている。

 千雨の様な人間が現れた時点で、超の計画は一応の成功を果たした事になる。超を甘く見ていた学園側は、すでに後手に回っていたのだ。

「衛宮さんも『魔法使い』の関係者だったんですね」

「一応な」

「さっきの大会の時も、知っていてとぼけてたんですね?」

 裏切り者でも見るかのように、千雨は目を細めて冷たい視線を向ける。

「悪かった。一応、秘密だったんだ」

「……まあ、仕方ないんでしょうけど」

 千雨にだって理屈では理解できているのだ。ただ、自分と同じ常識人と思っていたからこそ、騙されたような意識が残る。

「正直なところ、衛宮さんはもっと普通の人間だと思っていました」

「お互い様だな。俺も長谷川はそうだと思っていたぞ。魔法薬にまで手を出すとは思わなかった」

「これはボケロボに無理矢理飲まされたんです」

 二人は顔を見合わせると、お互いにため息を漏らした。

 魔術師が異端であると認識している士郎は、これまでそのように生きてきた。それを考えれば、ネギのようにホイホイばれるのも、それをみんながあっさり受け入れるのも、理解の外だった。

 一般常識をわきまえているという点では、士郎と千雨は精神的に一番近いのかも知れない。

「士郎さん。僕達ちょっと急いでいますから、話は後にしてもらっていいですか?」

 ネギが申し訳なさそうに謝罪する。

「それは後回しにできないか? ネギに大事な話があるんだ」

 普段の士郎ならばこんな強引に食い下がったりしないのだが、これはネギにとって重要なことなのでどうしても知らせておく必要があった。

「でも、僕達は人を捜している途中なんです。すみませんけど……」

「なんだ。ナギが来ていることを知っていたのか」

「父さんが? えっ!? 父さんがここへ来ているんですか?」

 士郎の言葉にネギが驚きの声をあげる。

「ナギを探していたんじゃないのか?」

「そんなの初耳ですよ! どうして士郎さんが父さんを知っているんですか?」

「俺も会ってはいないんだけどな。ネギのいとこって名乗っていたらしい」

「えっ!? アレ……?」

 士郎の返答を聞くと、驚愕の過ぎ去ったネギは肩を落とした。

「それって、僕のことなんです。こうやって、成長した姿の時に、父さんの名前を名乗ってしまって、いとこって事にしてるんです」

「そうなのか? 偽名を使うにしても、なんだってそんな紛らわしい名前を……」

「すみません。咄嗟の事で、全然思い浮かばなくて。その場限りのつもりでしたし」

 当初予定していた格闘大会では、参加者の年齢制限があったため、小太郎と一緒に年齢詐称薬を使用したのだ。その時に会った自分の生徒に、ネギは困惑しつつそう名乗ってしまった。

「それじゃあ、“ナギ”っていうのは、タイムマシンを使ったもう一人のネギってことか?」

「そうなんだと思います」

 つまり、士郎が知っているだけでも、目の前にいるネギの他に“図書館島にいるネギ”と“ナギを名乗っているネギ”が存在するのだ。先ほど別れた“アスナのデートを見ていたネギ”を加えれば、全部で四人も存在する。

「…………」

 士郎としては、タイムマシンを濫用しないように忠告したいところだが、それには非常に困った問題が横たわっている。

 目の前にいるネギが、“タイムマシンを使用する前のネギ”だということだ。

 もしも、今のネギに対してタイムマシンの使用を禁じてしまうと、“過去へ戻るはずのネギ”が存在しなくなる。

 それはつまり、士郎の言動によって過去が改変されてしまうということだ。もしかしたら、“ナギと亜子のデート”だけでなく、“図書館島で起きた事件(?)”までもが“無かった事”になってしまう。これはマズイ。

「どうかしましたか?」

「いや。……なんでもない」

 士郎は答えを出す事を諦めた。

 ネギの行動は“過去を変える”というよりも、その日を“長く過ごしている”だけだ。自発的な改変を行っていないのだから、この際、妥協してもいいのかも知れない。

 今の士郎では、時間移動をやめさせつつ、過去を改変させない事など不可能だった。

「じゃあ、和泉に謝ってくるよ。ネギを呼んでくるまで待ってもらっているんだ」

「え? 和泉っていうのは、ひょっとして、亜子さんのことですか?」

「ああ」

「どこで会ったんですか!? 僕達が探しているのは亜子さんなんですよ!」

 今度はネギのテンションが跳ね上がっていた。

 

 

 

 ネギ達の話によると、バンド演奏のリハーサル中に、亜子はなんらかのトラブルがあって飛び出してしまったらしい。そこで、応援に訪れたネギ達がこうして探していたのだ。

「いないな……。確かにここで待っていてもらうように言ったんだけど」

「もしかすると、この場を離れたのは、もう一人の先生の判断かもしれません」

 千雨が客観的な判断で状況を整理する。

 彼女としては非常に信じがたい事だったが、ネギだけでなく士郎までが認めているので、タイムマシンが存在する事を前提に推論を進めていく。

「私達が探している事を、未来のネギ先生は知っているはずですから、ステージへ連れてこない時点で怪しむべきです」

「ええっ!? どうして僕が亜子さんを連れ回るんですか?」

「私が知っているわけないでしょう」

「そうだよな。俺達はどうしてネギが過去へ戻ったのかも知らないんだ」

 士郎に限らず、この場にいる誰もがそのあたりの事情を知らないのだ。

「それなら、私が説明しますよ」

 千雨の声がそう告げた。

「え? 長谷川は知らないはずだろ?」

 千雨を見下ろすと、彼女はあんぐりと口を開けて驚いている。

「ん?」

 その視線の先に、もう一人の千雨がいた。それだけでなく、傍らには小太郎と茶々丸の姿もあった。

『ええっ!?』

 士郎達一行が驚きの声を上げる。

「何だ何だ!? 何なんだよてめーらはっ!?」「まー、落ち着け。じきてめーも慣れるさ」「そんなもんで納得できるか! 白状しやがれ!」「いろいろと諦めるのはもう少し後でいいんじゃねーか?」

「オイ。なんやねん。またタイムマシン使たのか?」「そうに決まっとるやろ。アホやなぁ」「自分に向かってアホとはなんやねん」「アホやからアホ言うただけやろ!」

「事情があって未来から来ました」「了解しました」

 三組の人物が自分自身と意思疎通を図る中、それにあぶれた二人がいた。

「……これもタイムマシンなのか?」

 思い返してみると、すでにカモという当人同士が対面した前例があったはずだ。しかし、個体識別の難しいオコジョと人間とでは視覚的なインパクトが違いすぎる。

 当人達の慌てようがそれを証明していた。

「えーと、えーと……」

 うろたえていたネギはようやく自分のすべき事を思い出した。

「それよりも、亜子さんを捜さなきゃ!」

 今にも駆け出そうとしたネギを見て、新しく姿を見せた方の千雨が叫ぶ。

「衛宮さん。ネギ先生を止めてください!」

 三人が自分自身と向き合っている状況で、千雨が頼れたのは士郎だけなのだ。

 走り去ろうとしているネギの襟首を、士郎は後ろから捕まえていた。

「離してくださーい! 亜子さんを探しに行かなきゃー!」

「長谷川が待てって言ってるんだから、なにか理由がはるはずだ。それを聞いてからにした方がいい」

 士郎としてはそれが当然の判断だった。

 状況にもよるだろうが、ネギと千雨を比べた時にどちらの判断を信頼するかと言えば、やはり千雨の方が優先される。

 どのような情報を持っているか、どのような思考に基づくのか、そこまではわからずとも、千雨なら理性的な判断を下せるはずだ。

「そ、その……。ありがとうございます」

 思わぬ信頼を見せられて、千雨が戸惑いながら礼を告げていた。

 

 

 

 未来の千雨が、過去の自分を含めた五人に明かした事情は次のようなものだ。

 現在の時間軸にいる亜子がどこに行ったのかは全くの不明。ネギが噴水の前で見つけた時にはすでに午後7時半を回っており、ライブへの出場時刻はとうに過ぎていた。

 そこで、ネギ達は亜子を連れて時間移動を行ったというのだ。

 亜子の飛び出した原因もネギにあったらしく、その罪滅ぼしもかねて現在はデート中らしい。もちろん、ライブへ間に合うように会場へ向かう予定となっている。

 亜子を捜索中に未来の自分達と会っていた千雨達は、今度は説明する側として過去の自分達の前へ姿を見せたのだった。

 

 

 

 つづく

 

 

 

 
あとがき:学祭初日のカバンと同じく士郎の空回りネタです。