『シロネギまほら』(25)上を向いて歩こう
塔から戻ってきた一行は、駅前の喫茶店にいた。
シャークティはすでに本来の仕事へと戻っており、高畑も詳細な報告をするべく一度学園長の元へ向かうことになった。そのため、士郎を除けばここに残ったのは女生徒ばかりだった。
学園都市内には、魔法使いが会話するための結界がいくつも常設されており、この喫茶店もその中の一つである。大声を出して注意を引かなければ、会話の内容は日常会話としか認識されない。
アスナはデートでの服装について相談するため、ここでこのかと待ち合わせをしていた。
そわそわしているアスナの傍らで、愛衣は高音から説教を受けている。アスナのデート相手が有名な高畑だと聞いて、愛衣が浮ついていたからだ。
広域指導員のデスメガネと言えば、麻帆良学園内では非常に名前が知られている。だが、魔法界での扱いはそれ以上だ。かのサウザンドマスターの仲間の一人でもあり、魔法世界では雑誌の表紙まで務めたこともある超有名人なのだ。
「お祭りでもあるんだし、大目に見てもいいんじゃないか? 仕事を失敗したわけじゃないんだ」
さすがに堅すぎるように思えて、士郎が口を挟む。
「あなたは黙っていてください! 崇高な使命を帯びる魔法使いは、恋愛などにかまけている暇はないんです!」
高音は魔法世界育ちということもあり、魔法使いの義務や責任について非常に重く受け止めていた。
「ハイッ! わかってます、お姉様」
他人が聞くと古くさい理想主義として聞こえるが、彼女に憧れる愛衣の目にはまぶしく映る。
士郎としても、そんな高音の姿勢は好ましいものだった。だからこそ、助言したくもなるのだ。
「でも、よく言うだろ。硬すぎる剣は脆いって。時と場合が許せば、気を緩めるのも悪い事じゃない」
愛衣にとっては崇拝の対象のようだが、彼女の意見は正論過ぎ――あるいは理想論過ぎて、一般的な人間からは煙たがられそうだ。
士郎も同じように高い理想を持っていたが、彼の場合はその姿勢を他人に強要しない。
「魔法使いの使命は、世のため人のためにその力を使うこと。その実現のために、私達は無私の心で打ち込まねばなりません! あなたはそうは思わないんですか?」
高音が士郎に対してそう主張する。
まさか、目の前の人物が自分の言葉を体現しているとは、夢にも思っていないからだ。
「地下道で手助けしていただいたことには感謝しています。しかし、あの武道会で本選へ出場できないようでは、あまりに未熟すぎます。あなたはまず、自らを磨くべきでしょう!」
態度や誠実さは認めても、肝心の実力が欠けている。それが士郎に対する彼女の評価だった。
「あの〜、お姉様……」
「高音さん。それはちょっと……」
高音の発言にひっかかった二人の少女がおずおずとした様子で会話に割り込んだ。
「なんですか?」
「たしかに予選落ちはしてるけど、士郎さんは強いですよ。士郎さんがいなかったら、地下道を抜ける事もできなかったと思うし」
「……本当なの、メイ?」
「はい。衛宮さんと戦ったら、私では勝てないと思います」
説教しようとした言葉を否定され、高音が恥ずかしげに咳払いをする。
「コホン。私は『
「ネギと同じだな」
「それはそうでしょう。彼はサウザンドマスターの子供なのですから。むしろ、目指して当然と言えます」
普通ならばそこまで言い切らないものだが、高音は断言してしまう。
サウザンドマスターへの憧れもあって、その息子にも過剰な期待をしているからだ。学園祭初日に、ネギの失態に対して厳しかったのもそれが一因となっている。
「ネギ先生の事よりも、あなたはどうなんですか? あなたも『偉大なる魔法使い』を目指そうとは思わないのですか」
「俺の理想は『正義の味方』なんだ」
「え……。それ……は?」
さすがの高音もその返答には戸惑いを見せる。
「本当……なのですか?」
高音は正面から士郎を睨み付けた。高音の口にした理想に対して、士郎が揶揄しているのではないかと疑ったからだ。
「俺は本気で『正義の味方』を目指している。誰もが幸せでいられるように、皆を守るのが俺の夢だ。冗談だと思われるかもしれないけどな」
高音の視線を、士郎は平然と受け止める。自分の心に恥じるものがないからだ。そして、その夢に対する迷いも怯みもない。
「人の夢を笑うなどと、そのような失礼な事はしません」
高音もまた視線を逸らすことなく、士郎の思いを正確に受け止めた。
「ですが、『正義の味方』を目指すなら、学園側につくべきでしょう」
彼女はどうしてもその点にこだわった。
自分の正しさを疑っていないため、彼女は異なる価値観について偏狭なところがあるのだ。
「地下でも言っただろ。俺には学園側が正しいとは断言できない」
「魔法を公表すればどれほどの混乱が起きるか予測できるでしょう? 無用な混乱は避けるべきです」
「必要な混乱かもしれないだろ。超の目的が最終的に正しいのなら、混乱が起きることがわかっていても実行するべきだと思う」
「ですが、魔法を秘匿するのは魔法界の常識なんですよ」
「極端な話になるけど、多くの一般人に囲まれた中で、魔法でしか救えない人間がいたとする。その場合に、魔法で助けるのは間違っているのか?」
「それは……」
高音が言葉に詰まる。
士郎の用意している結論も推測できるし、自分もその場に直面したら同じ行動を取ると思う。
しかし、幼い頃から教え込まれた常識が、どうしても彼女を縛る。彼女は正解を口にする事ができなかった。
「俺だったら魔法を使う。魔法を秘匿する事よりも、人を救う方が大切だから。確かにルールを破る事になるし、罰せられるかも知れない。それでも、その行為は間違っていないと思う」
ちょっと考えれば、すぐに出てくるはずの例題なのに、高音はそれを考えた事がなかった。いや、考えないようにしてきたと言う方が正しいのかも知れない。
「それでは、超さんに手を貸そうとしないのはなぜですか?」
話を聞けば、士郎はむしろ超の行動に肯定的だ。それならば、中立を選ぶ理由がわからない。
「それは、超が正しいとも断言できないからだ。どんな理由なのかも聞いていないし、どんな手段なのかも知らないしな」
「では、超さんの動機や方法が間違っていたなら、あなたはどうするつもりですか?」
「その場合は超を止めなきゃならない」
「あなたは超包子で働いているんでしょう?」
「それは関係ないだろ。どこに所属しているとか、誰と親しいかなんて、“正しさ”とは関係ない。間違いを正してやることも友人がするべき事だと思う」
高音は魔法使いへの道を真っ直ぐに歩んできた人間だ。だからこそ、魔法使いの常識を至上の物として考えていた。魔法協会は常に正しく、それに反する者は間違っているという具合に。
だが、士郎はそうではない。
彼は養父から学び、たった一人で目指すべき道を選択した人間だ。そのため、誰かを守るという目的が最優先であり、感傷や常識や打算などは全て後回しになるのだ。
「わかりました。それがあなたの“正義”なのですね」
高音は士郎の選択を受け入れた。
高い理想を掲げる彼女は、志の一つも持たず魔法使いとしての義務を軽んじている人間に辟易してきた。
夢を持ちその実現に努力を払う存在が、どれだけ希少なのか彼女は知っている。彼女にとって、理想を追い求める人物は、それだけで敬意を払う対象となる。
高音が納得できなかったのは、士郎の主張であって、その姿勢ではなかったのだ。
自分とは方向性が異なっていても、その覚悟の重さ、その決意の固さ、その思いの強さを、高音は認めることができた。
「『正義の味方』というのは、とても素晴らしい夢だと思います」
士郎の手を取ると、自分の想いを込めて両手で握り締める。
この時の彼女は、士郎を異性として全く意識しておらず、無意識での行動だった。それほどに、士郎との出会いが貴重なものだと感じたのだ。
「ありがとう。応援してくれたのは、ネギぐらいだったしな」
士郎の意志を高音が理解できたように、彼女が本心から認めてくれたのだと士郎にも察する事ができた。
「仕方のないことだと思います。そもそもの視点が違いすぎて、他人にはあまり理解してもらえないものですから」
自ら動こうとしない人間には、理想を追い求める者の心情を理解することができない。高音はそういう連中から嘲笑を受けた経験が何度もある。
だからこそ、理想を貫こうとする士郎の真価がわかるのだ。
高音の言葉が聞こえたのか、アスナが少しだけ悔しそうに士郎と高音を見た。
実力の有無などではなく、自らの生き方こそが士郎の夢に対しての判断基準となる。士郎をどのように評価するかで、むしろ、評価する人間の本質が問われるのだ。
残念ながらアスナは、『正義の味方』という言葉のイメージしか考えず、士郎の心情にまで思いが及ばなかった。
自分はネギや高音や士郎のように生きる事ができるのだろうか? 目指すべき何かを見つけることができるのだろうか?
図書館島を回っていたこのかとネギとカモが、約束の時間に喫茶店に姿を見せた。
ネギの目を意識して、謎のシスターは正体を隠すべく変装を施していた。サングラスにマスクという、実に犯罪者っぽい装いだった。
「……あれ? カモがもう一匹?」
士郎は、二匹のカモがハイタッチしている光景を目にしていた。
「オレッチは兄貴と一緒に図書館島を回ってきたんスよ。いやー、面白かったぜ」
「そいつぁ楽しみだ。ムフフ」
カモBのセリフに、カモAが笑みを浮かべる。
士郎達と行動を共にしていたカモAは、これから図書館島見学中のネギと合流するらしい。カモBに言わせるなら、“合流した”との事だ。
「ネギはまたアレを使っているのか?」
「そうっスよ。どうかしたんスか?」
「……いや」
士郎自身にもよくわからないのだが、タイムマシンを濫用する事に、心の何処かでひっかかりを覚えるのだ。
学祭初日――士郎の体感で言えば一週間前の事になるが、その時から気にはなっていた。
士郎はタイムマシンに対してどこか否定的な印象を持っている。その証拠に、タイムマシンでの移動に同行したいとは思えないのだ。
このかの用意してくれた服は、アスナがいつも着ている活動的な服装とは違っていた。ツインテールを解き長い髪を下ろしたアスナは、普段よりも女性らしさを前面に押し出している。
そのチョイスは上手くいったようで、高畑からは「キレイだ」とお誉めの言葉をいただいた。
「教師と中学生というのは、ちょっと問題がありそうだけど、うまくいってもらいたいよな」
アスナには悪いが、客観的には親子としか見えない。
「そうですよね」
士郎の言葉に、ネギは心から同意する。
「衛宮の兄さんとデートしたのも無駄になるしなー」
ネギの肩にのっているカモのつぶやきにを耳にして高音が反応した。
「え……? アスナさんは高畑先生を好きなのでしょう? それがどうして衛宮さんとデートしているのですか?」
「デートって言っても、高畑先生の代役だからな。浮気とかそういう話じゃないぞ」
実にあっさりと士郎が告げる。高音の質問の意図を理解していないため、アスナを弁護するような言い回しになった。
「そ、そうだったんですか?」
「そのぐらいいいだろ」
「そ、そうですね。ええ。申し訳ありませんでした」
高音が取り繕うように謝罪した。
二人は喫茶店に寄ったのだが、緊張しまくりのアスナは、高畑のタバコに火をつけようとしてあごひげを焼いてしまい、冷やそうとしてかけたのが熱いままのミルクティだったり、テーブルを倒した拍子にコップの水を頭から被ったりと、散々である。
つまらないミスにうろたえるアスナを見ていると、放っておけない気持ちは士郎にも理解できる。
しかし――。
「ノゾキ見するのは、もうやめた方がいいんじゃないか?」
士郎の提案に、皆は不服そうだった。
「だって、さっきみたいに、トラブルが起きるかもしれませんよ」
ネギにとっては、昔から知っている高畑と、こちらに来てから一番世話になっているアスナだ。どうしてもデートの結末が気になるらしい。
「これは神楽坂のデートだろ。誰かのおかげでデートがうまくいっても嬉しいと思うか?」
「そやけど、高畑先生の前でひどい失敗をするかもしれへんし」
「それでもだ。さっきは失敗もしたけど、それだって大切な思い出になるはずなんだ。泣きべそかいていた神楽坂だって可愛かったじゃないか。この先のデートは神楽坂自身に任せるべきだ」
士郎の言葉にも一理ある。皆もその事を理解しているのだが、心情的に離れがたかった。
「衛宮さんの言う通りです。今の話を聞いたのだから、皆さんにも理解できたはずでしょう。それに、面白半分で見物するのは、彼女たちに失礼です!」
よほど自分の信条と合致したのか、高音は士郎の言葉を全面的に支持した。
「お姉様と衛宮さんのいう通りだと思います」
「そうやなー。アスナのデートやもんな」
「わかりました。僕もアスナさんを信じます」
「ちょっと残念だけどなー。仕方ねーか」
愛衣・このか・ネギ・カモが二人の言葉を受け入れて足を止めた。
デートを追いかけようとしたのは、わずかに二名。
「待ちなさい!」
高音が大きい方の襟首を捕まえた。
「ええっ!? だって、ほら、私は衛宮さんの話に納得していないし……。やっぱ、アスナが心配じゃん」
謎のシスターが答える。彼女と行動を共にしたのは、そのパートナーであるココネだけだ。
「お前の場合はただの野次馬根性だろ」
士郎が呆れてつぶやく。どうやら、彼女の性格がわかってきたようだ。
「いーじゃん。見たいんだからー」
彼女は聞き間違えようのない程、率直な理由を口にする。
「ずいぶん気にしているんですね。アスナさんの事を知っているんですか?」
ネギの素直な質問を受けて、彼女は言葉に詰まる。
「……くっ」
まるで苦痛に身をよじるようにして、彼女は言葉を絞り出した。
「確かにアスナと謎のシスターには何の関係もないからね。この場は諦めることにする。……諦めるってば! 諦めればいいんでしょーっ!」
悔し涙をこぼしつつ、その身体がわずかに震える。
その場にいた皆は思った。
(どうしてそこまで、『謎のシスター』の設定にこだわるんだろう?)
その答えは、おそらく謎のシスターにしかわからない。
あとがき:士郎と高音の会話が冗長すぎましたかね? でもフラグだから仕方がない(笑)。
原作でもカモ二匹が遭遇していますが、もう一匹がどう動いたか非常に不明確なので、勝手に行く先を決めました。