『シロネギまほら』(24)超陣営と学園側と部外者一名
美空とココネからの念話を受けて、シャークティと名乗るクールなシスターが一行と合流していた。
美空達が逃走中に、何百体ものロボットが格納されているのを目撃したと証言したため、その真偽を確認するのが目的だった。
しかし、問題の倉庫には何ひとつ残されておらず、広い空間だけがそこにあった。
「ホントなんですよーっ。ここにズラーっとロボが並んでて!」
力説する美空に、シャークティもアスナも冷淡だった。二人とも普段の美空がイタズラ好きだと知っているため、真面目に取り合ってもらえないのだ。
これまでの言動を、彼女は反省したに違いない。
そんな様子を、直接的な関係の薄い士郎が眺めている。
彼はこの建物についてよく知らないため、一人だけ抜け出す気にもなれず、ここまでついて来たのだ。
魔法協会にとって士郎は部外者となるはずだが、追い出されるようなこともなかった。部外者というならアスナも同様だし、別行動をとることの弊害を考慮したのかも知れない。
そこへ、学園側へ連絡するために別行動を取っていた高畑が戻ってきた。
「遅くなってすまない。途中で超君を見かけたんだが、逃げられてしまったよ」
「超ちゃんを!?」
「捕まったら、超はどんな罰を受けるんですか?」
クラスメイトであるアスナと、超の仕事仲間である士郎が反応を示す。
謎のシスターは我関せずといった様子だ。
「衛宮君だったね。少なくとも学園祭終了までは拘束することになると思うよ」
「やりすぎじゃないですか? 確かに高畑先生を監禁したのは問題だと思いますけど」
監禁そのものは犯罪行為と言えるが、実質的には数時間程度にすぎない。仮にも元担任なのだから、見逃す事だって不可能ではないはずだ。士郎としては厳格すぎるように感じられた。
「そうか……。君達には伝えていなかったね。超君の目的は『魔法使いの存在を全世界に公表する事』だったんだ」
「なんですって!?」
驚きを口に出来たのはシャークティのみだった。
高音・愛衣・美空・ココネの四人は、声も出ないほど驚いている。
アスナだけは、魔法に関わって日が浅いので、反応が鈍かった。超がオコジョにされる可能性を思い浮かべて心配したぐらいだ。
「それが超の目的だったのか……。悪い事をしたかな」
ぽつり、と士郎がつぶやく。
飛行船の上で超が語っていた望み――“多くの人を幸せにする”ために、これは必要な手順だったのかもしれない。
今回の拉致騒ぎは、もっと超の個人的な事情によるものだと考えていたため、そこまで大がかりな話とは想像もしていなかった。
「今のはどういう意味ですか?」
士郎の声が耳に届いたらしく、高音が眉をひそめて尋ねた。
「だから、超の邪魔をして悪かったなって」
「何を言っているんですか! 魔法使いの存在を公表するなんて、許されることではありません!」
「それは知ってる」
向こうの世界でも、魔術は秘匿されるものとして扱われていた。知る人間が多くなるほど魔術の効果は薄れるという事情があるため、それも当然の事と言える。
しかし、士郎は魔術を教えてくれた養父から、『魔術は必死で隠蔽するようなものではない』と聞かされて育ったため、神秘の公表に対する忌避感が、他の魔術師に比べて極端に薄い。
士郎が魔術を隠そうとしているのは、魔術を知った人間が騒動に巻き込まれることを懸念しているからだ。自分のためではなく、あくまでも他人のための行動だった。
「あなたは魔法使いの存在を公表されてもいいと言うのですか? そんなことは許されることではないでしょう」
それはこの旧世界で暮らす魔法使いが一番最初に教えられる事なのだ。高音にとってはいまさら口にするのが馬鹿馬鹿しくなるほど基本的なルールである。
「なんでさ?」
なんの緊張も滲ませず、ごく自然に士郎は尋ねていた。
「魔法という特殊な力を持っている人間が、現代社会と平和的に共存するためには必要な掟なのです。それを覆す事がどれほどの混乱を生むか、あなたにもわかるでしょう!」
「確かにこれまでのルールが壊されたら、いろいろな問題が起きると思う。だけど、そうなれば存在を隠したりせずに、魔法を使えるようになるはずだ。人助けをしている魔法少女の噂を聞いたけど、それは魔法を使って人助けをしてるからじゃないのか? つまり、魔法でなければ助けられない状況が存在するんだ」
士郎にとって一番重要なのは、魔法でなければ助けられない人間を助けられる――その一点だ。
ここまで明確に肯定されるとは想像もしていなかったため、高音は改めて問いたださなければならない。
「それでは、衛宮さんは超さんに手を貸すつもりですか?」
高音の質問と同時に、愛衣も表情を固くする。
高畑を救出するために手を組んでいたが、超の協力者ということになれば見逃すわけにはいかないからだ。
高畑とシャークティも会話を聞いていたのだが、二人とも表情は変わらなかった。ただし、士郎の行動如何では戦闘も辞さないつもりでいる。
「いいや。俺は超の手伝いをするつもりはない。邪魔をするつもりもないけどな」
「どいうことですか?」
「今の俺にはどっちが正しいのか選ぶ事ができない。超包子で働いているから、心情的には超の応援をしたいけど、感情だけで判断するには話が大きすぎるしな」
魔法を公表するということは、魔法とは無縁だった一般社会の常識を覆す事になり、世界の社会システムすら激変させることになるだろう。
科学知識との整合や、教育課程への取り込みと、仕事への転用。さらには、魔法犯罪に関する法律での扱い。それらは、歴史の流れを変える転換点となりえる。
士郎は“魔法使い”となってから日も浅く、魔法使い達の影響力や常識への理解に欠けている。これほど少ない情報からでは、正しい判断を下せる自信がない。
それに、異邦人である自分は、この世界に、その歴史に、介入する資格がないと思ったのだ。この世界の未来を選択するのは、この世界に生きる人間であるべきだった。
単純に誰かを助けるというのならば事情は違うが、この問題は自分の手に余る。
おそらく、このような決断を下せる人間こそが、後に英雄と呼ばれることになるのだろう。
「それは、ただの事なかれ主義でしょう! 選択からの逃げです! あなたも魔法使いなら、自らの去就を定める義務と責任があるはずです!」
高音の追求が厳しいことに、愛衣は首をひねる。
基本的に高音は厳しいが、ここまで強硬に意見を押し付けたりはしないはずだった。
「たとえ、無責任と言われても、今の俺にできるのは“どちらも選ばない”事だけだ。納得できない事のために戦うつもりはない」
士郎は自分の信念に従ってその答えを口にしている。
もしも、この選択が原因で学園側から敵視される事になっても、それを受け入れるだけの覚悟があった。
「高畑先生……」
アスナが困ったように高畑の顔を見上げる。アスナ自身は高音の意見に賛成なのだが、士郎が間違っているとも断言できない。どちらが正しいとは言えないものの、彼等が戦うのだけは止めさせたかった。
高畑は笑って頷くと、語調のきつい高音に替わって、その会話へ穏やかに割り込んだ。
「君の言いたい事も理解できるよ。だが、僕達はこの学園に所属する立場だ。本来は部外者である君に、事態を混乱させられると困るんだ」
「俺はどちらにもつかないつもりです」
士郎だって自分の主張が万人を納得させられるとは考えていない。そもそも、士郎と同じような立場――つまり、“部外者”である人間は存在しないからだ。
「超君の側につくつもりはない、ということでいいんだね?」
「はい」
士郎が頷いた。
“魔法を公表する”ことに彼は手を貸すつもりはない。少なくとも、学園側が過激な鎮圧を行わない限りは。
シャークティの様子を不審に思った高畑は、言葉ではなく念話で話しかけた。
(何をするつもりです?)
――決まっているでしょう。彼は、超鈴音の目的に肯定的です。敵対する可能性が高い以上、今すぐにでも拘束するべきです。
(やめておいたほうがいい。彼はエヴァの従者だ)
学園のもめ事など、エヴァならば意に介さないと高畑は考えている。超の計画の成否にすらこだわらないと思えた。
ただし、自分が巻き込まれない限りは、だ。
もしも、彼女の従者がその騒動に巻き込まれたとしたら、彼女はその事実を黙認したりしないはずだ。どんな相手であろうと、彼女は躊躇せず敵対行動を取るだろう。身内に甘い彼女のことだから、必ずそうなる。
――
『
エヴァに対する学園側の評価は非常に批判的なものが多かった。すでに懸賞金も取り下げられているのだが、いまだに犯罪者扱いとなっている。
エヴァに同情的なのは、高畑と学園長の二人ぐらいだ。
(彼女は学園の警備員です。無用の軋轢を避けるべきでは?)
――学園側の人間ならば、この判断に従うはずです。それを拒否するようならば、間違いなく敵です。たとえ、世界樹の魔力が高まっているとはいえ、封印中の彼女ならばどうにでもなるでしょう。
シャークティはばっさりと断じるが、高畑にとってはそこがやっかいな所なのだ。
実は高畑はすでに気づいていた。“彼女の封印がすでに解けている”ということに。
吸血鬼である彼女は、月の満ち欠けによって魔力が増減するのだが、高畑はその周期や変動をほぼ正確に把握している。これは魔力を封印された状況だからこそ顕著なのだ。
5月からのエヴァの魔力は、そのバイオリズムから完全に外れており、ほぼ一定となっていた。これは、たまにしか顔を合わせない人間にはわからないことなのだ。彼女は意図的に魔力を抑制しているのだろう。
高畑がそれに気づけたのも、個人的にエヴァと親しいからこそだ。彼は彼女の別荘を借りて腕を磨いたこともあったし、一時期などはクラスメイトでもあった。
エヴァが登校地獄をかけられた経緯を高畑は知っている。行方不明となったナギが、数年で解除すると約束していたことも。
そのため、彼は解呪の件をこれまで誰にも口外することはなかった。学園長にもだ。まさか、学園長がすでに知っており、黙認しているとまでは考えていなかった。
(彼を無理に拘束する事で、エヴァと敵対しては本末転倒だ。中立を望んでいる人間の方が害は少ないはずでしょう?)
高畑がそう説得する。
中立を表明している人間と、元600万ドルの賞金首である真祖。どちらが相手にしやすいかは、誰にでもわかる理屈だった。
こくり、とシャークティが頷くのを見て、高畑が安堵の息を漏らす。
「それなら、士郎さんはどうして手伝ってくれたの? 高畑先生とは会った事もないのに」
アスナが正直に疑問をぶつけてみる。
「最初に言った通り、超が間違っていると思い込んだからだ。それに、高畑先生のためというより、神楽坂のためだからな」
「私の?」
「せっかく勇気を出してデートに誘ったんじゃないか。いまさら、中止にしたくないだろ?」
「な、なにを言ってんのよ!」
アスナが羞恥に頬を染める。
「神楽坂と高畑先生のデートを手伝うって約束したからな」
「その……。アリガト」
照れくさいのか視線を避けつつ、アスナは感謝の言葉を口にする。
この時、アスナの心理状態は士郎の推測と全然違っていた。
アスナはこれまでの士郎に対する言動を恥ずかしく思っていたのだ。“予選落ち”という事実だけで、失礼な態度を取っていたことを。
単純な戦闘力でもおそらく士郎の方が上だろう。剣士でしかない自分では、剣の爆破に対抗する術が思いつかない。
そのうえ、彼を侮っていた自分のために力まで貸してくれた。超との仲が悪くなるかもしれないのに。
おそらく士郎は、力の使い道や使うべき時を知っている人間なのだ。だからこそ、力をひけらかしたりしないし、必要な戦いから逃げたりもしない。
それを考えると、人を見る目もないまま好意に甘えてしまった自分が、酷く幼稚に思えてしまう。
「アスナ君。ちょっといいかい?」
「……はい」
高畑に声をかけられてアスナが振り向いた。
「ちょっと話があるんだけどこっちに来てくれないかな」
高畑はアスナと共に歩き、他の皆から距離をとった。
「君は衛宮君の戦うところを見たかい?」
「えっと、どうかしたんですか?」
「彼がどのぐらい強いのか知りたくてね」
「高畑先生の方が断然強いと思いますけど」
「君から見て、衛宮君は弱かったかい?」
「いいえ」
ふるふる、と首を振った。
「武道会で予選落ちだったから、その……、あまりあてにしてなかったんですけど、強くてビックリしました」
ただし、覗き見した幻想空間のエヴァや刹那のような、圧倒的な強さは感じなかったと思う。強さで言えばあの二人には及ばないだろう。
たが、士郎は“負けない”気がするのだ。敵を打ち倒すような攻めの強さではなく、誰かを助けようとする守りの強さ。そんな風に感じられた。
「どんな戦い方をしていたのかな?」
「士郎さんは二刀流を使ってました。何本も剣を持っているらしくて、爆弾としても使ってました」
「なんだって?」
奇妙な話に高畑が驚きを見せた。
お互いに打ち合うような剣に爆薬を仕込んでも自分が危険なだけだ。爆破のタイミングを自分の意志で決められるということだろうか? それも複数所持しているとなると、手ごわくなる。おそらく、それが彼のアーティファクトなのだろう。
「あの……、高畑先生は士郎さんと戦うつもりなんですか?」
アスナが心配そうな表情で彼を見上げている。
「そう見えるかい?」
「そうじゃないけど……。あの、士郎さんはいい人だと思うから……」
「そうだね。僕も同感だよ」
安心させるべく高畑が笑顔を浮かべて見せた。
アスナに言われるまでもなく、士郎の人物評については高畑も同意見だった。
高畑自身も魔法の秘匿を優先したことで、助けられずに悔やんだ経験がある。だから、超の望みも理解できるし、それを肯定する士郎の気持ちも頷ける。
それに、どちらの陣営にも属さない中立という立ち位置は、双方から距離を置くことでもある。どちらの陣営からも、味方と見なしてもらえないのだ。学園側から危険視されることも覚悟して態度を表明したのは、彼の誠実さによるものだと理解できた。
ただし、いい人が全て味方であるとは限らない。
「僕も彼とは戦いたくないよ」
高畑は偽ることなく心情を述べていた。
「ところで、学祭の三日目はいろいろと忙しくなりそうなんだ。それで、君との約束の時間を一日早めたいんだが、どうだろう? 今から時間はあるかい?」
「ええっ!? い、今からですか!?」
あとがき:アスナ&ハマノツルギは、士郎&投影剣にとっても天敵となりかねないのですが、今のところは保留にしておきます。戦う機会があるか不明ですし。