『シロネギまほら』(23)衛宮士郎の不思議なダンジョン
下水道を進んでいた一行はほどなくして窮地に陥っていた。
本選にも出場していたアンドロイドの田中さんが十体近く出現し、一行を前後から挟撃したのだ。
通称の『田中さん』とは、T−ANK−α3という機体番号から取られているため、『さん』づけがデフォルトとなる。主要兵装は口内に内蔵している脱げビームと、有線形式のロケットパンチであった。
高音は試合中に田中さんから服を脱がされたトラウマによって、一目見ただけで行動不能に陥ってしまい、脱げビームの直撃を受けてあっさりと気絶してしまった。
この情報を持ち込んできた謎のシスターは、相棒の幼女――ココネを肩車すると、スニーカー型のアーティファクトで一人だけ逃亡を果たしていた。
六人と一匹で地下へ突入したはずだったが、まともに戦えるのは3名しか残っていない。戦力はまさに半減していた。残念ながらカモは戦力に含まれていない。
「左手に『魔力』、右手に『気』」
アスナは気と魔力の合一――咸卦法によって身体能力を向上させる。手にするは、ハリセン型ハマノツルギ。
「――
士郎もまた強化魔術を使用して、身体能力を増幅させる。両手に握るのは干将莫耶。
前後から迫る田中さんに対して、士郎とアスナが二正面作戦を展開する。後背からの襲撃だけはなんとしても避けねばならない。
壁を左に配する形が進行方向となっており、こちらを担当するのがアスナだ。反対に、士郎は壁を右手に見ながら、後方の敵を防ぐことになる。
接近戦に劣る佐倉愛衣は、二人に守られてその中央に立つ。代わりに彼女は、魔法での援護射撃を行うのだ。
彼女は自分の得意な火属性の呪文を唱える。
「
生じた火焔がアスナの前方にいた数体の田中さんを爆発させた。
超としても守るべき場所なのだろう。何体倒しても補充要員の田中さんがやって来るのだ。
「まずい……」
衛宮士郎は珍しいことに、恐怖というものを実感していた。
見知らぬ誰かのために、その身を犠牲にするはずの彼が、珍しく自分の身を案じていた。
彼は本気で考えている。今だけはアスナ達よりも自分を優先するかもしれない、と。
その理由はこのセリフに込められていた。
「こんなところで素っ裸にされるのだけは絶対に嫌だ!」
追い詰められた心情と、敵がアンドロイドであるという事情により、士郎の双剣はいつもにくらべて過激で容赦がなかった。
切り伏せた田中が、どしゃっ、と地面に崩れて動かなくなる。
士郎の攻撃は、斬撃により動力や配線を切断し、田中さんの動きを止めていた。アスナの攻撃は打撃に近く、関節をひしゃげたり爆発させたりして、田中さんを行動不能に追いやる。
「士郎さんは男でしょ! 何を情けないこと言ってるのよ!」
アスナもハリセンを振り回しつつ、叫び返してくる。
「そっちこそ、よく考えろ! 女の子は裸になっても綺麗とかかわいいですむけど、男の場合はみっともなさすぎるだろ! 少なくとも俺は絶対に嫌だ!」
自分がフルチンで倒れている場面など、想像するだに恐ろしい。その状態でアスナ達に助けれでもしたら、舌を噛みたくなるだろう。その光景を思い描き、士郎は身震いしてしまう。
士郎は投影射出――投影した剣を矢のように射出する攻撃手段も持っているのだが、それは近接戦闘の最中には非常に困難となる。距離や時間に余裕がなければ、そちらへ意識を向ける余裕がない。
「姐さん! 何か来たぜーっ!」
「何よあれ!?」
カモの警告とアスナの驚愕。
士郎が振り向くと、そこには新たな敵が出現していた。水路幅いっぱいの大きさを持つ多脚戦車である。
「くそっ!」
士郎の投げた干将が、装甲をものともせずに戦車の胴体に突き刺さった。重要な箇所にでも当たったのか、戦車の四本足が停止してしまう。
動けなくなった戦車は、それでも砲台となってその場からビームを放ち始める。それを沈黙させたのは、再び士郎が投じた莫耶である。
一台目が動きを停止していることから、二台目以降が接近を阻まれている。
かろうじて急場をしのげたものの、助けられたアスナが驚いていた。
危機的状況だったとはいえ、士郎が手持ちの武器を失ってしまったからだ。
「愛衣ちゃん! 士郎さんの援護をお願い!」
咄嗟にアスナが指示する。素手の士郎が予選落ちしていることを思い出したからだ。
その求めに応じようとした愛衣だったが、先んじて士郎がそれを止める。
「こっちの心配はいらない。――
投影した二刀を再び握りしめ、士郎は迫り来る田中へ応戦を再会する。
「びっくりさせないでよ! 衛宮さんはその剣を何本持ってんの?」
「いっぱいだ」
「5本ぐらい?」
「もっとだ!」
「じゃあ、10本?」
「もっとだ!」
「一体、何本持ってるのよ?」
「だから、いっぱいだって言ってるだろ」
士郎の場合、魔力さえあれば投影の本数制限は存在しない。
厳密に言えば士郎の魔力容量はたかが知れているものの、エヴァとの契約執行を行えばほぼ制限なしとなるだろう。エヴァの魔力容量は、士郎では把握できないほど膨大だった。
そういう意味では、謝礼としての仮契約というのも間違った判断ではない。
「もう、魔力が尽きそうですぅ」
愛衣が弱音を吐いた。実際、限界が近いのだろう。
接近戦こそ行っていないものの、常に魔法を行使し続けているからだ。優秀な経歴を持っていても、彼女はまだ中学一年生にすぎないのだ。
愛衣の援護があってこそ拮抗している戦いだ。このままでは現状維持も難しくなる。
「神楽坂、あまり動くなよ」
士郎が振り返りざまに、二刀をそれぞれ投じていた。
「え!?」
士郎の言葉と自分へ迫る双剣に、アスナの身体が一瞬硬直する。双剣は彼女を避けるように、弧を描きながら身体の左右を走り抜ける。干将莫耶は後衛に控えていた田中へ突き刺さった。
「なんなのよ、突然!?」
「俺の投げた剣を爆破して、まとめて倒す」
「爆破!?」
「二人とも、合図をしたら伏せろ。――
士郎は再び創り出した剣を、今度は自分の正面に向けて放り投げる。
「そんなことできるの?」
「ああ、いくぞ。3、2、1――」
慌てて床に身を投げ出すアスナと愛衣。士郎もその場に伏せて爆風に備えた。
「ゼロ!」
カラドボルグほどの剣ともなれば膨大な破壊力を生み出すのだが、干将莫耶は伝説も神秘も薄く破壊力は極端に劣っている。しかし、地下道で爆破するにはむしろ都合が良かった。
ドオオオン! 水路内であり空間が限定されているため、爆風は水路沿いに前後へと走り抜けた。無傷で控えていた多脚戦車も、ひっくりかえった拍子にどこかへ負荷でもかかったのか連鎖爆発を起こす。
「驚いたぜ。衛宮の兄さんにこれだけの力があったとはなー」
アスナの肩で半身を起こしたカモが感嘆を漏らした。
これだけの攻撃力を持っていたことも驚きだったが、その力をまったく悟らせなかった事実に唸るしかなかった。
士郎は本人の実力に不相応なほど過剰な攻撃力を持っているのだが、本人の性格や容姿からそれを察する事は不可能に近い。
「危ないじゃないのよーっ!」
元気いっぱいに苦情をぶつけるのはアスナである。セーラー服が破かれ、埃を被っているが、怪我をしている様子はまったくない。
「だから、最初に警告しただろ。佐倉の方は大丈夫か?」
「は、はい」
埃を払いながら立ち上がった愛衣が、傍らに倒れている高音に駆け寄った。
それを見た士郎が、慌てて顔を背ける。高音が全裸だったためだ。
「……仕方ないな」
そうつぶやいた士郎が、横を向いたままトレーナーを脱ぎ始める。
「ちょっ、士郎さん!」
その行為に驚かされて、アスナが顔を赤くして叫んだ。
士郎は顔を背けたままで、トレーナーを愛衣へ向かって差し出した。
「これでよければ、高音に着せてやってくれ」
右袖の肘から先と、右脇腹が削られているが、女性の身体を隠すには十分だろう。
「あ……、ありがとうございます」
受け取った愛衣が、意識のない高音にトレーナーを着せてやった。
「わひゃっ!?」
目を覚ました高音は、自分が頭を預けていたのが、士郎の肩だと知って驚きの声をあげる。
「おわっ!?」
それに応じて士郎もびっくりした。
慌てた高音が四肢を動かしたため、士郎は両腕に力を込めて彼女を押さえ込もうとする。
「やめろ! 暴れるな! 頼むからじっとしててくれ!」
気絶した高音の身体を、唯一の男である士郎が両手で抱えて運んでいたのだ。士郎の両手が外れて、高音が頭から落ちでもしたら大変だ。
士郎に抱きかかえられていたと知って、高音が頬を染め上げる。
「お、下ろしてください!」
「わかった」
うなずいた士郎が高音の足を床へと降ろす。
「あら? これ……は?」
自分の着ているトレーナーをつまんで、高音が尋ねる。自分の体格に比べて、あきらかにサイズが大きい。
「お姉様はロボットのビームを受けて裸にされてしまったんです。それは衛宮さんが貸してくれました」
「そうですか。ありがとうございます」
自分を運んでくれたのも士郎だと思い出して、高音が慌てて礼を告げる。
「メイ。戦いはどうなったの?」
「敵はアスナさんと衛宮さんが倒してくれました」
「そうですか……」
高音が唇を噛む。
本来、この学園の秩序を守るのは、この学園に属する自分達――魔法生徒や魔法先生の仕事である。
魔法について知ったばかりのアスナや、部外者である士郎に頼るべきことではない。
「醜態をさらしてしまい、申し訳ありませんでした。本当は私がお二人を守らなければならなかったのに」
がっくりと肩を落として謝罪する。
「気にしないでよ。高畑先生を助けたいのは一緒なんだし」
「困っている相手を助けるのは当たり前の事だろ。謝られるとこっちが困る」
アスナと士郎がそれぞれ告げる。
「そうは申しましても……」
「それなら、謝罪じゃなくて感謝にしておいてくれ」
士郎の言葉を、高音は受け入れた。
「助けて頂いてありがとうございます。衛宮さん、アスナさん」
士郎とアスナが笑って頷いた。
救出対象であるはずの高畑は、士郎達の到着を待つこともなく自力での脱出を果たしていた。それどころか、別行動を取って窮地に陥っていた美空達まで救出していたらしい。
更衣室を見かけた少女達は、脱げビームにより露出度の高くなった服の代わりに、そこで見つけた体操服へと着替えることにした。
士郎は本人の努力もあって被害は軽微だし、むしろ体操服を着るのが気恥ずかしかったこともあってやめておいた。
「衛宮さん、これをお返しします。ありがとうございました」
高音が頭を下げて、トレーナーを士郎へ返却する。
「……ん?」
トレーナーに袖を通した士郎が、怪訝そうな顔をした。
その様子を見て不安そうに高音が尋ねる。
「どうかしましたか?」
「いや……。ちょっと香水の匂いがしたからさ」
「すみません。香りは控えめのつもりですけど……」
すまなそうな高音の言葉に、士郎が慌てて否定する。
「嫌な匂いだなんて言ってないだろ」
トレーナーの襟首を持ち上げて、士郎がもう一度匂いをかいだ。
「うん。いい匂いだと思うぞ」
「――っ!?」
士郎の言葉を受けて、高音の顔が瞬時に紅潮する。女子高ということもあり、異性との交流に慣れていないからだ。
「お姉様ーっ!? しっかりしてくださーいっ!」
フリーズ状態となった高音に、愛衣が呼びかけた。
武道会場と隣接する塔の一室。超との対決も覚悟して訪れた集中管理室だったが、そこはすでにもぬけの殻だった。
何台も並んでいるモニターが、使用者のいないまま監視映像や制御画面を映し出している。
『先生。本体さんからの連絡で試合の方で大事件だと……』
チビ刹那――符術によって作られた、刹那の式神が高畑に声をかけていた。
窓から外へ出た高畑を追って、一行も屋根を踏みしめる。
地上五階の高さからなら、武道会の光景が一望できた。
舞台にいるのは最後まで勝ち残った二人の強者。それは、決勝戦の光景だった。
10カウントを受けて敗北したのは、ネギ・スプリングフィールド。
勝利者となったクウネル・サンダースが彼に手を差し伸べていた。
顔を隠すように覆っていたクウネルのフードが外されており、彼の素顔が晒されていた。
その顔に見覚えのあるアスナと高畑が驚きの声を漏らす。
「あ、あの人っ!?」
「あれは……!?」
二人と共に、士郎もまた優勝者の姿を目にしていた。
「クウネル・サンダースって……、ネギに似ているんだな」
あとがき:士郎の投影数についてはアバウトなものです。詳細は裏事情にて。