『シロネギまほら』(22)武道会の舞台裏
第七試合は、桜咲刹那 vs 神楽坂明日菜。
「この対戦はどう思いますか?」
千雨はこれまでと同じように、士郎の予想を尋ねてみる。
「順当にいけば桜咲が勝つだろ。神楽坂は桜咲の弟子みたいなものだし」
「……なんで、そんなに詳しいんですか?」
千雨の疑問はもっともだ。
「縁があるんだろうな。3−Aのメンバーとは、不思議と顔を合わせる機会が多いんだ」
会話をしていると、彼等の後ろにいた観客がざわついた。見物場所を確保しようとして、誰かが分け入ってきたのだ。
ひょっこりと顔を見せたのはネギと小太郎だった。
「アレ?」「お?」
挨拶もそこそこに、全員の目は戦いの始まった試合場へと向けられた。
意外な事にアスナと刹那の対決は、一進一退の攻防を繰り広げていた。
しかし、アスナの構えていたハリセンが、突如として大剣へと変貌する。凶悪な一撃が刹那を襲う寸前で、アスナの身体は刹那に押さえ込まれていた。
試合結果は、刃物を使用したことにより、アスナの反則負けとなった。
「なんなんですか、アレは!?」
これまでと同じく、千雨の驚きに士郎が回答を試みる。
「……凄い手品だったな」
「んな、うちの連中みたいなコメントしないでください! なんだって、試合中に手品なんてしてんですか!?」
「俺に聞かれても困るぞ」
困惑顔の士郎の返答に千雨も引き下がるしかない。予選落ちだった士郎に、本選に関する情報がなくても当然なのだ。
千雨は質問の矛先を変える事にした。
「さっきの試合見てましたよ。強いんですね、先生」
「ありがとうございます」
「でも、強すぎですよね。いろいろ光ったり、吹っ飛ばされたりするし。イカサマじゃないんですか?」
「それは……」
口ごもるネギとは反対に、イカサマ呼ばわりされて腹を立てた小太郎が、千雨を相手に怒鳴りあいを始めてしまう。
士郎が千雨を代弁するかのように、ネギへ尋ねた。
「長谷川と一緒に試合を見ていたんだけど、試合を盛り上げるために特殊効果を使っているんじゃないかって話をしてたんだ。予選を通過したみんなには何か説明でもあったのか? まさか本当に超能力ってわけじゃないだろ」
発せられた言葉から士郎の意図を察して、ネギが返答を試みる。
「……えっと、その、僕達にも説明はありませんでしたよ。僕達はただ戦っているだけですから。観戦席から見ると、おかしなことでもあったんですか?」
『超の指示でイカサマしてました』と言うのは簡単だが、他の選手が否定したらネギ自身が疑われてしまう。
誤魔化すとしたら、『自分の知らないところで、超がやっている』という方向へ持っていくしかないだろう。
「……ふうん。そうですか」
不信感満載だったが、千雨はそこで引き下がってくれた。
第八試合は、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル vs 山下慶一。
「今回は聞くまでもないですね」
そう言って千雨は話題を流そうとする。
「それは、俺の予想とは違ってると思うぞ」
「え? もしかして……」
「俺はエヴァが勝つと思ってる」
「あのチビっ子が勝つんですか?」
3−A内どころか、中学生としてもエヴァは小柄なのだ。ハッキリ言って小学生に混じっても違和感はない。
「この試合どころか、俺は優勝候補だと思ってるからな」
プライドが高いエヴァの事だから、無様な負けなど喫するはずがない。すでに呪いも解けているため、その気になればいつでも全力で戦えるのだ。
「……本気ですか?」
「ネギにも聞いてみたらどうだ」
「先生はどう思うんです?」
「僕も優勝候補だと思いますよ。本当だったら、タカミチもそうなんですけどね」
ネギ自身も、自分の勝利は運が良かったからだと考えているので、ためらいがちに補足した。
肝心のエヴァの試合だが、舞台上の対戦経過など描写する暇もなかった。
ただの一撃でエヴァンジェリンが勝ち残ったからだ。
1回戦が全て終了し、2回戦までは20分の休憩が挟まれる。次の試合を待つ観客のために、舞台上のホログラム映像では、1回戦のダイジェストが流れていた。
自分の戦いを客観的に見て真っ青になったネギと、魔法バレをほとんど気にしていないらしい小太郎が、ひそひそと話し合っている。
「なにがバレるとマズいんですか? ネギ先生」
漏れ聞いた会話に対して、千雨が言葉を挟んでいた。
「いえっ、その、なんでも……」
目に見えて狼狽えるネギを、千雨が冷徹な瞳で観察する。
「ネギに頼みたい事があるんだけどいいか?」
見ていられずに士郎が会話に割り込んだ。
「な、なんですか?」
「さっきのクーの怪我が心配なんだ。見舞いをしたいんだけど、案内してくれないか」
「あ、はい。わかりました!」
渡りに船とばかりにネギが飛びついた。
「悪いな、長谷川。少し、ネギを貸してくれ」
「……いいですよ」
「俺も一緒にいくわ。2回戦の第1試合やからな」
男三人が選手控え室へ向かうのを、千雨が疑わしそうに見送っていた。
控え室への途中で、客席から見えない位置へ来ると士郎が足を止める。
「どうしたんですか?」
人気のない事を確認して、士郎が話を切り出した。
「ネギ。魔法の事は無理に隠さなくてもいいんじゃないか?」
あまりの暴言にネギが驚かされる。
「そんなわけにいきません! バレたらオコジョにされるんですよ!」
「バラそうって言ってるんじゃない。長谷川が自力で魔法の存在に感づいても、これは仕方のない事だと思わないか? たとえば、世界樹なんてどう考えてもおかしな存在なんだ。本当に隠すつもりなら、切り倒すなり、隠すなりするべきだ。世界樹の存在が原因でバレたのなら、学園側の管理がまずいからだろ」
本音を言えば、ルールで許可されているからといって、大会で魔法を使いまくる面々は認識が甘すぎる。
彼のいた世界では、魔術を知られることは相手を殺しかねないほどの重大事だ。ところが、こちらの世界では、魔法を見ても認識できないようにするとか、魔法を知っても記憶を消してしまうとか、“魔法を使用すること”を前提にして対策しているのだ。
そのあたりは、世界の成り立ちの違いや、魔法使いの意識の違い、として納得するしかないのだろう。
「長谷川は目立つ事を嫌っているから、学園側にまで追求はしないはずだ。だけど、ネギ個人が怪しまれると、聞き出そうとしたり調べようとする可能性がある。一番問題なのは、“ネギが魔法使いだ”って疑われることなんだ」
学園という組織がどこか怪しいのと、ネギ個人が怪しいのでは、意味合いが全く違ってくる。
「は、はい。わかりました」
こくり。とネギは真剣な表情でうなずいた。
一人でお茶を飲んでいた古菲を見つけて、士郎が話しかけた。
「ネギから聞いたけど、クーもあの事を知ってるんだって?」
「士郎も魔法の事を聞いたアルか?」
「…………」
古菲の返答を聞いて、士郎は頭を抱えた。
「どうしたアル?」
「魔法の事を自分から口にしたらまずいだろ」
「でも、士郎がネギ坊主に聞いたと言ったからアル」
「俺は“あの事”としか言わなかったぞ」
「アイヤー。誘導尋問アル。士郎も狡賢いネ」
古菲が悔しそうな顔を見せた。
いや、そんな高度な心理誘導などしていない。士郎は直接言葉にするのを避けただけだ。
古菲は自分から進んで秘密を漏らしたりしないだろうが、話をふられてぽろっと口を滑らせる事ならありそうだった。
士郎が魔法使いという秘密も、これからは同じ扱いになってしまう。
「まあ、仕方ないか」
士郎はその点については諦める事にした。彼女はなんと言ってもバカイエローなのだ。
「大会見てたぞ。龍宮に勝ててよかったな」
「アレは私にとっても最高の名勝負ネ。真名に全力を出させられなかったのがちょっと残念だったアル」
あれだけの実力を身につけているだけあって、古菲は強さに対して非常に貪欲だった。
「まあ、クーが全力で戦えたならそれでいいんじゃないか」
士郎が気遣わしげにクーの左手を見下ろした。包帯を巻いた左腕が、首から吊られている。
真名の指弾を至近距離で受けたことによる負傷だった。腕一本を犠牲にしたことで、彼女は勝利をもぎ取る事ができたのだ。
「次も出場するのか?」
「残念ながら骨折でドクターストップアル」
少しばかり悔しそうだったが、その顔には力を出し切ったという満足感があった。
「少し傷を治してみても大丈夫か?」
「士郎にできるアルか?」
「骨折までは難しいけと思うけどな。――
士郎の右手に白い中華刀が出現する。
「士郎は魔法でその剣を創っていたアルか?」
魔法の知識が浅いからこそ、古菲は正解をズバリと言い当ててしまった。魔法を知っている人間ならば、アーティファクトと誤解するか、物品引き寄せと思い込むところだ。
「ああ。今は魔法の杖替わりだ」
別荘での修行中に、干将莫耶を杖として使用できる事を改めてエヴァから説明された。出会った晩にも言われたらしいが、その時点では会話の意図が掴めずに聞き流していたのだ。
「プラクテ・ビギ・ナル。
これは一番最初にネギから教えられた呪文のうちのひとつだ。魔法学校で習う呪文なので、始動キーも初心者用のものだ。
柔らかな光が古菲の身体のあちこちへ引き寄せられ、傷口の治癒力を増加させる。
「おお〜。擦り傷が消えたアル」
古菲が感心したように身体のあちこちを確認した。絆創膏を貼った箇所は、上から触っても痛みをまったく感じない。
「骨折の方は無理そうか?」
動かそうとした古菲が痛みに顔をしかめた。
「治ってはなさそうアル」
「この魔法は繰り返し使っても、使うたびに治るものじゃないらしいんだ。ここまでしか治せなくて悪いな」
ネギの説明によると、一度活性化された細胞は魔力が飽和状態となって、魔法を受けつけなくなるらしい。そうでなければ、どんな重傷も初級魔法の連続使用や大人数の対処で治ってしまう。
より高い治療を行うためには、もっと高度な魔法が必要となるらしい。
「謝る事はないアル。おかげで痛みはだいぶ退いたネ」
第二回戦では古菲の不戦敗があったため、三試合が行われ四名の勝利者が駒を進めた。
準決勝進出者は、ネギ、刹那、クウネル、楓の四名だ。
エヴァが負けたのは意外だったが、力の隠蔽を優先したのだろうと士郎は推測した。後で聞いたところによると、刹那とにらみ合った数分間は幻想空間――つまり意識内部で戦闘をしており、一応は全力で戦ったとのことだ。
千雨からの追求がありそうなので士郎は元の場所へ戻るのを避け、選手席に紛れ込んで古菲と共にそれらの試合を眺めていた。
「ん……?」
「空を見上げてどうしたアルか?」
「あれ、見えるか?」
「鳥? 人間アルな」
「なんでかはわからないけど、シスターが小さい子を肩車してる」
士郎は特別な強化をしなくとも、非常に目がいい。これは先天的に優れている彼の資質だった。
パラシュートもなしに、二人の少女が空に浮かんでいる。放物線を描いているらしく、飛んでいるというよりも、跳んでいるのだろう。
「ちょっと確認してくる」
「私も行くアル」
士郎と古菲は、シスターが舞い降りたと思われる本殿前へと駆けつけた。
そこには、シスターだけでなく顔見知りの少女達がいた。シスターに詰め寄るアスナの他に、このかと刹那とカモといういつもの面々と、なぜか愛衣が一緒だった。
アスナはシスターの正体に心当たりがあるらしく、誤魔化そうとする相手に食い下がっている。
「もしかして、また神楽坂達のクラスメイトなのか」
「またって言われるのも、ちょっとひっかかるけどね」
憮然としてアスナが答える。
彼女自身、納得できずにいるのだ。一般人だと思ってつき合ってきたクラスメイトの正体を、思いがけず知ってしまったのだから。
「まさか、美空ちゃんが魔法使いだったとはねぇ」
「美空ちゃんて、誰っスか?」
シスターは必死で心当たりがないとアピールする。
「美空ってどこかで聞いたような気もするな……」
「……イイエ。謎のシスターはあなたと初対面のはずデスヨ」
なにやらわざとらしく声まで変えている。
「士郎さんも美空ちゃんのこと知ってるの? 春日美空ちゃん」
「謎のシスターだってば」
「美空、美空……」
うーむ、と士郎が腕を組む。
「謎のシスターだって言ってんのにー」
「ひょっとして女子寮で会った……か?」
士郎の言葉に、ビクッ、とシスターが反応する。
「美空ちゃんは覚えてないの?」
「私は美空ちゃんではありませんので」
手を振るジェスチャーでシスターは否定を試みる。
「エヴァに襲われた佐々木を、寮まで運んだ時に会ったよな?」
その説明を聞いて謎のシスターが首を捻った。
「あのー、なんでそこにエヴァちゃんが出てくるんスか?」
「あれ? エヴァは魔法の世界で有名なんじゃないのか? 600年生きた元賞金首の吸血鬼だって聞いたけど」
「まさか……、
「ああ。その闇の福音。他にも
数秒の間を置いて、謎のシスターを驚愕が襲った。
「嘘だーっ!? 冗談だって言ってよーっ! 有名なんてモンじゃないよーっ! 魔法界じゃ子供をしかりつける時に、『闇の福音がさらいにくる』って言い聞かせるくらいなのにー! そんなのがクラスメイトやってるなんて、ありえねー!」
両手で顔を挟んでムンクの叫びを実演する。
すでに謎のシスターとしての体裁も忘却の彼方で、春日美空全開のセリフだった。
魔法に関する話題なので、一同は人目を避けるべく、無人となっている臨時救護室へ場所を移していた。
謎のシスターはアスナ達に一つの情報をもたらした。高畑先生が超によって地下へ閉じ込められているというのだ。
断固として高畑救出を主張するアスナを心配して、刹那は大会を棄権して同行しようと申し出る。しかし、これにはアスナ自身が反対した。態度のおかしかったネギを、刹那に任せたいというのだ。
「それなら、桜咲の代わりに俺が一緒に行くよ」
事情を聞いていた士郎が名乗り出た。
「衛宮さんかぁ。言っちゃ悪いけど、衛宮さんは予選落ちだし、刹那さんに比べると頼りないって言うか……」
アスナの歯に衣着せぬ言葉に、士郎が苦笑を浮かべる。
「まあ、そう言うなって」
刹那に実力で劣るのは彼自身も理解しているのだ。アスナは本選出場者なので、士郎への評価が低いのも仕方のないところだろう。
ただし、二人は直接立ち合った経験が一度もないため、彼女は士郎の実力をこの時点では正確に知らなかった。
「ですが、衛宮さん自身はいいのですか? 超鈴音と敵対するかもしれないんですよ」
刹那が尋ねる。
最終的には超本人とも戦う可能性があるのだ。それは、超包子で働いている士郎にとって、望ましいこととは思えなかった。
「超には恩を感じているし、できれば手助けがしたいとは思う。だけど、超が悪い事をしているなら、止めなきゃならない。超が間違っているなら、それを教えてやるのも友人のつとめだろ?」
今回の件に関わったところで、士郎にはなんのメリットもない。士郎は超包子での立場が悪くなる可能性があるのに、それでもアスナに手を貸そうとしている。
アスナは正義感を理由に戦っているようだが、戦う人間は善悪で区別できるものではない。そこにあるのは、個と個の価値観の違いである。誰もが、自分の大切な物のために戦っているのだ。
刹那は士郎の意志を認めた。実戦を経験している刹那だからこそ、士郎の言葉に込められた覚悟が理解できた。
このあたりは、“信念”で戦っていないアスナには難しい事だった。
「アスナさんのこと、お願いします」
「わかった」
刹那が士郎にアスナを託した。
会話を耳にしたアスナは、自分の力を侮られたように感じて、不満そうに口を尖らせる。これはアスナの自覚のなさ――というよりも若さによるものだろう。どれほどの力を秘めていようと、彼女はまだ中学生に過ぎないのだから。
「本当は私も行きたかったアルが……」
これまで黙っていた古菲が口を開く。
「クーは怪我をしているだろ」
このかも治したかったのだが、彼女のアーティファクトであっても三分以上前の怪我は治せないのだ。
「だから、超の事も士郎に頼むアル」
「……わかった」
士郎が力強く頷きを返していた。
「あの、私もご一緒します」
真剣な表情で佐倉愛衣が申し出た。
アスナや士郎は魔法協会に属していない部外者なのだ。魔法生徒である彼女が、自分の仕事ではないからと放っておく事はできない。
大会見物に後ろ髪を引かれている謎のシスターと違って、彼女は責任感が強いのだ。
そして、責任感あふれるもう一人の魔法生徒が姿を見せる。
「私も同行しましょう。貴方達だけでは心配ですからね」
歓迎する愛衣に対して、鷹揚に応える高音。
しかし、彼女を見る複数の視線はなま暖かいものだった。
一回戦・二回戦と立て続けに裸を晒した高音の姿が思い出され、緊迫していたはずの空気が奇妙に弛緩してしまったからだ。
「まあ、頭数はあった方がいいだろうしなー。そう納得しておこーぜ」
カモの意見は、彼等全員に共通する見解だった。
あとがき:士郎は下水道へ同行します。