『シロネギまほら』(21)傍観者だったあの頃

 

 

 

 まほら武道会の本選も龍宮神社にて行われる。

 予選会の様子が話題にでもなったのか、境内は大勢の観客でごった返していた。

 朝にあわせて別荘を出た一行もその中に混じっている。この場に欠けているのは、エヴァと茶々丸だった。エヴァは自分の出番まで家でくつろぐつもりらしく、茶々丸は用事でもあるのか先に姿を消していた。

 歩きながらしていた雑談の中で、小太郎は自分が狗族と人間のハーフだと口にする。雨の日に尻尾が生えていた理由はそれなのだろう。

 予選通過者である四人は控え室へと向かい、予選落ちである士郎と不参加であるこのかは観客席へ向かうことにした。

「ウチは図書館探検部のみんなと約束があるんやけど、士郎さんはどうするん?」

「どこか見やすい場所を探すよ。一人だとそういう自由がきくからな」

「そうなんや〜」

 友人と行動することの多いこのかは、妙な所で感心する。

「ほな気をつけてな」

「わかった。そっちもな」

 何に気をつけるのか思い当たらないものの、士郎は無難に挨拶を返していた。

 

 

 

 士郎は人の合間を縫うようにして、ようやく見物のしやすい最前列まで辿り着いた。

 すぐ近くに実況席が設置されており、マイクの前に座っている知りあいが目に入る。

「絡繰はアナウンサーでもやっているのか?」

「その通りです。超さんに頼まれました」

「アンタの知りあいか?」

 茶々丸との間にいた少女が茶々丸に尋ねる。二本の三つ編みに眼鏡という地味な印象の少女だ。

「ハイ。超包子で働いている衛宮士郎さんです」

 茶々丸が間に立って、それぞれの紹介を行った。

「彼女は3−Aのクラスメイトで長谷川千雨さんです」

「どうも」

 千雨がぺこりと頭を下げる。

「じゃあ、大変だろ? あのクラスはみんな騒がしそうだからな」

「そうですね。あのクラスにいると、常識とか世間体ってものが、摩耗していく気がしますよ。ノリと勢いで事を起こすくせに、いやになるほど才能があって、ひょいひょいこなしていくんですから! 常識論を唱える自分が悔しいやら、虚しいやらで……」

 よっぽど鬱憤が溜まっていたのか、非常に実感のこもった言葉だった。

「……? あの、なんですか?」

 自分の顔を見つめている士郎に、千雨が尋ねる。

「どこかで見たような気がするな。俺と会った事ないか?」

「超包子には何度か行ってますから、その時だと思いますよ」

「そういうのと違った形で、つい最近だったような……」

「勘違いじゃありませんか?」

 じろじろと顔を覗き込まれて、千雨が頬を染めて視線を逸らしてしまう。その恥ずかしげな顔――。

「思い出した」

 士郎が納得いったかのように手を叩いた。

「ビブリオルーランルージュ!」

「それかーっ!?」

 意表をついた言葉に、千雨が動揺をあらわにした。

「衛宮さん。そのビブリオルーランルージュというのは、一体なんでしょうか?」

「ボケロボ! 食いついてんじゃねー!」

「ビブリオンというアニメに登場するキャラクターで、引っ込み思案で泣き虫な敵幹部だとか」

「真面目な顔して説明すんな!」

「千雨さんとビブリオルーランルージュとの関連性が不明なのですが」

「だから、流せよ! 重ねて聞くなっ!」

「その格好でコスプレ大会に出場していたんだ。優勝してたぞ」

「何で全部バラしちまうんだ、アンタは!」

「記憶しました。感謝します」

「記憶してんじゃねー! 抹消しろ! 今すぐ!」

「隠していたのか? 大会に出てるくらいだし、自慢してるとばかり思ってた」

「……ぐ、ぐぐぐ」

 千雨の顔が恥辱で真っ赤に染まる。

「そんなに恥ずかしがる事もないだろ。大会と違って下着を見られたわけじゃないんだ」

「慰めになってねーよ!」

 立て続けのツッコミに、千雨は息を荒くする。

 コスプレ大会の優勝はいいとして、下着姿を公衆の面前に晒したことは記憶から消したい過去なのだ。

「あのガキ。ちゃんと口止めしておいたのにっ!」

「ネギから聞いたわけじゃない。俺もあの会場にいたからな」

「え? アンタもコスプレやってんのか? そうは見えねーぞ」

「そうじゃない。俺もネギに呼ばれてあそこへ行ってたんだ」

「やっぱり、あのガキが原因かーっ!」

 再び吼えていた。

 

 

 

 予選で済ませたからか、本選の開催においてセレモニーに類するものはまったくなかった。

 司会の朝倉に続き、出場選手である二人が舞台に進み出ていた。

 第一試合は、村上小太郎 vs 佐倉愛衣。

 小太郎は偽名で登録しており、今回はそのまま通すつもりらしい。

 

「おいおい。どういう冗談なんだ?」

 対峙する二人を見て千雨が呆れている。

 一人は自分より年下の少女。もうひとりは、担任教師と同年代と言えば聞こえはいいが年齢そのものは小学生だ。

「だけど、小太郎は強いぞ」

 士郎は悪魔の襲撃時に小太郎の戦いを目にしている。彼ならネギにも引けを取らないだろう。

「そうなんですか?」

「ああ」

 千雨に頷いてみせる。

 会話が聞こえたのか、茶々丸が話に加わった。

「佐倉さんの方はどうでしょうか? 衛宮さんの参加されたH組だったそうですが」

「ええっ!? あんたあの子に負けたのか?」

「いや、さすがに女の子と戦う気にはなれなかった。H組で最後まで残ったのは三人いて、俺はもう一人と戦ったんだ。だから、俺もあの子の実力はよくわからない」

「衛宮さんはどっちが勝つと思うんですか?」

「小太郎じゃないか? 佐倉の方は戦いに慣れていないみたいだし」

 士郎の推測通り、勝ったのは小太郎だった。

 開始直後に間合いを詰めた小太郎が、掌底の一撃で愛衣の身体を場外まで吹き飛ばしたのだ。能舞台を囲む池に落ちた彼女は小太郎の手で助けられた。

「やばいって! あんだけ殴られたら大怪我すんだろ!」

 千雨が傷の程度を心配して真っ青になる。

「その心配はいらないだろ。小太郎の攻撃は当たってなかったからな」

 士郎は自分の目の良さを自覚しているため、自信を持って断言する。

「いや、だって! 10mも身体が殴り飛ばされてるし!」

「そう見えたかもしれないけど、本当は当たってない。風圧で飛ばされたんじゃないのか?」

「風圧って、んなわけないだろ!」

「それなら、長谷川は何だと思うんだ」

「そりゃあ、“気”とか……って。何言ってんだ私ゃ」

 目の前の光景に驚いて、主義主張を放り出しそうな自分に呆れる。

「すいません。ちょっと昂奮したみたいで」

 

 第二試合は、クウネル・サンダース vs 大豪院ポチ。

 

「今度はどっちが勝つと思いますか?」

「どっちも知らない人間だからな。クウネルが勝つんじゃないか?」

「その根拠は?」

「なんか、黒幕っぽいからな」

「……ただの勘なんですね」

「なんの情報もないんだから、わかりっこないだろ」

 ただでさえ、士郎にはこの世界における体術や能力に疎いのだ。

 試合開始後、しばらくの間はポチが怒濤の連続攻撃で優勢に進めているように思えた。しかし、クウネルはたったの一撃で逆転勝ちを収めてしまった。

「衛宮さんの勘が当たりましたね」

「勘だから自慢にはならないけどな」

「今のは狙ってたんですかね? カウンターみたいだし」

「そうだと思うけど、……長谷川は今の攻撃が見えたのか?」

「おかしいですか? 司会の朝倉だって見えてましたよ」

「そうじゃなくて、その眼鏡のレンズは度が弱そうだからさ」

「あ……。その、ダテ眼鏡ですから」

 少し頬を染めて、千雨が視線をそらす。

 本当は素顔で他人と接する事が苦手という理由なのだが、それを知られるのはあまりに恥ずかしかった。

「最近はファッションでかけている人間も多いみたいだしな」

「そ、そんなところです」

 

 第三試合は、長瀬楓 vs 中村達也。

 

「俺はあの中村に負けたんだ」

「それなら、勝つのは中村選手ですか?」

「いや、これは長瀬の圧勝だろ」

「衛宮さんは長瀬のことを知ってるんですか?」

「ああ。一緒に図書館島へ行った事があるんだ。長瀬は強かったぞ」

 楓の実力を知ったのは、むしろ、悪魔襲撃の時の動きなのだが、口外できないのでそこは伏せた。

「それって、衛宮さんよりも長瀬の方が強いって事になりませんか?」

「まあ、そうなるな」

「…………」

「どうかしたか?」

「いえ。衛宮さんは自分が弱いって事を認めるんですね」

「まあ、確かに情けないかもな」

 士郎が苦笑する。

「……逆です」

「逆?」

「人によると思いますけど、虚勢を張って偉ぶる人間よりも、遙かにマシだと思います」

「そうか? 一応、礼を言っておく」

「いいえ」

 試合が始まっても、二人の間合いは開いたままだ。中村は距離を稼ぎつつ『烈空掌』を連発していたのだが、楓は一瞬で間合いを詰めると一撃で相手を気絶させていた。

「ちょっと、今のはなんですか?」

「長瀬が手刀で気絶させたんだ」

「そうじゃなくて! あの“遠当て”ってやつですよ。あんなのあるわけないでしょ!」

「そう言われても、あるんだからしょうがない」

「あり得ねーよ! “気”ってなんだよ! そんなのが存在するわけねーだろっ!」

 千雨としては、自分の持っている常識に対してケンカを売られている気分だった。

「どんなに否定しても、起きた事実が消えてなくなる訳じゃないぞ」

「……まあ、わかってはいるんですが」

 千雨のテンションががくりと落ちる。

「衛宮さんはあれのトリックを知ってるんですか?」

「トリック? そうだな……。トリックをどう定義するかによるんじゃないか」

「どういう意味ですか?」

「あれは火薬なんかの仕掛けを使っているわけじゃなくて、本当に“気”だと思う。だけど、“気”の事をトリックって言うなら、トリックに分類されるかもしれない」

「衛宮さんは“気”の存在を信じてるんですか?」

「大会に出るまでは知らなかったけど、あるんだからしょうがない」

「もしかして、衛宮さんはあれで負けたんですか?」

「ああ」

「中村選手とか大会にクレームはつけなかったんですか? 百歩譲って“気”があるとしても、それだと“気”を使えない人に対して不公平じゃないですか?」

「確かに思うけど、だからといって、修練して身につけた“気”を使うなっていうのもおかしな話だろ。ルールに違反しているわけじゃないんだ」

「その理屈もわかりますけどね……」

 頷いていた千雨が唐突に動きを止める。

 何を思ったのか、唐突に頭を掻きむしりはじめた。

「だーっ! 私はなんだってこんな話を衛宮さんとしてんだっ!?」

 突然の狂態に士郎が驚く。もともと千雨は癇癪持ちだが、初対面の士郎がそんなことを知るはずもない。

「どうしたんだ!? ちょっと落ち着け!」

 ハアハアハアハア。千雨が荒い息を吐く。

「すみません。なんか自己嫌悪で」

「何を考えていたか知らないが、あまり思い詰めるな」

 とりあえず士郎がなだめてみる。

「その……、普段の私はこんなに口数の多い方じゃないんですよ。基本的にヒネクレ者だし」

「それがどうしたんだ?」

「うちのクラスは……っていうか、この学園の連中は本当に脳天気な人間が多くて、会話を聞いてたりすると凄くストレスが溜まるんです」

「わかるような気がする」

 今回の学園祭のノリなど最たるものだ。魔法の実在を知らされても、『ま、いっか』で済ましそうに思える。

「衛宮さんはぶっきらぼうで無愛想な方でしょう?」

「まあ、よく言われるな」

 親しい人間にはむしろ心情がバレバレなのだが、第一印象については無愛想だと言われることが多い。

「我ながら不思議なんですけど、衛宮さんって自分と似ているような気がして、どこか話し易いんですよ。クラスメイトと話していても、お互いの常識に齟齬があるようで、大事な部分がかみ合わない感じがして……」

 不可解に思える現象や状況をあっさりと受け流しているクラスメイトと、それらに拒否反応を示している千雨では、会話の前提条件がズレていたりする。

 千雨本人は自覚していなくとも、それは彼女にとって孤独を感じさせるものだった。

 士郎はすでにオカルトの世界へ足を踏み込んでいる人間だったが、彼は魔術も魔法も特異なものだとわきまえていた。例えば、魔法による便利な移動手段があっても、士郎ならば日常生活で魔法に頼ろうとはしないだろう。

 千雨は士郎から自分に近しい何かを感じ取っている。あえて言葉で表すならば、それは“共有できる価値観”であった。

 

 第四試合は、古菲 vs 龍宮真名。

 

「今度は二人ともうちのクラスかよ」

 うんざりしたように千雨が口にする。

「そういえばそうだったな」

「衛宮さんはこの二人も知っているんですか?」

「ああ。クーは超包子の同僚だし、龍宮とも何度か話をした事がある」

「今度はどっちが勝つと思いますか?」

「クーの方に勝ってもらいたいけど、龍宮かな」

「本気ですか? 古菲は昨年のウルティマホラで優勝したんですよ。第一、龍宮って強いんですか?」

 真名の実力そのものは士郎も知らない。ただし、学園側の仕事を請け負っているぐらいだから、相応の実力があることは推測できた。

 また、予選会場で古菲が真名について評価してるのも聞いている。

「クーのカンフーが強いのは俺も知っているけど、龍宮の方が強そうな感じがするんだ。どの程度の力を持っているかは知らないけどな」

 多くの観客の予想とは裏腹に、真名の“羅漢銭”により投じられた500円硬貨は、古菲の接近を許さず圧倒した。

 手も足も出ずに敗北すると思われたが、古菲は飾り帯による“布槍”を活用し、懐に飛び込んでの“浸透勁”で勝利を掴んだ。

「初めて予想が外れましたね」

「まあ、外れたけど、嬉しい誤算ってやつだな。クーはよく頑張ったよ」

 古菲自身がかなわないと言ってたぐらいなので、彼女にとっても嬉しい勝利のはずだった。

「……本当に嬉しそうですね」

「今言っただろ。嬉しい誤算だって」

 

 第五試合は、高音・D・グッドマン vs 田中。

 

「この試合はどうですか?」

「どっちの情報も持ってないしな。体格から考えれば田中が勝つんじゃないか?」

「見たままですね」

「それは仕方ない。見た目しか情報がないんだから」

「でも、きっと当たると思いますよー」

 ひょっこりと士郎の隣に立ったのは、ハカセである。

「田中さんは工学部で実験中のロボット兵器なんですから」

「私の弟になります」

 茶々丸が補足する。

「絡繰の弟って事になると、やっぱり勝ちそうだな」

「ちょっと、待て! なんであんな人間そっくりのロボットがいるんだ? 技術力が高すぎるだろ!」

 ハカセの説明を、千雨だけは納得できかねた。

「そうは言っても、絡繰だっているじゃないか」

「だから、こいつもおかしーんだよ! 歌って踊れて、学校へ通うロボットなんているわけねーだろっ!」

「歌ったり踊ったりした覚えはありませんが」

「少しおちつけ。もう試合が始まってるぞ」

「え、あ、はい……」

 多少は冷静さを取り戻した千雨が試合場に視線を向けると、田中はビーム兵器で高音を攻撃していた。

「んなわけあるかーっ!」

 千雨が絶叫する。

 ビームを受けた高音は服を消し飛ばされて裸同然となりながら、パンチの一撃で田中を場外まで殴り飛ばしていた。田中は水に沈んだまま、浮かんではこなかった。

「……いや、もう。どっから突っ込んでいいやら」

 千雨がうんざりしている。

「なんだってこんなロボットが存在するんだよ?」

「それは今度葉加瀬に聞いてみてくれ。クラスメイトなんだし」

 ハカセは戦闘のモニタリングを終えたからか、すでに姿を消していた。

 

 第六試合は、ネギ・スプリングフィールド vs タカミチ・T・高畑。

 

「今度の予想はどうですか?」

「高畑先生の勝ちだと思う。ネギには頑張ってもらいたいけどな」

「当然そうなりますよね。こんな組み合わせじゃ、ネギ先生に勝ちめなんてありませんよ」

「それはちょっと違うぞ。ネギ自身はだいぶ強いはずだ。修学旅行の後だったかな? クーに弟子入りして、ずっとカンフーを習っているんだ」

「そうなんですか?」

「普通の大人が相手なら、ネギの勝ちは揺るがないと思う」

「それなのに、高畑先生が勝つんですか?」

「高畑先生は普通じゃないらしいからな」

 高畑については伝聞情報しか持っていない。ネギ本人が言っていたのだから、高畑ははるかに格上なのだろう。

 ネギは開始直後こそ優勢だったものの、高畑の“居合い拳”と“豪殺居合い拳”に圧倒される。

 ネギが正面からの対決を挑んだのは、最後の賭けだ。そして、ネギはその賭けに勝った。

「お――――、ハハッ。やるじゃねえか」

 千雨が思わず笑みを浮かべていた。

 我に返った千雨は、視線を感じて士郎を見上げる。

「な、なにを笑ってるんですか」

「いや、長谷川の様子が面白くて」

 本人は気づいていないらしいが、試合展開にあわせて一喜一憂していたのだ。

「やっぱりネギの事を応援してるんだな」

「委員長じゃあるまいし、私はあんなガキには興味ありませんよ」

 照れ隠しなのだろうか、頬を染めて視線を逸らす。

「そんなことより、今の試合はおかしいと思いませんか?」

「どこが?」

「だって、触ってもいない相手が吹っ飛んだり、変な光が何度も飛び交っていたじゃないですか。その……超能力みたいに」

「長谷川は超能力だって思うのか?」

「馬鹿な事言っているって自分でも自覚していますよ。だけど、そうとしか表現できませんし」

「超がホログラムとかで演出しているんじゃないか?」

「さっきの先生の表情を考えると、とてもショーには思えませんね」

「そうだな……。絡繰は超から聞いていないか? 試合にエフェクトをかけているとか」

 士郎が話を振ってみる。

「イイエ。超さんからはなにも聞いていません」

「…………?」

 茶々丸の言葉に、士郎は奇妙な引っかかりを覚えた。

 魔法に関わっている茶々丸ならば、『演出だ』と断言すべきところだ。そうすれば千雨の疑念を晴らすことができる。

 しかし、茶々丸はそれを拒んだ。

 その一方で、茶々丸は士郎の言葉も否定しようとしなかった。

「衛宮さんはこの学園に来て長いんですか?」

「4ヶ月ぐらいかな」

「その間におかしいと感じた事は?」

「……何回かあるな」

「どんなことですか?」

「桜通りの噂と、図書館島かな」

 詳細には触れず、特定するための名称だけを口にした。

「この学園では他にも信憑性皆無の噂話が山ほど飛び交っているんです」

「たとえば?」

「衛宮さんも言っていた、桜通りでは吸血鬼に血を吸われるとか、図書館島にはバカデカイ怪物が出現するとか。いちばんバカバカしいのになると、困っているときに『魔法少女』や『魔法オヤジ』が助けてくれるってやつで……」

 自分で口にしておいて、千雨は呆れた表情を浮かべている。

「衛宮さんはあの世界樹について不思議に思ったことはないですか?」

「でかいよな、あれ。樹高270mだっけ?」

「普通ならギネス級ですよ。それなのに、マスコミの取材すらないなんておかしいじゃないですか!」

 千雨は初めてそのテの会話が通じる人間を見つけたためか、不可解に思っていた事を全てぶちまけていた。

「長谷川は自分でテレビ局に持ち込んだりしないのか?」

「私は目立つのが好きじゃないんです」

「みんなもそうなんだろ」

「そんなわけありませんよ。ただでさえ、お祭り好きが多いんですから」

 そのあたりも千雨の疑念を招いている一因だった。

 恥ずかしいので明言を避けているが、千雨は学園の全員から騙されているように、或いは、自分以外の全員が騙されているように思えるのだ。

「長谷川は世界樹以外で、そういう不思議なものを見た事があるのか?」

「ありませんよ、そんなの。強いて言えば……、この大会ですかね」

「そうか……」

 

 

  つづく

 

 

 
あとがき:士郎は予選敗退でヒマだし、千雨との絡みは少なそうなため、今回は一緒に観戦。ネギとするはずの会話も入れてしまったため、分量が増えすぎました(笑)。次回へ続く。