『シロネギまほら』(18)麻帆良武道会予選開催

 

 

 

 17時。

 ネギと約束した通り、士郎は図書館島まで足を伸ばしていた。

 そこで行われていたのは『麻帆良祭マル秘コスプレコンテスト』なる催しだった。公式プログラムに載っていない有志主催のイベントである。

 会場内を探していたのだが、どうにもネギは見つからない。まさか、舞台裏にいるとは思いもよらなかったからだ。

 ちなみに、大会で優勝したのは『ビブリオルーランルージュ』というキャラクターのコスプレをした少女だった。トロフィーが授与された時に、衣装がバラバラにほつれるというハプニングが発生し、大会最高の盛り上がりを見せていた。

 結局、コンテストの後半を一人で眺めていた士郎が、目的の人物と会えたのはコンテスト終了後だ。

「お待たせしてすみませんでした」

 謝罪するネギの傍らには、小太郎とまき絵と初めて見る少女の姿があった。

「いいって。それより、佐々木の応援なら、最初から言ってくれれば良かったんだ」

 まき絵は隣の少女とコンビを組んで出場していたのだ。結果は準優勝である。

「衛宮さん、今の見てたのー?」

「ネギに呼ばれて来たんだ」

「私といんちょは飛び入りだったんだよ。出る予定だったのは千雨ちゃんだけなの」

「千雨?」

「優勝した子だよー。私達のクラスメイトなんだ」

「それは大したもんだな。私達って言うと、もしかしてその子も?」

 話を向けられて、当の本人が口を開く。

「はじめまして。私はネギ先生の教え子で、雪広あやかと申します」

 すっ、と小さな動作なのに、実に優雅に一礼した。

 膝あたりまである煌めく金髪に、士郎よりも長身で均整の取れたプロポーション。美少女と言うよりも、すでに美女と評すべき少女だった。

「俺は衛宮士郎。そっちの三人とは顔見知りなんだ」

「俺が倒れていた時に、助けてくれたんや。千鶴姉ちゃんや夏美姉ちゃんとも知りあいやで」

 千鶴が小太郎の保護者となっているため、あやかも含めた4人がルームメイトとなっているのだ。

「そうでしたか。では、私からもお礼を言わせていただきますわ」

「礼はいらないって。俺は病院まで運んだだけなんだ。看病したり小太郎の面倒を見たのは、あの二人だしな」

 特別な事をしたと考えていない士郎は、いつも通りの反応を返していた。

 士郎の袖を引っ張ったネギが、小声で話しかけてくる。

「わざわざ来てもらってすみません」

「4回目のネギってことでいいのか?」

「ええ。その通りです」

 頷いたネギが、肩にかけていたバッグを士郎に差し出した。見覚えのあるショルダーバッグだった。

「士郎さんにこれを渡しておきたかったんです」

「もしかして……?」

 士郎は嫌な予感がした。

 二人の様子を眺めていた小太郎が、無遠慮な言葉を発する。

「それって、あっちの貸衣装屋で無理矢理買い取ったセーラー服とブルマーやろ? 衛宮の兄ちゃん、そんなもんどうするんや?」

『ええーっ!?』

 まき絵とあやかが驚きの声を上げる。

「衛宮さんって、コスプレ好きだったのーっ!?」

「性的倒錯者ですわ! ネギ先生が犯罪の片棒を担がされるなんてー!」

「違うわっ!」

 あまりの濡れ衣に士郎ですら声を張り上げてしまった。

「ま、待ってください! この服は、事情があって士郎さんに預かってもらうだけなんです。僕からお願いしたことなんです」

 士郎の名誉のために、ネギが代わって説明した。

「そうなの? ネギ君」

「はい」

「そ、それでは、ネギ先生が制服フェチだったのですか!?」

「違いますーっ!」

 ネギもまた大声で否定した。

「詳しい説明はできないんですが、士郎さんからある人へ渡してもらうようにお願いしているんです。もちろん、僕も士郎さんも変な趣味なんてありませんよ!」

「わかっていますから、安心してください」

 あやかはネギの前に跪くと、ネギの手を両手で包み込んだ。そして真摯な面持ちで諭すようにネギに告げる。

「ネギ先生がどんな趣味であっても、私は受け入れて見せますわ」

「だから、違うんですよー!」

 ネギは涙目であった。

 

 

 

「これから、まき絵さんが新体操部のエキシビションで実演するんですよ。士郎さんも一緒に見に行きませんか?」

「佐々木が出るなら見てみるかな。あの特訓の時より上手くなってるんだろ?」

 ネギの弟子入りテストの時期に、まき絵も大会の選抜テストに備えて、一緒に特訓をしていたのだ。

「ええっ!? そんなこと言われたら緊張しちゃうよー」

 そう返しつつも、それなりに自信があるのか、まき絵は笑顔を浮かべている。

 会場まで5人で歩きながら、士郎はネギに小声で話しかけた。

「確か、宮崎とのデートでこのカバンは役目が終わったはずじゃないのか?」

「それはそうなんですけど、保健室にいる僕に渡しておかないといけないんです」

「どういうことだ?」

「そうしておかないと、デートの時に僕達の手元にこのカバンがありませんから」

 つまり、夜の時点のネギに渡しておく事で、朝へ持ち帰る流れとなるのだ。

「俺が持っていないとダメなのか?」

「僕はこれまで自分自身と遭遇した事がないんです。ですから、もう一人の僕には、士郎さんから渡してもらわないと。それに、この後の武道会で会った時の士郎さんは、ちゃんと持っていてくれましたよ」

「こんなの持ってることがバレたら、また変態扱いされるんじゃないか?」

「あ……」

 つい、とネギがあらぬ方向を見た。

「なんで目を逸らす? やっぱり変態扱いされるのか? こら、答えろ」

「ご、ごめんなさい。僕のせいでー」

 謝罪しつつネギが叫ぶ。

 どうやら、士郎が変態扱いされるのは確定事項のようだった。

 

 

 

 龍宮神社。

 以前、アスナのデート練習で訪れた場所だった。今回は『まほら武道会予選会会場』として賑わっている。

 士郎がここまでやってきた理由は、実は全くない。

 ネギが『武道会で会った』と口にしていたので、訪れてみただけだ。3回目のネギはこちらに参加するらしいので、この会場のどこかにいるのだろう。

 士郎はのんびりと見物するつもりでいる。

「衛宮さん!?」

 そう声をかけてきたのは意外な人物――夏美だった。

「村上は出場……じゃないよな? 観戦か?」

「うん。コタロー君の応援に来たんだよ」

 士郎の質問に答えてから、慌てて頭を下げる。

「そうだ! この前はありがとうございました」

「え? なんのことだ?」

「ちづ姉とコタロー君がいなくなった時に、一緒に探してくれたから」

「ああ、あれか……」

 しかし、千鶴をさらった悪魔との戦いに関して、士郎はほとんど関与していない。

「全然力になれなくて悪かったな」

 千鶴を助けたのはネギと小太郎だったし、夏美への事情説明も楓に任せてしまったからだ。

 しかし、夏美は大げさに頭を振って、士郎の言葉を否定した。

「そ、そんなことないよ! だって、私ひとりじゃ何もできなくて、心配で狼狽えていただけだもん。励ましてくれて心強かったし、長瀬さんにも伝言を頼んでくれたでしょ。衛宮さんのおかげで、すっごく安心できたんだよ」

 夏美が力説する。

 士郎が口にした通り実質的な協力をしていなかったとしても、夏美が助けられたと感じたのは事実であり、その感謝の気持ちは本物なのだ。

「村上の力になれたのなら、それでいいさ」

 実感はわかなかったが、夏美が納得しているのならば、彼にはそれで充分だった。

「夏美姉ちゃん!? どうしてここにおるんや?」

 驚きの声を上げたのは、夏美の会話にも出ていた小太郎であった。側にはネギと夕映の姿もある。

「あー、せっかく調べて応援に来てあげたのに」

 小太郎の言い様に夏美は不満そうだ。

「誰や、この人? 夏美姉ちゃんの知りあいか?」

 傍らの士郎に視線を向ける。

「この人が衛宮さんだよ。倒れていたコタロー君を病院まで運んでくれて、すっごくお世話になったんだからね。お礼を言わなきゃダメだよー」

「そうやったんか? おおきに、兄ちゃん。おかげで助かったで」

「え……、あれ? さっき会っただろ?」

「んなわけないやろ。俺が兄ちゃんと会ったんはこれが初めてやん」

 小太郎がそう返した。

「そう……なのか?」

 もしかすると、小太郎もタイムマシンを使用したのかもしれない。

 そうなると、小太郎と出会ったのはこちらが先で、図書館島での遭遇が二度目となるのだろう。

 考えてみれば、士郎は小太郎を知っていたが、小太郎自身はずっと気を失っていたため、士郎とは言葉も交わしていないのだ。

「あれ? 士郎さんはどうしてそのカバンを持っているんですか?」

 この指摘をしたのはネギであった。

「は!?」

「だって、そのカバンはロッカーにしまってあるはずなのに」

「お前が言うな。こら」

「え? え? なんでですか?」

「保健室でお前がこのカバンを受け取るためには、俺が渡しに行く必要があるんだろ? そのためにわざわざ持ってきたんだ。この中身を準備したのは4回目のネギだ」

「そうかー。すみませんでした。士郎さんにばかりご迷惑をおかけしてしまって」

 ネギがおおまかな流れを把握する。この会話があったからこそ、ネギ自身もカバンを準備する必要性に気づいたのだ。

「まあ、わかってくれればいいさ」

「あ、ネギ。なにやってんのよ、こんな所で」

 ネギ達と別行動を取っていたアスナ・このか・刹那もこの場に姿を見せた。このあたりは彼女たちのパトロール範囲だったらしい。

 士郎を見たアスナの第一声はこれだ。

「なんで士郎さんが、またそのカバンを持ってるの!?」

「またか……」

 さすがに士郎もうんざりしてきた。

 アスナはカバンの中身を知っている。なんせ、彼女が現在着ているセーラー服は、このカバンに入っている品そのものなのだ。恩恵を受けた身でありながら、やはり彼女も不審に感じたようだ。

 アスナがジト目で尋ねてくる。

「士郎さんって、いつもそれを持ち歩いてんの?」

「違うわっ!」

 夏美が小太郎と話しているのを確認し、士郎は3人へも小声で説明することにした。

 

 

 

 まほら武道会が開会となった。

 司会を務めるのは朝倉和美――悪魔の一件で、人質になった少女の一人らしい。例によって3−Aのクラスメイトだった。

 朝倉の紹介にあわせて姿を見せた大会主催者とは超鈴音だった。

 彼女は、出場者に向けて大会の開催理由を説明した。続けて言及した参加条件が、魔法関係者を驚かせる。

「飛び道具及び刃物の使用禁止! ……そして、呪文詠唱の禁止! この2点を守ればいかなる技を使用してもOKネ!」

 本来ならばあり得ない規則である。

“呪文詠唱の禁止”という言葉は、魔法の存在を前提とした規則なのだ。そのうえ、呪文詠唱さえしなければ、人前で魔法を使う事すら許されるらしい。

「超は“その事”を知っているのか?」

 魔法という言葉は伏せたが、質問の意図はネギにも通じた。

「そうみたいです。僕も昨日初めて知ったんですけど」

 考えてみれば、エヴァの従者である茶々丸を作った人間だ。魔法の関係者であってもおかしくはない。

「もしかして、葉加瀬もそうなのか?」

「はい」

 まさか、この世界に来て初期のうちに関わった人間が、魔法関係者だったとは――。

 今になって知った事実に、士郎が驚かされる。

 そこへ、3人の実力者が姿を見せた。古菲・龍宮真名・長瀬楓である。

 大会規模が大きくなり強者の参加が見込める事と、優勝賞金が1千万円へ増額された事で、3人ともに参加への意欲を見せていた。

 勝ち目がないと尻込みし始めたネギに対して、小太郎はどうにか参加させようと焚きつけている。

「長瀬が出ても、相手がいないんじゃないのか?」

 そう告げた士郎に、楓は楽しそうにつぶやいた。

「そんなことはないでござるよ。この学園は面白そうな相手が多いでござるからなー」

「楓は衛宮さんを知っているのか?」

 興味を引かれたのか真名が尋ねる。

「士郎殿が図書館島へ行った時に、拙者も同行したでござるよ。そういう真名の方こそ知りあいでござるか?」

「私は二回ほど話しただけさ」

 軽く会話をかわしただけなので、実力についてはほとんど知らない。あえて言うなら、士郎の目の良さに驚かされたぐらいだ。

「士郎は出ないアルか? 素手なら負けないアルよ」

 双剣ではかなわないためか、古菲は嬉しそうに誘いかけた。

「あまり気が進まないな」

「面白いじゃないか。貴様も参加してみたらどうだ」

「エヴァ?」

 次にやってきたのは、エヴァとチャチャゼロであった。

 祭ということもあってか、チャチャゼロも出歩く事が許されているようだ。人形が単体で活動していてはさすがに人目をはばかるので、エヴァの呪いが解けた現在でも普段は行動を制限されているのだ。

「俺は素手の格闘に慣れてないんだ」

「どうせ、お遊びだ。私がもんでやるぞ」

「エヴァも出るつもりなのか?」

「この前、ぼーやと賭けをしたからな」

「エヴァとネギだと勝負にならないだろ」

 そもそも、戦いになる程度の実力差なら、弟子入りなどしないように思えた。

「心配するな。純粋な体術だけで相手をしてやるさ」

 エヴァの実力とは魔法に限定されたものだけではないらしい。少なくとも、彼女にはその自信がうかがえる。

「確か、合気柔術って言ってたな」

 先日、士郎は彼女の口からそのことを聞かされていた。

「マ、マスター!?」

 ようやく存在に気づいたのか、エヴァを見てネギが叫んでいた。今の今まで、エヴァとの賭けを忘れていたらしい。

 エヴァに威圧されたことで、ネギと小太郎が震えだした。

「ネギ君達が出るなら僕も出てみようかな」

 いつの間に来ていたのか、高畑が会話に参加していた。

「高畑先生が出るなら私も出ます!」

 脊髄反射的にアスナが参加を表明する。

 あれよあれよという間に、顔見知りの参加者が何人も参加することとなっていた。

 ネギとしてはとても勝てる気がせず、どういう理由で棄権するかを考え始めている。

 それを考え直したのは、超がこう口にしたからだ。

『25年前の優勝者は、当時10歳だったナギ・スプリングフィールドだ』――と。

 

 

  つづく

 

 

 
あとがき:原作に登場したシーンはセリフをほとんどはしょってます。そのまま書き写すのは無駄に思えるので。