『シロネギまほら』(16)高い所で語り合ってみる

 

 

 

 七機の複葉機が、七色の煙の尾を伸ばしながら編隊飛行を行っている。七方向へ散開すると、空には鮮やかな花が咲いた。

『只今より第78回麻帆良祭を開催いたします』

 アナウンスを受けて、入場者達が歓声を上げた。

 その盛況さは士郎を圧倒する。

 学園祭と呼ぶよりも、都市を上げての祝祭と言うべきだろう。実際に訪れた経験などないが、リオのカーニバルなどにも匹敵するのではなかろうか?

 現在の士郎は一人だった。この学園でそれなりに親しい知人達も、それぞれが自分の活動で忙しそうだ。

 だからこそ、のんびりと見学できるとも言えるだろう。

「士郎さーん!」

 士郎の名を呼ぶのはネギの声だ。見ると、刹那と並んでこちらへ駆け寄ってくる。

「士郎さん、これを僕に渡したのはどうしてなんですか? 僕はこれをどうすればいいんですか?」

「……は?」

 ネギがショルダーバッグを肩からはずして、士郎に差し出す。オーソドックスな帆布製の白い肩かけかばんだ。

 中身を確かめたものの、士郎の困惑はさらに深まった。

「これは……、セーラー服か?」

「他にも体操着が2着入っています」

「それがどうしたんだ?」

「だから、どうしてこれを僕に渡したんですか?」

「何か勘違いしてないか? 俺がこんなもの渡すわけないだろ」

「だって、ついさっき僕に渡したじゃないですか」

 ネギがもどかしげに追求する。

「ちょっと落ち着け。それはいつの事だ? 今日ネギと会ったのは今が初めてだろ?」

「さっき保健室で会ったじゃないですか! 僕を起こしてくれて、タイムマシンの事も教えてくれたし」

「タイムマシン!?」

 聞けば聞くほど混乱に拍車がかかる。

「そんなー!? 全部、士郎さんが言ってたことじゃないですか!」

「兄貴兄貴、話すだけ無駄だ」

「その通りです。きっと、この衛宮さんは事情を知る前の衛宮さんなんです」

 カモと刹那が会話に割って入った。

「えー、待ってよ! どういうことなのー!?」

「混乱を招くようなことをしてしまって、申し訳ありません。私達はこれで失礼します」

「ちょっ、まだ僕の話は……」

 言い足りないらしいネギを抱え上げ、もう片方の手でショルダーバックを回収すると、刹那は走り去っていった。

「なんの騒ぎだったんだ、……一体?」

 呆気にとられた士郎がその場にとり残されていた。

 

 

 

 通りに並んだ屋台を覗いていた士郎は、人だかりにぶつかった。

 その中心には、3−Aの看板を持って宣伝をしている二人の少年がいる。

 一人はドラキュラの格好をしており、もう一人の方は狼男なのだろう。

「客引きしてるのか?」

 ドラキュラの少年――ネギが士郎に応じた。

「うちのクラスでホラーハウスをやっているんですよ。見に来ませんか?」

「四葉とか、超包子のみんなも参加してるのか?」

「超包子のみなさんは、それぞれのクラブに出ているみたいですよ」

 そうなると、五月はお料理研究会、古菲は中国武術研究会、茶々丸は茶道部、ハカセはロボット工学研究会だろうか。残る超は……所属クラブが多すぎて予想できなかった。

「ところで、さっき言っていたカバンの話なんだけど、あれはどういうことだったんだ?」

「さっき……ですか?」

 ネギが首を傾げる。

「ああ、そうか! 僕は4回目なんです」

「待て待て。なにが4回目なんだ? 俺にはさっぱりわからないぞ」

「詳しい話は、この前……じゃなくて、この後で改めてしますから」

「ん? ……そうなのか?」

「それと、カバンの件はもう済みました。士郎さんのおかげで助かりました」

「おかげって……、俺はまったくの無関係じゃないか」

「そんなことはありません。あのカバンがなかったら……」

 さらに言葉を続けようとして、ネギは自分のおかれた状況に気づいた。

 客引きの最中だからとにかく人目が多い。

 これだけの人だかりを前に、詳しい説明などできないと判断したようだった。

「士郎さんは夕方に時間は空いていますか?」

「特に誰とも約束してないけど、俺に用事でもあるのか?」

「はい。えーと、午後5時に図書館島まで来て欲しいんです」

「午後5時に図書館島だな。了解」

「今はうちのクラスを覗いていってください。面白いですよー」

 そう誘うと、ネギはその場の客を引き連れて3−Aの教室まで案内した。

 

 

 

「衛宮さん来てくれたんやねー」

 占い研を訪れた時に、笑顔で出迎えてくれたのはこのかだった。

 暗幕で覆われた一画に招かれると、水晶玉を挟んで向かい合う。

「近衛が占うのか?」

「あくまでも占いなんや。魔法とか予言とは違うえー」

「それなら安心……なのか? 近衛の場合は魔法の方が当たるんじゃないのか?」

「当たりすぎても、面白くないのと違う? どちらとも取れる微妙なところが占いの魅力と思うなー。うちは占いの魔法も使えんし」

「じゃあ、占ってみてくれ」

 士郎が対面の席に腰を下ろすと、このかが丸い水晶を覗き込む。

「むむむ……」

 ひとつ頷くと、このかが足元から一枚の紙を取り出して広げてみせる。

 ――大凶。

「衛宮さんの運勢はあまりよくないなー。待ち人来たらずやー」

 その言葉に、士郎はがっくりとうなだれてしまった。

 衛宮士郎が待ち兼ねている人間といえば、遠坂凛をおいて他にはいない。おそらく、当分はこの世界に留まるという事なのだろう。

 そもそも、“第二魔法”に関わることだし、簡単に叶うとも思えないのだが。

「えー、なんでやの? そんなにショックだったん? 堪忍なー」

「いや……、近衛のせいじゃないんだけど、さすがにな……」

 んー、と何やら考えたこのかが問いかけてきた。

「衛宮さんはこれからの予定が決まってるん?」

「決まっている予定は夕方だな。それまでは、一人で見て回るつもりだ」

「ネギ君がな、疲れたからって保健室で一眠りしているはずなんや。せっちゃんも一緒やけど、まだ来うへんねん。近くに行ったら、ネギ君の様子を覗いてもらってええかな?」

「わかった」

 

 

 

 保健室へ向かう途中、士郎は一人の少女と顔を合わせていた。

「衛宮サンはお一人で見物のようネ」

 彼女の格好は、超包子の仕事着であるウェイトレス姿だった。

「超はどこの出し物に参加しているんだ? いろいろと所属していたよな」

「今回の学祭はいろいろと仕事が立て込んでいて、忙しいネ。今もこれから飛行船の準備にかかるヨ」

「飛行船?」

「最終日のために、あっと驚く仕掛けを準備しているヨ。衛宮さんも驚く事うけあいネ」

「超がそこまで言うならよっぽどのイベントなんだろうな」

「それに関連して、今も保健室に行ってきたところネ」

「保健室だって? ネギと会ったか?」

「……知らないネ。ネギ坊主がどうかしたカ?」

「徹夜が響いて保健室で仮眠中らしい。いろいろと予定があるから起こしてくれって、近衛に頼まれたんだ」

「ネギ坊主はいなかたヨ」

「入れ違いになったんじゃないか? ちょっと、行ってくるよ」

「待つヨロシ」

 超は慌てたように、士郎の右手に腕を絡ませた。

「どうしたんだ?」

「突然、衛宮サンとデートしたくなたネ。二人で飛行船遊覧なんてロマンチックと思わないカ?」

「だから、俺は保健室に……」

「ネギ坊主は逃げないネ。私と有意義な時間を過ごす方が賢明ヨ」

「……ナニか企んでないか?」

「そんなことないヨ。火星人ウソつかない」

「充分に怪しすぎる」

 そうは思ったものの、超を振り切るほどの理由もなかった。

 逃がさん、とばかりに腕をひっぱられて、士郎は飛行船の乗船口まで連れてこられた。

 まあ、ネギをもう少し眠らせておいても、問題はないだろう。そう自分を納得させて、士郎も飛行船に乗り込む事にした。

 

 

 

 飛行船に乗るのは、士郎にとっても始めての経験だった。

 多くの気球や、『麻帆良祭実行委員会』の飛行船、さらには複葉機などが空に浮かんでいる。

 ここでは空の上までもが賑やかだった。

 麻帆良学園都市の全景を見下ろせる。その開放感や、調和の取れた街並みは素晴らしかった。

 異国風の街並みに、大きな広場や公園が目立つ。一般的な地方都市とは違って、凄く贅沢な街作りがされているようだ。

 その中で、どうしても人目を引く存在がある。

「あれが世界樹だよな? こうして見ると凄いな」

 下から見上げている時や、遠くから建物の上に飛び出ているのを見た時とは全く違う。

 上から見下ろすと、その大きさや高さがはっきりとわかる。

「樹高270m。光ゴケが異常繁殖して、学祭の時期だけ光り出すヨ。それも、22年周期で大発光を起こすネ。異常気象のため、本来なら来年の大発光が今年へ前倒しになてるヨ」

「そうなのか? それなら、俺はラッキーなのかもな」

「……それは微妙ネ。来年の楽しみがなくなたとも言えるヨ」

「それもそうか」

 その一方で、次の大発光を見る可能性があるのだから、これはこれで不運といえた。

「超はイベントの準備があるんだろ。俺のことはいいからそっちを進めてくれて構わないぞ」

「後にするネ。衛宮サンとこうして話す機会も、これまでなかたし」

「イベントってどんなことをするんだ?」

「教えてしまっては楽しみが減るヨ。ちなみに、去年あったイベントは『学園全体鬼ごっこ』ネ。一説によると、一万人を越える死傷者が出たとか出ないとか……」

「それは凄いな」

 さすがに冗談だと考えて、笑って応じる。

「この超鈴音プロデュースのイベントは、それを遙かに超えるスペクタクル巨編ネ。きっと期待を裏切らないヨ。なんといっても、最後……中学生活最後の学祭だからネ」

「気合いが入ってるんだな」

 超の意気込みを聞いて苦笑を浮かべる。

 しばらく雑談を続けていると、超がその話題を切り出した。

「前から衛宮サンに聞きたかたことがあるヨ」

「なんだ?」

「衛宮サンの夢を聞いてもいいカナ?」

「突然だな」

「言いたくなければ言わなくても構わないヨ」

 超の真剣な瞳が、士郎の顔を映し出す。その目を前にして、いい加減な答えはできそうもなかった。

「俺の夢は、正義の味方になることなんだ」

「それは、……非常に険しい道だと思うネ。世界には悪意が満ちている。その道を目指す以上、世界そのものが敵になると思うヨ」

 笑われるかと思った士郎の答えを、超は真剣に受け止めていた。

「……そうかもしれない」

 自分と同じ道を選び、そして、世界そのものに裏切られた男の姿が頭に思い浮かぶ。

「それでも……諦めるつもりはなさそうネ」

 士郎の表情を見て、超は口元に笑みを浮かべた。

「難しいからという理由で、諦めきれるものじゃないだろ」

「確かにネ。諦められる夢なら、初めから求めるべき価値はない」

 それは実感のこもった声だった。

「私も似たような夢を持てるネ。私の望みはより多くの人が幸せになるコト。科学を発展させれば、その願いが叶うと信じているヨ」

「だけど……」

 士郎が否定的な意見を口にしようとしたが、それより先に超が口を開いた。

「わかてるネ。すでに歴史がそれを証明している。宗教との対立や大量破壊兵器の製造……。科学がどれほど進歩しても、万能には至らない。しかし、科学の目的も本来は“多くの人を幸せにすること”ネ。衛宮サンの理想とそう変わらないと思うヨ」

「……そうだな」

 誰もが幸せであってほしいと、士郎はこれまで願ってきた。

 それはまさしく、超の理想と重なるものだった。

 その一方で、超の言葉にはひどく重要な示唆が含まれている。

 皆を幸福にするはずの力。しかし、どんなものにでも違う側面が存在する。

 科学がそうであるように、“正義の味方”ですら、悲劇を生み出す可能性はあるのだ。

「どこかの誰か――たとえば、『魔法使い』みたいな何者かに頼るのではなく、全員が自分の足で歩くべきだと思うヨ。世界の命運は誰かが背負うには重すぎるし、背負わせるべきではない。未来を決めるのは多くの人間の総意であるべきネ」

「だから、誰にでも扱える科学なのか?」

 こくり、と超が頷いた。

「私がこの学園でいろんな活動を行ったのも、全てはその目的のため」

「超包子もそうなのか?」

「あれは活動資金を入手するための手段ネ」

 超は笑顔で答える。

「だけど、とても楽しかったのは否定しようのない事実ネ。いい仲間にも恵まれて、まるで夢みたいだた。もちろん、衛宮サンもその一人ネ」

「なんで過去形にするんだ? これからもいい思い出を作っていけるさ」

「そう……ネ」

 

 

 

 麻帆良学園の上空を一回りして、飛行船が着陸した。

 空にいるときには浮遊感をそんなに感じなかったが、地面に足を着けるとやはり違和感がある。

「飛行船っていいもんだな」

「喜んでもらえて、私も嬉しいネ。この後は……。おや?」

「どうした?」

「ネギ坊主をみつけたヨ」

「え? どこだ?」

 超の指差した先に、2羽のウサギの姿があった。ウサギの着ぐるみを着込んだ子供と、バニーガールっぽい扮装の少女だ。

「ん……? もう一人は桜咲だよな?」

 へそを丸出しにしている姿は、いつもの生真面目な刹那とまるで印象が違っていた。

「これで、衛宮サンが保健室へ向かう必要はなくなったネ」

 ネギと刹那は飛行船のチケットを購入しているところだった。

「私はネギ坊主に大事な話があるヨ。衛宮サンとのデートは残念ながらここで終わりネ」

「また誘ってくれれば、いつでもつき合うぞ」

「……楽しみにしてるヨ」

 超がなぜか寂しそうな笑みを浮かべる。

「衛宮サンの夢はきっとかなうと思うヨ。頑張るヨロシ」

「超の願いもかなうといいな」

 士郎はそう返していた。

 

 

  つづく

 

 

 
あとがき:超とは軽い会話ですれ違う予定でしたが、空中デートに進展しました。職場仲間なのに、超の出番がホント少ないため、このぐらいはあってもいいんじゃないかと。