『シロネギまほら』(14)魔法使いになるためのそのいち
学祭準備期間に突入していた。
この時期はイベント開催に備えて早朝から登校する人間が多くなるので、超包子は朝も営業も行っている。
まだ朝6時のため営業開始前なのだが、雀の鳴き声を聞きながら士郎と五月が竹箒で掃除をしていた。
「掃除ぐらい俺に任せてくれればいいんだ。早起きは大変だろ?」
もともと士郎の朝は早いのだし、これまでにも営業開始前に掃除を行っていた。
「いいえ。私がしたいんです。気にしないでください」
にっこりと微笑んで五月が返す。
それだけ、この店を大切に思い責任を感じているのだろう。五月はほとんど店にかかりっきりとなっているのだ。
「せっかくの学祭なんだし、雑用ぐらいは俺に任せてくれないか」
「それは逆ですよ。衛宮さんの方こそ、学祭を楽しんできてください」
「俺も超包子があるからな」
「この屋台は超包子ではなく、お料理研究会として営業する事になるんですよ」
「それならお料理研究会を手伝うぞ」
五月が首を振って拒絶の意志を示した。
「これはお料理研究会としての活動ですから、超包子に雇われている衛宮さんを頼るわけにはいきません」
「どうせ、俺にはなんの予定もないから、気にしなくてもいいぞ」
自分の楽しみより、人助けを優先する。それが士郎の行動基準だった。
「いっぱい働いてもらえて、衛宮さんには感謝しているんです。たまには羽根を伸ばしてください。衛宮さんをこきつかっているようで、私が心苦しいんです」
手伝いは押し付けるべきことでもない。五月が本心を語っているのがわかるだけに、士郎もこれ以上固執するわけにいかなかった。
「四葉がそう言うなら……」
「はい。見て回るだけでもきっと楽しめると思いますよ」
「いまの時点でも凄い賑やかだもんな」
現在はまだ準備期間中だというのに、数日前から仮装した人間が街中を練り歩き、イベントの宣伝や客寄せが始まっているのだ。
「こんなものじゃありませんよ。外部のお客さんが押し寄せて、麻帆良学園全体がお祭りにわきかえるんです。どのクラブも、部費のほとんどを稼ぎ出すと言われていて、凄く力が入っていますから」
士郎は自分が関わった学園祭を思い返すが、まったく比較にならない。敷地面積も生徒総数も違いすぎるのだ。
それに、この学園の生徒達はバイタリティがありすぎた。どんなことでも笑ってすませる、清々しいまでの“アホっぽさ”に溢れていた。
ほのぼのとした会話をしていると、もうひとりの人物が姿を見せた。
「あ……」
とまどいながら、士郎達に視線を向けているのは、昨夜、電車屋台に泊まった人間だった。
「ずいぶん早起きだな。もう少し寝ていてもいいぞ。ちゃんと起こしてやるから」
「いいえ、そんな」
すでに士郎と五月が仕事をしている状態では、彼としてものんびりと二度寝をするわけにはいかなかった。
「あの……昨晩はご迷惑をおかけして……」
ネギが頭を下げる。
昨夜の彼は、間違って甘酒を飲んでしまったことから、泣き上戸全開だったのである。
ネギはこれまでの行動や目指すべき道に迷っており、今もその事実をもてあましているようだ。
店を切り盛りしている五月と比較して、ネギは自分の至らなさを嘆き始めた。もしかすると、昨夜のアルコールが残っているのかもしれない。
「先生をやるための勉強も、強くなるための修行も、昔の思い出から逃げるための嘘のがんばりだったんです」
ネギが涙ぐみながら心情を吐露する。
この前耳にしたネギの過去と関係がありそうだ、と士郎は推測した。実際、ネギが思い悩んでいるのは、敵対した悪魔からそれを言及されたためだ。
「気持ちはわかるぞ。俺が人を助けたいって思うのも、昔の事故で自分一人が生き残ってしまった罪悪感があるからだ。俺もネギと同じで、逃げているだけなのかもしれない」
士郎までが表情を陰らせる。
「士郎さんは、どうやってそれを受け入れたんですか?」
「自分の道が正しいと信じて進むしかないだろ。それで、ふっきれるものじゃないけどな」
五月が静かに語りかけた。
「誰かを恨んだり、何かから逃げたりして手に入れた力でも、それは立派なあなたの力です、ネギ先生。元気出して!」
そう言って、ネギの背中を強く叩いた。
「ハ……ハイ。四葉さん!」
出口を見つけたネギが、晴れやかな笑顔で頷いた。
ネギは昨夜のエヴァの話を思い出した。彼女は五月のことを『クラスメイトの中でほぼ唯一認めている人間』と言っていたのだ。その言葉のもつ意味を、ネギは今はっきりと実感できた。
「衛宮さんもですよ。人を助けるということは、それだけで素晴らしい事なんです。たとえ、ニセモノの動機による行動でも、助けられた相手が感じる感謝の気持ちはホンモノのはずです」
にっこりと微笑んで五月が言葉を続ける。
「難しく考える必要はありません。お腹をすかせた人に料理を作ってあげるのは、間違っていますか? 誰かのために料理を作り、その相手に喜んでもらう。それと同じですよ」
「四葉……」
シンプルな言葉なのに、どうしてこんなにも胸が温かくなるのだろう。
五月の言葉を耳にして、士郎も頷いていた。
毎日の特訓を続けているネギが、学校での仕事を終えてエヴァの家までやってきた。修行後には、学祭の準備のためにまた学校へ戻る予定だった。
「マスター。今日もよろしくお願いします」
ネギの後ろには、彼の同行者が5人も従っていた。
「やけに気合いが入っているじゃないか。一体何があったんだ?」
ネギの張り切りぶりに、エヴァはヒキ気味だった。昨日までのネギが、悪魔との戦いを引きずっていただけに疑問である。
「元気そうだな。四葉の言葉が薬になったか」
エヴァの後ろに士郎が姿を見せた。
「士郎さん? 士郎さんはマスターと知り合いだったんですか?」
「マスターってエヴァのことだよな。絡繰に紹介してもらったんだ」
「結果的にそうなりました」
茶々丸が頷いた。
「ぼーや。士郎もお前の生徒にしてやれ」
エヴァがなんでもない事のように告げた。
「え!? だって、士郎さんは高校生ぐらいですよね? それに男の人だし……」
女子中学校の教師であるネギは、無茶な申し出を断ろうとする。エヴァなら、そういう無茶を通しそうに思えたためだ。
「魔法を教えてやれと言ったんだ。ほとんど素人だから、そっちの二人とも同レベルだろう」
その言葉を吟味するためには数拍が必要だった。
『ええーっ!?』
既知の四人――ネギとアスナとこのかと刹那が驚きの声を上げる。
「士郎さんって、魔法関係者だったんですか!?」
「そうなの!?」
「そうなんや〜」
「やはり……」
残るは面識のない二人である。
「あの〜、誰なんでしょうかー?」
「初めて見る顔なのです」
その言葉を耳にしてネギが紹介する。
「こちらは衛宮士郎さんです。古老師や刹那さんと稽古をしているので、僕達とは面識があるんです」
「私は綾瀬夕映といいますです」
長い髪を両サイドに下ろして額を出している少女だ。容姿は幼く見えるのだが、その瞳には理知的な光が宿っている。
「私は宮崎のどかですー」
こちらは、目を隠すように前髪を長く伸ばした、控えめな少女だった。
「おいらはオコジョ妖精のカモ。よろしくな、兄さん」
「は!?」
ネギの肩からひょっこりと顔を出した小動物に士郎は驚かされた。
「……白イタチ?」
士郎は半疑問形で尋ねた。足を組んで人の肩に腰掛けつつ、人語で話しかける白イタチなど存在するはずがないからだ。
「よ、よろしく」
士郎は戸惑いながらネギに尋ねてみる。
「いいのか、これ? オコジョがしゃべってるけど」
「オコジョ妖精ですから」
士郎の質問をネギはあっさりと流してしまった。
ネギ達にとってはいつものごとく、エヴァの別荘に場所を移した。
アスナは刹那との稽古を始め、このかもそちらにつきあっている。
こちらに残ったのは、魔法先生と魔法入門者達だった。
「それで、士郎さんはどんな魔法を使えるんですか?」
「俺が使えるのは、すごく特殊な魔術だけなんだ。エヴァとかネギが使う、一般的な魔法はまったく使えない」
もともと、この世界の魔法が自分の世界で使用できるとも思えず、士郎自身は魔法そのものにあまり興味がなかった。
その考えを改めたのは、先日の悪魔が原因だ。自分は部外者のつもりでも、知人が巻き込まれたなら放っておくわけにはいかない。
あのような戦いに関わるなら、魔法の情報はどうしても必要になる。協力するにせよ、敵対するにせよ。
それに、向こうの世界からの救助を待つのはいいとして、その間を無為に過ごす必要もない。
こちらの世界では、もっと簡単に第二魔法――“平行世界への移動”を行えるかもしれないのだ。
「それなら、のどかさんや夕映さんと同じく、本当の初歩からでよろしいですか?」
「もちろん。その方がありがたい」
そう答えてから、士郎の頭に疑問が浮かぶ。
「あれ? 初歩からって、二人はネギとのつきあいはどのぐらいなんだ?」
「ど、どのぐらいって、あの〜」
「そ、そのような事を尋ねるなんてデリカシーにかけるのです」
のどかと夕映が顔を真っ赤にした。
「あー……、いつごろから魔法に関わったのか聞いたつもりだったんだ」
士郎の言葉を聞いて、二人は先走った事に気がつきさらに赤くなる。
黙り込んだ二人に代わって、ネギが答えていた。
「修学旅行の時からです」
「つい最近じゃないか。まあ、オコジョにされるのを覚悟してネギが教えているんだろうから、俺が口出しするような事じゃないけど……」
その発言で、士郎が何を気にしていたのか、ネギにもわかってしまった。
「はう……、いろいろとあってバレてしまっただけなんですー」
ネギが涙目になる。
彼が積極的に魔法を明かした事は一度もない。すべて、意図せずにバレてしまっただけなのだ。基本的に、彼が不注意なのは厳然たる事実ではあったが。
「ネギせんせーは誰かを助けようとして魔法を使っただけなんです。ネギせんせーは悪くありません」
「一面からだけ見て判断を下すのは浅慮だと思うのです。ネギ先生にうかつな点があったのは認めますが、ネギ先生はその後のフォローを怠っていないのですから」
二人に詰め寄られて、士郎が身を引いた。
「わかった、わかった。ネギを責めてるわけじゃないんだ。ただ、隠さなければならない秘密を強要するわけだし、それは自覚している側が気をつけるべきことだろ?」
「はい……」
ネギがうなだれてしまう。彼自身もこれまでに何度も反省してきたからだ。
その様子を見るとさすがに言い過ぎたように感じてしまう。生真面目なネギのことだから、指摘するまでもなかったようだ。
「まあ、みんなが秘密を守ってくれるってことは、ネギに残って欲しいと望んでいるからだ。あまり気に病むこともないんじゃないか。余計な事を言って悪かった」
ネギの頭に手を置いて、髪をくしゃくしゃと撫でてやる。
「あ……」
「これから気をつければいいさ」
「はっ、はい!」
いきなり元気になったため、士郎の方が驚いてしまった。
気を取り直して、ネギは先端に星のついた小さな杖を取り出した。
「では、火をつける魔法からです。――プラクテ・ビギ・ナル。
ひゅっ、とネギが軽く振ってみせると、杖の先に炎が生じた。
「こんな感じです。これだけでも普通なら何ヶ月もかかるんですけどね。士郎さんもやってみてください」
ネギの差し出したスペード型の杖を士郎が受け取った。
士郎は自分の身体にある魔術回路のスイッチを入れる。
杖を使った事などないが、強化魔術の要領で魔力を通してみた。
「――プラクテ・ビギ・ナル。
ポッ! 杖の先に、小さいながらも炎が生じていた。
「わあぁ、できたですー」
「むぅ、お見事なのです」
二人の少女がパチパチと手を叩いた。
「なんだ、使えるじゃないですか。本当に初歩から学ぶつもりなんですか?」
がん! ごん!
「痛っ!」「あ、つぅ」
ネギと士郎が自分のスネを押さえてかがみ込んだ。
「馬鹿か貴様ら」
いつの間にか近寄っていたエヴァが、二人のスネを蹴り上げたのだ。
「なんだ、いきなり?」
「どうしたんですか、マスター?」
「今のを成功だというなら、貴様は魔法先生として失格だぞ」
「ええっ!? なにかまずかったんですか?」
エヴァの叱責を受けても、ネギには何が問題なのか理解できなかった。
「士郎。もう一度やってみせろ」
うなずいた士郎が、再び呪文を唱える。
杖の先端には、確かに火が灯っている。
しかし、ネギは違う反応を示していた。
「あ、……あれ? 士郎さん、今のはどうやったんですか?」
「見たままだぞ。呪文を唱えただけだ」
「マスターが言っていたのは、魔力のことですよね?」
「ようやく気がついたか」
正解に辿り着いた弟子を見て、エヴァが満足そうに頷いた。
「ネギ先生。今のはどこがおかしいのですか? 私には理解できませんでしたが」
「私もですー」
ネギですら初めは気づかなかったので、魔法を成功させていない彼女たちには難しい問題だろう。
「士郎さんは、自分の身体にある魔力だけを使いませんでしたか?」
「それはそうだろ。俺が魔法を使うんだから」
「それが間違いなんです。夕映さん達にも最初に説明したんですが、魔法を使用する時に重要なのは、自然などの万物が宿している魔力の方なんです」
ネギの指摘した魔力の分類に関して、士郎もその概念は知っていた。彼のいた世界では、自身に宿る魔力を
魔法使いならば近くで魔法を使われるとすぐにそれと察知するものだが、士郎の場合は外界の魔力へ干渉しないため周囲への影響が少ないのだ。
「例えば、僕が風の矢を使うとします。この時、世界の魔力で風の精霊に働きかけるんですが、この力の調整を行うのが自分の魔力ということになります。単純に言い換えるなら、100の威力の魔法を使う時は、自分の魔力を10消費して、世界の魔力100を行使するんです」
自分の魔力を素材とするか触媒とするかの違いらしい。
「士郎さんがやったように、自分の魔力そのもので魔法を行使することも可能です。でも、普段はそんな方法を使いません。周囲の魔力を活用した方が効率的なんですから」
「つまり、周囲の魔力がガソリンで、自分の魔力がエンジンオイルみたいな感じか?」
自分なりに噛み砕いてみる。
「そう考えてもらってかまいません」
「わかった。もう一度やってみる」
士郎が杖を振りあげた。
「うまくいきませんね」
「そうだな」
士郎が頷く。
「でも、正しくはなくても使えるんですよねー。いいなー」
のどかが羨望の眼差しを向ける。
「それでも、間違っているのですね?」
夕映の質問をネギが肯定する。
すでに身についている魔術が癖になっているためか、士郎は正規の手法では魔法を行使できずにいる。
正確に表現するなら、世界の魔力を使うことをなかなかイメージできないのだ。
その一方で、火を灯したり、風を吹かせたり、光を照らしたり、物を倒したり――それら全てを魔術の応用で成功させていた。
士郎は向こうの世界の基準からすると、魔術師としては劣等生に近い。ところが、魔力の行使に慣れているという事が、変則的とはいえ“魔法使い”の適性となったらしい。
そもそも、一般人は魔力を認識することもできないのだから、魔力の制御を行えるはずもない。それができるだけでも、二人の少女に比べて士郎は優位だと言えた。
「魔法はこれからも正しいやり方を練習するけど、できる事が増えるのはありがたいな」
戦いに限定しても、目くらましに使ったり、注意を逸らしたりと、自分の選択する幅は大きくなるはずだ。
ただし、投影魔術よりも多くの魔力を消費するため、士郎にとっては非常に効率が悪い。
「でも、この方法だと次へステップアップするのが難しいですよ。自分の魔力の減りも早いですし」
「俺には、強力な魔法を覚えることよりも、使える魔法で何ができるかの方が重要なんだ」
向こうの世界でも、自分の在り方について考えた事があった。そもそも士郎は、魔術を追求する“魔術師”ではなく、魔術を道具として活用する“魔術使い”に向いているのだ。
「無闇に力を取得することよりも、力の使い道にこだわるのですね。それは強大な力に関わる者が、等しく自戒すべき大切なことだと思うのです」
夕映は感銘を受けたように賞賛を口にする。傍らののどかもこくこくと頷いた。
「そんな大層なものじゃないぞ」
大げさな表現に士郎が苦笑する。
「そんなことはありませんよ。夕映さんの言葉はもっともだと思います」
ネギも士郎の発言は正しいと肯定した。
「この上となると、どんな魔法があるんだ?」
「目的によっていろいろですけど、士郎さんはどんな魔法を覚えたいんですか?」
「そうだな。俺は剣を使うから、相手を傷つけずに無力化できる魔法があれば、ありがたい」
「それでしたら、いくつかありますよ」
そう口にしてネギが実例を挙げていく。
「『
「氷の属性だと、つららで攻撃することになるのか?」
「はい。マスターの氷の矢がそれになります」
それは士郎も一度受けた経験のある魔法だった。
「次に、『
「えー? それって……」
「まさか、教室でアスナさんの服がよく脱げるのは……」
のどかと夕映が顔を赤くしてネギを見つめる。
「ち、違うんです。僕が意図的にやったわけじゃなくて、教室のは純然たる事故なんですー!」
涙目となったネギが慌てて弁解する。局地的にアスナの被害ばかり甚大ではあるものの、彼の言う通り事故なのは確かだった。
「うう〜。他には『
それならば、物理的な被害はまったく発生しないだろう。
「ですが、これらの呪文には自分用の始動キーが必要となるんです」
「始動キー?」
「魔力通路の扉の鍵を開くための言葉です」
「トレース・オンじゃだめか?」
士郎も同じような用途で、その言葉を使用しているのだ。
「え? それだと短かすぎますよ。魔法の呪文へ続けますから、韻を踏んでリズムを持たせないと」
「そんなものなのか?」
「設定には長い儀式が必要ですし、自分にあった始動キーを考えておいた方がいいですよ」
稽古が一段落ついたのか、アスナ達もこの場にやってきた。
「お疲れ様です」
出迎えるネギにアスナが尋ねていた。
「士郎さんは魔法の素質ありそうなの?」
「ちょっと問題はありますけど、もう使えましたよ」
「ホント!?」
アスナだけでなく、それを聞いたこのかと刹那も驚いている。
「士郎さんは呪文が恥ずかしくなかったの?」
アスナなどはそこにつまずいて、学ぶ意欲が減退したクチだった。学んだところで使えるようになるかは不明だったが。
「まあ、確かに子供っぽい印象はあるかな。だけど、必要な呪文なら仕方ないだろ。そんなこと気にしてられないし」
「どういう意味?」
「俺が学んでいた魔術っていうのは、自己を殺して自分の身体を魔術回路として使用するものなんだ。雑念が生じて魔力の制御を失敗したら、自分の身体を破壊しかねない。魔術を行使する時には、いつも死を覚悟していたからな」
淡々と告げた言葉に、魔法を学んでいた二人の少女が息を呑んだ。
「ネギ先生! 魔法というのは衛宮さんの言うように危険なものなのですか?」
初めて知った危険性に、夕映が緊張した面持ちで確認する。
「そんなことはありません! 教えている魔法だって、失敗したら何も起こりませんし、怪我を負うことなんて考えられません」
ネギが慌てて否定する。
士郎にとってはあまりに基礎的なことだったので意識していなかったが、彼女たちの怯えた理由に彼も思い至った。
「これは俺の暮らしていた場所の、それも間違ったやり方だから、綾瀬達が心配するようなことはないぞ」
重ねて言われると、夕映とのどかがほっとため息を漏らす。
「士郎さんはそんな危険を覚悟してまで、どうして魔法使いになろうと思ったの?」
アスナとしてはそこが気になる所だ。
「厳密に言えば、魔術師――魔法使いになりたいわけじゃないな。魔法が使えたら役に立つと判断したから、覚えようと思ったんだ」
「じゃあ、目的はなんなの?」
「正義の味方になることなんだ」
「……正義の味方?」
アスナだけではなく、居合わせた面々が戸惑いの表情を浮かべた。子供じゃあるまいし、“正義の味方”などという言葉を真面目に口にするとは思わなかったからだ。
「やっぱり、おかしいか?」
士郎が苦笑を浮かべて尋ねる。
「だって、その……」
悪いと思いながらもアスナは士郎の言葉を否定できない。
士郎にもわかっている。士郎の過去を知らなければ、彼の心情を理解できるはずがない。それが、どれほどの覚悟と意志によって成り立っているか。
「おかしくなんてありません!」
ただひとり、目を輝かせて答えたのがネギだった。
「いいですよね、『正義の味方』! 僕も父さんみたいな『
ネギはそこまで言って士郎を励ましていた。
「ありがとうな」
ネギの反応を見た少女達は、自分たちの態度が失礼だったことに気がついた。
自分の力を多くの人のために役立てる。そのような夢を持っているのは士郎だけではない。ネギもまた父親を追いかける過程として、“偉大なる魔法使い”を目指しているのだ。
彼にとっては“正義の味方”という言葉は、“偉大なる魔法使い”と同義なのだ。
少女達の謝罪を、士郎は笑って受け止めていた。
あとがき:“魔術師”である士郎との対面ですが、さらっと消化してしまいました。学祭前だと、カミングアウトするタイミングがここしかないんですよね。