『シロネギまほら』(11)アーティファクトの情報が更新されました

 

 

 

「貴様のアーティファクトについて、茶々丸が情報を入手したぞ。それなりに使える物らしい。使いどころは難しいがな」

 士郎を家に呼ぶと、エヴァはそんな風に話を切り出した。

「どういう物なんだ?」

「実践してみた方が早いだろう。話の続きは別荘でするぞ」

「別荘?」

 エヴァはそう口にしたはずなのだが、士郎が案内されたのはなぜかこの家の地下室である。

 重い扉の向こうには、ガランとした殺風景な丸い部屋があり、中央にぽつんとそれだけがあった。

 1m程の高さの台座の上で、一抱えはある球形のフラスコが横に倒れている。ボトルシップのように、瓶の内側には奇妙なジオラマがあった。

 底には砂が敷き詰められ、それを浸せるだけの水が張られている。中央には太い円柱がそびえ立ち、もう一本の細い柱の上面と橋でつながっている。太い柱の上には、建物らしいミニチュアが乗っていた。

「それが別荘だ」

「別荘って……。どこに建てたんだ?」

 実在する別荘の模型だと早合点して士郎が尋ねる。

「ん? 勘違いしてるようだな。貴様が目にしているのは、別荘のミニチュアではなく別荘そのものだ。床の魔法陣を踏めばこの中へ入れる。私達の後に続いてすぐに来い」

 そう告げたエヴァが、口にした通り魔法陣に乗るとその姿がかき消える。

 そして、なぜか頭の上に人形を乗せている茶々丸がそれに続いた。

 

 

 

「うわ……」

 士郎が絶句する。

 魔法陣で転移したのは、直径15m程の柱の上だ。

 高さが100m程はありそうで、もう一本の柱まで橋がかかっていた。びゅうびゅう、と風の吹く中を手すりもないまま士郎はそこを渡り終える。

 建物の手前にある直径50mほどの広間の中央で、エヴァと茶々丸が士郎を待ちかねていた。

「貴様は仮契約について知らなかったから、まずはそこから説明するぞ。アーティファクトについてはその後だ」

「その辺は任せる」

「魔法使いは呪文の詠唱中は無防備となるうえ、その間に攻撃を受けると呪文も完成できない。そこを補って戦うのが『魔法使いの従者ミニステル・マギ』という存在だ。契約を結ぶ事によって、従者は主人から魔力を提供される。これは、単に魔法を使うための魔力というわけではなく、身体能力の増加や肉体を守る障壁の役割もこなす」

 聖杯戦争におけるサーヴァントシステムと似たようなものらしい。もっと単純に使い魔と考えた方がいいのだろうか。

「なるほど」

「今から貴様に魔力の供給を行う。まずは、それを体感してみろ」

「どうすればいいんだ?」

「貴様はそこで立っていればいい」

 エヴァが士郎の仮契約カードを取り出した。

契約執行シス・メア・パルス 90 秒 間ペル・ノーナギンタ・セクンダース! エヴァンジェリンの従者ミニストラ・エヴァンジェリン『衛宮士郎』エミヤ・シェロー

 ボッ! 士郎の身体を魔力が覆った。

 身体の芯がじんわりと熱を持ったように感じる。

「チャチャゼロ。士郎の相手をしてやれ」

「御主人、コイツ殺シテイイノカ?」

 物騒な発言が、茶々丸の頭の上から聞こえてくる。それは、茶々丸の頭にしがみついている70cm大の人形だった。

「殺さない程度でやれ」

「仕方ネェカラ相手ヲシテヤルゾ」

 茶々丸の頭からひょいっと降り立ったチャチャゼロは、鉈のように幅広の山刀を両手に一本づつ握っていた。

「士郎も干将莫耶を構えろ。魔法障壁が働くから斬られることはないだろうが、油断はするなよ」

「そうは言っても、こいつが壊れたりすると不味いんじゃないか?」

「その心配は不要だ。壊れたとしてもいくらでも修理は可能だからな」

「チッ。俺モナメラレタモンダゼ」

「――投影、開始トレース・オン

 士郎もまた、干将莫耶を手にする。

「楽ノシマセロヨ」

 シュッ! チャチャゼロが無造作に動き出す。

(……低い!)

 もともとの身長が低いこともあり、地表を這うような高さで、士郎に迫った。

 チャチャゼロが狙ったのは、士郎の足だ。

 キン! その刃音が低い位置で響く。

 姿勢を崩しながらも、士郎は刃を止める事に成功する。

 この時点で、すでに士郎も実感できていた。強化魔術の様に自身の運動能力が増幅されているのだ。

 チャチャゼロは器用な足裁きで、士郎の背後へ回ろうとする。普通なら歩幅が短い事は不利な条件のはずだが、もともとのスピードが速いためか、小刻みなステップが動きを読みづらくする。

 ようやく士郎も、相手の実力に気づいた。

 正面から剣技を競うのではなく、敵を仕留めるための動き。チャチャゼロは、強いと言うよりも、危険な相手だった。

 切り結んだ剣で押しやろうとすると、チャチャゼロはすかさず退いて、次の太刀に切り替えてくる。

 チャチャゼロは宙に浮いた時こそ一撃は軽くなるのだが、地上から直接飛びかかる時の威力は強烈だった。

 小回りのきくチャチャゼロを追い切れないと感じた士郎は、足を止めての応戦で斬り結ぶ。

「ほう……」

 エヴァは士郎の動きを感心して眺めていた。

 本来、身体能力の増加というのは、単純に戦闘力を上げる事にはならない。

 自分の動きが良すぎても、それを制御しきれずに身体が振り回されたり、反応速度が追いつかずに隙が生じたり、慣れていない人間では難しいものなのだ。

 ところが士郎はすでに適応している。

 士郎が強化魔術を使い慣れているという経験と、弓道や魔術においてそうだったように、自分の身体を高精度で認識できることがその理由だった。

「そろそろ時間切れだ。退け、チャチャゼロ」

 魔法の開始時にエヴァが唱えていたように、今の契約は90秒しか保たない。

 チャチャゼロはそれに構わず攻撃を繰り返す。

 ふっ、と士郎の身体に重さが戻った。エヴァからの魔力供給が終わったためだ。

 士郎がその攻撃に反応できたのは、運によるものだろう。

 頭頂部目がけて振り下ろされた剣を、士郎は干将莫耶を交差させて受け止めていた。攻撃は軽かったが、くらっていれば命を落としていたことだろう。

「殺す気かっ!?」

「運ノイイヤツダゼ」

 ケケケ。嫌な笑い方をして、チャチャゼロがエヴァの元へ歩き去る。

 ゲシッ、とエヴァの足がチャチャゼロを蹴り倒した。

「時間だと言っただろうが」

「イイジャネェカ。生キテンダカラ」

 チャチャゼロはまったく悪びれない。

「とまあ、これが契約執行だ。魔法使いが戦闘不能となった場合のために、カードを経由して従者の側から魔力を引き出す事も可能だ。呪文は『我は、汝が一部なりシム・トゥア・パルス』だ」

「ふうん」

 士郎が生返事を返すと、途端にエヴァは機嫌を損ねた。

「忘れたのか、貴様は! 私の魔力を融通してやる事が、呪いを解いた事への報酬だと言ったろうが!」

「わかった。わかった。シム・トゥア・パルスだな」

「それと、そのカードを額に当てて『念話テレパティア』と唱える事で、契約した相手へ思念を飛ばす事ができる。テレパシーのようなものだな」

「送るだけなのか?」

「確かに一方通行だが、相手も同じカードを持っていれば会話が可能だ。私も持っているだろう」

 エヴァが手にしたカードをひらひらと振ってみせる。それは、士郎に渡されたコピーカードの元となったオリジナルである。

「まあ、一人前の魔法使いならば、道具など使わずとも念話を行えるがな」

 そう補足した。

「あとは、使う機会などないだろうが、魔法使いが従者を必要とした時に、相手を召喚することもできるな」

「召喚!? 空間を越えてってことか?」

「そのとおりだ。まあ、10kmぐらいならば問題ない」

「それは凄いな……」

 素直に驚く。

 向こうの世界でサーヴァントを空間転移をさせようとしたら、令呪に頼らざるを得ない。唯一、自力で行ったのがキャスターである。

「さて。いよいよ、本題のアーティファクトの話になる。出してみろ」

 うなずいた士郎がポケットからカードを取り出す。

「――来たれアデアット

 士郎の身体を赤い外套が覆う。

「あれ?」

 前回と比べて違和感があった。

「気がついたか?」

「エヴァの家で着た時よりも、魔力が強くなっていないか?」

「その通りだ」

 エヴァが知り得た情報を説明する。

「貴様のアーティファクトの名は、『ヒイロノコロモアミクルム・サンクトゥス』。着用中は魔力障壁が働き、身体能力も増幅される。最大の特徴は、周囲の魔力に応じて効果の増減があることだ。この別荘内は外に比べて魔力が充溢しているから、効果が高くなっているわけだ」

「魔力の強い場所だったら、出力があがるってことでいいのか?」

「それも、魔力の属性とは無関係にな。例えば、聖域と呼ばれる場所であっても、呪われた土地であっても、ヒイロノコロモは属性を無視して純粋な魔力へと変換してしまう。さらにその魔力は、貴様の持っている魔力を越えて、魔法としての使用が可能だ」

「どういう事だ?」

「たとえば、貴様は魔法の射手サギタ・マギカを何発まで撃てるんだ?」

魔法の射手サギタ・マギカってなんだ?」

「…………」

「…………?」

魔法の射手サギタ・マギカを知らんのか?」

「そんなに有名なのか?」

「……火をつけるぐらいのことはできるだろう?」

「ライターかマッチがあればな」

「ふざけるな! よくもそれで魔法使いなどやっているな、貴様は!」

「え!? そうだったか? 俺は“魔法使い”を名乗った事は一度もないはずだぞ。俺が使いこなせるのは投影ぐらいだし」

 正確には投影“魔術”とすら言い難いのだが、そこまで言及する必要はないだろう。

「……あの時も、魔術師とか言っていたな」

 怪訝そうな士郎の態度に、エヴァは停電の翌日に交わした会話を思い返した。

「まあ、関西の符術のように、土地によっては独自の技術体系を組み上げることもある。貴様の学んだ魔術とやらも、一般的な西洋魔法とは、かけはなれた物というわけか」

 日本古来の術を受け継いでいる関西呪術協会という組織が存在する。関東魔法協会が彼等の反発を受けているのは、外来の新興勢力という歴史的な背景があるからだった。

 士郎はそんな事情など知らなかったが、自身の魔術がマイナーな技術だと考えてもらった方が説明もしやすかった。

「そうだな。エヴァの使ってた魔法は、俺にとって初めて見るものだったし」

「それなら、投影を例にしてもかまわんがな。ヒイロノコロモ装着中ならば、通常時に比べて長く多く投影を行えるだろう」

「自分の魔力を使わずに、外から魔力を引き出せるってことか?」

「そういうことだ。魔力の少ない貴様には、ありがたいアーティファクトかもしれん。だが、欠点もある。ヒイロノコロモには使用制限があるんだ。使用時間はたったの3分。そのうえ、24時間を空けなければ、次の使用もできん」

「それって、どうなんだ? やっぱり珍しいのか?」

「まずないな。だが、逆に考えれば、制限に見合うだけの能力なのかもしれん。強力な魔法が使えれば、わずか3分であっても戦局を覆す事は可能だからな。……強力な魔法を使えない貴様には、関係のない話だが」

「そうなると、普段の街中だと効果も落ちそうだな」

「学園はむしろ通常でも高い方だから、麻帆良の外へ行けばさらに低下するだろう。そういう点で、一定の効果を期待できないアーティファクトとも言える」

「それで使い勝手が悪いってことか」

 最初にエヴァの言っていた内容が理解できた。

 場所によっては効果がほとんど期待できず、それ以後は丸一日使用できなくなる。時間と場所で制限を受けるのだから、非常に扱いづらそうだ。

「チャチャゼロ。士郎とやってみるか?」

 話を向けられてチャチャゼロが答える。

「190秒ナラヤッテモイイゾ」

 その言葉には二つの意図が込められていた。3分以内ならば士郎が強敵であること。その一方で、逃げ通す自身があるという事だ。

 

 

 

 この別荘は、一度入ってしまうと、24時間経過しなければ外へは出られない。ただし、その間に外で経過する時間は1時間ということだった。

 士郎は空いた時間で別荘内を見学させてもらうことにした。

 別荘の土台である円柱はそれ自体が塔であり、中には工芸品の保管庫や、書庫、菜園、大浴場、ヌイグルミ部屋、衣装部屋、様々な部屋があって、眺めているだけでも飽きなかった。

「ほう……」

 やってきた士郎の姿を見て、エヴァが声を漏らす。

「笑ってくれていいぞ。似合わないのはわかってる」

 士郎の服装は、いつものトレーナーとジーンズという姿ではなかった。

 エヴァのディナーに招待されるということで、タキシードを着せられたのだ。

 慣れていないこともあって、着替えの時には茶々丸にずいぶんと迷惑をかけてしまった。

 エヴァが口元に笑みを浮かべているが、それは嘲りとは違うものだ。

「私も笑ってやるつもりで着せてみたんだがな。意外にも悪くはない」

 士郎は姿勢もよく、動きも無駄がないためか、正装をするとすっきりとした印象が際だつのだ。

「そうか?」

 彼自身にはまったく実感がないらしい。

「まあ、身長は足りんがな」

 エヴァの指摘を受けて、士郎は目を丸くする。

「どうした? そんなに驚くようなことは言ってないだろう」

「いや……、エヴァに言われるとは思わなかった」

 げしっ。士郎の脛を蹴り上げた。

 

 

 

 二人がテーブルに着くと、茶々丸がメイドの格好でかいがいしく給仕を始めた。

 年代物らしいワインで喉を潤しながら、フルコースを平らげていく。

「さっきの肉料理、作り方を教えてもらっていいか?」

「私はレシピなど知らんぞ。茶々丸に聞いてみるがいい」

「後で、メモをお渡しします。ですが、材料は高価なので入手が困難かと」

「それは諦めるしかないな」

 士郎が苦笑いを浮かべる。

 食材は手近なところで手に入れて、下ごしらえなどで工夫するつもりだった。

「しかし、変なヤツだな貴様は。料理をするよりも先に、やるべき事が山ほどあるだろうに」

「俺の場合は剣とか魔術っていうのは、義務みたいなものなんだ。あえて言うなら、料理の方が趣味だな」

「強くなりたいとは思わないのか?」

「強くならなければとは思ってる」

「ふむ……」

 士郎の答えに、エヴァは面白そうに頷いた。

「そう言えば、エヴァはどんな格闘技が使えるんだ?」

「ん? 合気柔術だが、それがどうかしたのか?」

 唐突な話題に、エヴァが首をかしげる。

「試験に合格したら、ネギを弟子にするんだろ?」

「……は!?」

 意外な言葉に、エヴァは意表を突かれた。

「馬鹿か貴様は! ぼーやに教えるのは魔法に決まっているだろう。合気柔術など教えるかっ!」

「魔法って……。ネギは魔法使いだったのか?」

「今さら何を言ってるんだ? 魔法使いでもなければ、10歳の子供が教師になるはずがなかろう!」

「魔法使いと教師って、その時点でつながりはないだろ」

「それは、そうだが……」

 そこまではエヴァにも説明ができない。

 魔法使いになるための修行とは、“達成すること”に意味があり、内容について疑問視される事はまずないからだ。

 結果的に、本人の人生を左右することも多いが、事前にそれと悟る事はできない。それこそ“運命”としか説明できないのだ。

「ネギだって、誰にでも“魔法使い”を名乗ってるわけじゃないだろ」

「確かに、それはない。魔法使いはその存在を公表する事を禁じられているからな」

「やっぱりそうだよな。魔法の事をバラしたりすると罰があったりするのか? 口封じに殺されたりとか、記憶を消されて追放されるとか?」

「オコジョにされるな」

「なぜ、オコジョ!?」

「昔からの習慣としか言えん。それで何百年も成り立っているのだから、問題あるまい」

 納得はできないが、追求しても明確な答えは得られないようだ。

「だがまあ、この学園の敷地には強制認識魔法がかけられているからな。なにか不思議な事があっても、自分の常識内でしか判断できないようになっている」

「始めから魔術を信じていないと、目の前で使われても魔術だと思わないってことか?」

「その通りだ。茶々丸の場合も、ロボットだとは気づかれないことが多いな」

 以前に、ハカセが話していた茶々丸に関する説明も、それに関しての事なのだろう。図書館島に関する事柄や、楓の手裏剣についても同様かもしれない。

「話を戻すけど、魔法を教えるためのテストが、格闘技っておかしくないか?」

「あ、あれは話の流れでそうなっただけだ! それに、その……、ヤツの気迫や根性を試すとか、劣勢を挽回するための知恵や工夫を見るのが目的だ。カンフーの腕を試すわけではないぞ」

「すごい後付けっぽい合格条件だな」

「マスターに代わって私が論理的に説明いたします」

 言葉に詰まるエヴァを見かねたのか、茶々丸が説明を買って出た。

「う、うむ。言ってやれ、茶々丸」

 分が悪いと考えたのか、エヴァは説明役を彼女に委ねる。

「マスターはネギ先生に魔法を教えることを楽しみにしていたのですが、自分よりも先に古菲さんからカンフーを学んでいる事を知って、ヤキモチから意地悪をしているんです」

「デタラメを言うなっ! このボケロボ!」

「今の説明は凄くわかりやすかった」

「貴様も納得するんじゃない!」

 承伏出来ないエヴァには悪いが、茶々丸の説明は士郎に理解しやすい内容だった。

 エヴァが悔しそうに話題を変える。

「今晩、そのぼーやのテストをするが、貴様も見に来るか?」

 魔法使いのネギが、魔法を学ぶために弟子入りしようというのだ。それは非常に重要な意味を持っているはずだった。

「……いや、やめておく。大げさに言うとネギの将来がかかっているわけだろ。気が散ったりしないように、遠慮しておくよ」

 ちなみに、現場には8人もの少女が応援に駆けつけたため、彼の気使いはまったくの無駄に終わった。

 

 

  つづく

 

 

 
あとがき:士郎には投影があるので、補助的なアーティファクトとなりました。3分間の設定はもちろんウルトラマンから。