『シロネギまほら』(8)京都へ行き損ねた人
またまた、超包子は臨時休業となっている。
今回の理由は、従業員の5名が修学旅行に行くためだった。残った士郎一人で切り盛りするのはさすがに不可能だ。
世界樹近くの広場に出向いた士郎は、稽古相手がいなくとも基礎運動や素振りを行っている。
しばらくすると、彼はある事に気がついた。
先日見かけた、教会での光景を思い出したのだ。
「絡繰もいないから、あの猫たちはエサ抜きになるのか?」
教会まで出向いた士郎は、野良猫へエサを与えていた先客と顔を合わせる事となる。
「あれ……、絡繰?」
予想もしない相手がそこにいた。
「衛宮さん。こんにちわ」
「ああ、こんにちわ。修学旅行じゃなかったのか?」
「私とマスターは事情があって、欠席することになりました」
「マスターってエヴァンジェリンのことだよな。エヴァンジェリンって中学生なのか!?」
「ハイ」
「……長瀬とか、龍宮もだっけ。あんな子がいるのに、エヴァンジェリンも同じクラスなのか」
外見だけでいっても落差が激しすぎるように思える。それを言ったら、600歳という吸血鬼が中学校へ通う時点で間違っているのだが。
「病気……ってことはないよな」
一人はロボットで一人は吸血鬼である。
「何か問題でもあったのか? その……、旅費が足りないとか?」
「マスターはこの学園を出ることができませんから」
「学園から出入りを禁止されているのか?」
「そうではありません。マスターにはある呪いがかけられており、この学園に縛られているからです」
「じゃあ、京都に行けなくてエヴァンジェリンは悔しがっているだろ」
「イイエ。マスターはそれを否定しました」
「絡繰はどうなんだ。行きたいとは思わないのか?」
「私はマスターのお世話がありますので」
「賑やかな仲間がいないと、静かすぎて寂しいだろうな」
「それはあるかもしれません。皆さんとてもお元気ですから」
「そうか……」
ログハウス風のエヴァの家に茶々丸が帰宅した。
「ただいま戻りました」
「邪魔するぞー」
耳慣れぬ声を聞いて、エヴァが反応する。
「今のは誰だ?」
ソファに寝そべって本を読んでいた彼女が、不審そうに廊下を見た。
つい先日知り合った男が、ビニール袋を手にしてそこに立っている。
「衛宮士郎? 貴様など呼んでないぞ」
「悪いな。ちょっと遊びに来たんだ」
「吸血鬼の家に気軽に遊びに来るんじゃない! 茶々丸もそんな奴を入れるな!」
「申し訳ありません。衛宮さんがどうしてもとおっしゃるものですから」
「用件はなんだ? 聞いてやるからすぐに言え。そして、すぐに帰れ」
「別に話があるわけじゃないんだ」
「それならば、何をしに来た?」
「超包子の出前調理に来たんだ」
士郎の返答にエヴァが虚を突かれた。
「出前……だと?」
「超包子のメンバーが修学旅行中なのは知ってるだろ? 俺も一人だと寂しくてさ。一緒に夕飯でも食べないか?」
「誰が貴様の料理など食べるか!」
「衛宮さんは料理がお上手です。それは五月さんも認めていらっしゃいます」
「五月が? ……そうなのか?」
「一応な」
「それで何を作るつもりだ?」
「ギョウザ」
「ふざけるな! 私がギョウザなど食べると思っているのか?」
士郎の返答に腹を立てたエヴァを、茶々丸がなだめる。
「大丈夫です。衛宮さんが作るのは、マスター用の特製ギョウザです」
「どういうことだ?」
「エヴァンジェリンはネギやニンニクが嫌いなんだよな」
「子供のワガママみたいに言うな! 私が吸血鬼だということを忘れてないか?」
「ああ、そういう事か」
言われてみれば、エヴァは吸血鬼なのだからニンニクが苦手なのは当然だろう。
「それならネギは?」
「ニンニクと似たようなものだろうが」
「食べ比べたことがあるのか?」
「匂いで受け付けなかったそうです」
「それだと食わず嫌いだな」
「貴様、余計な事を……」
ガン! エヴァンジェリンが茶々丸のスネを蹴り上げたが、茶々丸の表情は全く変わらない。当然である。
「じゃあ、台所を借りるぞ」
普段は茶々丸しか立たないキッチンに、士郎が踏み込んだ。
袋の中から、未調理のギョウザを入れたタッパーを取り出している。
「絡繰。ちょっと手伝ってもらえるか」
「了解しました」
一時間とかからずに調理も終わり、テーブルの上にメニューが並べられる。
「本当にギョウザばかりだな」
エヴァがそれを目の前にして呆れていた。
単純にギョウザと言ってもバラエティに富んでおり、定番の焼きギョウザの他にも揚げギョウザとスープギョウザがある。
調理方法だけでなく、使用している具材にも変化をつけているため、単調にはならない。
おまけのようにちまきも並んでいる。
「まあ、超包子で調理しているなら、このぐらいはできても当然だな」
そんなことを言いつつも、エヴァの箸が止まる事はない。
「絡繰も食べられればいいのにな」
士郎に話を向けられると、茶々丸が笑顔で答える。
「イイエ。私はこうしてマスターに喜んでもらえれば、それで十分です」
「喜んでなどおらん。いつもの食事となにも変わらんだろうが」
「衛宮さんが同席しており、衛宮さんの手料理をご馳走になっています」
「それが些事だと言っているんだ。衛宮士郎がいようと、料理のメニューがなんだろうが、たいしたことではない」
フン! 不機嫌そうに顔を背けた。
ちなみに、エヴァと士郎の二人しかいなかったのだが、残り物は何一つ出なかった。
玄関を出ようとしていた士郎が足が止める。
重要な確認を忘れていたことに気づいて、リビングへ向かって声を張り上げた。
「エヴァンジェリン。明日のメニューは何がいい?」
エヴァは顔も出さずに返答する。
「もう、来なくていい!」
「今日のが気に入ったなら、またギョウザにするけど」
「二日続けてギョウザなど食べるか! 別なのにしろ!」
「じゃあ、考えておく」
「うむ」
答えてから気がついたらしい。
「だから、来るなと言っただろうが!」
素直じゃなさそうなエヴァには聞かず、傍らの茶々丸へ尋ねてみる。
「エヴァンジェリンは喜んでくれたよな?」
「ハイ。私にはそう見えました。衛宮さんのおかげです」
ぺこり、と茶々丸が律義に頭を下げる。
やはり意地を張ってはいても、エヴァは寂しいのだろう。
「もしも、エヴァンジェリンが京都へ行く気になったら、俺に教えてもらえるか? たぶん、その呪いをどうにか出来ると思う」
「わかりました。その時が来たら、衛宮さんに相談させていただきます」
その時が間近に迫っていることを、この時の二人は気づいていなかった。
そして、その時が来た――。
3−Aの面々が修学旅行に出発して3日目の夜。
京都から重要な連絡が入ってきた時、エヴァと茶々丸は学園長室にいた。エヴァが学園長と囲碁を打っていたからだ。
京都では重大な事態に直面し、応援が必要となったらしい。
この急場で頼れるものなど……、学園長が視線をさまよわせた先に、その人物がいた。
エヴァが動く際に障害となるものはただ一つ。エヴァをこの学園に縛り付けている
学園長は、修学旅行も学業の一環として、呪いの精霊を騙そうと企んだのだが、なかなか思うようにいかなかない。
「……こりゃ、無理かも」
そんな投げやりな言葉が漏れてしまう。
「なんとかしろ、じじィ!」
不思議なもので、学園長以上にエヴァの方が焦っている。彼女の主張としては、ネギの危機などは関係なく、学園から出られない事が不満らしい。
「マスター。ひとつ伝えていなかったことがあります」
「なんだ、こんな時に!」
エヴァが苛立たしげに応じる。
「衛宮さんから伝言がありました。京都へ行きたくなったら頼って欲しいと」
「衛宮士郎が? あんな半人前に何ができる」
自慢ではないが、エヴァに『登校地獄』の呪いをかけたのは、サウザンドマスターとまで呼ばれた最強の魔法使いだ。どう考えても、衛宮士郎では手に余る。
「衛宮さんは優秀な魔法使いとは思えませんが、それは衛宮さん自身も自覚しているはずです。そのうえで提案しているのですから、何らかの対応策を持っているのではないでしょうか?」
エヴァは、このところ三晩続けて夕食を共にしている男を思い浮かべる。バカがつくほどのお人好しだが、本当にバカだとまでは思っていない。
「衛宮士郎というのは何者なんじゃ?」
当人と面識のない学園長が首をひねる。
「学園に紛れ込んだ未熟な魔法使いだ。たいして魔力もないから放っておいているがな」
「それでも連絡ぐらいは欲しかったのう」
そもそも学園を囲む結界を見張るのがエヴァの仕事である。学園長の主張は当然と言えた。
「問題があるようなら私が始末してやる。それまでは泳がせておけばいい」
「できれば、殺すのは勘弁してもらいたんじゃが」
「……ちっ。このさいだ、呪いが解けるのならば、誰でもかまわん。奴のところへ行ってみるぞ」
「了解しました、マスター」
「じじィ、ちょっと出かけてくるが、その間に術式を再検討しておけ。無駄足ならばすぐに戻る」
茶々丸はエヴァを両腕で抱え上げると、窓から飛び出して行った。
バーニアを噴射させた茶々丸が夜空を横断する。
電車屋台の静寂を破ったのは、少女の怒鳴り声だった。
「衛宮士郎!」
その声は士郎を驚かせた。
彼は拾ってきた枝で強化魔術の練習をしていたところだ。集中が乱れた事で、彼の手にしていた枝は中程で砕けてしまう。
「誰だ、一体?」
怪訝そうに外へ出た士郎へ、エヴァが凄い勢いで詰め寄っていた。
「貴様は茶々丸に私の呪いを解けると言ったそうだな。それは今すぐにできるのか?」
「ああ。数秒で終わるはずだ」
士郎はあっさりと肯定する。
「ふざけるな! どういう方法で解くつもりだ!? そんなことができるわけなかろう!」
「――
士郎の手には歪な形状の短剣が出現した。
「なんだ、そのアーティファクトは? ソードブレイカーか?」
エヴァが連想したように、ひどく歪な刃は武器破壊用の剣に見えなくもない。
「これで呪いを解くんだ」
「こんなチャチなナイフで何が出来る! 馬鹿にしているのか、貴様っ!」
ガーッ、と凄い剣幕で怒鳴りつけた。
「待てって。すでに確認済みだ。図書館島のゴーレムはこれで動かなくなったし、エヴァンジェリンの呪いにも通じるはずだ」
「図書館島のゴーレムだと? この学園で配置しているゴーレムを止めたというのか? そんなもので?」
士郎にそこまでの自覚はなかったが、エヴァの反応をみると実績として十分なものらしい。
「どうやって使うんだ? どんな儀式をすればいい?」
「儀式なんていらない。ただ刺せばいいんだ」
「刺すだけだと?」
「これは
「そんなことはありえん! 刺すだけで呪いを解くような道具があるわけなかろう!」
単純な攻撃魔法ならば、属性による違いはあったとしても、結局は魔力のぶつけ合いだ。それを防ぐのも相殺するのも力勝負となる。
しかし、呪いというのはそうはいかない。さまざまな条件で制約を課し、対象を雁字搦めにしてしまう。
「マスター。刺すだけでしたら、確認はすぐに出来ます。まず、確かめてみてはいかがでしょうか。衛宮さんは信用に値する人物です」
茶々丸の助言に、エヴァが頷いた。
「それで、どこに刺すつもりだ?」
「俺が見た時は軽く胸に刺していたけど、どこでも構わないんじゃないか? 指先の方が安全だと思うけど」
「ならば、さっさとやれ」
エヴァは左手の人差し指を立てて、士郎へ向かって差し出した。
士郎の握ったルールブレイカーが小さな指先を軽く突き刺す。
パキン、と澄んだ音が鳴った。科学的に観測できる現象はそれだけだった。
見えない拘束が解かれたのをエヴァは実感した。縛りつけていた枷が外れて、エヴァの身体から魔力が噴き出す。
彼女は停電の夜と同じぐらい魔力に満ちあふれていた。
「フフフ……、信じられん。信じられるか、茶々丸! 15年間も悩まされ続けた呪いが、こんなに簡単に破れたぞ! アハハハハハ!」
魔力の解放によって、エヴァは精神までもたかぶっていた。
「驚きました」
茶々丸が対照的に冷静な感想を漏らす。
「よし。いますぐ京都へ行くぞ!」
「待ってください、マスター。あちらの状況にもよりますが、現在の私の装備では万全の対応が保障できません」
「ならば、一度家に寄ってから京都へ向かう。ゲートを使うぞ、茶々丸」
「ハイ、マスター」
夜の闇の中で、エヴァは影を利用した転移ゲートに飛び込み、茶々丸もそれに続く。
慌ただしく二人が去った後、その場には一人の人間だけが取り残されていた。
「そんなに京都へ行きたかったのか……」
あとがき:修学旅行編が開始と同時に終了。こんなに短いネギまSSは初めてだ(笑)。武道四天王と事前に交流を持ちながら、修学旅行へは全く関与しません。当初は、士郎が手伝いを申し出でて、実力をお披露目する案もあったんですけどね。
追記:「キャスターは自分に対してルールブレイカーを未使用」との指摘があったため、エヴァ任せにせず士郎が使用する方向で修正しました。(2008/02/18)