『シロネギまほら』(4)地下迷宮観光案内

 

 

 

「本棚の使い方を間違ってる。というよりも、ここの設計者は本棚の使い方を知らないんじゃないのか?」

「それって否定できないかもねー」

 士郎のつぶやきに、ハルナが頷いている。

 彼等が歩いているのは本棚の上だ。高さ10メートルにも及ぶ本棚が立ち並び、4人はその天板の上を歩いている。

「こんなに高い本棚作っても、取り出しが面倒なだけだろう?」

「私もこの辺りで本を探した事はないって。図書館探検部の目的は、未踏の図書室を制覇する事なのよ!」

「テンション高いなー」

 士郎にはついていけそうもなかった。

 この本棚の立っている広大な広間は、本当に図書室として使用されているらしく、本棚の間には通路らしき隙間まで空いている。

 それでいて、本棚の天板には無数の足跡が残っているのだ。前回、訪れたというバカレンジャーだけでは通行人には足りないようだ。

「この天板は始めから通路の予定だったのか?」

「いやあ、図書館探検部のメンバーも設計意図まで知らないしねー」

「一体、ここはどういうところなんだ?」

「なんでも、大戦の被害を避けるために、世界中から貴重書を集めていたらしいよ。増改築を繰り返したことで、全体の構造を把握している人間が存在しないくらいで」

「建築基準法とか言い出すだけ無駄なんだろうな」

「野暮は言いっこなし」

「野暮ですますか?」

 先行していた古菲が二人に声をかけた。

「二人とも急ぐアル。先に行てしまうアルよ」

 高い本棚の上で、古菲も楓も周囲を眺めながら、軽い歩調で進んでいく。ハルナもある程度の馴れもあって足取りが軽かった。

「……ひょっとして、俺は足手まといなのか?」

 

 

 

 入り組んだ通路を歩いていると、周囲の状況が楓の記憶を刺激した。

「ハルナ殿、そろそろ休憩場所ではござらんか?」

 問いかけに応じて、ハルナが地図上でルートを確認してみる。

「そうだねー。そこを出ると、第178閲覧室があるよ」

「休憩場所にはありがたいけど、こんなところにある閲覧室なんて誰が使うんだ?」

「実際に使用しているのは図書館探検部だけかも。あくまでも休憩場所として」

 ハルナの答えは納得できるようで、納得できない。

「そうなると、図書館である必要がなくなるぞ」

「いやー、人生には潤いも大切だから」

「それよりも、お腹減たアル」

「そうでござるな。食べながらでも話はできるでござるよ」

「そうだよねー。賛成賛成♪」

 一応、図書館の閲覧室ということで、机と椅子が準備されている。ほこりすら積もっていないことを考えると、清掃までされているみたいだ。

 おのおのが持ってきた弁当を開く。弁当を持ってきていないのは一人だけだ。

「これがクーのぶんな」

「おー。待てたアル」

 古菲が士郎から包みを受け取る。

「なになに? くーへの弁当は衛宮さんのお手製なの?」

 きゅぴーん、とハルナは劇的な反応を示す。

 彼女は噂話が大好きで、何よりも恋愛話が大好物だった。

「士郎は超包子のコックをしてるアル。今日は士郎が得意な和食らしいヨ」

「あくまでも弁当だから、そんなに凝ったものじゃないぞ。今日は二人だけだと思っていたから、クーの分しか作ってないけど」

 あっさりとした二人の反応に、ハルナは落胆しつつも弁当を眺める。

 弁当箱ではなく、始末のしやすさを念頭においた使い捨てのプラスチック製だった。色気というのが全く感じられない。

 五目稲荷、だし巻き卵、鳥のつくね、ブリの照り焼き、レンコンとゴボウのサラダというメニューだった。

「どれどれ」

 古菲が箸を伸ばすよりも先に、ハルナの箸がつくねをかっさらっていた。

「ナヌっ!?」

「派手さはないけど、いい仕事するねー。衛宮さんはいいお婿さんになるよ」

「ほう。こちらはどうでござるか」

 今度は反対側から楓の箸が卵焼きをつまみ上げる。

「ナント!?」

「ふむふむ。甘みと塩気が絶妙でござるな。この繊細な味付けは職人芸でござる」

「なにするアルかー! 二人ともちゃんと自分の弁当があるアル」

「美味しい和食を食べる機会はなかなかないでござるからなー。拙者の弁当と交換ではいかがかな」

 楓の箸が再び弁当を襲うが、古菲の箸がそれを捕まえた。

 衝突した箸の動きが止まる。力がこもっているのか、その箸先がプルプルと震えていた。

「塩おにぎりとでは不公平アル!」

「海苔は巻いてないものの、ちゃんと具は入ってござるよ。左から順番に、昆布、おかか、梅干し」

「手抜きアルー!」

 古菲が楓の言葉にショックを受ける。

「それ以上の無法は許さないネ」

「受けて立つでござるよ」

 立ち上がった二人は、いきなり戦闘状態へ突入した。

 士郎は古菲が強いとは聞かされていたが、楓もまた負けていない。双方とも素手で四肢をくりだすが、見事な体術で相手の攻撃を受け流していく。

 殺気を感じない事もあり、まるで演舞を見ているようだった。

「もー、食事中に騒がないでよ」

 ぼやきながらも、ハルナは無防備状態となった弁当を悠々とつまんでいる。

「ふたりとも元気だなー」

 苦笑する士郎を、ハルナが面白そうに眺めた。

「衛宮さんも若いんでしょー。なんか枯れてるみたいよー」

「ほっとけ。いつもこんな感じなのか?」

「うちのクラスはお祭り好きが多いからね。こんな調子でいっつも騒がしいよ」

「そうは言っても、ここでモメることもないんじゃないか? 食べ物の恨みは恐ろしいし」

 その言葉にはひどく実感がこもっていた。

 士郎が戦闘中の二人に声をかける。

「おーい。俺の弁当を分けてやるから、いい加減に落ち着け」

「ム。それなら勘弁するアル」

「なにやら、士郎殿には申し分けないでござるなー」

 ようやく二人が距離を置いた。

「拙者のおむすびでよければ、食べてほしいでござる。お腹の足しにはなるでござろう」

「もちろんもらうぞ。俺だってメシ抜きは辛いからな」

 苦笑した士郎が、楓のおにぎりを口に運ぶ。

「シンプルだけど悪くない。米がいいのか?」

「おおー。さすがでござるな。田舎から米が送られてくるから、ご飯だけなら自信があるでござるよ」

「じゃあ、私にもちょうだい。替わりに私のサンドイッチも食べて見てよ。作ったのはのどかだけどね」

「では、ありがたくいただくでござるよ」

 楓につづいて士郎もサンドイッチに手を伸ばす。

「マヨネーズは自家製か? 野菜の食感も生きているし、いい腕してるな」

「衛宮さんて料理好きなんだねー」

「まあな。今となっては趣味と実益だし。超包子に来てくれれば、いろいろと作ってやれるぞ」

「ひょっとして、デートの誘い? これで一食浮いた!」

「デートじゃないし、おごらないぞ」

 ちゃっかりしているハルナに釘だけは刺しておく。

 

 

 

 たっぷりと水をたたえた池で膝まで濡らして渡り、本棚の崖をロッククライミングよろしく降りていき、一行はようやくここまで辿り着いた。

「確か、この通路の向こうがあの部屋アル」

 最後の障害は高さ50センチしかない低い通路だった。

「この高さでは一列になって、先行者のお尻を追いかけるしかないでござるな」

「だったら衛宮さんが先頭だね」

「なんでさ? 俺の尻なんて見てもつまらないだろ?」

「おやぁ? 衛宮さんは私らのお尻を眺めたいわけ?」

 からかい口調でハルナが応じる。

「あ……、あー、そういうことか。それなら、俺が先に行く」

「素直じゃん」

「三人の後ろについていったら、何を言われるかわからないからな。別に見たもくないし」

 軽口を返すと、げしっ、とハルナに軽く蹴られてしまった。

 上半身を潜り込ませてみると、この通路内の両サイドにまで小さな本棚が並んでいた。

「図書館なのか、図書館でないのか、ハッキリしてもらいたいもんだ」

「深いところにあるほど、貴重な本らしいけどね」

「私ならこんなところまで、本を借りに来ないアルよ」

「古は地上でも本を借りたりしないでござろう? 拙者も同様でござるが」

「そう言えばそうアル」

 一行はヘッドランプを頼りに、通路の奥深くへ侵入して行った。

 

 

 

 天井から四角い形で光の漏れている箇所で、士郎はすぐ後ろのハルナから指示を受ける。

 蓋となっている1m四方の石板を、わずかに持ち上げて横へとずらした。

「へえ、凄いもんだな」

 上半身を起こした士郎が思わず漏らす。

「ちょっと、衛宮さんどいてどいて。……凄ぇー!」

 士郎を押しのけたハルナが、部屋を目の当たりにして驚きの声を上げた。

 そこは体育館よりも広く、天井まで15メートルはある。正面は舞台のようになっていて、そこには2体の大きな石像が向かい合って立っていた。

 まるで、神殿のようだ。それでいて、周囲の壁際には天井まで届く本棚が並んでいる。

 続いて残る二人が顔を出した。

「アイヤー、石像が戻てるアル」

「おや、本も戻されているようでござるな」

「え? 本って、あれのこと? じゃあ、地底まで行かなくていいわけ?」

 向き合う石像の真ん中に安置されている本を、ハルナが指差した。

「うむ。あの石像の向こうにある本が、“メルなんとかの書”という魔法の本でござる」

「きっと、“メルメルメーの書”アル」

「いや、その名前はないだろ」

「前回は罠にひっかかって、石像に追いかけ回されたでござるよ」

「最後まで振り切れずに苦労したアル」

 その時の苦労を思い出したのか、二人が頷きあった。

「そこの橋に乗ると崩れて、石像が動き出したアル」

 石像が立っている舞台は、幅10mほどの堀に囲まれている。堀と言っても、深い穴になっていてまるで底が見えない。

 舞台の正面にある一本の橋だけが、舞台と広間をつないでいる。

「じゃあ、どうするんだ?」

「飛び越えればいいアル」

 ぴょーん、という調子で古菲は橋を飛び越えてしまった。

「そうでござるな」

 楓はハルナを両腕で抱えると、古菲に続いて舞台へ飛び移っていた。

「……なんでそんな真似が簡単にできるんだ?」

 10メートルという距離は走り幅跳びの世界記録を越えている。

 無造作に行ってみせる二人の様子に、士郎は呆れ気味だ。自分の世界とこの世界とでは、人間の運動能力に差があるのだろうか? 少なくともハルナにはできないようだが。

 年上であり男である自分が足手まといとなる訳にもいかず、士郎はちょっとしたズルをすることにした。

「――同調、開始トレース・オン

 自身の体に魔力を通して、身体能力の強化を行う。

 以前の士郎では精度が低くて使いものにならなかったが、師匠の指導によって自分への強化ならば失敗もなくなっていた。剣で戦う士郎にとって、これは必須とも言うべき魔術なのだ。

 三人を追いかけて士郎も橋を飛び越えた。

「これが、魔法の本かー」

 ひょい、とハルナが無造作に本を取り上げてしまう。

『あっ!?』

 見ていた三人が動きを止めた。

 代わりに二体の石像が動きだした。中心の四人へ向かって両側の石像が迫ってくる。

「やっべ!」

 ハルナは驚きに身体が硬直している。

「士郎殿、ハルナ殿を」

「わかった」

 楓に促されるなり、士郎はハルナを抱き上げて舞台から飛び出した。

 一体が大剣を一体が大槌を振り下ろすが、楓と古菲は上手く引きつけた上でかわしていた。

 舞台の狭さによって動きが制限されることを嫌い、二人もまた舞台上から飛び出す。

 大剣の石像は古菲を、大槌の石像が楓を追った。

 士郎は広間の端まで退いて、安全な場所でハルナを床に降ろす。

「おかしいなー。本を置いていた台座には何の仕掛けもなかったのに」

「そうなのか?」

「これは絶対だよ。だてに図書館探検部に所属してないんだから」

 自信満々で断言してのける。

 それはつまり、機械的な仕掛けではなく、魔術によって発動する罠だろうと士郎は推測した。

「あれがバカレンジャーを追い回した石像なんだねー。ロボットかな?」

「ロボットにあんな動きができるとは思えないけどな」

 二体の石像は二人の達人を相手に戦闘を繰り広げている。

 古菲は大剣を受け流して、手前に出ている左足を払った。地響きを立ててその巨体が倒れ込む。

 すかさず接近して素手の拳を叩き込むが、ひびを入れるのがせいぜいだ。それでもすごいが……と、士郎は感心する。

 一方、楓の方は最初から距離を稼いでいた。

 楓が腕を振るたびに、石像の体表で金属音が響く。楓が放っているのは手裏剣だった。六方手裏剣などではなく、くないのような形状の棒手裏剣だった。

「相手をするでござるよ」

 そのとき、楓の傍らに巨大な武器が出現していた。それは長瀬本人の身長よりも大きい十字手裏剣だった。

「どっから出したんだ!?」

 士郎は心に思ったまま疑問を口にしていた。

「内緒でござる」

 戦闘中にもかかわらず、律義な回答が耳に届く。

「……長瀬は忍者なのか?」

「何の話でござろう?」

 楓は遅滞なくとぼけてみせるが、それでごまかすのは絶対に無理だ。本人もわかっていて、この対応をしているのだろう。

「早乙女、今のを見たか? どこから出したと思う?」

「さあ。忍者なら何でもありでしょ」

「それでいいのか!?」

 ハルナの対応に、士郎は軽いショックを受ける。

 今の会話で士郎は一つ学んだ。

 どうやらこの世界では、ちょっとやそっとの神秘では、問題視されないらしい。

「そういうことなら。――投影、開始トレース・オン

 士郎の両手に、白と黒の双剣が出現する。魔力で物質を作り上げる――投影魔術によるものだった。

「すっげ!」

 驚くハルナを置いて、素手の古菲に加勢する。

「凄い手品アルな」

「どうやったんでござるかな?」

 二人ともめざとく士郎の様子を見ていたらしい。

「内緒だ」

 楓には彼女と同じ答えを返して、士郎もまた戦いに身を躍らせる。

 士郎の双剣は石像の体表をえぐってはいるものの、とても断ち切る事まではできなかった。

 古菲と士郎の二人がかりでも、倒すには至らない。

「長瀬の方は大丈夫か?」

「心配は無用でござるよ」

 楓の戦い方は実に危なげがない。複数の武器を使いこなし、攻守共に高水準だ。

 素手での戦いでも古菲に匹敵するのだから、士郎が心配するなどむしろ失礼かもしれない。

「俺よりも強いのはわかるけど、女の子だしな」

 かつての聖杯戦争において、強大な力を持つサーヴァント同士の戦いに士郎が乱入したのも、“自分のサーヴァントが女の子だから”という理由だった。

 そもそも、図書館島へ来たのは自分が原因なのだ。彼女たちに怪我をさせるわけにはいかなかった。

「戦いの場で女の子扱いされたのは、いつ以来でござろう?」

 ニンニン♪ 楓が楽しそうに笑みを浮かべた。

 その言葉の通り、楓が身を守る術を手に入れたのは、だいぶ昔の事なのだ。その道において、彼女はまさに天才であった。

「しかし、どうにも決め手に欠けるでござるな」

 楓が十字手裏剣の中央を掴み、手元の紐を引っ張る。勢い良く回転し始めた手裏剣は、巨大な回転鋸のようだった。

 先端から火花を散らして石像を削る。だが、この像は鎧のように内部が空洞になっているわけでなく、内部にいくほど密度が高くなっているらしく、切断するには至らない。

 むしろ、回転の威力に負けて、楓の身体が後ろに流れていた。

「このまま倒しきるのは、難しそうでござるな。古はあの堀へ突き落とせるでござるか?」

「ちょっと難しいアル。重すぎるネ」

 元来た道を戻ろうにも、穴に潜り込む余裕を与えてはくれないだろう。上から踏みつぶされたらたまったものではない。

(問題なのはこの石像だけだ。力押しで倒せない以上、他の方法を考えるしかない)

 まさか、自分の意志で動いている生物ではないだろう。おそらくは魔術によって操作されている使い魔のような存在で……。

 そこまで考えて士郎は閃いた。

「そうか……」

 この石像が魔術によって動いているゴーレムであるなら、わざわざゴーレムを破壊する必要はないのだ。ゴーレムを動かしている魔術の方を無効化すれば動かなくなるはずだった。

 士郎は右手の白い剣を投げ捨てる。

「――投影、開始トレース・オン

 空いた右手に生み出されたのは破戒すべき全ての符ルールブレイカー

 この世界の魔術が自分の知る魔術とどれだけ異なるか知らないが、これを使えばその魔術を消し去ることは可能なはずだ。この短刀は、あらゆる魔術効果を打ち破る特性を持つからだ。

「こいつの動きを一瞬でも止められるか?」

「任せるアル」

 突然の頼みに、古菲がすかさず返した。

 石像が足を踏み出そうとしたタイミングで、石像の膝へ肘を打ち込む。

 がくりと体勢を崩した石像が、左腕をついて身体を支える。士郎はその左手を狙った。

 かつん、とルールブレイカーが石像の体表に接触する。

 パキィィィン! 澄んだ音が響き、石像が一瞬にして固まった。両足と左手をついた状態で彫像と化したのだ。

「おおっ! 石像が動かなくなったアル」

「士郎殿、こちらも頼むでござるよ」

「わかった」

 二体目の石像は不安定な状態で動かなくなり、ごとん、と床に倒れ込んだ。

「よっしゃー! 魔法の本ゲーット!」

 戦いに参加していなかったハルナが宣言する。

 三人が顔を見合わせて苦笑した。

「それで、魔法の本はいかがでござる? ハルナ殿も頭が良くなったでござるかな?」

「んー? 良くなったの? 自分じゃわかんないよ」

「ちょっと拝借」

 楓がハルナの手から魔法の本を受け取る。

「おや? 何か変でござるよ」

 魔法の本を手にして、楓が首を傾げる。

「どうしたアルか?」

「以前に持った時に比べると、力が感じられないでござる。ひょっとすると偽物ではござらんか?」

「問題を解いてみればわかるアル」

「受けて立つでござるよ」

「聖徳太子が生まれたのは何年アルか?」

「666年?」

「……しまった! 正解を知らないアル!」

「アホかーっ!?」

 ハルナのツッコミ。

 頼りにならない古菲に変わって、士郎が出題する。

「それなら、鳥取県の県庁所在地はどうだ?」

「……し、島根でござるか?」

「それは違うぞ」

「砂丘アルよ」

「そんなわけあるかっ!」

 楓も古菲もボケ倒しである。

「魔法の本っていうのも頼りにならないねー」

 ハルナが客観的な判断を下す。

「中はどうなってるんだ?」

 士郎が受け取って本を開いて確認してみる。

「読むどころか、文字かどうかもわからないな」

「んー? ヘブライ語かなー?」

 覗き込んだハルナが感想を漏らす。

「読めるのか?」

「いや、なんとなく」

 士郎が魔法について考えてみても、答えが頭に思い浮かんだりもしなかった。

「やっぱり、魔法の本っていうのは間違いなんだろうな」

「この前来た時にあったのは確かに本物だたアル」

「拙者達が潜入したことから、用心のために偽物とスリ替えたのではござらんか?」

「それなら、さっきの石像が以前よりも弱かた説明がつくアル」

「前回の石像は言葉も話していたでござるからな」

 ここへ来たのが初めての士郎には判断できないが、経験者が言うのだからそうなのだろう。

「どっちにしろ、ハズレってことだな」

 落胆まではしなかったが、士郎は残念そうだった。

「私が持ち帰っていいかな? 図書館探検部の先輩には読める人がいるかもしれないし」

「読める可能性があるなら、そっちの方がいいかもな。俺が持ってても読めないんだから」

「衛宮さんはこの本が欲しかったんじゃないの? 預かっちゃって大丈夫?」

「興味があった情報は一つだけなんだ」

「なになに、どんな事? その情報がないか頼む時に伝えておくよー」

「じゃあ、他の世界について書かれてないか、それだけ確認しておいてくれ」

「ン?」「ほう?」

 古菲と楓が不思議そうに士郎を見た。

「別な世界って、異次元とか、鏡の国とか、そういう話?」

「特定はしないけど、現実とは違う世界について書かれていたら教えてもらいたいんだ」

「衛宮さんてメルヘンチックだねー。ちょっと意外かも」

「そういう話が好きなんだ」

 事実を説明できないし、信じてももらえないだろう。士郎としてはそう誤魔化すしかなかった。

 本物が今も地底に転がっているとも思えず、彼等は偽物らしき魔法の本だけを成果として、ダンジョンからの帰還を果たした。

 

 

  つづく

 

 

 
あとがき:図書館島は地底まで降りずにこれで終了。鳥取県ネタの参考文献は『三丁目防衛軍』(笑)。
追記:士郎の戦闘力について微妙に修正しました。