『シロネギまほら』(3)休日には図書館へ
衛宮士郎が超包子で働き始めて半月が過ぎた。
本人の調理の腕前と、五月の指導の甲斐もあって、点心のいくつかは士郎一人で調理を任されるほどになっていた。
電車屋台のある広場では、トンテンカントンテンカンと場違いな金槌の音が響いていた。士郎が金槌を握って、工作に励んでいたからだ。
「あなたが衛宮さんですか?」
その声に頭を上げると、意外に高い位置から一人の少女が作業中の士郎を見下ろしていた。自立二輪車――セグウェイに乗った少女である。
額を出す形で二本の三つ編みを結っている眼鏡の少女。
士郎には見覚えのない顔だったが、超包子には顔の知らないメンバーがもう一人いた事に思い至る。
「え……っと、ひょっとして葉加瀬?」
「そうですよー」
ハカセは士郎の手元を覗き込んで尋ねた。
「衛宮さんは修理上手だって聞いてますけど、……それは違いますよね?」
士郎が暇を見ては、椅子などの修理をしている事を彼女も聞き及んでいるらしい。士郎は料理以外でもいろいろと有能なのだ。
「ああ。これは私物」
「私物ですか?」
士郎の返答を耳にして、ハカセは不思議そうに首を傾げた。
それも当然で、士郎が作っていたのは立て看板だったのだ。板には次のように書かれている。
――衛宮士郎への連絡は『超包子』まで。
「こんなものどうするんです?」
「知りあいとはぐれちゃってさ。向こうが探しに来た時に、俺がどこにいるかわかるようにしておくためなんだ」
士郎はこの立て看板を、自分がこの世界で初めて目覚めた公園に立てておくつもりだった。
大した根拠はないものの、あの公園に自分の世界との接点がありそうだと感じたからだ。逆に言うと、それ以外の心当たりは皆無だった。
「電話番号とか、相手の連絡先はわからないんですか?」
「何の情報もないんだ」
「私が調べてみましょうか? 名前ぐらいは分かっているんですよね?」
先日、超が衛宮士郎について調べ上げたように、ハカセもまた情報収集能力を持っているようだ。根拠はないが、公的機関のサーバーへ侵入しているのではないかと予想してしまう。
しかし、彼女たちがどれほど調べようと、肝心の遠坂凛へ辿り着くことはあり得ない。それは魔法使いにしか出来ない事なのだ。
「しばらくは様子を見てみるよ。どうしても困った時には頼むからさ」
「そうですか? まー、無理強いはできませんよねー」
「そういえば、葉加瀬や超が絡繰を作ったんだって?」
「四葉さんから聞いたんですね」
「ああ。絡繰はロボットだよな?」
「正確にはガイノイドというんですけどね。でも、よく気がつきましたねー」
ハカセが感心する。
「気づくっていうか、見ればわかるだろ」
耳にはアンテナのような長い突起があり、関節部分は球形になっている。誰が見たって気がつくはずだ。
「そういう意味ではないんです。普通だったら、茶々丸を人間だと思い込むはずなんですけどねー」
ハカセが口にしたのは事実の一端である。五月がそのことを説明したのも、おそらくは士郎が自力で気がついたからだとハカセには想像できた。
「俺は普通じゃないのか?」
「たぶん、衛宮さんには効果が弱かったんだと思います」
「効果?」
「こっちの話ですから、忘れてください」
よく分からない話に士郎が首をひねった。
「それで、葉加瀬はなにか用でもあるのか?」
「失礼ですよー。私だって超包子の一員なんですから」
「あれ? それだと、研究は一段落ついたってことか?」
ハカセと超は研究にかかりっきりとなっていて、これまで士郎と共に店へ出た事は一度もないのだ。
「研究そのものは、まだまだかかりそうなんですけどね。今日から数日間はヘルプなんですよ」
「なにかあったのか?」
「実は3日後に期末試験があるんです。古菲さんと五月さんは試験勉強を優先するためにバイトを休む事になりました。代わりに、あとから超さんも店に出るんですよ」
「葉加瀬は試験勉強しなくて大丈夫なのか?」
ハカセと超が天才だとは聞いていたが、科目によっては得手不得手もあるだろう。しかし、士郎のそんな心配などまったく不要だった。
「前回の試験は学年2位でした。ちなみに、トップは超さんですよ。全教科満点取られたら、ちょっとかないませんねー」
「……それは凄い」
「今日の担当なんですが、私と超さんは厨房に入りますから、衛宮さんにはウェイターをお願いしていいですか」
「了解。なんとかなると思う」
慣れないウェイターで数日間を過ごすと、ようやく期末試験も終了した。
「ひさしぶりアルー♪」
相変わらず元気いっぱいの古菲が出勤する。
「期末試験はどうだったんだ?」
「試験そのものはなんとかなたアル。だけど、試験対策に図書館まで魔法の本を探しに行ったら、トラップに引かかて地底で遭難したから苦労したアル」
非常に理解に苦しむ言葉に、士郎が質問を試みる。
「つっこみたいところがいろいろあるけど、……魔法の本ってなんだ?」
「そこにつっこむアルか? 士郎は意外にオカルト好きネ」
以下は古菲の証言。
期末試験の結果が悪かったら担任教師がクビになるという条件を学校から出され、特に成績の悪い五人――通称:バカレンジャー(+α)は、図書館島にあるという“読むだけで頭が良くなる魔法の本”を探しに行ったが、迷宮のように複雑な館内でトラップに引っかかって地底まで落とされてしまい、帰り道が見つかるまでの三日間を遭難して過ごしていたという。
「……どこまで、本当なんだ?」
「全部アル」
古菲はのほほんとした態度で答える。少なくとも古菲に嘘をついた自覚はなさそうだ。
「魔法の本も?」
「持ただけで頭が良くなたアル。あれがあればどんな問題だて怖くないアル」
「その本を貸してもらえないか?」
まずあり得ないと思うが、第二魔法に関する知識を入手できるかもしれない。そこまでの力がなかったとしても、この世界に来て初めて知った魔術に関する品なのだ。
「最後の最後で魔法の本は投げ捨ててしまたアル。脱出用エレベーターが重量オーバーで動かなかたネ。あの本がどこへ行ったか誰にもわからないアル」
「それは残念だったな」
だが、一冊あったということは、他にあってもおかしくない。
「その図書館島へは誰でも入れるのか? 俺は学籍を持っていないけど」
「年齢制限はあるみたいアル」
「年齢制限って、……そんな本を学校の図書館に置いてていいのか?」
「ち、違うアルヨー! エッチな本なんて置いてないアル! 危険がないように、学年によって行ける場所を制限してるアル!」
真っ赤になって叫ぶあたり、古菲は意外と純情そうだ。
「18歳以上だとどこまで行けるんだ?」
これは自分を指しての事だ。
「その時しか入った事がないから分からないアル。士郎が知りたいなら確認しておくネ」
土曜日がやってきて、超包子は休業日となった。
士郎はその休日を利用して、古菲とともに図書館島を訪れる事にした。目的はもちろん、魔法の本の入手である。
「……で、なんでこうなったんだ?」
そこには二人の少女が待ち受けていたからだ。古菲とは約束済みだったらしい。
「言わなかたアルか?」
「聞いた覚えはないぞ」
「二人とも暇だたみたいアル」
古菲があっけらかんと告げる。彼女はあくまでも二人に頼まれて承諾しただけなのだ。
「危険があるようなら、俺ひとりの方が気楽なんだけどな」
今回の図書館島探検は、あくまでも士郎の都合によるものだ。他人を巻き込むことは出来るだけ避けたかった。
「甘く見てはだめアル。図書館島は危険アルよ」
古菲の言葉に二人の少女が頷いた。
「この前の冒険は、いろいろあって楽しかったでござるからなー」
「フフフ。魔法の本を探しに行くなんて、そんな楽しいイベント、私抜きでなんてさせないよー」
二人とも同行する気まんまんである。
長身で時代劇口調の少女が長瀬楓、テンションが高めで眼鏡の少女が早乙女ハルナと名乗った。
特に士郎を驚かせたのは、楓が古菲と同級生だということだ。この身長とこのプロポーションで中学三年生とは反則である。18歳以上でも通用しそうだ。
「ハルナ殿。他の三名はどうしたでござるか?」
「このかとゆえはこの前一緒に行ってるでしょ。のどかは衛宮さんが参加するからちょっとねー」
「俺はなんかまずいことでもしたのか? そののどかって子を知らないと思うけど」
「のどかは男が苦手でさー。だから、衛宮さんに問題があるわけじゃないよ」
ハルナが苦笑を浮かべて士郎に説明する。
「この前、戻ったゆえ達から地底図書館の話を聞いて悔しくってさー! 下の階だと危険だから中学生は立ち入り禁止なんだけど、くーへと楓さんが参加するなら頼りになりそうだし、こりゃーもー行くっきゃないでしょ! 私にとっては衛宮さん様々ってわけよ」
士郎を励ますつもりか、ハルナは親指を立ててサムズアップ!
「ハルナは図書館探検部アル。地図や情報の提供者アルよ」
「なんだ、その地図っていうのは?」
「図書館島の地下はダンジョンになっていて、迷ったら戻って来れないアルよ」
「学校の施設じゃないぞ、それ」
「そうだよねー。だから私らは面白いんだけど」
ハルナの先導で、四人は裏手にある秘密の入口へ向かった。
「前回、バカレンジャーが脱出に使用したエレベーターは、地上からだと使えなくなってんのよ。行くとしたら、この前と同じく魔法の本が置いてあった地下11階を目指すしかないね」
こうして、魔法の本を目指す四人のパーティーは、図書館島のダンジョンへ挑む事となった。
あとがき:図書館探検部メンバーのうち、このか・のどか・夕映は他サイトのSSでも出番が多そうなので、この作品ではあえてハルナを登場させました。