ぼくのかんがえたマギステル・マギ (4)ネギ・スプリングフィールドの初陣

 

 

 

 とうとうやってきた、期末試験当日。

「ネギ先生。どうやって地上へ帰るつもりですか?」

「そんなことは気にせず、勉強をしたらどうだい? バカブラック」

 未だ出口は見つからず、ネギは焦りを隠すためになんとか無表情を押し通していた。

 杖に乗って飛行すれば脱出も可能なため、いよいよとなれば、皆を魔法で眠らせて運ぶつもりでいる。

 ただ……。

「なんでござるかな?」

「いいや。なんでもないよ」

 とぼけた顔をしているバカブルーだが、こうして様子をうかがっているとすぐに気づかれてしまう。

 向けられた視線をすぐに察し、感情的になることもなく、姿勢が乱れることもない。言ってしまえば彼女には隙がないのだ。

 どうにも侮れない彼女を出し抜いて、魔法を使うことができるだろうか?

「キャーッ! また来たーっ!」

 バカピンクが叫んだのは、湖水の中から石像が出現したためだ。

 彼女たちが穴に落ちた経緯は、ネギもアスナから聞かされて知っていた。あの石像がその元凶なのだろう。

 宛もなく逃げ出した7人に向かって、石像が呼びかける。

『そっちへ行っても出口などないぞー。諦めて戻ってくるがよーい』

 見た目と同じく鈍重な足取りで追うゴーレムの言葉から、ネギは一つの事実を推測する。

「どこかに出口があるのは確かみたいだね」

 ネギの声に応えるかのように、バカブラックが声を上げた。

「あっ、見つけたです! 滝の裏に非常口があるです!」

 安堵する皆と違って、ネギの胸に疑念が沸いた。

「……なぜ?」

 この前彼が探したときには、何も見つからなかったのだ。魔法で隠されていたものが、この日は『たまたま』解除されていたらしい。

 目の前の事態に対処するのが先決と考え、ネギはひとまずその思考を放置する。

「ゴーレムは僕が引きつけるから、みんなは先へ進んでよ」

 とっさにアスナが反論する。

「バカ言わないでよ! あんた一人だけおいていけるわけないでしょ! こっちには武道四天王のふたりだっているのよ!」

「任せるアル!」

「アイアイ」

 アスナの言葉に頷いた、バカグリーンとバカブルー。

「足手まといだよ」

 その申し出をネギはばっさりと切って捨てた。

「アスナさんには言ったおいたはずだけどね」

「え?」

「勉強してくれるのが一番ありがたいって」

 ネギにとっては石像相手に勝とうが負けようがあまり意味はない。しかし、期末試験の成績が悪ければ、ネギはこの学園を去らねばならない。

 他の誰が知らずとも、アスナだけはそれを知っている。

「僕ひとりだったら、簡単に逃げられるんだ」

「……絶対、無事に戻るのよ。いいわね!?」

 ネギが頷くのを見て、アスナは振り返ることをやめて走り出した。

「いいのでござるかな?」

「いいの! 本人がそう望んでいるんだから!」

 バカブルーが一度だけネギを振り向きながらも、皆とともに先へと進む。

 地上を目指す6人の少女達が、螺旋階段をふさぐ壁のクイズを全て解き明かせたのは、ネギとの補習の成果が現れているからだった。

 

 

 

『ぼくのかんがえたマギステル・マギ』を信奉するネギは、記述されてあるように、従者に頼らない戦い方を身につけようと努力してきた。

 彼はそのための方法を魔法学校在学中から一人で練習しており、同期の卒業生よりも先にマスターしている。

「魔法の射手(サギタ・マギカ)、光の一矢(ウナ・ルークス)!」

 バシッ!

 無詠唱で放った魔法の矢がゴーレムの頭部に命中するも、ダメージを与えることなく簡単に弾かれてしまった。

 速射を重視してるだけあって威力が低いのも事実だが、ゴーレムは見た目通りに頑丈な装甲で覆われていると考えるべきだ。

 どう考えても生身で力勝負ができるとは思えず、ネギは杖に跨って宙に浮かび上がった。

 魔法使いの戦い方は、大まかに『魔法使い』と『魔法剣士』の2種類に分けられる。

 もちろんネギの理想は、『あらゆる呪文を使いこなし、格闘戦ですら敵に勝る、最強の魔法使い』ではあるが、現在の彼には体術の師がおらず、習得しているのは攻撃魔法に偏っていた。

 そのため、彼の戦法は長距離戦が主体となる。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊11柱、集い来たりて敵を射て。 魔法の射手(サギタ・マギカ)、 連弾・光の11矢(セリエス・ルーキス)!」

 魔法の矢を受けながらも立ち続けるゴーレム。

「さすがに頑丈だね。だけど、長距離で反撃する手段はなさそうだ」

 なすすべがないと思えるゴーレムを見下ろして、ネギが次の呪文の詠唱に入った。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊19柱、集い来たりて敵を射て。 魔法の射手(サギタ・マギカ)、 連弾・光の19矢(セリエス・ルーキス)!」

 矢の数が増えるほどには、ゴーレムへのダメージは増えていない。

『命中率が低いの。さすがに、制御しきれていないようじゃ』

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊29柱、集い来たりて敵を射て。 魔法の射手(サギタ・マギカ)、 連弾・光の29矢(セリエス・ルーキス)!」

『フォッ!?』

 さすがにかわそうと考えたゴーレムだったが、命中率が粗いということは外れた数が多いということだ。

 避けきれずに幾つも被弾する。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊37柱、集い来たりて敵を射て。 魔法の射手(サギタ・マギカ)、 連弾・光の37矢(セリエス・ルーキス)!」

 的を外す矢が増えれば増えるほど、それは面制圧の絨毯爆撃となる。

『ま、待て! 待つんじゃ!』

 制止の言葉を口にしているが、ネギには応じるつもりなどない。

「ラス・テル・マ・スキル・マギステル。光の精霊47柱、集い来たりて敵を射て。 魔法の射手(サギタ・マギカ)、 連弾・光の47矢(セリエス・ルーキス)!」

 着弾の爆発にあおられるゴーレムに、巻き上げられた土砂が降り注ぐ。

『こりゃ、いかんわい』

「風精召喚。剣を執る戦友。捕まえて!」

 風の精霊によって複製を作り出し、土埃の舞う中でゴーレムを捕縛する。

 ネギは自身の切り札となる魔法を唱え始めた。

 彼はゴーレムに対して容赦する必要をまったく感じていない。

 自分が来なかったなら、彼女らは数日間勉強が遅れていたのだし、テスト開始にも間に合わなかったろう。全てがゴーレムのせいなのだから許せるはずなどなかった。

 ネギの理想とする『立派な魔法使い』とは、どんな事態に陥っても余裕の態度で切り返し、力の行使は脅しにとどめるような存在だった。

 しかし、現在のネギにはそこまでの実力はなく、必然的に次善の方法を取るしかない。

 つまり、敵を完膚無きまで叩きのめす。

 敵の足止め効果が低下したのを見て、ネギは改めて魔法を唱える。

「来れ雷精、風の精。雷を纏いて、吹きすさべ、南洋の嵐。雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!」

 ネギの持つ長射程の魔法のうちで最強の威力を誇る魔法だ。

 荒れ狂う風と、迸る雷がゴーレムを飲み込んだ。

『むぅぅぅ……』

 足を踏ん張り、身体に魔力を満たして、耐えしのごうとするゴーレム。

 風が四肢を捻りあげようとし、稲妻が胴体を走り抜ける。

 木々がなぎ倒され土砂が弾き飛ばされた惨状の中、満身創痍のゴーレムがかろうじて立っていた。

『さすがに、堪えたわい』

 しかし、ネギの攻撃は終わっていない。

「解放(エーミッタム)!」

 詠唱時間を省略するための遅延呪文も、彼が独学していたものの一つだ。

 封じ込めておいたのは、先ほどと同じ呪文。

「雷の暴風(ヨウィス・テンペスタース・フルグリエンス)!」

 魔力を回復させる猶予を与えず、続けざまに魔法を撃ち出した。

『……それはないじゃろ』

 つぶやいた声は、それまでよりもさらに年老いたように聞こえた。

 

 

 

 期末試験の最終結果、2−Aは最下位となった。本来の条件であれば、課題は果たせなかったこととなる。

 ネギは採用試験の結果を知るために、学園長室を訪れたいた。

「肝心の英語の平均点は74.8点。順位にして8位分上昇しておる」

「それなら、課題は合格だね?」

「うむ。教科によって点数は偏ってしもうたがな」

「課題の条件にあわせたんだから仕方ないね。他の教科については、担当教師にも責任があるんだから」

 ネギは英語のみを重点的に教え込んだため、相対的に他の教科は点数が少し下がった結果になっている。また、結果的にバカレンジャー以外へのフォローが薄くなったため、総合的な点数では順位に影響が現れなかったようだ。

 ネギ達の不在は補習合宿として誤魔化されており、クラスメイトが動揺する事態は避けられた。その点では世話になっているのだが、ゴーレムのような存在を放置していた学園側にも責任があるため、ネギ自身は借りを作ったとまでは考えていない。

「学園長には親切にしろってアスナさんに言われてるから、聞いてみるけど……」

 ためらいがちにネギが尋ねる。

「その怪我はどうしたのかな?」

 立派な机の向こうに腰を下ろしている学園長は、なぜか全身包帯だらけになっていた。

「……いろいろあってのう」

 憮然とする学園長の態度に、ネギは首をかしげるしかなかった。

 学園長にも言い分はある。

 使い魔のゴーレムで脅しつけたのは、安易に魔法の本へ頼った生徒達を懲らしめるためだ。

 また、逃げ場のない状況におけば、勉強に集中させられるとも考えた。ネギがそう考えたように。

 ネギには難しい課題だと理解しており、彼女らの補習には別な魔法先生を手配するつもりだった。

 テストから閉め出すつもりもなく、脱出への誘導が間に合わなかったら、改めてテストを行う予定だった。

 しかし、それらをネギに告げても納得は得られないだろう。

 学園長は、ネギには難題を課してプレッシャーを与えつつ、裏ではクリアできるように手を貸した。彼のためを思って行動したつもりでも、ネギにしてみれば、作られた状況で踊らされていただけに過ぎないのだ。

 それに、傷を負った直接の原因は、現在における彼の実力を知ろうと稚気を出したのが原因である。彼を甘く見すぎていたようだ。

 それら全てを飲み込んだ上で、上記の返答となったわけだ。

「ふーん……」

 態度はどうあれ、ネギはまだ10歳の子供に過ぎず、学園長が何を思っているかなどわかるはずもない。

「年なんだから、無茶はしないようにね」

「……肝に銘じておくとしよう」

 

 

  つづく

 

 

 

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魔法先生ネギま! 限定版(31)