ぼくのかんがえたマギステル・マギ (3)教育実習生の最初で最後の難関
「これはどういうことなのかな?」
学園長室を訪れるなり、部屋の主を難詰するネギ。
相手の年齢とかお互いの立場を考慮していない、非常に失礼な態度と言えた。
「……なんのことじゃな?」
「これだよ」
ネギが突きつけたのは、しずな先生から渡された最終課題に関する手紙だ。
紙面には『次の期末試験で2−Aが、最下位脱出できたら先生にしてあげる』とある。
「君は実習生だったわけじゃし、課題が出されてもおかしくはなかろう」
「課題の内容と達成基準に問題があると言っているんだけどね」
「なにも学年トップを取れと言っておるわけではないぞ。順位を一つでもあげれば合格できるんじゃ」
「それだけ聞いたら簡単そうだね。確かに」
目を細めたネギが、さらに視線を鋭くする。
「こう聞かなきゃわからないのかな? 実習生にも劣るほど、タカミチには教師としての力が欠けている……と? それとも、タカミチより優秀でなければ、この学園では採用しないってわけ?」
「ム……」
「最初に言ってくれればやりようはあったんだよ。それなのに、少しずつ成績を上げさせたりせず、テスト直前になって詰め込み教育を行うのが、この学園の方針なのかな?」
「ムムム……」
「……ああ、なるほど。僕は勘違いしてたのか」
ネギが視線を緩めることなく、表情だけは笑顔を浮かべた。
「これは教師としての課題ではなく、魔法使いとしての課題だったわけだ。確か、三日間だけ頭をよくする魔法があるよね。副作用で一ヶ月ぐらい思考力を低下させるけど。あれに気づいて使いこなせるか、それを試すのが課題だったわけだ」
答えをわかっていながらネギは当てこすりを口にした。
「いやいや。それはまずいじゃろう。これはあくまでも教師としての試験なんじゃ」
「それなら、さっきの質問に答えてくれないとね。こんな課題に納得できるわけないんだから」
仕方なしに学園長は裏側の事情を明かすことにした。
「実は、子供先生というのが問題視されてのう。どうしても、実力を証明する必要が出てきたんじゃ。この学園も、魔法使いだけで運営しておらんからな」
「確かに僕みたいな子供を教師にするのは難しいだろうね。でも、それを承知で受け入れたんだから、責任はそっちにあるはずだよ。学園内における意見の調整は学園長が負うべき責任であって、僕に押しつけることじゃないと思うんだ」
「一応、君ならば可能だと見込んでの課題なんじゃが……」
「タカミチが教えていても最下位だったんでしょ?」
「彼の場合は魔法使いとしての仕事があって、自習することが多かったからのう」
「そういう人間を担任にしたり、自習が多いのを放置していた学園側の責任じゃないのかな? それを改善しなかったくせに、今になって僕の責任だと言い立てるわけ?」
容赦なく責められて、学園長がたらりと汗をかく。
「……確かに、こちらとしても落ち度があるのは認めよう。条件を少し緩和するから、それで妥協してもらえんかのう?」
「学園長室に行ったみたいだけど、なにか言われたの?」
帰宅途中に、アスナは傍らのネギに尋ねていた。
「違いますよ。無茶な課題を出されたので、文句を言うために僕の方から出向いたんです。丁度よかったですし」
アスナに対するネギの態度はずいぶんと素直だった。
隠すべき秘密をいくつか知られてしまったが、彼女はその秘密を守ってくれている。そのため、信頼に値する人間としてネギは認識するようになっていた。
「丁度よかった?」
ネギの言い回しにアスナが首をひねる。
「父さんのノートに書いてあるんです。大きな組織や目上の者に対して、常に批判的であるべきだって」
「……それって、ただの反抗期じゃない?」
「そんなわけないじゃないですか。きっと、誰かに判断を委ねたりせずに自分で考える習慣をつけるためとか、自分を厳しい立場におくことで甘えを断ち切るとか、深い理由があるに決まってます」
父親のノートを信じ切っているネギが、アスナの意見を笑い飛ばす。
「学園長には私も世話になってるんだから、失礼な態度はとらないでよね」
「そ……、そうですね。次からはあんな無茶を押しつけないだろうし、もう少し友好的な態度を取りたいと思います」
「肩肘つっぱるのにも無理があるんだからね。なにかあったら私にくらいは頼りなさいよ」
お姉さんぶってたしなめるアスナ。
「そうですよね。丁度よかったです」
「丁度……よかった?」
先ほどの言葉がまたしても登場する。
「教師として本採用する条件は、期末試験で2−Aの成績総合順位をあげることだって言われましたが、これでは条件が厳しすぎるので譲歩してもらいました。評価する対象は僕が担当している英語のみに絞り、クラス平均点が学年平均点から13.2点下回らなければ合格となりました」
「なんか細かいわね」
「『順位のキープ』という条件にしたかったんですが、前回のテストが最下位では点数が下がっても現れてきません。相対的な評価をするために、前回のテスト結果を基に平均点で比較することになったんです。とりあえず、タカミチと同等の成果を出せば認めてくれることになりました」
「良かったじゃない」
「だけど、緩和した条件を満たすだけでは、向上心が無いと思いませんか? 担任になった以上は、僕もいい結果を出したいと思うんです。クラスのみんなだって成績があがれば嬉しいと思いますし」
「へ……、へー」
不吉な話の流れに、アスナはいやな汗をかきはじめた。
「アスナさんは特に成績が悪かったですからね。いい機会ですし、じっくりと勉強しておきましょう」
「い、いーのよ。別に勉強なんかできなくても」
「今回は困るんです。力を貸してくれるんですよね?」
素のネギとしては珍しく強硬だった。気を許しているだけに遠慮が見られない。
「だけど、勉強はちょっと……」
「同じ部屋だから夜遅くまでたっぷりと勉強できますよ」
「それは無理よ! だ、だって、その……、そう! 新聞配達があるから早く寝ないと」
「学園長に出してもらっている学費を返すために、自分の力でお金を稼いでいるんですよね。とても立派なことだと思います」
「そうなのよ。わかってくれる?」
「いいえ」
「……あれ?」
「アスナさんは本末転倒という言葉を知ってますよね?」
「本が……倒れる事?」
「細かなことにこだわって、一番大事な事をないがしろにすることです」
「あの……、ナイガシロって、なに?」
「アスナさんは英語だけでなく、日本語も勉強した方がいいですよ」
外人のネギに指摘されて、さすがにアスナも傷ついた。
「学園長はアスナさんに勉強してもらいたくて、学費を出しているはずです。それが、バイトをするために勉強しないんじゃ、援助する意味がなくなるじゃないですか。学園長の厚意に報いたいと考えるなら、なによりもまず勉強に打ち込んで、成績が上がったと報告するのが一番だと思います」
これ以上ないくらいに正論であった。
「く……」
もともと論理的思考でネギに劣るアスナだから、反論するのは不可能だ。
この日以降、ネギはバカレンジャー主体に補習を始めたのだが、下校後も同じ部屋に暮らしているアスナに逃げ場は残されていなかった。
それから数日後。
「あちゃー」
深夜になって女子寮へ戻ってきたハルナは、玄関に陣取っている小柄な人影を見て顔をしかめる。
「こんな遅くまで、どこで何をしていたのかな?」
彼は眼鏡の奥にある瞳で、門限破りをしたハルナとのどかを見据えた。
「喫茶店でおしゃべりに夢中になっちゃってさ。ごめんねー、先生」
まったく罪悪感を持っていないのか、ハルナは後頭部をかきながら明るく告げた。
「ふーん」
ネギは冷たい視線でハルナを見る。まるで信じていないようだ。
「アスナさんとこのかさんが外出したらしいんだよね。他に、バカレンジャーのみんなも。君達と一緒だったんじゃないかな?」
「さ、さあ? どこに行ったんだろうね……」
ハルナはとぼけようとしたのだが、傍らにいたのどかは同調しなかった。
ネギに対して隔意のある2−Aの生徒達の中で、のどかは少し違っていた。ネギの赴任当日に助けられた事をアスナに教えられており、わずかながら好意を抱いていたのだ。
「あの……」
「ちょっと、のどか」
ハルナの制止を振り切って、のどかが全てを明かしてしまった。
「実はみんなで図書館島に行ってたんです」
彼女の説明によると、補習漬けの毎日に嫌気がさして、勉強せずに成績を上げるという手段に飛びついたらしい。図書館島にある『頭のよくなる本』を探しに行って、連絡も取れなくなったという話だ。
「僕が探しに行ってくる。明日の朝になっても戻らなかったら、しずな先生にそのことを伝えておいてよ」
そう言い残すと、凄い速度で走り出した。
彼もまた教え子のことが心配だったのである。
迷宮のように入り組んだ図書館島を、ネギは魔法の杖に乗って生徒を捜し回った。
彼女らがいたのは最下層の地底湖だ。
ネギがようやく見つけ出したとき、彼女らはデッキチェアに腰掛けて本を読んでいたり、綺麗な地下水で水浴びをしたりと、たっぷりくつろいでいる様子だった。傍らには果物も積んであり、ずいぶんと快適そうだ。
それを見たネギが、怒りを感じたとしても無理からぬことだろう。
「いい身分だね、君たちは。みんなに心配をかけておいて、自分らは勉強もせずに遊んでるわけだ」
嫌味を口にするネギに対し、彼と親しいアスナだけが物怖じせずに反論する。
「ま、待ってよネギ。私たちだって罠にはまってここまで落ちてきたんだから。目が覚めてからずっと、地上へ戻る方法を探してたのよ! 今はたまたま休憩していたところなの」
力説するアスナに、一言だけ彼は返した。
「僕は不眠不休で探し続けていたけどね」
「う……」
どちらの疲れが大きいかは比べるまでもないだろう。
広い図書館島で彼女たちを一晩で見つけ出すために、ネギが頑張ったのは確かなことだった。
「それで帰り道は見つかったのかな?」
「それがさっぱり……」
一方で、彼女らは全く成果を出せていない状況だ。
「ふーん。丁度いいのかもね」
「……え?」
「ここで補習をしようか。『魔法の本』なんかに頼って逃げ出すような人たちでも、ここから逃げ出すことはできないみたいだしね」
「ちょっと待ちなさいよ。どんなに勉強したって、テストに間に合わないんじゃ意味ないでしょ」
「脱出方法は僕が探すよ。その間にみんなにはずっと勉強してもらおうかな。成績の悪い人には食事抜きとか罰ゲームでもつけて」
「反対、反対ーっ! それじゃあ、あたしばっかり食事抜きになっちゃうじゃない」
「だから?」
「……え?」
「アスナさんが困るって理由で、僕が撤回すると思うの?」
実は思ってました、……と言える雰囲気ではない。
ネギとしてはアスナと親しいからこそ、彼女を特別扱いするわけにいかなかった。それに、長い目で見た時に、勉強しておくことは必ず彼女の役に立つと信じているのだ。
6人の生徒達は、ネギのスパルタ指導の元、学力向上を目指して勉強を始める。
その際、他の教科をさしおいて、英語を集中的に扱ったのは、彼の個人的な事情によるところが大きい。