ぼくのかんがえたマギステル・マギ (2)決戦! 中等部vs高等部

 

 

 

 昼食を終えた生徒達は広場へ出て、思い思いの時間を過ごす。

 四人でバレーボールのパス回しをして遊んでいるのは、2−Aの運動部四人組だ。

「ねー、あのネギ先生が来てから五日たったけど、みんな、ネギ先生の事どう思う?」

 まき絵の質問に対して、友人達が自分なりの評価を告げる。

「英語教師としては悪くないと思う」とアキラ。

「冷たい感じがして、ノリが悪そうだよねー」と裕奈。

「何か相談をしても、追い返されそうやん」と亜子。

 まき絵も彼女達に同感だった。ネギの容姿は可愛いと思うのだが、どうしても壁のようなものを感じてしまう。

 2−A内におけるネギへの評価は芳しくない。

 わからない事はきちんと教えてくれるし、デキの悪い生徒を置いてきぼりにはしない。授業態度も真面目だし、誰に対しても平等に接している。

 ただし、皮肉や嫌みを口にすることが多いため、生徒達にとって親近感を抱きづらい相手なのだ。

 教師として及第点でも、先生としての信頼感に欠ける。

 だから、なのだろう。

 ウルスラ女子高の生徒がやって来て、彼女等の使っていた場所をめぐって揉めた時、ネギの元へ生徒が駆け込むような事はなかった。

 ネギがそれらの事情を知ったのは、高畑先生がその場を取りなした後の事だ。

 

 

 

 昼休みの騒動から数時間後に、再び問題が持ち上がる。

 体育の授業で中等部校舎の屋上へやって来た2−A生徒達は、なぜか待ち受けていた因縁のウルスラ生と遭遇してしまったのだ。

 どちらも屋上の使用権を譲る気配が無いようで、言い争いはエスカレートする一方だった。

 体育教師の代理としてこの場に居合わせたネギが、いさかいに割って入る。

「こっちは体育の授業で来たわけだし、スポーツで決めるというのはどうかな? 平和的だろう?」

 口げんかでは埒が明かないし、授業中に乱闘騒ぎを起こすわけにもいかない。

 ネギの提案は双方にとってもいいアイデアと思えた。

 ウルスラ側のリーダー格である英子の提案により、決着はドッジボールで着ける事となった。

 

 

 

 飛び抜けた身体能力の持ち主も多いため、2−Aの面子は決して悪いとは言えない。

 それでも、高校生と中学生という差を考慮して、ハンデがついた。2−Aの内野は倍にあたる22人でスタートしたのだ。

 しかし、試合が進むにしたがい、内野が多いせいで球を避けづらいとわかってくる。

 彼女たちはウルスラ女子高等学校ドッジボール部『黒百合』。なんと、関東大会の優勝チームだったのだ。ボールの受け方という個人的な技術に留まらず、外野間でのパス回しなど戦術面でも、彼女らは勝っていた。

 太陽光で目を眩まされたアスナは、英子の放ったボールを受け損なってしまう。しかし、英子はそれだけではすまさずに、倒れたままのアスナへ向かって、再びボールを叩きつけた。

「どんな汚い手を使ってでも勝つ! それが『黒百合』のポリシーなのよ!」

 これで中等部側は半分以上がアウトとなってしまった。

「よくわかったよ。それなら、こっちもそのつもりで対応する」

 それまでほとんど動かずにいたネギが英子に応じた。

「あら、こんな可愛い子に何ができるのかしら?」

「人を子供扱いする前に、自分の態度を振り返ってみるんだね。中等部を子供扱いしているけど、君らも同類じゃないか」

 この言葉に、高等部生だけではなく、中等部生もカチンと来ていたが、口した本人はその事実に気づいていない。

「勝てばいいって言うなら、戦うだけ無駄だよ。僕が勝つに決まっているんだから」

「言うじゃない。それならこの球も止められるかしら!」

 会話の途中で、唐突にボールを投げつけてくる。

 バシッ!

 ネギは表情一つ変えずに、片手でボールを受け止めていた。

「それで? こんな球で僕に勝てると思っているのかい?」

「くっ……」

「ちゃんと、僕の方が強いって事を証明するよ。負けてみないとわからないようだからね」

 自信満々のネギがボールを投げつける。

 その球速に驚いた英子は棒立ちになるが、アウトになったのは隣にいた少女だった。

 誰も確保できなかったボールが、再びネギの方へ転がっていた。

 ネギはわざと英子を避けて内野陣をアウトにしていく。

「くっ、バカにして」

 味方の犠牲の上にボールを確保したものの、英子が渾身の力で投げ返したボールは、ネギに軽く受け止められてしまった。まるで、パスを受け取ったかのような気楽さで。

『黒百合』メンバーもさすがに手強いと認めて、ネギ以外に向けてボールを放つ。

「無駄だよ」

 のどかへ向けて投じられたボールも、やはりネギによって止められてしまった。

 中等部の内野に投げ込まれたボールは全てネギが受け止めてしまい、誰一人としてアウトにはならなかった。

 逆に、高等部の内野は一人づつ人数が減っていき、とうとう、最後に残った英子までがボールを止められずにこぼしてしまった。

「これで、僕等の勝ちだね」

 淡々としたネギの言葉に、喜びの感情はまるで見られない。彼にとってはどうという事のない出来事なのだろう。

 関東大会で優勝したプライドがへし折られて、英子がうなだれる。

 子供と見下した相手に負けてしまった。それも完封負けである。

 彼女等にも部活としてドッジボールに励んできた自負があった。ドッジボールという種目を周囲からバカにされながらも、ずっと頑張ってきたのだ。

 今日初めてドッジボールに参加した子供に、軽くひねられるなんて我慢できるはずがない。

(子供だと思って、甘く見ていただけよ!)

 そう思い込んで、自分のプライドを守ろうとする。

 屈辱に耐えきれなかったのだろう。

「まだ、ロスタイムよ!」

 試合の決着がついたというのに、背中を向けているネギに対して、英子がボールを投げつけていた。

 ぶつかる直前で、ネギはそれに気づく。

 反射的にボールを受け止めると、容赦なく英子へ叩きつけた。

 投げ終えて体勢を崩していた英子は、ボールの衝撃でその場に転んでしまう。

「やめてよね。君が僕に勝てるわけないんだから」

 ネギは思わずそう口にしていた。

 唇を噛んだ英子が立ち上がろうとして顔をしかめる。彼女は転んだ拍子に右膝をすりむいてしまったようだ。

 一人の少女が英子へ駆け寄っていた。

「よかったら、これ……。ウチ、いつも持っとるから」

 おずおずとバンソーコーを差し出したのは、亜子だった。

「あなた……」

 英子も彼女に見覚えがあった。

 そもそも、昼休みに揉めるきっかけとなった相手が、目の前にいる亜子達だったのだ。

「ええ。ありがとう」

 彼女はかすかに笑みを浮かべて、亜子の好意を受け取る事にした。

 

 

 

 チャイムが鳴って、2−Aの授業も終わりとなる。

「全然ボールに触れなかったよー」

「まあ、楽だったからいいんじゃない?」

「ネギ先生が一人でやっていただけだもんね」

 彼女等のつぶやきには、小さな棘が含まれていた。

 本来なら部外者のはずのネギが強引に試合を終わらせた事や、英子に対して怪我をさせたのが不満なのだろう。

 面と向かって文句を言ったりしないが、どこか不機嫌そうだった。

 階段へ向かうみんなについていこうとしたアスナが、最後に残っていた人物へ声をかける。

「行くわよ、ネギ」

 肩を震わせていたネギが、驚いたのかビクンと反応する。

「……わ、わかってるさ。先に行けばいいだろ」

 目元を擦りながら、慌てた口調でネギが答えた。

「まったく……。なんだって、あんなことしたのよ」

「ちょっと、本気を出しただけさ」

 ゴン!

 アスナは唐突にネギの頭に拳骨を喰らわした。

「……っ!? ……っ!?」

 子供扱いされる事の少ないネギは、アスナの行動に混乱してしまう。

「私とふたりっきりの時ぐらい、その演技をやめろっての。もう一回殴られたい?」

 自らの拳に向かって、ハアと息を吹きかける。

 ネギは涙目になりながら、ぷるぷると首を振って拒否を示した。

「あんたはドッジボールが得意だったわけ?」

 観念したネギが正直に答える。

「魔法使いは体内に魔力を流す事で、身体能力を増加できるんです。だから、一般人を相手にスポーツで負ける事はありません」

「インチキしてたってわけね」

「それなら、向こうだってズルじゃないですか! 高校生で体もできている上に、もともとドッジボールの専門家なんですよ! それにアスナさんに酷い事までして!」

「え……?」

「アスナさんだけじゃありません! 僕の担当している生徒が傷つけられるなんて許せません! ああやって挑発すれば、クラスのみんなじゃなくて、僕を狙ってくると思ったんです!」

 ネギが一人で勝負を決めてしまったのは、何も自分の力を見せつけて目立ちたいからでは無かったのだ。

 自分の生徒を守りたい。ただ、それだけが理由だった。

 残念ながら彼の気持ちは生徒達には通じなかった。……いや。嫌われると事前にわかっていても、彼は同じことをしただろう。生徒を守るためなら。

 全てを器用にこなしているように見えても、本来のネギは一途な少年に過ぎないのだ。

 学園長の指示で一緒に暮らすようになったアスナはそのことに気づいており、落ち込んでいる少年を見過ごす事ができなかった。

「今夜のおかずは、このかに頼んでミートボールにしてもらおうか?」

 数日前に出たミートボールを、ネギは実に美味しそうに食べていたのだ。

「……ミートボールなんて子供っぽいですよ」

「じゃあ、やめておく?」

「…………」

 言葉に詰まる様子を見ながら、アスナは笑いを噛み殺した。

「私はミートボールを食べたいんだよねー。我慢してつき合ってくれない?」

「そ、それなら仕方ないですねー。生徒のワガママにつき合うのも教師の仕事ですから」

 ネギが浮かべた無邪気な笑顔。今のところそれを目にしているのはアスナ一人だけだった。

「まったく、もー」

 アスナの左手がネギの頭をぐしゃぐしゃと乱暴に撫でる。

「な、何をするんですかー!」

「別にィ。ガキだなーって思ってさー」

 頬を膨らませたネギが、ムキになって反論する。

「子供扱いはやめてください。これでも僕は将来の『マギステル・マギ』なんですから」

 

 

  つづく

 

 

 

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