『のび太の雛見沢事件簿解』(8)強襲

 

 

 

 井戸からの脱出を果たした5人は、ようやく裏山近くまで辿り着いていた。

 のび太は内向的な性格のわりに外で遊ぶ事が多い。それでも、部活メンバーに比べて体力的に劣っているらしく、すでに息が上がっていた。

「ハァ、ハァ、ハァ」

 休むために腰を下ろしたのび太は、またしても小型モニターを取り出して眺めていた。

 林の中を進んでいたはずのドラえもんが、あの故障した場所から移動方向を変えていた。すでに山を下りて道路上を進んでいる。

 時間と場所を考えると、ドラえもんはすでに敵の手に落ちて、車で運ばれていると考えていいだろう。

 その様子を見かねて、レナが魅音に話しかけた。

「魅ぃちゃん。のび太くんなんだけど……」

 ぼそぼそと二人が相談していることすら、のび太は気づかなかった。

 魅音の了承を得て、レナはのび太に声をかけた。

「のび太くん。ドラちゃんを助けに行ってあげて」

「え?」

 のび太が顔を上げると、レナは笑顔を浮かべて頷いて見せた。

「ドラちゃんはのび太くんのことを待ってるよ。ドラちゃんを助けるのはのび太くんの役目だと思うな」

「これから山狗と戦うんじゃないか! 男のぼくが逃げ出すわけにはいかないよ!」

 レナに替わって、魅音が告げる。

「違うよ、のび太。あんたは逃げ出すわけじゃない。これはのび太のためじゃないし、ドラえもんのためでもない。“私達が”ドラえもんを助けたいんだよ。ドラえもんは私らの仲間なんだ。だから、ドラえもんは私達の手で助け出す。その担当がたまたまのび太だってだけだよ」

「のび太くんはこの山に詳しくないから、のび太くん自身がトラップに引っかかるかもしれないもんね。それだと、私達も安心できないよ」

「ボクはドラえもんから四次元ポケットを預かってるんだ。みんなを手伝わなきゃ」

「確かにこっちも人手が必要だよ。だから、あんたにはドラえもんを連れてきてもらう。今なら向こうだって油断しているだろうし、人数も少ないはずだからね。絶好のチャンスなんだよ」

「だけど……」

 そのやりとりを眺めていた沙都子と梨花が、顔を見合わせて頷いた。

「あーら。のび太さんは私たちを甘く見すぎですわ。この山にしかけたトラップは私の芸術品ですのよ。特殊部隊のひとつやふたつものの数ではありませんわ。オーホッホッホ」

「ボク達は仲間なのです。ボクたちがドラえもんをのび太に任せるように、のび太にもボク達を頼ってほしいのです」

 4人がそれぞれに理由をあげて、のび太の背中を押していた。数少ない戦力を裂いてでも、ドラえもんの救出を優先しようとしている。

 沙都子がさらに心からの言葉を投げかける。

「のび太さんは自分で言っていたではありませんの。ドラえもんさんが困っている時に助けるのは、のび太さんの役目のはずですわ」

「みんな……みんな……」

 みんなの気遣いが、涙をこぼすほど嬉しかった。

 初めて訪れた村で、こんなに素晴らしい仲間と出会えるなんて思ってもみなかった。

「ありがとう。ぼくはドラえもんを助けに行く! そして、絶対に戻ってくる!」

 そう告げたのび太は、四次元ポケットからいくつかのアイテムを取り出して、彼女たちに託した。

「のび太。早めに帰ってこないと、私たちだけで山狗を全滅させちゃうよ。活躍したかったら、急いで帰ってくるんだね」

 魅音が自信の一端を除かせる。

「もしも捕まるようなヘマしたら、今度は私たちが助けに行ってあげる。だけど、その場合は罰ゲームを覚悟してもらうよ」

「わかった!」

 のび太はたったひとり、タケコプターでドラえもんの元へ向かった。

 

 

 

 手はず通り、梨花達は山狗に姿を見せたのだろう。村内を走り回っていた白いワゴンが続々と裏山めがけて殺到する。

 山狗の主力部隊を裏山に引きつければ、それだけ診療所の警備が薄くなる。そもそも、ドラえもんは彼らにとって人質以上の価値はないため、警備する理由も少ないのだ。

「みんな、少しの間だけ待ってて――」

 診療所では建物の前に車が数台しか残っていない。平日ということを考えると駐車台数が非常に少なかったが、この村になじみのないのび太にはそこまでわからなかった。

 診療所の玄関には休診の看板がかかっている。それもあって、人が少ないのだろう。いや、診療所の人間がいなくなるため、休診となっているのだ。

 通り抜けフープを使って建物内への潜入を果たしたが、診療所内は人気もなく閑散としたものだった。

 それでも、敵地だということは理解しているので、のび太は忍び足で様子を探っていく。

 2階建ての立派な建物は、村の診療所には不釣り合いな規模である。その理由は、『東京』からの出資によるものだった。

 のび太の取り出した小型モニターには、診療所の簡略図とドラえもんのいる位置が表示されている。ただし、上から見下ろした平面図でしか表示されないので、高さまではわからない。

 1階と2階を調べてみたが、ドラえもんの姿はどこにも見あたらなかった。

「どうなってるんだろう? 確かに、この位置なのに……」

 精度が悪いのかと思って、隣の部屋も覗いてみるがそれでもみつからない。

「屋根だったから屋上はないし……」

 上を見上げた視線を、そのまま下へと向ける。

「……そうか! 地下室があるんだ!」

 今度は床に通り抜けフープを置いて、下を覗いてみる。

 見つけたっ!

 真っ正面の床に、縛られて仰向けにされているドラえもんの姿があった。大きく見開かれた目はのび太を捉えてもまったく動こうとしていない。

 タケコプターで下の階に飛び降りる。

「キ、キミは……?」

 後ろから声がして、のび太が飛び上がった。

「だ、誰っ!?」

 振り返ると、白衣姿の男が縛られて転がっている。

「のび太くんだったね? いったいどうやって?」

「先生も山狗に捕まっていたの?」

「ええ。気になって山狗の動向を探った結果がこれですよ。私は彼等にとって味方と思われていなかったようです。私自身、山狗よりも梨花ちゃんたちの方が大切ですしね」

 のび太は四次元ポケットからナイフを取り出して、入江を縛っていたロープを切断した。

 次はドラえもんの番だ。

「えっと、タイムふろしき――」

 四次元ポケットから時計柄(?)の風呂敷をとりだして、動かないドラえもんにかぶせる。

 ドラえもんが故障する前まで時間を戻す――のび太は故障の原因を知らなかったが、電気ショックによる故障なので故障前の状態に戻せばそれで元通りになるはずだった。

 視界を覆っていたタイムふろしきが取り去られるなり、ドラえもんががばっと身を起こした。

「来るなっていったじゃないか!」

「ドラえもん!」

 のび太がドラえもんに抱きついた。

「あれ、ここは?」

 視線を巡らせたドラえもんは、今いる場所が自分の倒れた林ではないことを理解した。

「ドラえもんは山狗に捕まって診療所の地下室に連れてこられたんだ。早く逃げ出そう」

「みんなは無事なの?」

「うん。もう裏山に立てこもって戦っているはずなんだ。早く助けに行かなきゃ」

 慌てて部屋を飛び出そうとする二人に、入江が懇願する。

「待ってください。もうひとり連れ出しておきたい人がいるんです」

 

 

 

「警備室には何人いるの?」

 停止状態だったドラえもんとは違い、入江は内部状況に詳しかった。

「6名です。他の隊員とは比較にならないほどの重装備ですよ」

「6人ならなんとかなると思う。ボクにまかせて」

 足音を気づかいながらのび太は警備室へ近づく。

 警備室に詰めている警備員は、裏山で展開している山狗部隊の無線情報に耳を傾けていた。

『くそったれ! ……雲雀4、攻撃を受けた! くそ、逃がすな! 丸太を山ほど転がしてきやがった! 雲雀6が捻挫で追撃不能。残りで追撃する!』

『雲雀11、トラップによる攻撃を受けた! 雲雀12、13がたぶん、脳震盪だ! あんなの当たり所がわるかったら死んでるぞ!』

『ひ、雲雀16、トラップにやられた。鋼線が足に絡まって脱出できない。ナイフじゃ切断できない。番線カッターを持ってきてくれ!』

『鶯10より本部! くそったれが、井戸を偽装した落とし穴だ! 隊員2名が閉じこめられて救出不能! 応援を送れ! って? うわッや、やめ!』

『どうした鶯10! 応答しろ鶯10!』

『……う、鶯10だ、やられた。俺を後ろから突き飛ばしやがった。鶯9〜11は井戸内。健在なれど脱出不能、……くそ!』

 どうやら、仲間達の自信は相応の実力に裏付けされたものらしい。

 相手を子供として見くびっていた山狗部隊は、トラップの直撃を受けて大混乱をきたしている。

『雲雀1より本部、追跡に失敗……! 見失った! む、無理だ、この山はトラップだらけだぞッ! この距離を追うだけで何人負傷したってんだ!』

 本部という呼びかけに答えたのも無線の声だった。彼らを指揮しているリーダーもまた現場にいた。

 ここはあくまでも診療所に残る隊員の詰め所であり、活動している部隊を統括しているわけではない。警備員たちは戦況に気を取られて、無線に聞き入っていった。

 のび太は通り抜けフープで壁からの侵入を試みる。

 どんなに重装備をしていても、とっさの対応は限られる。早撃ち勝負ならのび太に分があるはずだ。

 壁から上半身だけ出現した見知らぬ少年に、警備兵たちが唖然とする。幽霊と勘違いしたとしてもおかしくはない。

 わずかの隙があれば十分だった。

 ショックガンを突き出して、6連射。わずか数秒で警備室は全滅させられていた。

「ひー、ふー、みー……。うん。6人いる」

 実際ののび太は非常に気が弱いため、武器がショックガンでなければこの活躍はなかっただろう。本物の拳銃だったなら、相手に怪我をさせることを恐れて、発砲すらできないはずだ。

「全員倒したよ。さあ、逃げよう」

「凄いね。のび太くん……」

 軽く告げたのび太の言葉に、入江が絶句する。

 

 

 

 入江が連れ出そうとしているのは一人の患者だった。意識のない彼を入江が背負っている。

 入江の説明によると、滅菌作戦において研究所を破棄する場合、この地下施設は水を流し込んで封印するらしい。そのため、唯一の治療患者は用心のためにも連れ出す必要があったのだ。

 それに、山狗がここに立て籠もったりすると、救助することが難しくなる。

 階段を駆け上がると、入江が先を行く二人へ声をかけた。

「そこを左へ曲がってください。裏口から出ましょう」

「わかった」

 振り向いたのび太を見てドラえもんが声を上げる。

「のび太っ!」

 がんっ!

 殴られたのび太が床に転がり、手にしていたショックガンが手からこぼれ落ちた。

「入江所長。おとなしく地下へ戻ってもらえませんかね」

 そこに二人の男が立っていた。地上部分にいたらしいふたりの警備員だった。残りの隊員全てが裏山へ向かったわけではなかったのだ。

「くそっ!」

 だっと青い影が走り出した。

 ドラえもんは変な小細工なしで、体当たりをぶちかましていた。

 それはまさに機関車。

 ドラえもんは、重心も低く、体重もある。真っ正面から受け止めるのは不可能だ。

 進路上にいる敵をはじき飛ばして、そのまま走り抜ける。即座に止まれなかったドラえもんは、勢いのまま壁の棚に激突して備品をぶちまけてしまった。

 のび太が頭を振りながら身を起こす。

「のび太くん!」

 入江は床に転がるショックガンを拾い上げて、のび太に向けて放り投げた。

 のび太は宙に向かって手を伸ばすものの、受け取り損ねてお手玉する。

「よ……はっ、……と」

 慌てるのび太の指先で、ショックガンが飛び跳ねた。もともと、彼は運動神経が鈍いのだ。

「貴様らっ!」

 のび太が銃らしき物を手にしているのに気づき、二人の警備員は肩に吊したホルスターから拳銃を引き抜こうとする。

 のび太は前のめりで不安定な姿勢のままショックガンを握った。

 バシッ! バシッ!

 回転しながら射撃をしてのけたのは見事だったが、着地まで気が回らず仰向けの状態で落ちて、のび太は床に頭をぶつけてしまった。

 警備員が気絶していなければ、この場で全員が拘束されていただろう。のび太は床で、ドラえもんは壁際で、痛みのために身体を丸めていた。

「ふたりとも大丈夫かい?」

「な、なんとか……」

「こっちも無事」

 彼らは無事に診療所からの脱出を果たした。

 

 

  つづく

 

 

 

あとがき:大人組がいないため、のび太の独壇場となりました。