『のび太の雛見沢事件簿解』(7)別働隊
「まずいね。こんなところにまで見張りがいる」
抜け道の出口にあたる古井戸から、当たりの様子を伺った魅音が、悔しそうにつぶやいた。
昨日の時点で、山狗の全車両にトレーサーバッジを取りつけたわけではないのだ。バッジのついていない車だってそれなりに存在していた。
レーダーで感知できなかった車が井戸の近くに駐車しており、そのそばで一人の人間が周囲の様子をうかがっているのだ。
「ここで足止めされたらまずいですわ」
「うん。地下蔵の扉が破られたら、ここまで追ってくるはずだもんね」
地下牢の奥にある井戸から、隠し通路の横穴に入れるようになっている。
簡単にはわからないように偽装されているものの、一本道なのでこのままでは追いつかれてしまうだろう。
「あいつ一人ならなんとかできそうだけど、下手に手を出すとここから脱出したことがすぐにバレちゃうからね」
そうなってしまうと、裏山まで逃げ切る前に捕まってしまうだろう。
「ドラえもん。タケコプター出してよ」
「無理。三つしか残ってない」
「なんでさ? もっと持っていたじゃない」
「冒険へ出るたびに壊しているじゃないか。修理が追いつかないんだ」
それはタケコプターだけに限った話ではない。
のび太の運のなさが原因だと思われるが、彼等やその友人達はどこかへ旅行するたびに冒険に巻き込まれ、ドラえもんのひみつ道具で危険をくぐり抜けてきた。
その代償として、酷使した道具を修理や点検に出すことが多くなる。新しい道具の購入まで金が回らないのは、そういう事情もあるのだ。
「じゃあ、どこでもドア」
「あれはキャンピングカプセルに置いてあるだろ」
「とりよせバッグをつかえばいいじゃない」
「それもまずいんだよ。向こうののび太が脱出できなくなる」
「じゃあ、どうすればいいのさ!?」
「それを考えているんじゃないか!」
ドラえもんだって、のび太の意見を否定したくて否定しているわけではない。残念ならが、採用できないアイデアだから却下しているのだ。
「……そうか!? そういうことなんだ!」
ドラえもんの発した突然の大声に、皆の視線が集中する。
「どうしたのさ?」
「ボクが囮になればいいんだ」
ドラえもんがそう口にしていた。
「……え?」
「ボクが囮になって山狗を一度他の場所へ連れ出す。その隙にみんなで裏山へ逃げ込めばいい」
「なんでさ!? 逃げるなら一緒に……」
「これはすでに決まっていることなんだよ、のび太」
「どういうこと?」
「君自身が言ってたじゃないか。鬼隠しにあったボクが、のび太の前に現れたって。それは、きっと別行動を取ったボクが囮をしていたからなんだよ」
「言っただろ! ドラえもんは壊れちゃうんだ! そんなことはしなくてもいいじゃないか!」
「それじゃあ、全滅だよ。それにボクだったら壊れても修理すれば治る。ロボットだからね」
「ドラえもんを治すなんて、ボクひとりでできるわけないよ!」
「それはわかってる」
ドラえもんは、ポケットからケコプターと空気砲を出して装備しはじめた。胸にとりつけたのはトレーサーバッジだ。
「これをきみに預けておく」
自分のお腹から四次元ポケットを取り外すと、のび太に向かって差し出した。
「どういうこと?」
「これがあれば、ボクを治せるだろ? 事件が解決した後にでも、トレーサーバッジでボクを見つけ出して、修理してくれればいい」
「だって、四次元ポケットもなしで逃げ切れるはずないじゃないか!」
「逃げ切る必要はないからね。連中の注意をそらして時間を稼げさえすればそれでいいんだ」
「だけど……」
「ボク以外に四次元ポケットを使いこなせるのは、のび太だけだ。キミだからこそ、ボクは安心して任せられるんだよ」
「ドラえもん……」
ドラえもんの左手を、のび太は涙ぐみながら両腕で握りしめる。
「ボクも一緒に行くのですよ」
驚くべき申し出をしたのは梨花だった。
「危険だよ、梨花ちゃん! そんなのダメだよ!」
のび太が慌てて止める。
「でも、ドラえもんだけだと囮にならないのです。山狗の目的はボクなのですから」
「それは……、そうかもしれない。ドラえもんだけだと、無視しても構わないわけだし」
魅音が冷静に分析する。
「魅ぃちゃん……」
レナ自身も魅音の判断が正しいことは理解できる。しかし……。
「ドラえもんさんは故障するんですのよ! 梨花を一人にするなんて危険すぎますわ!」
もともと、山狗の最終目標は梨花である。梨花と離れてしまっては、もしもの時に助けようがない。
「でも、山狗を釣り上げるエサはボクが適任なのです。ボクがもう一人いればいいのですが……」
「もう一人?」
その言葉でドラえもんが思いついた。
のび太のお腹に貼り付けたポケットの中をまさぐる。
出てきたのは、等身大の人形だった。美術の授業で使用するようなデッサン人形に近い形状をしている。
「これはなんなのかな? かな?」
「これはコピーロボットっていうんだ」
ドラえもんが説明する。
コピーロボット――鼻にあたるスイッチを押すと、押した人間そっくりになるロボットだった。
梨花が鼻のスイッチを押すと、身長までが縮んで小柄な体格となり、みるみる梨花とそっくりな容姿となった。
「むー。気味が悪いくらいそっくりなのです」
「お互い様なのです。みー」
端から見ていると、鼻の頭が違う程度で、ほとんど見分けがつかない。
「コピーはもし捕まったら、壁にでも鼻をぶつけること。そうすれば、元の状態に戻るから酷い目にあうこともない」
「わかったのです。ボクはきっとやり遂げてみせるのです」
コピーがこくんと頷いて見せた。
タケコプターを装着したドラえもんと梨花(コピー)が、井戸から飛び立った。
脱出を目撃した見張りはすぐに車の無線機に飛びついていた。
その様子を確認してからドラえもんは逃亡に移る。
囮が目的である以上、ドラえもん達は見つかる事が前提条件だからだ。
道路を数台の車が走ってからもしばらく待ち、5人の子供達が井戸から姿を見せた。
ドラえもんと梨花は林の中に駆け込んでいた。
空を飛んで逃げるのは、容易ではあるものの、危険と隣り合わせな状態でもある。
山狗が極端な方法を選択するなら、空に浮かぶ梨花を射殺してしまうという選択もあり得るからだ。その後の面倒を無視するなら、それもまた有効な手段と言える。
空に浮かんでいると、逃げやすい反面、身を隠す術もなくなるのだ。
二人は障害物のある林の中へと逃げ込み、山狗を引きつけていた。
「また来たのですよ」
「わかった」
振り向きざまに、空気砲を山狗に向ける。
「ドカン!」
空気砲――腕から手首を覆う筒のような形状をしていて、キーワードにより圧縮した空気を撃ちだす道具だ。
空気が炸裂して、山狗の三人が吹き飛ばされる。
「きゃん!」
梨花の悲鳴が聞こえて、慌ててドラえもんが振り向いた。
「梨花ちゃん!?」
梨花の姿が揺らいだかと思うと、操り人形みたいな姿へと変貌する。コピーロボットが故障したのか、その姿を保てなくなったのだ。
梨花に向けて電気銃(テイザー)を放った山狗が駆け寄って、驚きの声を上げた。
「こ、これは人形!?」
後方から目立つように追ってきた隊員を囮にして、何名かが回り込んできたらしい。
数人の山狗がコピーロボットへ駆け寄った。触って確認したものの、それは絶対に人間などではない。
「くそ! どうなってるんだ! 偽者だぞ!」
到底信じられないことだが、忍者マンガに出てくる変わり身の術のようだった。
いままで普通に動いていた梨花が、いきなり人形へと変わってしまったのだ。
「こちら白鷺8。追っていたRは偽者だった。このまま青狸を追う」
無線機へと告げる言葉を聞いて、ドラえもんも方針を変える。
みんなから引き離す必要があるため、苦心して相対距離を調整してきたが、囮だとバレてしまった以上、そんな面倒をこなす必要はなくなる。
あとは一目散に逃げ切ればいい。
この場でドラえもん一人が立ち向かってもあまり意味はないからだ。
タケコプターを使って、ドラえもんは林の上まで高度を取ると、山狗の包囲から抜け出していた。
ドラえもんが首をひねる。
「だけど、変だな。こんなところで偽物だとばれるなんて……。てっきり、キャンピングカプセルの近くまで追い込まれると思っていたのに」
のび太から聞いていた話だと、自分が故障したのは広場近くのはずだった。
山狗に追われて逃げ込んだとばかり思っていたのだが、ここからでは距離がありすぎる。
あそこまで逃げ切るべきだったのに、自分は失敗してしまったということだろうか?
「のび太達と合流した方がいいかな?」
裏山だって人手は多い方がいいはずだ。のび太も心配しているだろうし。
しかし、そうなると過去ののび太が見た自分は一体なんだったのだろうか?
「待てよ……」
自分たちが知っているのはあくまでも、過去ののび太が知っている情報だけだ。のび太の知らない事情までは教えられていない。
過去の山狗が狙っていたのは本当にドラえもんだったのだろうか?
追っていた梨花が偽物だったことを彼らはすでに知っている。
本物の梨花を捕まえられない以上、梨花の友人にまで標的を広げてもおかしくはない。
たとえば、数日にわたって梨花ちゃんの家を訪れていた人間。
つまり――。
「山狗はのび太を狙っているんだ!」
ドラえもんはタケコプターを全速力で動かし、のび太の元へと急いだ。
「助けてよ、ドラえもーん!」
遠くから、のび太の声が耳に届く。いつもよりも切実な助けを求める声。
彼はキャンピングカプセルの方向へ、追い立てられるように走っていた。
しかし、誰かに追われているようには見えなかった。
「あれ……?」
それもそのはずで、のび太は梨花が死んだという噂に怯えて逃げているところなのだ。
ほっと胸をなで下ろしたドラえもんは、まずいものを目にしてしまう。
のび太のいる方向へ向かって走る数台の白いバンの存在だった。
「ドカン! ドカン! ドカン!」
ドラえもんが空からバンへ向かって砲撃を加えた。
直撃こそしなかった物の、衝撃に煽られて車高の高いバンが転倒する。
やっとの思いで車から這いだした山狗は、ドラえもんの視界を遮蔽する林の中へと姿を隠していく。
ドラえもんの目的は、この場にいる山狗の殲滅ではなく、のび太を守り通す事だ。
道沿いに飛びながら、目についた山狗を狙って、空気砲を撃ち込む。
「ドラえもん!」
その姿を見たのび太が嬉しそうに名前を呼んでいた。
山狗に立ちはだかるように、ドラえもんが地面に降り立つ。
「ここはボクに任せて! 君は早く逃げるんだ!」
「何を言ってるのさ! 今までどこへ行ってたんだよ!?」
事情をまったく知らないのび太は、ようやく会えた親友に駆け寄ろうとする。
「逃げろって言ってるだろ! 君がみんな……」
――を助けるんだ!
ドラえもんはその言葉を最後まで続けることができなかった。
バシッ! 電気ショックが彼の体内を駆けめぐったのだ。
瞬時に身体の動きが停止する。
電気銃を受けたドラえもんの身体は、物言わぬ人形となって地面に転がっていた。
あとがき:最初にアイデアを考えた時にはまったく気づかなかったのですが、コピーロボットが登場するのは本来『パーマン』なんですよね。ネットで調べてみると、『ドラえもん』にも登場した実績があるようなので、変更しませんでした。