『のび太の雛見沢事件簿解』(6)作戦開始
夜遅くまで語り明かし、彼等はこれからの方針を決定した。
綿流し祭から、三日目――。
この日、彼等が勝つにせよ、負けるにせよ、“オヤシロ様の祟り”は終焉を迎えることになる。
「婆っちゃ。今日は習い事があったよね? 昼前には出てもらってもいいかな?」
「一体、なんね?」
魅音の言い方は、まるで邪魔者を追い払うかのようだった。
「どうしてもやらなきゃならない事があってさ。この家を空けておきたいんだよ。お手伝いさんも休んでもらうつもり」
「何を企んどるん? 梨花ちゃまと沙都子ちゃんも一緒なんね?」
「おとといも話した通り、ちょっとした厄介事があって、それを自分たちの力でどうにかしたいんだ。私もレナも学校を休むけど、これは絶対に必要な事なんだ。私の事を次期頭首だって認めてくれているなら、私の事を信じて欲しい」
ギロリ、と鷹の目が魅音を射抜く。
半世紀に渡ってこの村に君臨してきた、園崎天皇の眼光だ。
これまでのように、園崎家に従うだけの魅音ならば、すぐに威圧されていただろう。
だが、今の彼女の態度はこれまでとはまるで違っている。魅音は自分の意志で、自らの責任で、何をするべきか選択しようとしている。
魅音はお魎の判断を仰ごうとしているのではない。自分の申し出に対する返答を待っているだけだった。
お魎の口元に笑みが浮かぶ。
いずれ、魅音が園崎家の頭首となった時、いちいち自分の顔色をうかがうようでは困るのだ。どのような選択をするか、どのような判断をくだすか。それは、魅音自身が決めなければならない。
何が目的かはわからないものの、園崎家内部で対処できることなら、目くじらを立てる必要はないはずだった。
なにより、魅音の成長はお魎にとっても嬉しいことなのだ。
「好きにせえ」
「アメリカなんかじゃ、証人を保護する制度があるって知ってる? マフィアなんかを告発した場合、証人の命と今後の生活を保証するために、別人としての名前や新しい生活を与えるんだよ」
「それがどうかしたんですの?」
魅音の言葉に、沙都子が首を傾げた。
「梨花ちゃんにもそれと似た事ができれば、一番確実で安全に解決できるんだよね。梨花ちゃんを死んだ事にして48時間さえ乗り切れば、滅菌作戦は実施されない。雛見沢村は皆殺しにされたりしないし、梨花ちゃんも狙われずに生きていける」
「でも、魅ぃちゃん。それは現実的じゃないよ」
レナが客観的に指摘する。
「まあね。梨花ちゃんが死んだと証言してくれる組織もなければ、その情報を守り通すこともできないしね」
「それに梨花ちゃんもこの村の外だと、一人で生活していけないと思う。園崎家の援助があっても難しいんじゃないかな?」
「それに、梨花と離ればなれなんて寂しいですわ」
「私だってそうだよ。私が言いたいのは、この事件は48時間作戦では解決できないってことなんだ」
「それじゃあ、48時間作戦は役に立たないのかな?」
「そうでもないよ」
にっ、と魅音が笑みを浮かべた。
「梨花ちゃんの死んだ噂がはやる……。はやる……」
ドラえもんがシャーレに向かって話しかけている。
流行性ネコシャクシビールス――これは人工のウィルスを使って、人為的に流行を創り出す道具だった。
風に乗せて散布すると、この村の中には『梨花ちゃんの死んだ噂』が広まるはずだ。内臓を掻き出されていたというディテールが付け加えられたのは、誰かのオカルト趣味が原因なのだろう。
ただの噂にも、メリットがいくつか存在する。
それは、発信源が特定されないということだ。病院や警察からの情報では、そこで嘘が発覚してしまうと、計画の全てが破綻してしまう。
「でも……、この噂で雛見沢症候群を発症する人がいないかな?」
レナが心配そうにつぶやいた。
「それは大丈夫だと思うよ」
そう口にしたのはドラえもんだった。
「一般感染者は女王感染者が存在するという事実すら自覚していない。つまり、梨花ちゃんのことを女王感染者だと察知するのは、感染者本人ではなく寄生虫の方なんだよ。これは、人間の認識ではなく、寄生虫が持っている本能みたいなものじゃないかな」
「なるほどねぇ。原因になりそうな寄生虫の方で、女王感染者が生きていることを感じ取るわけか」
魅音の言葉にドラえもんが頷いた。
「たぶんね。だから、症候群については心配する必要ないと思う」
「それに、梨花が生きているんですもの。全てが終わった後で姿を見せればすぐに納得するはずですわ」
「暗殺対象の梨花ちゃんがその直前に死ぬなんて、あまりにデキ過ぎだからね。向こうとしても、その情報に作為的なものを感じるはずだよ」
こくこく、と頷きながらレナが同意を示した。
「情報が漏れていることで不安になるかもしれないし。うまくいけば、内部に裏切り者がいるって疑うかもしれないもんね」
「魅音さんの目的はそれだけではないと思いますわ」
「さすが、沙都子。つまりこれは、こちらの宣戦布告でもあるわけよ」
「それはどういうことなの? こっちが情報を握っていることは、ボクたちが優位な点じゃないか。それなのに、山狗を警戒させても意味がないと思う」
ドラえもんの指摘を、魅音は首を振って否定する。
「奇襲して勝てるだけの戦力があれば、不意をついてこちらから仕掛けるというのもアリだと思う。でも、私らは山狗部隊員の総数すら把握していない。敵を討ち漏らしてしまうと、こちらは防御すら難しくなる」
「それもそうだよね。山狗全員の顔と名前がわかっているわけじゃないもん」
レナも同意する。
「つまり、山狗との戦い方は、こちらが攻め込んでも勝ち目が薄いわけ。戦うなら、山狗をおびき出して、一網打尽にするしかないんだ」
「ボクが釣り上げるためのエサというワケなのですね」
「そういうこと。梨花ちゃんが死亡したという噂が流れれば、信憑性の有無に拘わらず、山狗は生死を確認する必要に迫られる。それも、標的が梨花ちゃんだと漏れている可能性が高いんだし、奴等としては一刻を争う事態のはずだよ」
「梨花がどこへ隠れたか、ちょっと考えればすぐにわかるはずですわ。それに、梨花が園崎家へ来たことも、誰かが目撃しているはず。山狗は頼まれなくても園崎家へやってくるのですわ」
さまざまな準備を終えて、昼過ぎに6人は地下蔵へ潜り込んでいた。
午後2時も回った頃、状況に変化が起きた。
敷地内に設置された監視カメラの映像が、地下蔵に設置されたモニターで確認できる。門を映し出している画面上に、一台の白いバンが停車したのだ。
降りてきた作業服の男がインターホンに呼びかけている。邸内からの返答を待ちながら、男は門や塀の様子を眺めていた。何気ない様子を演じているものの、そのつもりで眺めていると、警備状況を確認しているとしか思えない。
「昨日の昼に、のび太が怪しんでいた白いバンに、バッジを着けて回ったんだ」
ドラえもんがトレーサーバッジのモニターを取り出した。
「白いバン?」
魅音が眉をひそめる。
「そうだよ。梨花ちゃんの家の前で何度か見かけたんだ」
「のび太の言っていたことが珍しく当たったみたいだ」
ドラえもんが見せたモニターを、全員が覗き込む。
バッジをつけた車は全部で7台あり、門の前に止まっているのはその内の1台だった。他にも、園崎家へ向かう道沿いにある水車小屋の近くで、5台の車が停車していた。残りの1台は村はずれで止まっているようだ。
「これが山狗の車なのですね」
「うまいところで止まってるね。この場所だと、監視カメラには映らないんだよ」
1台だけという事で油断して門を開けると、待機している車が殺到してくるのだろう。
「魅音さん。やつらが動き出しましたわ」
カメラの映像に視線を向けた沙都子が促した通り、トレーサーバッジにも反応があった。
園崎家がすでに警戒態勢にあると判断したのだろう。
待機していた全ての車が門前へと駆けつけた。
脚立をたてかけると、つぎつぎと塀を乗り越えて敷地内へ侵入してくる。
破壊されることを避けるために、屋敷の玄関には鍵さえかけていなかった。何の障害もなく屋内へと上がり込んだ山狗は、土足のまま踏み荒らしはじめた。当然のことながら、屋敷内には誰も存在しない。
蔵の存在に気づいた山狗が調査するべく近づこうとするが、ロープに足を絡め取られてつぎつぎと転んでいく。
その様子は、地下蔵のモニター画面にも映し出されているため、彼等は大笑いでそれを眺めていた。
それだけでなく、蔵へ近寄ると屋根の上から大量の水が流れ落ちて、彼等をびしょぬれにしてしまう。
このようなトラップが存在する理由を考えれば、答えはおのずと一つしかない。
標的が蔵に隠れていると判断した彼等が、扉へと殺到する。
バチバチバチッ!
扉の金属部分につないでいた電線が、通電の良くなった彼等を電撃で打ち倒していた。
電圧を落としているため、致命傷とはならないはずだ。沙都子は電気的な知識には疎いので、この罠をしかけたのは魅音だった。
ようやく山狗も、自分たちの追っている相手が、狩られるのを待つだけの獲物ではないと感じ取ったようだ。
彼等は蔵の周囲を眺めて、ここにも監視カメラが設置されていることに気づいた。
――――っ!?
突然、地下蔵が真っ暗になった。
「……な、……何だろ、停電!?」
のび太が驚いてドラえもんに飛びついた。
「電源が切られたようだね。向こうもやるじゃないか」
闇に覆われた地下において、彼女がどんな表情を浮かべたのか誰にも見えなかった。
「じゃあ、あの地下蔵で山狗と戦うんだね?」
勢い込んだのび太に、魅音が首を振って見せる。
「それは利口じゃないね。分厚い壁があるし、中と外じゃ戦いには向いてないよ。扉を開けてしまうと山狗が殺到するだろうし、乱戦になると子供の私らじゃ相手にならない。地下蔵ってのは、どっちかと言えば籠城するのに向いてるんだ」
「それじゃあ、地下蔵に立て籠もるの?」
「違う、違う。立て籠もるように見せるんだよ」
「見せる?」
「一日程度なら、籠城しても持ちこたえられるかも知れない。だけど、その後が続かない。いつ襲撃されるかもわからないまま、ずっとここで生活するわけにはいかないからね。気が緩んだ時に襲われたらその時点でアウトだよ」
「敵を誘導できるこのチャンスを活かし、短期決戦で勝負を挑むべきですわ」
「そういうこと。それに、私らが立て籠もる砦はここじゃないからね」
魅音が沙都子と視線を交わして、お互いの口元に浮かべた笑みを確認する。
「のび太さんもすでに知っているはずですわ。私の芸術的なトラップが満載の裏山を。山狗をおびき出して一網打尽にするのは、あの裏山をおいて他にはないんですのよ。オーホッホッホ!」
沙都子が楽しそうに高笑いをする。
「最初から裏山で待ちかまえていると、山狗に警戒されるからね。まずは、ここを拠点に見せておいて、逃げ出した私達は“仕方なく”裏山へ逃げ込むってわけ」
「……すごいなぁ、みんな」
ドラえもんが思わず賞賛する。とても、子供達が立案する作戦とは思えなかった。
「山狗さえ捕まえてしまえば、園崎組を動かすのだって難しくない。奴等に襲われたのが事実である以上、婆っちゃだって母さんだって動いてくれるはずだからね」
「それに、明日の戦いで勝てさえすれば、梨花ちゃんが狙われる心配もなくなるんだよね?」
レナの問いかけに梨花がうなずく。
「はいなのです。それはオヤシロ様が保証するのですよ」
「これで、全体の流れは決まったね。魅ぃちゃん」
「そうだね。さあ、みんなも良く聞いて。明日の作戦を確認するよ」
のび太が、ドラえもんが、レナが、沙都子が、梨花が、魅音へと視線を向ける。
「まず、梨花ちゃんが死んだと噂を流す。その情報を知った山狗は、梨花ちゃんを捜しに園崎家まで来る。私らは地下室へ立て籠もった後、隠し通路から脱出して裏山へ逃げ込む。一度取り逃がした以上、奴等も総力を挙げて追いかけてくるはずだよ」
そこで言葉を切ると、魅音が皆の顔を見渡した。そこに怯えの表情は見あたらなかった。
そう。一人の例外もなく、皆が明日の戦いに向けて奮い立っていた。
「山狗との決着は裏山で着けるんだ! わかったね、みんな!」
「「「「「おおーっ!」」」」」
あとがき:噂を流す道具が思いつかなかったためネコシャクシビールスを使用しました。もしかすると、他にも適した道具があるのかもしれません。